笠原一輝のユビキタス情報局

第5世代「ThinkPad X1 Carbon」がより軽くより小さくなった理由

~大和研究所にインタビュー。筐体は完全に一新、狭額縁液晶がキモ

上が「ThinkPad X1 Carbon(第5世代)」、下が「ThinkPad X1 Yoga(第2世代)」。ThinkPad X1 Yoga(第2世代)は、昨年(2016年)モデルのThinkPad X1 Carbon(第4世代)とほぼ同じ底面積なので、新しいThinkPad X1 Carbon(第5世代)が同じ14型ながらコンパクトにまとまっていることがわかる

 Lenovoが今年(2017年)の1月にラスベガスで開催されたCES 2017で発表した「ThinkPad X1 Carbon(第5世代)」は、名前こそ従来と同じだが、外装のデザインも含めて完全に一新されており、完全な新製品と言っていい。

 その最大の特徴は、13型クラスのノートPCとほぼ同じ底面積ながら、狭額縁液晶の採用によって14型という大きめなディスプレイを搭載していることだ。

 今回はそんな第5世代のThinkPad X1 Carbonを開発した、神奈川県横浜市の大和研究所に訪れ、エンジニアにお話を伺ってきたので、同製品の開発ストーリーを紹介していきたい。

狭額縁の14型ディスプレイを採用したことにより、13型と同じ底面積を実現

 LenovoのThinkPad X1 Carbonを最初に見たときの筆者の印象は、見た目ではあまり前のモデルと変わっていないなというものだった。しかし、昨年モデルとほぼ同じ底面積であるThinkPad X1 Yogaを重ねてみたときに、それが筆者の認識不足だということがすぐにわかった。ThinkPad X1 Carbonは明らかに、ひとまわり小さくなっており、13型クラスのディスプレイを搭載したノートPCと同じか、場合によってはそれよりも小さな底面積にまとまっていたのだ。

ThinkPad X1 Carbonのディスプレイ部分、狭額縁になっているのが写真でもよくわかる。カメラはきちんと”あるべき位置”に来ている

 もちろんその最大の理由は、狭額縁のディスプレイを採用したことだ。現代のデバイスは、額縁を含めたディスプレイのサイズでデバイス全体のサイズが決まってくる。このため狭額縁ディスプレイを採用すると、その分だけ全体のサイズを小さくできるのだ。

 現在狭額縁はPCでも、スマートフォンでも1つのブームになっており、PCで言えばDellの「XPS 13」が、スマートフォンではLG Electronicsの「LG G6」が先鞭をつけている。おそらく今後はほかの製品も追従していくことになるだろう。

 DellのXPSシリーズが13.3型と15.6型の狭額縁ディスプレイを選択しているのに対して、ThinkPad X1 Carbonは14型で狭額縁を採用している点が違う。これにより、13型級の筐体に14型のディスプレイを詰め込むという特徴を実現できている。

 また、よく見てみるとわかるのだが、他社の狭額縁製品は、パネル上部にカメラを入れることが難しいため、パネル下部にカメラが入る形になっており、目線がずれるという問題が起きがちだ。しかし、ThinkPad X1 Carbonではパネルの上部の“本来あるべき位置”にカメラが来ている。

 基本性能も向上している。CPUは最新の第7世代Coreプロセッサ(Kaby Lake、Uプロセッサ/15W)で、メモリは最大16GB、ストレージは最大1TBのSSDに対応している。また、重量は1.16kgと昨年モデルよりも軽量であるのに、58Whと大容量のバッテリを搭載している。容量≒重量であることを考えれば、昨年モデルまでの容量52Whから増えているのに重量が減っているのは、ほかの部分で大幅に軽量化が行なわれているということだ。

 さらに、ThinkPad X1 Carbonでは、Windows 10の特徴を活かす新しいハードウェアを多数搭載している。Windows Helloに対応したタッチ型指紋センサー、さらに現時点ではまだ出荷されていないが、発表時にはWindows Helloに対応した顔認証カメラへ対応することも明らかにされている。

 また、Thunderbolt3に対応したUSB Type-Cポートが2ポート用意されており、USB Power Deliveryにも対応しているため、ACアダプタはUSB Type-Cになっている。なお、Thunderbolt3のコントローラは、「Intelが提供する”Alpine Ridge”(アルパインリッジ)でもDP(DualPort)を採用している」(レノボ・ジャパン株式会社 第一ノートブックシステム設計 マネージャ 大澤治武氏)とのことで、どちらのポートもThunderbolt 3のフルスピードで動作する。

