福田昭のセミコン業界最前線

半導体を自国で生産しても、供給不足の解消とはならない

半導体不足を自国の工場不足と結びつける誤り

半導体工場の所在地に対する期待と現実

 「自国の半導体ユーザーが供給不足に困っている。理由は自国に半導体工場が少ないからだ。解決策として、自国の半導体工場を増やそう」。このようなシナリオや報道記事などが、一部でまかり通っているようだ。しかし、半導体業界にある程度は関わっている者で、この解決策を信じる人々はあまりいない。基本的な誤りを含んでいるからだ。

 一連の動きを説明する報道記事では、前提が誤っているようにうかがえる。「自国の半導体ユーザーが半導体製品を必要な分だけ調達できないのは、自国の半導体工場が少ないからだ」という前提だ。これがそもそも誤りなのだ。事実を認識していない、とも言える。

 このシナリオには必ずと言って良いほど続きがある。「自国内の半導体工場を増やすためには、政府が助成策を講じるべき、あるいは助成策を強化すべきだ」というものだ。

 大手半導体メーカーや大手シリコンファウンドリ(半導体製造請負サービス企業)などの公式声明は、この動き(政府による助成策)を歓迎する。ただし歓迎するのは、半導体不足の解消が主な理由ではない。半導体工場のコストが抑えられるからだ。

いくつかの国と地域を経て半導体製品は完成する

 このことを説明するために、半導体事業の基本的な枠組みをおさらいしよう。半導体製品が完成するまでには、いくつかの工程(プロセス)を経る。はじめは「設計(デザイン)」である。

 設計拠点は、半導体の設計技術者を雇用できる地域であれば、世界のどこでも構わない。ただし設計コストに占める人件費コストは低くないので、高等教育を受けた人材を高くない報酬で雇用できることが望ましい。ここでは仮に、設計拠点が「A国」にあるとしよう。

 完成した設計データを元に、半導体を「製造」する。製造工程は大きく「前工程(ウェハプロセス)」と「後工程(パッケージングとテストのプロセス)」に分かれる。前工程の拠点と後工程の拠点は同じでも良いが、同じにする理由はあまり存在しない。また設計の拠点と前工程の拠点を同じ場所にする理由もない。

 そこで仮に、前工程の拠点が「B国」、後工程の拠点が「C国」にあるとしよう。なお一般向けの報道記事が「半導体工場」と記述しているときは、「前工程」の拠点(生産ライン)を指すことが多い。

 前工程(ウェハプロセス)の拠点(生産ライン)に求められる条件は、電力や水道などが安定に供給されていること、ある程度の教育を受けた人材を雇用できること、高速道路と空港へのアクセスが良いこと、生産能力増強の余地がある用地を確保できること、政府や地方自治体などの助成が受けられること、などである。製造コストに含まれる人件費の比率は低いので、従業員1名当たりの人件費は問題とならないことが多い。

 後工程(パッケージングとテストのプロセス)の拠点(生産ライン)に求められる条件は、基本的には前工程と変わらない。ただし製造コストに占める人件費の比率が前工程に比べると大きいので、従業員を低い報酬で雇用できることが望ましい。

 前工程と後工程を経て、半導体は製品として出荷される。ここまでで「A国」、「B国」、「C国」と3つの国・地域を経由している。完成した半導体製品は、世界各国・地域の販売代理店に送られる。販売代理店の所在地にある半導体ユーザーが、製品を受け取る。半導体製品を受け取るユーザーには、半導体工場のある「B国」のユーザーは含まれる可能性はあるものの、「B国」のユーザーが優先して購入できるわけではない。

半導体の設計製造工程の流れと所在地の変化(概略)

ほとんどの半導体ユーザーは半導体メーカーとはやり取りしない

 ここで重要なのは、半導体ユーザーのほとんどは半導体メーカーと直にはコンタクトしない、厳密にはコンタクトできない、という事実だ。半導体ユーザーが連絡を取る相手は、原則として販売代理店である。半導体メーカーが直接、半導体ユーザーとやり取りすることはあまりない。

