笠原一輝のユビキタス情報局
Zen 3とRocket LakeでさらにヒートアップするAMD vs Intel
2020年10月9日 12:12
米AMDは8日(現地時間)、第3世代Zenアーキテクチャ(Zen 3)を採用したRyzen 5000シリーズを発表した。Zen 3は、前世代と比較してIPCが19%改善され、とくにシングルスレッド時の性能が強化されている。
Zen 2世代では競合となるIntel社の製品と比較して、マルチスレッド時の性能は上回り、シングルスレッド時の性能に関しては同等と説明していたが、今回のZen 3世代ではシングル/マルチスレッド時とも凌駕したことになる。
一方のIntelはそれに応じるかたちで、2021年第1四半期に投入予定の次世代デスクトップ向けCPUとなる「Rocket Lake」の存在をAMDの発表に先立ってブログで明らかにした。AMDの発表を牽制する狙いがあるものと考えられる。
シングルスレッド時の性能でIntelを追い抜くZen 3
Ryzen 5000シリーズは、前世代となるRyzen 3000シリーズと同じ7nmで製造されるが、CPUコアがZen 3に強化された。CPU性能を上げるにはいくつかの方法があるが、大きく言えば、
- クロック周波数を引き上げる
- CPUコアの数を増やす
- マイクロアーキテクチャを改良してIPCを上げる
という3つの手法がある。
このうち、現代のプロセッサではクロック周波数を大きく引き上げるのは消費電力の観点から難しく、同じ製造プロセスルール世代での歩留まりの改善を経て上げることができる。Zen 3はZen 2と同じ7nm世代を利用しており、若干のクロック周波数の引き上げを期待できる。じっさいに製品のスペックを見ると、3000番台に比べるとブースト時のクロックなどが引き上げられているが、小幅にとどまっている。
このため、現代のCPUの性能引き上げにはおもに(2)と(3)の手法が使われることが多く、じっさいZen 2の世代ではその両方が性能向上のアプローチとして採用された。(2)のCPUコア数を増やすという観点では、AMDのパッケージ内に複数のダイを実装する「チップレット」と呼ばれる方式を採用していた。具体的には、I/Oダイと8コアのCPUダイを2つという計3つのダイを1つのパッケージに封入することで、最大16コアの製品が実現された。
(3)のIPCとは、CPUの1クロックサイクルの間に実行できる命令数のことで、1クロックサイクルの間により多くの命令が実行することが可能になればなるほど処理能力は高くなる。Zen 2ではCPUが共有するL3キャッシュが増やされ、内部の演算エンジンも改良されるなどしてIPCもZen 1に比較して15%改善されるなどしていた。
おもに前者はマルチスレッド時の性能向上につながり、後者はシングルスレッド時の性能向上につながる。これにより、Zen 2のCPUはマルチスレッド時でIntelの同クラスのプロセッサを上回り、シングルスレッド時の性能でほぼ同等というのがAMDの主張だった。
今回のZen 3で、AMDは(3)のIPCをあげることに力点を置いている。AMD CTOのマーク・ペーパーマスター氏は「Zen 3は新しいコアレイアウトとキャッシュトポロジーなどを採用することで、IPCの向上を実現している。前世代と比較して19%のIPC向上を果たしている」と、Zen 3の最大の特徴がIPCの向上だと解説する。
内蔵の実行ユニットや分岐予測などに関しても強化されているほか、L3キャッシュは容量こそZen 2と同じCPU全体で64MBは同等だが、Zen 2世代までは1つのダイの8コアのうち4つのCPUが16MBのL3キャッシュを共有するというかたちから、Zen 3では、1つのダイの8コア全部が32MBのL3キャッシュを共有するかたちになっている。こうした改良によりIPCが大幅に向上しているのだ。
逆に言うと、チップレットのようなパッケージ技術や製造技術による性能の引き上げは今回は据え置きだ。じっさい、最上位SKUとなるRyzen 9 5950XはRyze 9 3950Xと同じ16コア/32スレッドというスペックに据え置かれている。
その結果としてペーパーマスター氏が強調したのがシングルスレッド時の性能の向上だ。ペーパーマスター氏はIPC(ほぼほぼイコールシングルスレッド時の性能)の競合との違いを見せながら、Zen 2世代では追いつき(つまり同等になり)、Zen 3世代では追い抜いたというグラフを示した。
CinebenchのシングルスレッドのテストCore i9–10900Kを超える
SKU構成は下記のとおり。
製品モデル | コア/スレッド | メモリ | TDP | ブースト/ベースクロック | トータルキャッシュ | L3キャッシュ | クーラー | 市場想定価格 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Ryzen 9 5950X | 16C/32T | 最大DDR4-3200 | 105W | ~4.9/3.4GHz | 72MB | 64MB | - | 799ドル |
Ryzen 9 5900X | 12C/24T | 最大DDR4-3200 | 105W | ~4.8/3.7GHz | 70MB | 64MB | - | 549ドル |
Ryzen 7 5800X | 8C/16T | 最大DDR4-3200 | 105W | ~4.7/3.8GHz | 36MB | 32MB | - | 449ドル |