本体の右側面、USB Type-A端子とヘッドフォン端子がある
本体の左側面。Thunderbolt 3に対応したUSB Type-C端子が2つ、USB Type-A、HDMI、Ethernetドングル端子が用意されている。USB TypeーCはUSB PDに対応しており、ACアダプタはUSB Type-Cになっている

 このほか、従来モデルでは日本だけ例外だった”LTEオプション”が、今年のモデルからは日本向けにも展開されている。基本的にはLenovoのWebサイトからCTO(Customize to Order)などで注文する場合のみ選択できる。これにより、データ通信可能なSIMカードを挿入すると、Wi-Fiルーターなどを持っていかなくてもPC単体で通信できるので便利だ。

狭額縁の液晶ディスプレイを採用したが、前面カメラの位置は妥協しない

 今回の製品の最大の特徴は、すでに述べたとおり、狭額縁の液晶モジュールを採用することで、14型のディスプレイながらも13型級の底面積を実現していることにある。狭額縁の液晶モジュールそのものは、すでにほかのPCメーカーでも採用されており、とくにLenovoが特別というわけではないが、それを採用するに当たってはいくつか解決すべき課題があったという。

前面カメラ部分、このスペースによくカメラが入っているなという印象、しかも将来的にはここにIRセンサーも入る

 レノボ・ジャパン株式会社 機構設計 潮田達也氏によれば、課題は大きく言えば2つあったそうだ。「1つは前面カメラ。この製品の場合は回転型ヒンジの2in1デバイスではないので、カメラが液晶の下部に来ると使い勝手の問題がある。もう1つは無線関連のアンテナで、アンテナ利得などを考えればアンテナを首上にもっていきたいが、狭額縁にするとなると、それが難しい」(潮田氏)とのことで、カメラとアンテナが最大の障害になったという。

 ほかのメーカーの狭額縁2in1デバイスやノートPCなどでは、前面カメラが液晶ディスプレイモジュールの上部ではなく、下部に実装されている場合がある。その理由はシンプルで、上部設置では上部のスペースがなくなり狭額縁にならなくなってしまうことと、システム側とデータをやりとりしたり、電源を供給したりするスペースもなくなってしまうからだ。

 しかし、潮田氏は「この製品はYogaシリーズのように2in1デバイスではなくクラムシェル型PCなので、上に来ていないと使い勝手を損なうと考えた」という。これは、カメラが下側にあると人を見上げる形になってしまうので、前面カメラのメイン用途だと考えられるビデオ会議などで、不思議な構図になってしまうのを避けたいためだ。

 しかも、今回の製品の場合はカメラは、単なるWebカメラだけでなく、Windows Helloに対応した赤外線カメラも意識して作られているという。あまり大きくは取り上げられていないが、同社のWebサイトによれば、ThinkPad X1 Carbon(第5世代)はWindows Hello対応の赤外線カメラの機能を持っていることが説明されている。

 ただ、先ほども述べたとおり、現状はWeb/店頭モデルでも同機能は搭載されておらず、将来的に追加される可能性があるとしている。潮田氏によれば、赤外線カメラを含めて入れることの難易度はそうとう高かったそうで、「液晶上部に入れる基板をどのように小さくして、いかに均一に照射できるように赤外線の照射量を確保できるかが鍵となり、そこを何度も試作してこれならいけるだろうと判断し、目処がついた」としている。

液晶モジュールの裏側にはこうしたフレキシブルケーブルで、システムからカメラまで接続している。左に見える濃い色のフレキシブルケーブルはThinkPadのロゴを光らせるためのもの

 そして最大の難関だったのはケーブルだ。というのも、通常の幅の額縁であれば、液晶の横にケーブルを引くことができる。しかし、本製品では狭額縁になっているためそれができない。

 このため潮田氏は、「液晶の裏をフレキシブルケーブルにして通している。そうなると問題は、液晶モジュールにダメージを与えない設計が重要になる。液晶の裏面を湾曲にするなどしてデザインで逃げる技もなくはない。しかし、意匠設計からもそれはないだろうという意見もあり、一点に力が集中しないように設計し、かつ一点の力が集中してゆがまないカーボンを採用することで、液晶にダメージを与えることなくフレキシブルケーブルを通すことに成功した」と、ThinkPad X1 Carbonのアイコンでもあるカーボン素材をうまく活用することで、裏面を通すというある意味荒技に成功したのだという。