 例外は大手の半導体ユーザーである。大手の半導体ユーザーとは、年間に大きな金額の半導体を特定の半導体メーカーから購入する企業を指す。「大口需要家」とも呼ばれる。

 「大口需要家」の代表的な企業は、スマートフォンの大手ベンダーとPCの大手ベンダーだ。スマートフォンではApple、Samsung Electronics、Huawei Technologies、Xiaomiなど、PCではLenovo、HP Inc.、Apple、Acer、ASUSなどが大口需要家(大手ユーザー)と言えるだろう。

 大手ユーザーと半導体メーカーおよび販売代理店は、契約交渉によって購入数量と購入価格、納品日を決める。契約期間は四半期(3カ月間)が多いようだ。言い換えると、四半期ごとに契約内容を見直している。このようにして決まった価格は「コントラクト価格」、「大口需要家価格」、「大口契約価格」などと呼ばれる。

 一方、中小のユーザーは販売代理店から半導体を調達する。最近ではWebサイトで半導体製品を販売するオンライン通販サイトが数多く存在する。既存の販売代理店がオンライン通販をはじめていることも少なくない。

 また半導体メーカーがWebサイトに直販のページを設けていることもある。このため法人に限らず、個人でも簡単に半導体を購入できるようになった。

 ただし購入単価はコントラクト価格に比べると高くつくことが多い。また単価は短期間で変動することが少なくない。このような価格は「スポット価格」、「随時契約価格」などと呼ばれる。

半導体ユーザーと半導体メーカーの思惑の違い

 まとめると一部の大手ユーザーを除き、ほとんどの半導体ユーザーは半導体メーカーに比べると立場が弱い。販売代理店に在庫がない場合は、購入できるのがいつになるのかわからない、といったケースが珍しくない。

多重発注による需要急増に懲りている半導体業界

 半導体が供給不足に陥ると半導体ユーザーは、これまであまり取引のなかった販売代理店にも声をかけて半導体製品を調達しようとする。多重発注による需要の急増が発生する。

 実際の需要(「実需(実需要)」よりも見かけの需要が大きくなる「仮需(仮需要)」を信じて半導体メーカーが生産数量を増強すると、しばらく経過してからは半導体が供給過剰となり、価格が暴落する。半導体メモリ、特にDRAMでは過去に仮需要による値上がりと供給過剰による暴落が繰り返された。

半導体の需給と価格の変動サイクル(概念図)

 最近の大手半導体メーカーはこのような過去の苦い経験を共有しており、増産に対しては慎重な姿勢を維持する。あるいは自社の生産ラインと外部のシリコンファウンドリの両方を活用することで、需要に変動に対処している。

 この慎重な姿勢は、実需要が供給を大幅に上回っていることが確実であり、なおかつ実需要の拡大が明確になるまで、あまり変わらない。また半導体ユーザーの強い不満を緩和するために半導体メーカーが増産投資を発表したとしても、需給バランスが緩みはじめたと認識したら、投資を凍結することをためらわない。

地政学的リスクの増大が米国と欧州の半導体工場建設を促す

 米国と欧州で半導体工場の新設を促す動きが活発になっている理由の一部は、確かに半導体の供給不足だろう。しかし工場新設の主な目的は供給不足の解消ではない。前工程ラインがアジア地域に集中していることによる地政学的リスク、安全保障リスクの高まりが、アジア以外の地域で前工程ラインの新設を促している。

 コンサルティング企業のボストンコンサルティンググループ(BCG)と米国半導体工業会(SIA)が共同で2021年4月に公表した調査報告書「Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era(不確実な時代における世界的な半導体サプライチェインの強化)」によると、2019年に国・地域別のウェハ処理能力(ウェハ面積換算の前工程生産能力)シェアは台湾が20%と最も大きく、韓国が19%、日本が17%、中国(大陸のみ)が16%と続く。合計すると72%に達する。米国は13%、欧州は8%、そのほかの地域(シンガポールやイスラエルなど)は7%であり、アジアのどの地域よりも小さい。

