笠原一輝のユビキタス情報局

人工知能が人間の採用面接をする時代に

~インド開発拠点で見てきた、Microsoftの最先端の取り組み

インドのハイデラバードにあるMicrosoft India Development Center

 Microsoftは5月17日~18日の2日間にわたって、「Microsoft Asia Innovation Tour 2017」をインドのハイデラバードで開催した。

 本記事ではそうしたMicrosoft Asia Innovation Tour 2017で紹介された各種のソリューションなどから、Microsoftのクラウドファースト戦略がどんな意味を持っているのかを考えていきたい。

MicrosoftがWindows以外のモバイルOSをサポートするのはなぜ?

 Microsoftはすでに昔のMicrosoftではない、よい意味で大きく変わった……これが筆者を含めて長年Microsoftを見続けてきた業界関係者の率直な感想だ。先々週にシアトルでMicrosoftが開催した開発者向けのイベント「Build」では、多数の新しいソリューションが示された。そこに共通しているメッセージは、もはやMicrosoftはWindowsやOfficeといった、従来のクライアント製品だけをひたすら訴求することにこだわっていないということだ。

 例えば、Microsoftはモバイル向けのサービスを、同社のクライアント向けのプラットフォームであるWindowsだけでなく、AndroidやiOS向けにも展開していくと明らかにした。

 こちらの別記事(自分自身へのメール送信はもう不要。クラウドベースのコピペ機能が次期Windows 10に搭載)で触れているように、クラウドベースのコピー&ペーストの機能はWindowsだけでなく、AndroidやiOSでもサポートしていくとしている。同じことは、OutlookがWindows、Android、iOS向けに同じアプリが提供されていることからも言える。

 それでは、MicrosoftはWindowsを捨てるのか? というとそうではない。MicrosoftにとってのWindowsは、依然として重要なプラットフォームではあるし、今後もその位置づけは変わらないと思う。しかし、Microsoftにとっての主戦場はもうそこではなくなっている。

 Microsoftにとっての今の注力点は、クラウドにあるサーバー上で展開される各種サービスであるOffice 365、Cortana、Bing、Azure、Skype、OneDriveといったサービスであり、Windowsはそれらのサービスをよりよく使えるプラットフォームの1つという位置づけだ。そうした各種のクラウド上のサービスを伸ばしていくにあたり、当然の帰結として、他社のクライアントプラットフォームもWindowsと同様にサポートしていく、これがMicrosoftの基本的な戦略だ。

 従って、その競合となるのはAmazonやGoogleなどのクラウドサービスを提供する企業であって、Appleのような、主に端末を売るメーカーではなくなっている。その文脈で見て行かなければ、どうしてMicrosoftがiOSやAndroidなどの他社のプラットフォームをサポートするのか理解できないだろう。

新戦略の中心となるMicrosoft India Development Center

 そうしたMicrosoftのクラウドファースト、モバイルファースト戦略を支えているのが、同社が持つ強力なデータセンターインフラと、そうしたデータセンター上で動かしている各種のクラウドサービスだ。クラウドサービスの代表例としては、MicrosoftのAI(人工知能)サービスである「Microsoft Cognitive Services」が挙げられるだろう。

 例えば、Windows 10にはCortanaというデジタルアシスタンスサービスが搭載されている。Cortanaと言えば音声認識と理解している人も少なくないと思うが、Cortanaは非常に幅が広いサービスで、実際にはAIサービスそのものであり、音声認識以外にもユーザーがクラウドに保存している各種データ(メール、スケジュール、連絡先)などを参照している。

 近い将来には、Cortanaが次のスケジュールを先読みして、移動先のルートを検索して乗るべき電車や飛行機などを示して、チケットの予約まで行ってくれたりするようになるだろう。今見えているCortanaの機能は、まさに最初の一歩に過ぎない。

インドのハイデラバードにあるMicrosoft India Development Center。現在は3つの建物があり、写真のメインビルディングは第3ビル。場所はハイデラバードの研究学園都市の中にあり、近くには大学や他のIT企業の研究開発施設やオフィスなども。構内には公園などもあり、外に出なければここがインドだと言うことに気がつかないほどだ
ビルの作りもインド的というよりは欧米的

 そうしたMicrosoftのAIやクラウドの開発を行なっている開発拠点の1つが、Microsoft India Development Centerだ。

 Microsoftはインドに多数の開発拠点を置いており、バンガロールには将来を見据えた技術を研究するMicrosoft Researchの研究開発所、さらにはMicrosoft Garageと呼ばれる“ホワイトハッカー”を育成する研究開発チームがある。

 一方、ハイデラバードにはMicrosoft India Development Centerを置いており、今回筆者はここに赴き、インドで開発されたソリューションを多数取材してきた。ここでは、基礎開発、マシンラーニング/AI開発、システム開発(プログラム、言語、ネットワークなど)、成長市場向け技術、政府と大学向けの技術などを開発している。

 ハイデラバードはインドでは7番目に人口が多い都市とされており、Microsoftの研究施設はそのハイデラバードの郊外にあるIT企業が密接している研究学園都市の中にある。ハイデラバードの研究施設は、3つの建物があり、現在は3つ目の新しい建物で、多くの研究開発者が研究に携わっている。

食堂やカフェスペース。インドでコーラは欠かせないのはMicrosoftのカルチャーを感じる
Microsoft Garageのオフィス。オフィスというよりは、男の子の秘密基地という印象。このように正義のハッカー(ソフトウェア、ハードウェアに限らず)を育てるというプロジェクトがMicrosoft Garage。従来の発想では生まれなかったような製品も登場しつつある(写真提供:Microsoft)