 余談だが、液晶の裏面にもう1つフレキシブルケーブルが見える。実はこのフレキシブルケーブルは、液晶の天板にあるThinkPadロゴを光らせるためのケーブルなのだという。「今回からThinkPadロゴもカーボンの上に乗るようになっている。グラスファイバーとカーボンファイバーのコンビネーションで作っていたが、従来は周辺はほぼんどがグラスファイバーだったが、今回は周辺までカーボンになるようにしている。このため、カーボンのカバーのなかに加工してLEDを入れなければならず、位置出しは難易度が高いし、カーボンなのでそのままだとショートしてしまう。そうしたことをただ光らせるためだけにやらなければならなかった」(潮田氏)とのこと。ノートPCの設計者とはなかなかたいへんな仕事だ。

無線アンテナはシステム側に置くが性能は妥協しない、その手品の種は”箱”

 そして、狭額縁の液晶を採用したことにより発生したもう1つの問題は、各種アンテナを置く場所がなくなってしまったことだ。通常、ノートPCのアンテナは、液晶ディスプレイの上下左右に置かれている。なぜそこに置いてあるかと言えば、1つにはアンテナ利得の点で一番有利になるからであり、また通常の額縁の液晶を採用していれば、そのスペースがあるからだ。しかし、狭額縁の場合はそれが難しく、液晶の上下左右に置くというのは不可能だ。

 では、どうするかと言えば、ありきたりの設計をすると、次にマシな場所と考えられる液晶の下部に置くというのが常道だろう。このため、狭額縁のノートPCなどでは、液晶の下部に液晶の制御基盤、それに加えてアンテナが置かれる場合があり、やたらと液晶の下部が大きくなっているという製品もある。

 ThinkPad X1 Carbon(第5世代)ではどうしたか言えば、だいたんに本体側にすべてのアンテナを格納していると、レノボ・ジャパン株式会社 システムデザインストラテジー 山本修氏は説明する。一言で言ってしまえば、それで終わりだが、実際には本体側に持っていき、ディスプレイ側にアンテナを置いているのと同じような性能を得ることができるのか、それが課題になると言える。

 しかも、ThinkPad X1 Carbon(第5世代)の場合には、Wi-Fi、Bluetoothだけでなく、WiGigさらにはLTEなどのオプションで選択できる無線機能も多く、それらすべてのアンテナをシステム側に置かなければならないのだ。

 山本氏によれば「確かに首上にあったほうが飛びはいいが、今回は狭額縁を採用したことで、アンテナを全部下側に持っていった。そのために、人間の手がパームレストに置かれた状態などでテストを繰り返して問題がないと確認した。アンテナの性能は、ケーブルの長さも影響を与えるため、モデムからアンテナまでの長さが短くなったこともいい影響を与えている」とのことで、設計上はディスプレイ側に置いたときに負けない性能が発揮できているという。

 そうしたアンテナを実現できた秘密の1つには、”箱”のような形状をしている囲いにあるという。レノボ・ジャパン株式会社 ノートブック製品 無線通信 係長 葉若重和氏によれば、無線関係の性能は、アンテナ自体の性能もさることながら、アンテナにノイズが入らないようにすることも重要であり、とくにシステム側にアンテナを持ってくる今回の製品ではマザーボードなどが発生するノイズをアンテナに入れないような設計にこだわったという。

 葉若氏は「今回は全部のアンテナが立体的な形状のアンテナになっており、ノイズを防ぐための壁が立っており、それがメッキされてシールドの役目をはたしている」といい、アンテナのエレメントの周囲を壁で囲むことでノイズが入らないようにする仕組みになっているとしている。

ThinkPad X1 Carbonのアンテナ部分。システムとは壁を作ることで、ノイズがアンテナに入っていかないようにしている
Dカバー側のメッキ部分。これによりシステム側からのノイズがアンテナに入らないように工夫されている

 葉若氏によれば、メッキされている壁とカバー側の金属が接地していることで、金属の壁を作ってしまいノイズはその先に行けないようになっているのだという。従来の製品だとノイズ源にシールドカンと呼ばれる金属の蓋をしてノイズがノイズ源からほかに干渉するのを避けるようにしていることが多いのだが、今回の製品の場合は厚みや重量を増やしたくなかったので、こうした設計にしたとのことだった。

