笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIA、GPU性能を高めたION2のサンプル提供を年内に開始



 GPUベンダのNVIDIAは、今回のCOMPUTEX TAIPEIでは特に新製品の発表はなく、ION(イオン)プラットフォームやモバイル機器向けのTegraのデザインウイン(OEMやODMの採用例)をアピールした。2回にわたって開催された発表会では、ION搭載PCやTegra搭載のネットブックなど多数の製品が公開された。

 また、NVIDIA デスクトップGPUビジネス担当ゼネラルマネージャ ドリュー・ヘンリー氏は「今年(2009年)の末までに性能を向上させた次世代のIONとなるION2を導入する」と述べた。また、Intelが今年後半に導入する予定の新しいチップセットとなるIntel P55 Express チップセットを搭載したマザーボード向けに、SLI動作を認める認定プログラムを提供することを明らかにした。

●GPUの性能を高めたION2のサンプル提供を年末に開始

 NVIDIAはIONプラットフォームを採用したOEMメーカーやODMメーカーの製品を多数公開したが、その代表例は、Lenovo「IdeaPad S12」だろう。IdeaPad S12は12型ワイド液晶を搭載したノートPCで、米国などで今年後半に販売される予定となっている。

 Intel 945GSEを搭載した一般的なネットブックでは、内蔵されているGPU(Intel GMA 950)が動画のハードウェアデコーダなどを搭載していないため、HD動画の再生機能が充分ではなかったり、GPUによるPhotoshop CS4のアクセラレーション機能などを利用することができない。IONプラットフォームを採用したIdeaPad S12では、こうした制約がない。

 NVIDIAのヘンリー氏は「すでに多くのOEMメーカーやODMメーカーがIONを搭載したPCに取り組んでくれている。今回COMPUTEXで展示されたものはその一部であり、今後も搭載製品がでてくることになる」と述べた。さらに「我々がIONを発表した時には、競合他社からの妨害などがあるから上手くいかないはずだという意見もあったが、実際にはOEMメーカーは素直に性能を評価してくれた。大事なことは自社のビジネスモデルのために守りに入ることではなく、エンドユーザーによりよい製品を提供して切磋琢磨していくことだ」(ヘンリー氏)と、Intelがどのような戦略をとったとしても、よい製品があればそうした障害は乗り越えていくことができるという見解を明らかにした。

 その上でヘンリー氏は、「我々は今年の年末までにION2のサンプルの提供開始する。ION2ではさらにGPUの性能を高めたものとなる」と、さらなる新製品を計画していることを明らかにした。ヘンリー氏はION2の詳細には触れなかったものの、VIA Nanoプロセッサへのサポートが追加されることなどを明らかにした。

NVIDIA デスクトップGPUビジネス担当ゼネラルマネージャ ドリュー・ヘンリー氏IONプラットフォームを採用したLenovo「IdeaPad S12」採用例の1つ。ECSの液晶一体型PC「Morph」
●P55マザーボードにもSLI認定プログラムを提供

 また、ヘンリー氏はNVIDIAがIntel X58 Express チップセットを搭載したマザーボード向けに提供しているSLI認定プログラムを、Intelが今年後半(OEMメーカー筋の情報によれば9月頃)に提供を予定しているLynnfiled(リンフィールド)用の次世代チップセット「Intel P55 Express チップセット」搭載マザーボード向けにも提供することを明らかにした。

 P55でも同様のプログラムが提供されることは、CeBITにおいてOEMメーカーなどから非公式に明らかにされていたが、公式に認めたことになる。

 「我々はP55チップセットにもSLIの認定プログラムを提供できることを喜んでいる。2つのGPUを利用できることはゲームにおける描画性能を大きく向上させることができるし、もう1つのGPUをPhysX(フィジックス、物理演算)に利用することもでき、ゲームのリアル性を高めることも可能になるなどのメリットがある。性能面では2x8という若干の制約はあるが、コストパフォーマンスは優れていると思う」と述べた。

 なお、プログラムの仕組みは「X58の時の仕組みと同様だ」ということで、マザーボードベンダはNVIDIAに対してライセンス料を支払い、マザーボード上にsBIOSと呼ばれる特別な領域にデータを書き込む。さらに、そのマザーボードをNVIDIAの認定プログラムに通して初めてSLIを利用することができるようになる。なお、NVIDIAはこのライセンス料を公式には明らかにしていないが、OEMメーカー筋の情報によればマザーボード1枚に付き5ドルという価格設定になっているという。

 すでに認定プログラムは開始されており、「ほぼ100%に近いP55マザーボードがSLI対応になるだろう」と、プログラムの成功に自信を見せた。

Intelの発表会で展示されたP55でGeForce 9800 GX2をSLI構成にしたデモ機
●チップセット事業ではIONのようなシングルチップのGPU統合型に集中する