KaizalaやSkype Liteといった成長市場向けのクラウドサービスやアプリを提供

 Microsoft India Development Centerではなかなか面白いソリューションを開発している。例えば、Kaizalaと呼ばれるモバイル端末向けのサービスは非常にユニークだ。

 Kaizalaは一言で言ってしまえばモバイル向けのメッセージングアプリで、Slackや広い意味でLINEのようなチャット機能を中心に構成されている。MicrosoftによればKaizalaは、Windows Phone/iPhone/Android用のアプリが用意されており、回線状況があまりよくない成長市場でも使えるように考えて作られているという。

 肝となるのは、Microsoftのクラウド上で動いている“Office 365 Kaizalaサービス”と呼ばれるエージェントがサービスの口となり、そこにアプリなどが接続する形になっている点。このため、Office 365などのMicrosoftのサービスだけでなく、他社製のCRMサービスなど、エージェントに機能を追加していけば、無限に機能を増やすことができる。アクションカードと呼ばれるカードをユーザーグループに投稿する形になっており、ユーザーグループは数万人から数百万規模まで可能で、権限によって階層化することもできる。

Kaizalaの画面、見た目はLINEのようなメッセンジャーアプリ(写真提供:Microsoft)
タスク管理なども可能(写真提供:Microsoft)
グループを作成して、そこでやりとりもできる。数百万ユーザーまで対応可能(写真提供:Microsoft)

 Microsoft Office製品事業部担当 副社長 ラジブ・クマール氏によれば「成長市場では電子メールのアドレスを持っていないフィールドワーカーが多く存在する。そうしたユーザーでも簡単にOfficeの機能を活用したり、CRMを利用できるようにするのがKaizala。複数のサービスを複数のUIで提供するのではなく、1つのアプリでできることが重要」とのことで、電子メールすら使えないユーザーでも簡単にメッセージのやりとりができるように配慮されているという。

 Kaizalaはすでにインドの地元自治体で使われている。迷子の子供を発見したときに警察官がその情報をKaizalaに上げ、別のところの警察署から迷子を捜している母親の情報とマッチングが行なわれ、母親と子供が無事に会えるというエピソードも紹介された。

Microsoft Office製品事業部担当 副社長 ラジブ・クマール氏
Skype Liteは、Skypeの軽量版で使ったパケットの料を確認出来たりできる(写真提供:Microsoft)
Sprightlyはスマートフォンで広告のカードを作成し、それをSNSで拡散したりするためのツール(写真提供:Microsoft)

 このKaizalaはMicrosoft Garageで開発され、成長市場でプレビュー版が提供されている。このほかにもMicrosoft Garageで開発されたソフトウェアとして、Sprightlyというスマートフォンで広告を作成するツール、Skypeの機能限定・軽量版となるSkype Liteなどがある。それらは現在成長市場向けで公開されており、今後成熟市場でも公開される可能性があるということだった。

Azureのマシンラーニングを利用した転職AIサービスなど

 このほかにも、Microsoftは各種のクラウドを活用したサービスを成長市場向けに提供している。例えば、Project Sangamというサービスは、成長市場向けの求職・職業訓練サービスだ。ユーザーは国民ID番号などを登録して身元証明をしてユーザー登録を行ない、その後その職を得るのに必要な知識などをオンラインで学習することができる。その後、求職リストの中から応募することまで可能になっている。それら全てをPCやスマートフォンなどで全て完了できる。日本のような成熟市場と違って、求職者の教育レベルなどが一定ではないため、職業訓練と求職のツールが一体である必要があるということだった。

Project Sangam、職業訓練と転職ツールが一体的に提供されている
99dotは、薬の封筒に電話番号が書かれており、そこに電話すると、患者が薬を飲んだことが記録される仕組み。Azureを利用してサービスが組まれており、電話というローテクとクラウドというハイテクをうまく組み合わせて、成長市場の病院でも低コストに患者が薬を飲んだかを確認できるようにする

 また、ZingHRのオンライン転職サービスも非常にユニークだ。Microsoft Azureを利用したオンライン転職サービスなのだが、ユーザーとなる人材を必要としている企業が必要な条件を入力すると、Azureのマシンラーニングの機能を活用してAIが必要な人材の要件を決定し、LinkedInなどのさまざまなSNSなどと連携して作成されているリストから要件にあう人材をリストアップしオファーを行なうのだ。

 面接も自動化されており、その面接もマシンラーニングを利用したコンピュータ、つまりAIが行なうのだという。採用候補者は、カメラ付のPCやスマートフォンの前に座って、コンピュータの質問に答えていくという形で面接が行なわれていくと言うことだった。まさに“AI採用”そのもので、決して未来の話しではなく、今すでに実際のサービスとして行なわれているのだ。

 Microsoftのクマール副社長は「Kaizalaのようなサービスは新興市場向けに開発したものだが、成熟市場に適用できるものもでてきている。これまでは成熟市場にあるアプリケーションやサービスを新興市場に提供するのが当たり前だったが、今後はその逆もあり得ると思う」と述べた。確かにZingHRのようなサービスは日本のような成熟市場でも十分可能性があると感じた。

 冒頭でも述べたように、既に時代はローカルのOSやアプリで競う時代から、クラウドとそれを利用したアプリケーションを競う時代へと移り変わっている。もうWindows、Android、iOSなどのクライアントOSの差を論じている段階ではなく、これらのクライアントOSはそうしたクラウドのサービスを実行する環境に過ぎない、そういう時代になりつつあることをユーザーも認識しておく必要がある。