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「ラズパイでIP-KVM自作して」の依頼を華麗にスルーして「NanoKVM Pro」を推したい理由

 おおよそ1年ほど前、Sipeedから発売されたIP-KVM「NanoKVM (Cube)」をレビューしたが、今回は新型となる「NanoKVM Pro(Desk)」(以下NanoKVM Pro)を購入したため、改めてこちらについて紹介していきたいと思う。

左が今回のNanoKVM Proで右が従来のNanoKVM(Cube)。NanoKVM(Cube)はディスプレイが傷だらけになることを防ぐために初期フィルムは貼ったままにしてある

導入のきっかけと外観チェック

 筆者のKVMの主な使用方法としては、別の部屋の検証用スペースにあるPCを、自室もしくは外出先から操作すること。今の時期は部屋が寒く、PCには都合が良いかもしれないが、筆者はとても耐えられない。2部屋分エアコンを入れると電気代が嵩むが、ここでNanoKVMを導入すれば自室から操作ができるため、エアコンは1部屋分で済むというわけだ。

 まずはNanoKVM Proの外観についてチェックしていこう。NanoKVM Proは卓上に設置できる「Desk」と、PCIeスロットに設置する「ATX」のバリエーションが存在するが、今回利用したのは「Desk」の方だ。ブラックを基調としたデザインで、アルマイト加工のマットメタルシェルを採用している。

NanoKVM Proの前面。右側が初期型、左側が現行型。正面右上にあるサムホイールの色と形状が異なる
NanoKVM Proの裏面

旧製品とスペック比較

 今回レビューするNanoKVM Proはその名の通り、既存の「NanoKVM (Cube)」の上位モデルとなっている。何が変わったか見ていこう。

SoCがRISC-VからArmへ刷新

 NanoKVM (Cube)は「LicheeRV Nano」と呼ばれる、RISC-Vアーキテクチャを採用した同社のシングルボードコンピュータを拡張する形で構築された製品だった。対して今回のNanoKVM Proは、Armアーキテクチャを採用した独自の設計へと進化を遂げている。

 SoCに採用された「AX630C」は、AXERA(愛芯元智)が製造するArm SoCで、デュアルコアのCortex-A53(1.2GHz)を搭載している。性能の目安を挙げれば、かつての「Qualcomm Snapdragon 410」がCortex-A53(最大1.2GHz)のクアッドコア仕様だったため、単純なマルチタスク性能で考えれば「あのSnapdragon 410の半分くらい……」といったところだろうか。「M5Stack LLM630 Compute Kit」と同じSoC、といえばピンとくる方もいるかもしれない。

 IP-KVMというジャンルは、PCの画面をリアルタイムで取り込む必要があるため、強力な映像系ハードウェアエンコーダが不可欠だ。その点、AX630CはH.264だけでなくH.265にも対応している。さらに、INT8で3.2TOPSという性能を持つNPUまで搭載しており、IP-KVM用途としては現状、若干オーバースペック気味なほど贅沢な仕様となっている。

 ざっくりいえば、基本性能が底上げされたまさにPro版といったところだ。

項目NanoKVM Pro(Desk)NanoKVM (Cube)
SoCAX630C (Arm)SG2002 (RISC-V)
メモリ1GB LPDDR4X256MB DDR3
ストレージ32GB eMMC32GB microSDカード
システムNanoKVM+PiKVMNanoKVM
解像度4K30Hz/2K60Hzなど1080p60Hz
ビデオエンコードMJPG/H.264/H.265
(H.265は現時点で未対応)
MJPG/H.264
オーディオ転送×
イーサネット1Gbps100Mbps
ディスプレイ1.47型 カラーLCD0.96型 モノクロOLED
サイズ65×65×28mm40×36×36mm

IP-KVMならではの強みをおさらい

 NanoKVM ProはジャンルとしてはIP-KVMと呼ばれるジャンルの製品となる。

 KVMの「K」はキーボード、「V」はビデオ、「M」はマウスの略で、これらのインターフェイスをIPネットワークに載せて遠隔操作するデバイスがIP-KVMとなるが、強みについても再確認していきたい。

