【FTFJ 2009レポート】
Freescaleは「車載・通信・健康」で主導権を握り続ける

FTFJ 2009の全体講演会場



 米Freescale Semiconductorの日本法人フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンは、顧客向けの講演会兼展示会「フリースケール・テクノロジ・フォーラム・ジャパン2009(FTFJ 2009)」を9日に開催した。午前の全体講演セッション(ジェネラル・セッション)では始めに、日本法人の代表取締役社長と米国本社のシニアバイス・プレジデントを兼務する高橋恒雄氏が登壇し、FTFJ 2009のテーマとこれに合わせて発表された報道機関向けリリースの一覧を説明した。

 FTFJ 2009のテーマは、Freescaleの事業環境と事業戦略に分かれる。事業環境では「安全・環境・健康」のビジネスが拡大していること、「つながること」への要求がさらに増加していることを挙げた。対するFreescaleの事業戦略は、「革新的なソリューションで車載・通信業界のリーディングポジションを維持」することと、「拡張・拡大するマーケットでのソリューションを提供」することだとした。ここで「拡張・拡大するマーケット」とは「安全・環境・健康のビジネス」を意味する。

フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの代表取締役社長を務める高橋恒雄氏。Freescale本社のシニアバイス・プレジデントを兼務するFTFJ 2009のテーマ(Freescaleの事業環境と事業戦略)報道機関向けリリースの一覧

 続いて米国本社の取締役会会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるRich Beyer(リッチ・ベア)氏が登壇し、Freescaleの新たな事業戦略を説明した。

 2008年後半に起きた急激な世界同時不況の波は半導体市場を直撃し、当然ながらFreescaleも収益の悪化に伴う事業再構築を余儀なくされた。これまでに携帯電話端末用半導体事業からの撤退、フランスのウェハ処理工場の閉鎖と日本の東北セミコンダクタ(ウェハ処理工場会社)の閉鎖、日本の仙台デザイン研究開発センターの閉鎖などを決めている。

 FTFJ 2009でリッチ・ベアCEOは、3つの重要な社会の傾向を挙げた。その3つとは(1)「Net Effect」(ネットワークの波及)、(2)「Health & Safety」(健康と安全)、(3)「Going Green」(省エネルギー)である。ネットワークの普及によって米国では若者の90%が動画共有サイトを利用するようになったとする。このため、より高速にデータを伝送する手段がさらに強く望まれる。一方で先進国では高齢化が進んでおり、疾患全体に占める慢性疾患の比率が80%以上となった。医療コストを削減するためには、疾患の治療から疾患の予防へと医療の比重をシフトする必要があるとする。そしてエネルギーの効率的な利用がますます重要になる。自動車の燃費削減や家電製品の待機電力削減などがさらに強く要求される。

米国Freescale Semiconductorの取締役会会長兼最高経営責任者(CEO)を務めるRich Beyer(リッチ・ベア)氏Freescaleの事業再構築プランと世界のGDP成長率推移Freescaleの進むべき方向

 それから日本法人の高橋社長が再び登壇し、フリースケール・セミコンダクタ・ジャパンの活動をデモンストレーションを交えて紹介した。

 高橋社長はまず、日本の経済活動がどのように変化しているかを示した。国内機械受注は2009年6月時点で前年同月比43%減、国内乗用車生産台数は2009年4月時点で前年同月比52%減に落ち込んでいる。これに対して自動車の安全機能は増え続けており、ネットワークの需要は旺盛である。また疾患治療と健康維持への出費は増大し続けていると説明した。

国内機械受注と国内乗用車生産台数の推移(いずれも前年同月比)自動車が採用してきた安全対策の推移と、自動車の燃費推移
国内のインターネットにおけるダウンロードトラフィックの推移と、国内携帯電話契約数(および3G契約数の割合)の推移国民医療費の推移と特定保健用食品の市場規模推移

●自動車用ミリ波レーダーのコストを低減
フリースケールの車載事業担当ジェネラルマネージャーを務める林章氏

 こういった状況のなかでフリースケール(注:Freescaleは米国本社の略記、フリースケールは日本法人の略記)がどのようなソリューションを提供していくかの例を、同社幹部と高橋社長が説明した。初めに、フリースケールの車載事業担当ジェネラルマネージャーを務める林章氏が登壇し、自動車分野でフリースケールが提供するソリューションを解説した。

