福田昭のセミコン業界最前線

TSMC「狂騒曲」

2021年10月14日の内閣総理大臣記者会見でTSMCに言及する岸田首相(右手前)。首相官邸ホームページの記者会見動画配信から筆者がキャプチャしたもの。なお左手後ろは手話通訳者

日本国の首相が外国半導体企業の日本進出を歓迎

 衆議院が解散された10月14日、内閣総理大臣の岸田文雄氏は首相官邸で記者会見を開催した。会見の中で岸田首相は台湾の半導体ファウンダリ(半導体製造請負サービス企業)TSMCが同日に日本進出を公式発表したことを受け、歓迎の意を表明した。

2021年10月14日の内閣総理大臣記者会見で岸田首相がTSMCに言及した部分の抜粋(赤線で囲んだ部分)。首相官邸ホームページに掲載された首相発言の一部を筆者がキャプチャしたもの

 日本の内閣総理大臣が外国半導体企業の日本進出について公式に発言するのは、異例のことだ。しかもニュアンスは「歓迎(発言は「期待」)」である。半導体産業の黎明期(1960年代後半~1970年代前半)に外国半導体企業(主に米国半導体企業)の日本進出を日本政府(通商産業省)が精力的に妨げてきた歴史を想うと、隔世の感がある。さらにはかつて自国系列の自動車メーカーをほぼ失ってしまった英国政府が、外国の自動車メーカー(特に日産自動車)を積極的に誘致した過去を連想させる。現在の日本政府の姿が、外国自動車メーカーを誘致した英国政府に重なってしまう。

TSMCが初めて公式に言及した日本進出の意思

 対するTSMCは2021年10月14日の四半期業績説明会で、日本進出の意思があることを公式に表明した。半導体の量産ラインを日本に建設する計画があることを公式に認めたのは、これが初めてだ。ただしその内容はかなり素っ気ない。量産ライン(工場)の場所、設備投資額、資本形態(100%子会社なのか、あるいは合弁なのか)、製造予定製品、生産能力(扱うウェハの大きさと月当たりの処理能力)などは公表していない。

 そして最も重要なのが、日本に量産ラインを建設する計画(Japan Fab Plan)は取締役会の承認をこれから得る段階にある、ということだ。2021年2月にTSMCが日本に3DIC材料の研究子会社を設けると正式に発表したときは、2月9日の取締役会において子会社設立の承認を得ていた。今回の発表は、やや見切り発車のタイミングであることがうかがえる。TSMCの日本進出に関する今年前半からの過熱報道が、何らかの影響を与えたのかもしれない。

 ごく短い発表内容は以下の通りである。複数の顧客と日本政府による支援の約束を得たこと、建設するのは22nm世代~28nm世代の技術(22-28nm technology)によるウェハー処理施設(前工程ライン)であること、製造技術は「スペシャルティテクノロジー(specialty technology)」であること、生産ラインの建設を2022年に始めて2024年後半の生産開始を目指すこと、詳細については取締役会の承認待ちであること、などだ。

TSMCが2021年10月14日の四半期業績説明会で経営幹部が発言した内容の一部。公表された発言内容の中で、日本に量産ラインを建設する計画(Japan Fab Plan)に言及した部分を抜粋したもの

28nm世代の「スペシャルティテクノロジー」製品を量産

 発表内容で興味深いのは、「スペシャルティテクノロジー(specialty technology)」と「22nm世代~28nm世代の技術(22-28nm technology)」による生産ラインだという点だろう。「スペシャルティテクノロジー」とは、半導体ファウンダリが提供する製造技術の中で、CMOSロジック以外の製造技術を指す。「22nm世代~28nm世代の技術」とは、22nm世代~28nm世代のCMOSロジック製造技術を意味する。

 TSMCが提供している「スペシャルティテクノロジー」には、同社のWebサイトによると「MEMS」、「CMOSイメージセンサー」、「不揮発性メモリ(埋め込みフラッシュ、埋め込みMRAM、埋め込みReRAMなど)」、「ミックスドシグナル/RF CMOS」、「アナログ」、「高電圧(HV)」、「BCD(バイポーラ-CMOS-DMOS)」がある。

 この中で具体的にどの製造技術を日本の生産ラインで提供するのかについては、決算発表では述べていない。ただし発表後の質疑応答(質問者は証券アナリスト)では、量産ラインの生産能力のほとんどは「スペシャルティテクノロジー」を使うことを明らかにしている。

TSMCが提供している「スペシャルティテクノロジー」の一覧。同社のウエブサイトを参照した(参照日は2021年10月30日)