新しいカーボン素材を採用することでGFRPの部分を減らしてより軽量を実現

 ThinkPad X1 Carbon(第5世代)がCarbonという製品名を名乗っている由来は、言うまでもなく筐体の素材にカーボンファイバーを利用していることだ。レノボ・ジャパンの潮田氏によれば、今回のThinkPad X1 Carbon(第5世代)では、そのカーボンについても大きな進化があるという。同社が”新世代超軽量カーボン”と呼ぶ素材がそれで、従来製品に利用していたものの比べて剛性を増しながら20%の軽量化が可能になっているという。

Dカバー(底面)はネジを緩めるだけで簡単に外れる。このあたりのメンテナンス性のよさはThinkPadの特徴の1つだ
ネジはDカバーから外れない形になっており、メンテナンスのために外してもネジをなくす心配がないのはうれしいところ
システムボード部分、SSDや無線モジュールなどに簡単にアクセスできる

 潮田氏は「たとえば従来のカーボンを利用した液晶天板面の場合、カーボンを端から端まで利用できず、周囲はGFRP(ガラス繊維樹脂)とのハイブリッドになっていた。しかし、この新しい新世代超軽量カーボンを利用した結果、端から端までカーボンにしてGFRPのフレームと組み合わせることが可能になった」と説明する。

 そのように設計を変更した最大のメリットは、カーボン自体の軽量化に加えて、GFRP部分をカーボンに置き換えたことで、液晶天板面などを大幅に軽量化できたことにあるという。というのも、同じ剛性であれば、新世代超軽量カーボンはGFRPよりも軽量だからだ。

従来製品の液晶天板。GFRPの部分が多い
新製品の天板のGFRP部分、ほとんどフレームだけとかなり小さくすることができている
従来製品の液晶天板(下)と新製品の液晶天板(上)。

 しかし、カーボンとGFRPを使ってこのような製造をすると、成形時に冷えていくとプラスチックが収縮してしまうため、どうしても反りが発生してしまうという。それではとても製品として製造するレベルにはならないということで、もう1つ工夫しなければならなかったと潮田氏。

 「反りが発生するのは樹脂が収縮するからで、その樹脂の量を究極まで減らせば反りも小さくできると考えた。あらかじめ成形しておいた樹脂と樹脂を金型に入れ、その間に微量の樹脂を流し込んで接着するという新しい手法で成形した」(潮田氏)と、そうした成型方法にも工夫を加えて、反らない天板を作り出したということだ。

 反りを避けるには、他社でも採用しているようにアルミニウムを素材とした天板を作ればいいのだが、そうすると今度は重量が増えてしまう。安易な道をとらず、より厳しい道を取ったからこそ、結果的に軽量化に成功した。

 ThinkPad X1 Carbon(第5世代)が前世代に比べてバッテリの容量が52Whから58Whに増えているのに、全体として軽量化されているのはまさにそうしたことの積み重ねの結果なのだ。

米沢生産モデルの販売も開始されている、今後はWQHDモデルの販売も予定されている

 このように、ThinkPad X1 Carbon(第5世代)の最大の特徴は、14型の狭額縁液晶を採用したことで、14型ディスプレイを採用しながらも、一般的な13型級ノートPCと同じ底面積というコンパクトさを実現できていることにある。

 それを実現できているのも、新しいカーボン素材を採用していること、さらには新しい無線アンテナなど、各種の工夫の結果として得られているということが、本記事を読んでおわかりいただけたのではないだろうか。

 ThinkPad X1 Carbonはすでにレノボ・ジャパンのWebサイトで販売開始しており、つい最近同社の親会社NECレノボ・ジャパングループが所有するの米沢事業所での国内生産も開始され、その米沢モデルの販売も開始されている。

 現時点では、液晶ディスプレイはフルHD(1,920×1,080ドット)モデルのみが出荷されているが、将来的にはWQHD(2,540×1,440ドット)モデルも追加される予定だ。日本での販売開始時期はまだ発表されていないが、米国のLenovoでは6月より販売開始とされており、日本でもさほど遠くない時期に購入できるようになるのではないだろうか。

 ThinkPad X1 Carbon(第5世代)は、弊誌で行なわれた「プロが選ぶ2017年春の推しモバイルノート」でも”おすすめ総合第1位”に選ばれるなど、プロフェッショナルなユーザーなどに評価が高い。それもこれも、これだけのこだわりをもって作られていれば、十分うなづけるのではないだろうか。