リモートデスクトップにはできない強み

 NanoKVMはリモートデスクトップとは違い、PCのリソースを消費せず、BIOS(UEFI)レベルの操作が可能だ。これにより、たとえばベンチマークテスト時でも自身の手と眼の代わりになってくれるため重宝する。特にPCMark 10など時間がかかる今のベンチマークテストにおいて、PCの前で「地蔵」になっているくらいなら、エアコンの効いた自室で画面をチラ見しながらソシャゲのデイリーを回していた方がよっぽど効率的である。

NanoKVM Proを含むIP-KVMを使えばリモートデスクトップでは操作ができないBIOS(UEFI)も遠隔操作できる
ベンチマークテストもディスプレイ側がフルHDクラスで問題なければ有効活用できる

ATXパワーコントロールで物理的な電源操作も可能

 付属の基板を使えば、NanoKVM Proから電源操作が可能になる。PCケースの電源ボタンを共存させることも可能で、コネクタは一般的なマザーボードのフロントパネルコネクタに適合している。ATXパワーコントロールはNanoKVM (Cube)と同じため流用も可能だ。

ATXパワーコントロールを使うことで、NanoKVM Proから電源操作が可能になる
対象デバイスのMACアドレスを入力することにより、Wake-on-LANから起動させることもできる

HDMIループアウトとオーディオ転送など進化点を確認

 NanoKVM Proで進化した目玉機能として、HDMIループアウトとオーディオ転送は大きな進化ポイントだ。

分配器要らずのHDMIパススルー

 NanoKVM (Cube)はHDMI入力しかできなかったため、ディスプレイに表示しながら使うには別途HDMI分配器が必要だった。今回のNanoKVM Proでは入力と出力端子がついており、パススルー出力が可能になったのはスペース的にもコスト的にもありがたい。

 ただし、本体のHDMIポートが短いピッチで横に並んでいるため、モールド部分が広いケーブルだと干渉する可能性がある。

干渉しないようなHDMIケーブル
NanoKVM(Cube)で画面も表示しながら使用する場合は写真のようなHDMIを2画面に分配するスプリッターが必要だったが、NanoKVM Proからは不要になった

低遅延なオーディオ転送とバーチャルマイク

 NanoKVM (Cube)は、HIDインターフェイスと映像のみの転送だったため、オーディオについては非サポートだった。対してNanoKVM Proでは、HDMIを通じたオーディオ転送を正式にサポート。これにより、遠隔操作しているPCの音がそのまま手元で聴けるようになった。

 正直なところ、筆者としては「音が鳴ったところでベンチマークのスコアが変わるわけでもないし、あれば良いかな」程度に思っていたのだが、いざ音のある環境に慣れてしまうと、もはや音なしの運用には戻れなくなってしまった。

 遅延についても非常に優秀だ。筆者が自宅内のLAN(無線環境)で使用する限り、ゲームはもちろん、DTM用途でも遅延が気になることはなかった。ネットワーク環境に左右される部分は大きいものの、数フレームの差が命取りになるような格闘ゲーム等でない限り、実用上の大きな問題になることはないだろう。

 さらに、ファームウェアVer.1.2.10からはバーチャルマイクもサポートされた。

筆者のMacにNanoKVM Proを接続してFL Studioを使ってみたが、意外にも普通に使えた
NanoKVMのシステムでステラソラをプレイ中。60fps出ており遅延も気にならない
バーチャルマイク機能を有効にするときのメッセージ
有効にするとマイクが認識される。HIDと同じUSBポートから接続される
デバイスとしては認識しているのだが、サウンドレコーダーを使ってみたところ録音はできていない

NanoKVMとPiKVMの「二刀流」

 NanoKVM Proは、従来のNanoKVM用システムに加えて、Raspberry PiをベースとしたPiKVM用のシステムに切り替えられるようになった。動作が軽快なNanoKVMに対し、細かい設定を重視するならPiKVMという使い分けができる。これらはOSをデュアルブートしているようなものなので、設定は個別に行なう必要がある。

 特にPiKVMについてはWeb UIアクセス用とLinuxのスーパーユーザー(root)用の両方の更新が必要なので、使用する場合はしっかりと設定してから運用していきたい。

NanoKVMのメニューからPiKVMへ切り替えができる

 NanoKVMの貼り付け機能は現状、英語キーボード配列として送信されてしまうため、日本語環境だとURLの「:」が「+」に置き換わるなどの不便さがある。一方でPiKVMシステムには日本語配列でもキーマップを変換してくれる機能があり、こちらを使うメリットの1つとなる。