 自動車産業が抱える大きな課題は、「安全」と「環境」である。安全は交通事故とその死者数を減らすことであり、環境は地球温暖化ガスの排出量を減らすことだ。林氏はまず、国内における交通事故死者数の年次推移を示し、エアバッグに代表されるパッシブセーフティ(受動的安全)技術の普及によって'90年代半ば以降、死者数が減少していることを示した。また衝突時の速度が10km/h下がるごとに、死亡率がほぼ半分に下がるというデータを見せていた。このことから、今後はアクティブセーフティ(能動的安全)技術によって衝突を未然に回避したり、衝突を事前に検知して走行速度を下げたりすることがより重要になると述べた。

 そして、ミリ波レーダーによる接近車両検知システムの例を示した。従来のミリ波レーダー・システムは、送信ICと受信ICにGaAs(ガリウム・ヒ素)半導体を使用していた。これに対してFreescaleは、SiGe(シリコン・ゲルマニウム)半導体の送信ICと受信ICを提供する。SiGe半導体はシリコン半導体回路を集積しやすいので、ミリ波レーダーの構成に必要な半導体のチップ数が減少するとともに、実装面積が小さくなる。

 また、自動車安全技術用マイコンの製品展開を説明した。現在は130nm技術によるマイコンを量産中である。今後は90nm技術による高度運転支援システム(ADAS:Advanced Driver Assistance System)用マイコンとレーダーシステム用マイコンを開発、量産していく。

国内の交通事故死者数の推移と衝突時速度と死亡率の関係フリースケールが自動車安全用に開発してきた半導体製品の実績
ミリ波レーダー・システムの構成自動車安全技術用マイコンの製品ロードマップ

●3.9G携帯電話基地局用の高性能マルチコアDSP

 続いて林氏と交代でマーケティング本部のジェネラルマネージャーを務める伊南恒志氏が登場した。伊南氏はまず、携帯電話システムの次世代通信規格「LTE(Long Term Evolution)」を紹介した。LTEは3.9G(第3.9世代)携帯電話システムの本命とされるデータ通信規格で、下り方向(基地局から端末への方向)で最大300Mbps、上り方向(端末から基地局への方向)で最大75Mbpsのデータ通信速度を有する。

 この3.9Gシステムの基地局ベースバンド処理に向けてフリースケールは、マルチコアDSP「MSC8156」を用意した。6個の「SC3850」DSPコアとベースバンド・アクセラレータ回路を内蔵する高性能DSPチップである。「MSC8156」を搭載したボードで、LTEのレイヤ1処理を模擬的に実行してみせた。

フリースケールのマーケティング本部ジェネラルマネージャーを務める伊南恒志氏携帯電話システムを使用したデータ通信方式のロードマップ3.5G携帯電話と3.9G携帯電話のベースバンド処理
マルチコアDSP「MSC8156」搭載ボードによるLTE基地局ベースバンド処理のデモンストレーションマルチコアDSP「MSC8156」搭載ボード。強制空冷ファンで放熱している個所に「MSC8156」があるマルチコアDSPの製品ロードマップ

●健康管理機器を情報処理機器と相互接続
フリースケールのメディカル&インダストリアル ソリューション プロダクト・マネージャーを務める長竹功二朗氏

 伊南氏の後は、フリースケールののメディカル&インダストリアル ソリューション プロダクト・マネージャーを務める長竹功二朗氏が登壇した。初めに、健康管理機器と情報処理機器を相互に接続するガイドラインを策定する業界団体「コンティニュア・ヘルス・アライアンス(Continua Health Alliance)」を紹介し、続いてフリースケールが健康管理機器向けに各種のセンサーと低消費電力マイコン、ソフトウェアスタックを提供していることをアピールした。

 またコンティニュア・ヘルス・アライアンスが策定したガイドライン(コンティニュア相互運用性ガイドライン)に準拠した機器の開発を容易にするため、リファレンス・デザインをサードパーティ企業が供給すると説明した。

