後藤弘茂のWeekly海外ニュース

「PlayStation VR」の399ドルという価格

PS VR

基準となるセットで399ドル/44,980円のPS VR

 価格は米国で399ドル、日本では44,980円。ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のバーチャルリアリティシステム「PlayStation VR」(PS VR)の価格だ。米SCEは、米サンフランシスコで開催されているゲーム開発者カンファレンス「GDC」(Game Developers Conference)に合わせて開催した発表会兼体験会で、PS VRの価格と発売時期を発表した。同社のアンドリュー・ハウス氏(代表取締役社長兼グローバルCEO, ソニー・コンピュータエンタテインメント)は、PS VRの発売時期を今年(2016年)10月とアナウンス。日本、北米、欧州、アジアの全域で発売することを明らかにした。

世界主要地域でのPS VRの価格

 この価格は、純粋にPS VRのキットの価格だ。PS VRのヘッドマウントディスプレイと、PS4やディスプレイと接続するプロセッサユニット、各種ケーブル類などが含まれる。PS4本体はもちろん、PS VRを楽しむために事実上必要となる2眼カメラ「PlayStation Camera」や、オプションで使うVRアプリケーションが存在するモーションコントローラの「PlayStation Move」(PS Move)も含まれていない。実際の発売時には、そうした周辺デバイスもセットになったお得なパッケージも登場する可能性が高いが、今発表されているのは、“素の”VRセットで、あくまでも、PS4とその周辺機器を一揃え持っているユーザー向けのものだ。

PS VRのセット内容

最初からターゲットとなっていた399ドルという価格設定

 コードネーム「Morpheus」(モーフィアス)と呼ばれたPS VRは、その価格が特に注目されていた。PS VRは、ゲーム機メーカーのSCEが出す、コンシューマ向けのVR(Virtual Reality)システムであり、怒濤の勢いで登場しつつあるVRシステムの中の大本命。その普及度が、VR自体が本当にコンシューマに浸透するかどうかの試金石となる。そして、PS VRの普及のカギを握るのは、価格だと見られていた。

各国での価格設定

 注目の中での、今回のPS VRの価格発表に対しての反応は、一言で言えば、可もなく不可もなくだろう。「価格が高すぎる、これではダメだ」という設定でもなければ、「価格が思ったより安い、これならバンバン売れる」と騒がれる設定でもない。あるゲーム業界関係者は「これ以上もこれ以下もない価格。もし499ドルだったら、全く売れないだろう。299ドルだったら、逆ざやになって1台売る毎にソニーが損をしただろう。399ドルは、もっとも妥当な価格」と言う。

 実際に、SCE側も399ドルを最初からターゲットとしてPS VRの設計開発を行なったという。「399ドルという価格については、最初から、大体そのあたりの価格だとイメージして開発を始めていた。決して他社さんの価格を聞いてから設定したわけではない。我々はハイスペックの製品を作っているため、コスト的に考えて、価格との折り合いをつけると399ドルが一番ぴったりとなる」と伊藤雅康氏(EVP兼PSプロダクト事業部 事業部長 兼ソフトウェア設計部門部門長,ソニー・コンピュータエンタテインメント)は語る。

 無理をして超ハイスペックの超高価マシンを作るわけではなく、また、逆ざやで売るわけでもない。他社のVRシステムと比べても、相対的にお得感のある価格だ。実際には、PS VRのキットの内容を見ると、コスト的に考えると、399ドルでも下限の設定だと推測される。

PS VRの製品版のスペック

 PS VRのコストを押し上げている原因の1つは、プロセッサユニット(PU)と呼ばれるボックス。PS4からの出力を、PS VRのヘッドセットとTVディスプレイに分岐させるユニットだ。ダムなユニットではなく、3Dオーディオプロセッシングや、SCEがソーシャルスクリーンと呼ぶヘッドセット内の画像を外部モニタに映し出す画面生成も行なう。当然、カスタムチップとメモリが入っていることになり、コストを押し上げる。

プロセッサユニットの機能

 外部モニタにVRヘッドセットの画像を違和感のない絵にして映し出すというのは、PS VRの独特の機能だ。SCEが余計なボックスまで付けても、このソーシャルディスプレイにこだわるのは、ヘッドセットを装着したユーザー一人だけの体験になるというVRの難点を解決するためだ。

ハードルが高い日本でのPS VRの浸透だが

 冒険し過ぎない価格設定のPS VR。399ドル前後を最初から想定していたとすれば、この価格帯ならある程度普及できるという見込みがあることになる。ただし、PS VRの普及については、日本と欧米で、条件が大きく異なる。なぜなら、欧米と日本では、PS4本体自体の普及度が異なるからだ。

 今回のカンファレンスの冒頭で、ハウス氏はPS4が世界で3,600万台売れており、SCEの歴史で最も急速に売れているコンソールだと宣言した。3,600万台のインストールドベースなら、399ドルのPS VRもそれなりに売れる見込みは立つ。しかし、売れているのは欧米など海外で、日本での普及度合いは相対的に低い。