NanoKVMの場合、貼り付け機能が英語配列として送信されてしまい、日本語環境だと記号の手直しが必要になる場合もある
PiKVMのシステムでは日本語配列でもキーマップを変換してくれる機能がある

頻繁なアップデート

 NanoKVM Proは本記事の執筆期間中にも何度もアップデートが配信されており、機能追加や不具合の修正が継続的に行なわれている。2026年に入ってからすでに3回ものアップデートが行なわれているほどのスピード感で、ソフトウェアの進化が非常に速い。

 具体的な変更点や最新の開発状況が気になる方は、以下のGitHubリポジトリをチェックしてみると良いだろう。

NanoKVM Pro (GitHub)

TailscaleとVPNを活用したリモート接続

 外出先から接続するには、VPNもしくはTailscaleを使用する。Tailscaleの設定項目はNanoKVM内に用意されており、手軽に試せるようになっている。

Tailscaleの設定項目はNanoKVM内にある

 現在、オーディオ転送に対応しているのはH.264(WebRTC)モードのみだ。ビットレートはデフォルトで8Mbps前後、最大20Mbpsまで上げることができる。筆者が某イタリアンレストランのフリーWi-Fi(約4Mbps)で試したところ反応も悪く紙芝居状態になったため、外出先では「それなりの」回線速度が必要だ。

モバイルデバイスでの操作性

 スマートフォンでの操作はソフトウェアキーボードが画面を占有してしまい、操作性はあまり良くない。また、iPadをフルスクリーンモードで使うとソフトウェアキーボードが原因で詐欺警告が出続けるといった問題もある。そして、やはりマウスとキーボードがあった方が断然操作しやすく、結局ノートPCでアクセスするのが手軽という結論に至った。

Galaxy S24 UltraでPC Watchのページを表示してみた
ソフトウェアキーボードが画面を占有してしまい、正直スマートフォン単体での操作性は悪い
iPad Proでも回線速度が十分ならキビキビと動作する
iPadをフルスクリーンモードで使用していると警告が出続ける問題がある

多機能なディスプレイ

 NanoKVM Proでは320×172のタッチパネル内蔵のフルカラー液晶が搭載されている。NanoKVM(Cube)でもモノクロOLEDによりIPアドレスやフレームレートといった情報が把握できたが、正直なところIP-KVMにそれ以上の情報が必要なのかといえば不要、というのが筆者の思いだ。

 もちろん、便利だと感じる場面もあった。特にHDMI入力映像を本体側でプレビュー表示できる点は、接続先ディスプレイを別のマシンで使用している状況でも「映像が正常に入力されているか」を切り分け/確認でき、トラブルシュートの手間を減らせた。

液晶画面には、IPアドレスやフレームレートなどが表示される
HDMIから入力している画面をディスプレイに表示することも可能だ

今後に期待?なアプリ

 なぜわざわざフルカラー液晶を搭載しているかといえば、従来通りの情報表示はもちろんのこと、アプリを起動することによる新しい体験を提供したいという思いがあるのだろう。

 実際にSipeedではNanoKVM ProでDOOMを起動するデモなどをXで公開している。この手のガジェットあるあるの「とりあえずビール」ならぬ「とりあえずDOOM」といった状態で、使い方はまだ「これから」。何か便利なアプリが開発されれば化ける可能性はあるかもしれない。起動までの操作が面倒というバリアもあるため、よく使用するアプリはショートカットで起動できるようにするなど改善が必要に感じる。

アプリ上で電源操作ができる画面。ハードウェアの制約を解決する手段としては良さそうだ

eMMC活用による高速なISOマウント

 ISOイメージをマウントする機能も健在だ。NanoKVM Proは内部のeMMCへ書き込むため、Gigabit Ethernet経由で100Mbpsを超える書き込み速度を実現している。

Windows11のISOイメージを転送している様子。100Mbps超えを記録している
Windows11のISOイメージをマウントした様子
Windows11のISOイメージからインストーラを起動したところ