「コンティニュア・ヘルス・アライアンス(Continua Health Alliance)」の概要フリースケールが健康分野に提供するソリューションセンサー製品のロードマップ
健康管理機器向けマイコンのロードマップリファレンス・デザインの例リファレンス・デザインに含まれる開発ボード

 続いて健康管理機器のベンダーである株式会社タニタで代表取締役社長を務める谷田千里氏がゲストとして登壇し、タニタとフリースケールが共同で試作した、コンティニュア準拠の歩数計「FB-799」と体組成計「BC-599」を紹介した。また共同開発の過程でフリースケールの提供するソフトウェア・ライブラリが安定して動作したこと、フリースケールの技術サポートが素早かったことなどをコメントしていた。

株式会社タニタの代表取締役社長を務める谷田千里氏コンティニュア準拠の歩数計「FB-799」と体組成計「BC-599」の概要
FTFJ 2009併設の展示会にコンティニュア準拠の体組成計(左)と歩数計(右)の試作品が展示されていたタニタとフリースケールの試作品(サンプル)共同開発におけるタニタのコメント

●Windows 7マシンのセンサー・アプリ開発を支援

 谷田氏と長竹氏が降壇した後は、フリースケールで技術本部のジェネラルマネージャーを務める友眞衛氏が登壇した。友眞氏は、シャープが8月に発表したばかりのモバイル・インターネット端末「NetWalker」を持って登場した。「NetWalker」にはFreescaleが開発したARMコア内蔵マイコン「i.MX515」がメインCPUとして搭載されている。「i.MX515」はスマートブックや電子書籍などのメインCPUに適しているほか、使用温度範囲が-40℃~+85℃と広いので車載用情報機器にも使えるとした。

フリースケールで技術本部のジェネラルマネージャーを務める友眞衛氏友眞氏が所持してきたシャープのモバイル・インターネット端末「NetWalker」
「i.MX515」が新たな市場を創造するとしたi.MXファミリ(ARMコア内蔵マイコンファミリ)の製品ロードマップ

 友眞氏は新しい市場を創造する要素技術の例として、Windows 7で新たに実装した「Windows Sensor and Location Platform」を紹介した。これはセンサー情報の取得アプリケーション用API(Sensor API)と位置情報の取得アプリケーション用API(Location API)を含む開発プラットフォームで、センサーや位置探索デバイスなどのアプリケーション開発を極めて容易にする。

 講演では開発したアプリケーションによる、デモンストレーションを見せていた。グローブの指先に3軸加速度センサー、手首にバッジ・ボードを装着し、Windows 7搭載のノートPCと接続する。友眞氏はノートPCに表示した仮想的なピアノ鍵盤を、グローブの指先を動かして弾いて見せた。

Windows 7に実装された開発プラットフォーム「Windows Sensor and Location Platform」「Windows Sensor and Location Platform」のアプリケーション開発に向けたバッジ・ボード
デモンストレーションの構成。グローブの指先に3軸加速度センサーを搭載し、センサー出力をWindows 7搭載ノートPCに取り込むノートPCに表示した仮想的なピアノ鍵盤を、グローブで弾いて見せた

 続いてゲストとしてマイクロソフト株式会社コマーシャルWindows本部本部長を務める中川哲氏が登壇し、Windows 7の概要と「Windows Sensor and Location Platform」の位置付けを説明した。興味深かったのはWindows 7が動作するシステム要件を「過去のWindows OSに関するシステム要件とは違い、Windows 7ではきっちり動くスペックである」と強調していたことだ。

マイクロソフト株式会社コマーシャルWindows本部本部長を務める中川哲氏Windows 7が動作するシステム要件「Windows Sensor and Location Platform」の位置付け

 半導体の市況は2009年2月に底を打ったとはいうものの、2008年前半の水準にはまだ回復しておらず、厳しい状況が続いていることに変わりはない。だからといって製品開発と技術開発を中止してしまっては、将来の事業機会を失ってしまう。FTFJ 2009からは、苦しい経済情勢のなかでもFreescaleが新市場の創出に向けていくつかの手を打っている様子がうかがえた。

[Reported by 福田 昭]