Ryzen 5 5600X | 6C/12T | 最大DDR4-3200 | 65W | ~4.6/3.7GHz | 35MB | 32MB | Wraith Stealth | 299ドル |
今回の発表でAMDが強調したのはCinebenchのシングルスレッドの性能とゲームの性能だ。とくにCinebenchの性能に関してはベンチマーク結果が示され、Ryzen 9 5900Xの結果は631、Ryzen 9 5950Xの結果は640と、はじめて600の大台を超え、IntelのCore i9–10900K(10コア/20スレッド、ベース3.7GHz、ブースト時最大5.3GHz)の544という結果に対する優位性をアピールした。
また、AMDは、Ryzen 9 5900XとRyzen 9 3900XTおよびCore i9–10900Kとの1080pでのゲーミング性能比較のデータを公開した。また、Core i9–10900Kとの比較では、価格性能比ではシングルスレッド、マルチスレッドでも上回っており、1080pのゲーム性能比ではほぼ同等だと説明している。
Ryzen 5000シリーズは、従来と同じSocket AM4になっており、既存のマザーボードをそのまま使える(今回新しいチップセットは発表されていない)。AMD500シリーズのチップセットを採用したマザーボードは、BIOSアップデートを施すことでZen 3を利用可能だ。AMD400シリーズに関しては、BIOSアップデートは開発中で、提供は2021年の1月以降になることが想定されている。
いずれの製品も11月5日に販売開始予定となっている。
Intelは来年第1四半期にRocket Lakeを投入
こうした最上位製品の性能でAMDに先行を許してしまっているIntelは、製品計画を見直すことで対抗する。
同社はAMDの発表の前日となる10月7日にブログを更新し、2021年第1四半期に次世代デスクトッププロセッサとなる「Rocket Lake」(ロケットレイク、開発コードネーム)を投入すると明らかにした。Rocket Lakeは、PCI Express Gen 4に対応し、「ゲーミング向けとして素晴らしいプロセッサ」になるという。Intelは今春に開発コードネームComet Lake-S(コメットレイクエス)で知られるデスクトップPC向けプロセッサを「第10世代Coreプロセッサー」として投入しており、Rocket Lakeはその後継となる。
今回Intelは、Rocket Lakeの詳細に関してはPCI Express Gen 4に対応するとしか明らかにしていないが、OEMメーカー筋の情報によれば、Rocket LakeのCPUコアは、Ice Lake(モバイル向けの第10世代Coreプロセッサ)/Tiger Lake(モバイル向けの第11世代Coreプロセッサ)に搭載されているSunny Cove/Willow Cove系のコア(Cove系コア)をベースにしたものとなる。
また、内蔵GPUもIntelがdGPU向けに開発したXe-LPが搭載されるという。Cove系のコアになることで、キャッシュ階層などの改良が図られるので、シングルスレッド時の性能が再び引き上げられ、マルチスレッド時の性能も改善される可能性がある。
従来、IntelのSoCのデザインは、プロセスルールと新しい世代のアーキテクチャが融合されており、切り離すことはできなかった。しかし、Intelは10nmプロセスルールの立ち上げに躓いてしまい、思ったよりも14nmの寿命が延びることになった。情報筋によれば、Rocket Lakeも14nmで製造されるという。だが、10nmの製品で使われているCove系のCPUコアやXe Graphicsが採用される。
このことは、2018年の暮れに行なわれた、Intel Architecture Day 2018で公開した「IPデザインと製造プロセスルールは切り離す」という新しい戦略にもとづいている。CPUやGPUのIPデザインはそれぞれ別に設計し、その時点で最適な組み合わせをしていくというのが新しい戦略だ。それにもとづき、10nmで製造しているCove系のCPUやXe Graphicsという新しいアーキテクチャが、14nm製品にも転用されるのだ。
Rocket Lakeを10nmで製造できればそれが一番良いのは言うまでもないが、10nm SuperFinの製造ラインはまずは現在一番多くのボリュームが必要となるノートPC向けのTiger Lakeの製造に回し、Rocket Lakeは14nmで製造するというのがいまのIntelの戦略だ。IntelのデスクトップCPUが10nm世代になるのは、2021年に予定されるAlder Lakeになる。Alder Lakeはモバイルとデスクトップで分離していたIntelの製品が再び1つに統合される製品となり、Tiger Lakeの後継でもある。
なお、IntelがAMDが強力な製品を発表する前に将来の製品に関する「チラ見せ」をするのはもはや恒例になりつつある。じっさい、昨年AMDがEPYC2(開発コードネーム:Roma)を発表する直前には、今年第3世代Xeon Scarable Processorsとして発表されたCooper Lakeに関する発表を行なっている。Intelが以前よりもAMDを意識していることは明らかで、両者の競争にはさらに火がつきそうだ。競争こそがよりよい製品、そして価格下落の引き金であるのだから、それはユーザーにとっては歓迎すべきことだろう。