Raspberry Pi 4で自作する「DIY PiKVM V2」

 筆者としては当初よりNanoKVM Proを紹介する特集としたかったのだが、タイトルにある通り、同時期に編集部から「余っているラズパイがあるならPiKVMを自作すればいいのでは、その特集を書いてほしい」という依頼が舞ってきた。

 そこで汎用のラズパイを使い自作する「DIY PiKVM V2」についても触れておき、NanoKVM Proを比較をしてみたいと思う。

ハードウェアの調達と注意点

 DIY PiKVM V2は「Raspberry Pi 4」もしくは「Raspberry Pi Zero 2 W」に対応している。

 そもそもRaspberry Pi 4が“余ってる”わけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)というノリで1,000文字くらいは書けそうだったが、その需要はなさそうなので、端的にいえば家の段ボールの中からRaspberry Pi 4を発掘した。

 ちなみに最新のRaspberry Pi 5はビデオエンコーダ非搭載のため、IP-KVM用途には向かないので注意が必要だ。

発掘したRaspberry Pi 4 Model B 4GB
新たに購入したケース「Argon NEO」とHDMI to CSI-2アダプタ「C790」
Raspberry Piに最適な5V 3Aのアダプタは秋葉原のじゃんぱらで購入
OTG使用のために必要なY字ケーブルだが、低電圧警告が出やすく選び方は難しい。今回のY字ケーブルはUSB PD 60W対応とうたわれているものだったが、このケーブルでも低電圧警告が出てしまった

 筆者が購入したリストは以下の通り。

  • Gensorneo-4つの換気ケース,アルミニウムシェル,磁気引き戸カバー,パッシブクーリングサポート,ファン(実際はArgon NEO)
  • C790 1080P 60Hz HDMI 互換 CSI-2 アダプター & I2S BliKVM ボードサポートオーディオ Raspberry Pi 5 4B 3B+ 3B Zero CM4 用
  • Type-C to デュアルType-C ヘッドホンジャックオーディオケーブル 2 in 1 PD60W急速充電OTGアダプター iPhone15/16、Samsungタブレット、ノートパソコン対応

ATXコントローラの自作

 既製品と違い、電源操作用のATXコントローラも自作する必要がある。秋月電子でフォトカプラ等の部品を揃え、クイックスタートガイドの配線図を元に回路を作成した。

DIY PiKVM V2 クイックスタートガイドに掲載されている配線図
実際に組んでみた様子。C790は養生テープで仮固定

 筆者が購入したリストは以下の通り(一部筆者がすでに所有していたものもある)。

ブレッドボード+ジャンパーワイヤーセット EIC-102J
フォトカプラPC817 4つ
ブレッドボードで使用するため、丸ピンICソケット (4P) 4つ
ブレッドボード・ジャンパーワイヤ(オス-メス) 15cm(黒)※適切に色を分けた方が望ましい
カーボン抵抗(炭素皮膜抵抗) 1/4W 330Ω
カーボン抵抗(炭素皮膜抵抗) 1/4W 470kΩ

NanoKVM Proとの性能比較

 実際に動作させてみると、解像度はフルHD/50Hzが限界で、フレームレートも30fps前後、オーディオ転送は非対応だ。スペック的にはNanoKVM (Cube)の方が競合となるだろう。

PiKVMでの動作。設定変更程度なら良いが、ゲームは厳しい

 NanoKVM Proの後にDIY PiKVM V2を構築してみたが、汎用性重視ではなく、あくまでもIP-KVMとして見ると正直割に合わないというのが感想だ。快適な操作環境を求めるなら、素直にNanoKVM Proを選ぶのが正解といえるだろう。

まとめ: 荒削りながらも圧倒的な進化を遂げた「Pro」の名に恥じない1台

 従来のCube型に比べ、HDMIパススルーやオーディオ転送といった「痒いところに手が届く」進化を遂げたNanoKVM Pro。HDMIの認識にやや不安定な場面があるなど、発展途上のガジェット特有の挙動は見られるものの、Gigabit EthernetとArm SoCによる操作感は極めて快適だ。

 自作のPiKVMにロマンを感じるのも良いが、実用性とコストパフォーマンスを重視するなら、この「完成された既製品」を選択肢の筆頭に据えるべきだろう。ちなみにWi-Fi版とPoE+Wi-Fi版があるが、Wi-Fiは日本の技適は取得していないと考えられるので注意しよう。