製品分野別と国・地域別のウェハ処理能力(ウェハ面積換算の前工程生産能力、2019年)。ボストンコンサルティンググループ(BCG)と米国半導体工業会(SIA)が共同で2021年4月に公表した調査報告書「Strengthening the Global Semiconductor Supply Chain in an Uncertain Era」から引用した

 アジア一極集中によるリスクは特に、アジアで地域間の紛争が発生したときに顕著になる。中国の強大化による紛争リスクの高まりが、最近の懸念材料だろう。

 元々、台湾と日本は大地震のリスクがあり、韓国は朝鮮半島の紛争リスクを抱えていた。そこに中国が強大化して領土と領海を拡大する意図が明確になり、紛争リスクが急速に高まった。さらに中国の中央政府と地方政府は半導体産業の育成と半導体製造技術の強化を積極的に支援している。

 2030年代を想定すると、このようなリスクを緩和する政策が必要だと米国半導体工業会(SIA)は2019年頃から主張してきた。具体的には、最先端の前工程ラインを米国内に新設することに対する米国連邦政府の助成策を要望してきた。

 米国連邦政府が助成策を講じない場合、ウェハ処理能力(ウェハ面積換算の前工程生産能力)の国・地域別シェアで米国は2010年の13%から2030年には10%に低下し、一方で中国(大陸のみ)は2010年の11%から2030年には24%に増加し、中国の国・地域別シェアは台湾の21%を超えて世界トップになると警告する(BCGとSIAが共同で2020年9月に公表した調査報告書「Government Incentive and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing(半導体製造における政府の助成策と米国の競争力)」による)。

国・地域別のウェハ処理能力(ウェハ面積換算の前工程生産能力)シェアの推移(1990年~2030年)。ボストンコンサルティンググループ(BCG)と米国半導体工業会(SIA)が共同で2020年9月に公表した調査報告書「Government Incentive and US Competitiveness in Semiconductor Manufacturing」から引用した

 また米国議会でも、超党派の議員グループが米国の半導体製造能力と半導体製造の研究開発を強化する複数の法案を2020年(昨年)に提出済みだ。

米国の半導体製造強化を連邦政府が支援

 このような要望を反映し、米国連邦政府のジョー・バイデン政権は半導体製造の能力拡大と半導体製造の研究開発強化に取り組んでいる。たとえば2021年3月31日(米国時間)にホワイトハウス事務局が公表したリリース「FACT SHEET: The American Jobs Plan」では、半導体の生産と研究開発を支援するための予算として米国連邦議会に500億ドル(約5兆5,000億円)の予算を要求すると述べた。

米国連邦政府のホワイトハウス事務局が2021年3月31日(米国時間)に公表したリリース「FACT SHEET: The American Jobs Plan」の半導体助成に関する部分

 米国の大手半導体メーカーではIntelが、米国と欧州の前工程ラインを活用したシリコンファウンドリ事業(半導体製造請負サービス事業)を本格的にはじめると2021年3月23日(米国時間)に発表した。

 独立した事業本部(IFS : Intel Foundry Service)としてファウンドリ事業を運営する。Intelでは独立した事業本部を「Group(グループ)」と呼称している。これまでファウンドリ事業はグループではなく、スタートアップとして運営していた。

 さらにIntelは同日、米国アリゾナ州チャンドラーの生産拠点「Ocotillo Campus(オコティージョ キャンパス)」に200億ドルを投じて半導体工場(前工程ライン)を少なくとも2つ建設すると発表した。

 Intelの動きは、米国と欧州における半導体生産能力(前工程ラインの処理能力)の向上を明確に意識したものだ。新工場の建設では、米国連邦政府と州政府の支援を期待するとリリースには記されている。官民の連携による米国と欧州の半導体製造強化と、アジア一極集中の是正が、しばらくは注目すべき動きとなりそうだ。