 28nm世代~22nm世代の「スペシャルティテクノロジー」としてTSMCが提供可能なのは、「CMOSイメージセンサー(最小28nm)」、「埋め込みMRAM(22nm)」、「埋め込みReRAM(最小22nm)」、「ミックスドシグナル/RF CMOS(28nmおよび22nm)」、「アナログ(最小16nm)」である。このことから、生産の主力は単純なロジック半導体ではなく、特定用途向けのSoC(System on a Chip)やマイクロコントローラなどである可能性が高い。

微細加工技術で最先端を走り、売上高は世界第3位

 TSMCの日本進出が大きく騒がれるのは、同社がCMOSロジックの微細加工技術で最先端を走っているからだと思われる。量産中の最先端技術は5nm世代である。5nm世代の半導体製品を量産しているのは、TSMC以外にはSamsung Electronicsしかない。そしてTSMCは次世代に相当する3nm世代のリスク生産(試験生産)を今年(2021年)中に始め、来年(2022年)の後半には製品の量産を始める計画である(10月14日に発表された計画)。

 TSMCに注目が集まるもう1つの理由は、世界最大の半導体ファウンダリであることによるものだろう。半導体ファウンダリを含めた半導体メーカーの売上高ランキング(市場調査会社によるもの)では、TSMCは世界で第3位につける。TSMCを超えるのはIntelとSamsung Electronicsだけである。

市場調査会社IC Insightsによる2020年の半導体売上高ランキング(2020年11月23日発表の予測値)。TSMCは第3位。売上高の予測値は約454億ドル(USドル)

 半導体ファウンダリの売上高ランキングでは、2位に大きな差を付けての首位を堅持し続ける。市場調査会社による売上高ランキングでは、半導体ファウンダリ市場のおよそ5割強をTSMCが占める。

市場調査会社TrendForceによる2021年第2四半期の半導体ファウンダリ売上高上位10社とシェア(2021年8月31日発表の実績値)

ソニーはTSMCの日本進出に協力することを検討中

 TSMCが日本に建設する量産ラインは、熊本県菊陽町にあるソニーグループの半導体工場の隣接地になるとの推測が以前から報じられている(参考記事)。また量産ラインを運営するTSMCの生産子会社にソニーグループが出資することを検討中だという報道もみられる。

 そのソニーグループは、2021年10月29日の四半期決算発表記者会見で、TSMCの日本進出に関する協力関係について公式に認めた。ソニー半導体の最重要製品であるイメージセンサーを構成するロジック部分のウェハ生産を以前から半導体ファウンダリに委託しており、安定な調達が課題となっていた。解決策の一環としてTSMCおよび経済産業省と協議した結果、TSMCが日本に建設する量産ラインにロジックから調達すること、量産ラインの立ち上げに協力すること、などを検討中であると発表した。

ソニーグループのイメージセンサーにおける概況。2021年10月28日に同グループが発表した四半期決算会見の発言スライドから
TSMCの日本進出に関するソニーグループの立場。2021年10月28日に同グループが発表した四半期決算会見の発言スライドから

 ただし記者会見およびその後の質疑応答では、TSMCの量産ラインが建設される場所には言及していない。公式には、熊本県菊陽町の半導体工場隣接地とは認めていないことになる。また出資の可能性についてもコメントを避けた。

 ソニーの発言で興味深いのは、協議相手に「経済産業省」が含まれていることだ。2021年10月14日の内閣総理大臣記者会見(前述)で岸田首相は「TSMCの総額1兆円規模の大型民間投資などへの支援について経済対策に盛り込んでまいります」と発言した。2021年度の政府補正予算、あるいは2022年度の政府予算にTSMCへの支援を組み込むつもりであることが分かる。

詳細はTSMCによる2022年1月予定の発表で明らかに

 TSMCはこれまで、海外の量産ラインはすべて100%子会社によって運営してきた。しかし日本に建設予定の量産ラインに関しては、2021年10月14日の記者会見では合弁会社の可能性を排除しなかった。合弁であると正式に認めたわけではない。それでも合弁会社を設立した場合のパートナーは民間企業あるいは大口顧客企業であること、政府は合弁相手にはならないとのスタンスを公式に明らかにした。このことから、日本政府の支援策は出資ではないことが分かる。

 なお、ソニーグループ以外の協業相手として取り沙汰されているデンソーは、2021年10月29日に四半期業績の記者会見を開催した。しかし、TSMCとの協業に関するコメントはしないと説明した。

 TSMCが10月14日の記者会見で繰り返し述べていたのは、「詳細は来年1月の発表になる」ということだ。来年1月には、取締役会の承認を得て詳細が明らかになることを期待したい。