 一方、IONを除いたチップセット事業は、ほぼ撤退に近い状況になっている。ヘンリー氏はNVIDIAはチップセット事業からは撤退するのかという筆者の質問に対して「そんなことはない」と否定するものの、実際COMPUTEXの展示会場では、NVIDIAのチップセットを搭載したマザーボードは以前に比べて明らかに減っている。ここ1年近く新製品は登場していないことも考えれば、限りなく撤退に近い状況と言われても否定できないだろう。

 チップセット事業の今後に関してヘンリー氏は「我々はIONのような高い性能をもったGPUを統合した1チップのソリューションに焦点を合わせて展開していく」とし、GPU統合1チップのチップセットに集中して投資していくことを明らかにした。従来のようなハイエンドPC向けのSLIのチップセットなどに関してはあまり積極的な投資を行なわないことになる。つまり、今後はnForce 790 SLIのようなSLIをターゲットにし、GPUを統合していないチップセットに関しては新製品が投入されない可能性は高いと言えるだろう。

●NVIDIAがx86プロセッサを統合する可能性

 結局のところNVIDIAの強みは言うまでもなくGPUであり、GPU統合型チップセットに集中するというNVIDIAの考え方そのものは正しい方向性だと言える。しかし、これとてIntelのさじ加減次第では、CPU単体を入手することが難しくなる可能性がある。実際、Intelの次世代CPUは、いずれもGPUを内蔵しており、現行製品が入手できるうちはともかく、長期的に見ればそのビジネスそのものが成り立つのかということには疑問を持たざるを得ない。

 結局、そうした事態を避けるためには、自社でx86プロセッサをリリースするか、TegraでARMコアを内蔵しているように、GPUにx86プロセッサを統合するなどの戦略をとるしかない。だが、NVIDIAはそのことを明確に否定し続けている。

 しかし、NVIDIAのx86参入に対する期待は高い。一例を挙げると、3月のCeBITで、海外のテクノロジーメディアのある記者が筆者に「おい、NVIDIAがx86プロセッサビジネスをやるとあるカンファレンスで言ってるぞ!」と興奮気味に話しかけてきて、ご丁寧にそのURLまで教えてくれたことがある。しかし実際には、最後の方に「今のところx86プロセッサビジネスをやる理由はない。もう少し時間がたてば1チップになるのが論理的だろう」と当たり前のことを言っているだけで、NVIDIAがx86プロセッサビジネスをやると言っているとは聞き取れず、どうしてその記者がそこまで興奮しているのか理解できなかった。

 びっくりしたのは、その後のテクノロジーメディアの報道だ。多くのテクノロジーメディアが「NVIDIAがx86ビジネスに参入!」と書き立てたのだ。

●「CPUとGPUは共存して処理を行なう」というメッセージはGPU上位時代への第一歩

 この例からもわかるのは、未だにCPUの方がGPUよりも上位にあるということが多くの人の無意識の中にあるということだ。テクノロジーメディアですらそうなのだから、一般のユーザーも当然、そう受け取る。

 実はこれこそが、NVIDIAがx86プロセッサビジネスに参入できない最大の理由だと思う。NVIDIAが目指している世界は、“GPUの価値はCPUよりも高い”だろう。だが、今の現状は、そうではない。

 多くの人が、x86プロセッサこそCPUであり、GPUはその付属品に過ぎないと考えている。だから、NVIDIAがx86プロセッサを検討しているという“噂”がでるたびに、大騒ぎになる。

 NVIDIAも今の時点ではGPUの価値がCPUのそれを上回っていることがユーザーに認知されていないことは認識しているのだろう。だからこそ、NVIDIAは今回のCOMPUTEXで「CPUとGPUは共存して、処理を行なう」というメッセージを強く打ち出した。つまり、いきなりGPUの方がCPUよりも価値があるとは言えないので、まずはCPUとGPUは同格であるという認識を持ってもらうことから始めよう、ということだ。実際、Windows 7では、Windows Aeroもそうだし、Windows Media PlayerのトランスコーダがCUDAに対応するなど、GPUを利用する割合が従来のOSより増えており、CUDAに対応したアプリケーションが増えつつあるなど、エンドユーザーにとってGPUの価値は確かに以前よりも高まっている。

 そうしたNVIDIAの努力が成功すれば、その先にはGPUの価値がCPUを上回る世界が待っている。その時にこそ初めて、NVIDIAはGPUにx86命令を実行できるプロセッサを統合することが可能になる(CPUにGPUを統合することではないのに注意)。つまり、NVIDIAがTegraにARMコアのプロセッサを統合しているが、誰もARMコアの善し悪しでTegraのことを語ることがないのと同じ状況が生まれるわけだ。

 そこにたどり着くには、今よりもさらにGPUコンピューティングに対応したアプリケーションを増やす必要があるし、何よりもエンドユーザーにもさらにアピールしていく必要があるが、今回のCOMPUTEXでの「CPUとGPUは共存して、処理を実行する」というメッセージはその第一歩と言えるのではないだろうか。

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(2009年 6月 9日)

[Text by 笠原 一輝]