アンドリュー・ハウス氏(代表取締役社長兼グローバルCEO)

 欧米では、前世代ではPLAYSTATION 3(PS3)とXbox 360、Wiiで分けていた市場に、今世代はPS4が一人勝ちで他機種に差を付けて浸透している。そのため、一般家庭への普及度が極めて高い。最新の統計がないので明確ではないが、各種市場調査では日本と米国や欧米では、台数が1桁違っている。

 既にPS4が普及している市場では、PS VRはプラス399ドルだけの出費となるので浸透し易い。それに対して、日本は、ゲームコンソール自体の市場が現在は冷え込んでいるため、PS4自体の普及度が低い。PS4を持っていない状態で、PS VRをプレイできる環境を揃えようとすると、PS4本体とPSカメラも購入し、できればモーションコントローラPS Moveも揃えることになる。合計で9万円を超える出費となる。一般的な家庭で、稟議を通る出費とは言い難い。PS4自体が普及していない市場では、PS VRがPS4のカンフル剤にもなりにくい。PS4を現在持っていないが、PS VRが欲しいからPS4も買うというユーザーは、それだけの出費を覚悟できる層に限られるからだ。

オプションのPS Moveも対応コンテンツは多い

 とは言え、日本でPS4を購入しているユーザーは、それだけアクティブなゲーマーで、新ゲーム体験にも敏感な層と言える。そのため、普及台数が低くてもPS VRに飛びつくコンシューマの数は多い可能性がある。このあたりは、どれだけPS VRの魅力を訴えることができるかにかかっている。

体験させることが重要となるVR製品のマーケティング

 VRは不思議なインターフェイスで、実際に試すと、強烈で新鮮な感覚に惹きつけられる。体験しないとコンシューマが理解できない度合いが、非常に高い。逆を言えば、体験させれば、PS VRの魅力にのめり込む潜在購入者を作ることができる可能性が高い。そのため、昔のゲーム機とは違った、体験型のマーケティングが必要となる。今回の発表会で、SCEが体験コーナーを充実させたことは、同社が実体験の重要性を理解していることを意味している。

サンフランシスコでの発表会場に併設された体験コーナー。懐かしのRezもPS VRで登場

 また、VRは新技術であるため、進歩が非常に急速で、どんどん改良されるため、新たに試し続けてもらう必要がある。初期のVRを体験して、VR酔いでVR自体に悪印象を持った人も多かったはずだが、過去1年ほどの進歩で、その問題はかなり解決されつつある。

 VRコンテンツ自体も急速に進化している。1年前の段階では、試験的な小粒な作品ばかりだった。しかし、今回の発表会では、通常のゲームとして十分に楽しめる完成度のコンテンツが多数体験展示された。コンテンツの充実度では、他のVRプラットフォームからひとつ抜きん出ている。

 今年(2016年)は、VRの爆発年となる。PS VRだけでなく、主要なものだけでも「Oculus Rift」、「HTC Vive」、「Samsung Gear VR」など。そして、発売時期は今年(2016年)前半が、1つの山場になっている。そこからすると、PS VRの10月という発売時期は、やや遅いように見える。しかし、SCEにとって、これは特に不利な材料ではないという。それは、VR市場を立ち上げるための、ソフトウェアの本数とハードウェアの台数を揃えるために必要な期間だからだと言う。

 「10月という時期は、ハードウェアとコンテンツの両面から決めさせていただいた。ハードウェアの生産は順調に進んでいるが、期待がどんどん高まり営業からの要求数もどんどん増えている。そのため、しっかり作り貯めてからローンチさせる必要がある。

 コンテンツは、今回展示させていただいているタイトル数だけでも、かなり揃ってはいる。しかし、年末までにはさらに増やして合計50タイトルを揃える予定だ。50本はローンチ時期としてはかなり多いはずだが、それだけでなく、クオリティも高くする。ユーザーさんにコンテンツの選択肢を増やして楽しんでもらえるようにする。

 そうした事情から、発売時期を決めた。他社を見て時期を決めるのではなく、準備をきちっとやって出すほうを優先した」。

 ゲーム機ビジネスでは、ハードウェア仕様が完成してから、その仕様に合わせたコンテンツを揃えるまでにタイムラグがあり、コンテンツに合わせてハードウェアを生産してローンチさせる。PS VRは、そうしたゲーム機のビジネスモデルに沿った立ち上げを行なう。それも、ローンチから年末までに50タイトルは、ゲーム機としても非常に多い。また、PS VRの開発に携わる開発者は230に登るという。

PS VRタイトルの開発を行なう開発者数
無料で遊べるPlayroom VRも付いてくる
PS VRのパートナー各社。スター・ウォーズも登場
PS VRタイトル以外にもPS4タイトルが充実。ファーストパーティタイトルでは「人喰いの大鷲トリコ 」が登場

 ちなみに、SCEは、社名を4月1日からソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)に変更することを発表している。今回の発表が、SCEの名前での最後の大きな発表となりそうだ。

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail