ニュースの視点

半ば強引なWindows 10へのアップグレードをどう見るか

~大河原氏、笠原氏、山田氏の視点

このコーナーでは、直近のニュースを取り上げ、それについてライター陣に独自の視点で考察していただきます。

 “毎月10日はWindows 10の日”。日本マイクロソフトが6月10日に開いたWindows 10の動向を説明する説明会では、Windows 10の企業や各機関への導入状況や、セキュリティリスクに対するWindows 10導入の重要性などについて説明されたが、同時にWindows 7 SP1/8.1から10にアップグレードする「Windows 10を入手する」ダイアログでの操作方法や、アップデートをキャンセル方法まで解説される事態に至った。

 この背景には、このダイアログを無視して「×」ボタンを押しても、自動的にWindows 10にアップグレード予約がされるという、予想外の動作にある。つまり、半ば強引的にWindows 10にアップグレードさせようというMicrosoftの意思が見える点だ。これをライターの各氏はどう見るのか。

大河原克行氏の視点

 Windows 10への無償アップグレードが7月29日に終了するまでに、既に50日を切った。

 それに伴い、日本マイクロソフトは、Windows 10へのアップグレードを促す提案をさらに加速。その「強制」ぶりに批判が集まっている。

 6月中旬からは、Windows 7をSP1にアップデートしていないユーザーや、Windows 8.1にアップデートせずに、Windows 8のまま利用しているユーザーに対しても、Windows 10への無償アップグレードを促す告知を、デスクトップ上に表示することも明らかにしている。対象外のユーザーに対しても、対象OSへとアップデートさせ、Windows 10へとアップグレードさせるという、想定外の措置にまで乗り出す。これらのユーザーの多くは意思を持ってアップデートを避けてきた人たちが多いと見られるが、日本マイクロソフトはそこにまでメスを入れてきた。

 日本マイクロソフトのやり方には問題があると言わざるを得ない。

 その最大の理由が、最新の状態で表示される「Get Windows 10」アプリでは、「Windows Updateの設定に基づき、このPCは次の予定でアップグレードされます」と表示され、アップグレードの予定日時を表示するが、問題は、この文言が表示されたアプリの右上の「×」ボタンを押しただけでは、アップグレードを拒否したことにはならないという点だ。

 これまでのWindowsの操作では、「×」ボタンを押せばその操作はキャンセルになるのが一般的。日本マイクロソフトでも、最新のGet Windows 10アプリが表示されることになる5月13日公開の修正プログラム「KB3095675」以前までは、「×」ボタンを押すことでキャンセルできるという説明をしていたが、今では、その説明が通用しなくなっている。

 その結果、意図しないのにWindows 10にアップグレードされる作業が開始されてしまうケースが続出。これが世界的に問題となっている。だが、この点への改善を行なう気配は日本マイクロソフトには見られない。7月29日までこの姿勢を貫き通す考えのようだ。なんとしてでもWindows 10へとアップグレードさせたいというのは分かるが、これではユーザー無視の状況と言わざるを得ない。

 個人ユーザーだけでなく、企業ユーザーへの影響も見過ごせない。

 大手企業や中堅企業では、情報システム部門などが主導して、PCの導入を図っており、制御をかけるといったことも行なっているが、専門部署を持たない中小企業では、現場部門において作業中にWindows 10へのアップグレードが開始されるなどの「トラブル」が発生している。

 一部企業では、Windows 10にアップグレードされたPCでは、経理精算のシステムが利用できなくなり、業務が滞るという問題が噴出した例を聞いた。最新のセキュリティ環境を実現できるなどのメリットはあるが、検証がしっかり行なわれなくては、業務に支障を来す可能性がある。

 実は、企業では未だにWindows 7の利用が多い。それは圧倒的もいえるほどだ。

 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が発表した「企業IT動向調査2016」では、Windows 7を導入している企業は87.7%にも達している。2014年4月のWindows XPのサポート終了を受けて、前年調査の80.9%から、増加している始末だ。そして、Windows 10の導入企業は1%未満に留まる。

 ビジネス用途が8割以上のパナソニックの場合、未だに半数以上がWindows 7搭載モデルやWindows 7へのダウングレードモデルでの出荷である。個人ユーザー以上にWindows 7へのこだわりが強いのが、日本の企業の特徴だ。

 業界内では、この6月末にWindows 8搭載PCの出荷が終了するため、Windows 7へのダウングレードを行なうために、これを購入したいという企業が相次ぎ、ちょっとした特需が生まれている。そして、2016年10月31日には、Windows 7搭載PCおよびWindows 8.1搭載PCの出荷が終了することになるため、さらに大きな特需があると予想されている。まだ、企業利用の中心はWindows 7であることに変わりはない。

 ところで、気になったのは、2度目のWindows 10の日とした6月10日に開催された日本マイクロソフトの記者会見における、世間との温度差の違いだ。

 Windows 10へのアップグレードにおける問題は、国会でも取り上げられ、安倍晋三首相の名前で答弁書が提出されるなど、国民的関心事として注目を集め、その「強制」ぶりにも非難の声が挙がってている。

 会見では、記者の間からもその点に関する質問が相次いだが、日本マイクロソフトでは、キャンセルできるパスが用意されていることやアップグレードをしても1カ月以内であれば元に戻せることを理由に、「強制ではない」と反論。そして、「意見は、米本社にフィードバックしている」と繰り返しながらも、「通知内容を見直す予定はない」、「日本だけ変更することはできない」などと回答した。

 この問題は、パスが用意されていることや、元に戻せるといった仕組みを用意しているから解決するものではなく、キャンセルの分かりにくさを発端にした強制的とも言えるアップグレードの仕組みにある。日本マイクロソフトが訴えるWindows 10のメリットも理解はできるが、今の状況で使い続けたいユーザーは必ずいる。キャンセルの仕方が分かりにくいため、これらのユーザーに対して、余計な労力や時間的負担をかけているのは明らかだ。

 会見の最後には、記者との間に押し問答的なやりとりも行なわれた。ここでは、なんとか謝罪の言葉を引き出したいという記者の意図も感じられはしたが、強い口調での質問に、Windows事業部門の責任者が回答に窮し、広報担当者に発言のフォローを求めるというシーンが見られたことは残念だった。この問題に対して、事業責任者が真っ向から取り組んでいないことを証明することにもなってしまったからだ。

 米本社の手法をそのまま踏襲せざるを得ないという事情もあるのだろうが、このままの状態で7月29日まで押し切るのであれば、それは、平野拓也社長が掲げた「喜んで使っていただけるクラウドとデバイスを提供する」という、日本マイクロソフトのスローガンの実現からは離れることになる。

笠原一輝氏の視点

 今回の騒動の本質はアップグレードのポリシー管理への理解不足にある。Windows OSの各種アップグレード(OSアップグレードやセキュリティパッチの適用など)には、よく知られている通りWindows Updateの仕組みが利用されている。Windows Updateは非常に柔軟にできており、エンタープライズの顧客から、一般消費者の顧客までカバーできるように作ってある。

 エンタープライズ環境では、Windows Updateがどのように行なわれるかはシステム管理者が専用のツールを利用して、適切なタイミングでアップデートを行なう。一般的にはシステム管理者が少数のマシンで問題が無いかをテストした後、各ユーザーのマシンに配布を行なう。従ってそうした環境では、システム管理者がWindows 10へのアップグレードを決断しない限りは、アップグレードが行なわれることはあり得ない。SNSなどではデジタルサイネージに利用されているPCで、Windows 10へのアップグレードツールが表示されていたという写真の投稿が話題になっているが、それはビジネス向けのPCなのにきちんと管理されていないPCだと言える。

 WindowsではこうしたOSのアップグレードを含む管理ツールがエンタープライズ環境では高く評価されており、逆に言えばiOSやAndroidなどのスマートOSがエンタープライズで普及しない最大の理由にもなっているし、デスクトップのWindowsで使われている管理ツールで同じように管理できるWindows 10 Mobileを搭載したスマートフォンが、エンタープライズで注目を浴びる理由の1つにもなっている。

 これに対して、一般消費者が利用しているPC、中小企業などで専任のシステム管理者を置かずに運用されているビジネスPCなどの場合が、今回大きな問題になっている。これらのPCの場合には、ユーザーが自分自身でアップグレードのポリシーを理解し、正しい設定をしなければならない。

 通常は自動アップデートする設定にしておけば、自動で最新のセキュリティパッチが当たるため、ユーザーがそれを意識する必要はまずない。しかし、今回はMicrosoftがWindows 7 SP1、Windows 8.1に対して、自動的にWindows 10へのアップグレードプロセスが走るようにしたため、Windows 10へアップグレードしたくない場合にはユーザー自身がその仕組みを理解して正しく設定する必要が出てきたのだ。ところが、一般消費者や専任の管理者なしに利用しているビジネスPCユーザーの多くはそれを理解しておらず、Microsoft側の周知徹底が足りなかったと言わざるを得ない状況だったため、今回の騒動に至ってしまったのだ。

 しかも間の悪いことに、Microsoftはアップグレードのウインドウを「×」ボタンを押して閉じた場合にもアップグレードプロセスを走らせるようにしてしまった。通常、Windowsでは「×」ボタンで閉じた場合にはキャンセルになるのだから、例えMicrosoftにその意志がなかったとしても、「無理矢理にでもWindows 10にアップグレードさせようとしている」と非難されても仕方がないだろう。その結果としてそれが国会で質問主意書の形で取り上げられる騒動を引き起こしてしまった。そんな騒動を招いてしまったこと自体が大失態だったし、顧客優先の同社のポリシーに反しているとしか言いようがない。これに関してはMicrosoft自身が大いに反省すべきだろう。

 言うまでもないことだが、アップグレードするかどうかはユーザーが決断することだが、Windows 10にアップグレードしておいた方が良い理由もある。特にこのWindows 10は、最後のメジャーバージョンアップと言われており、今後はOSのバージョンは上がらないものの、毎年機能が拡張されるという形で機能が追加されていく。今後新しい機能を使いたいとユーザーが思った時に、結局どこかのタイミングでWindows 10を導入しなければならなくなる可能性が高い。であれば、これを機にWindows 10のライセンスを得ておくというのも悪い選択ではないと思う。

 日本マイクロソフトの平野社長は記者会見で、無償アップグレード期間の延長は絶対にないと明言しており、7月29日以降はアップグレードは有償になる。将来的にWindows 10に乗り換える予定が少しでもあるユーザーは、一度でもアップグレードしておくと、ハードウェアとサーバー上の記録が紐付いて、将来もう一度アップグレードしようと思った時にも無償でアップグレードできるだけに、外付けHDDなどに今の環境をバックアップした上で、アップグレードしてみるというのも1つの考え方ではないだろうか。

山田祥平氏の視点

 Microsoftの理屈としてはWindows 7以降が使えている環境を最新のWindows 10にアップグレードするのだから何が悪いといったところか。

 飛行機にチェックインするときに、今日はエコノミーシートが満員だから、1つ上のビジネスクラスに移動してくださいと言われるようなものか。こちらは明らかに快適なフライトが約束されているので断る理由がない。

 でもアップグレードを断る権利もある。その権利を行使しにくくしてしまったところに今回の問題があるのだろう。しかも、アップグレード後の環境が、必ずしも快適なものになるとは限らない。今使えているアプリや周辺機器が使えなくなってしまうことへの不安、稼働するハードウェアの処理能力には最新のOSは荷が重いかもしれない可能性、何より、ルック&フィールが変わってしまうことで培ってきた慣れやノウハウがゼロリセットされるリスクがある。

 けれどもそれは、自分が使っているOSのバージョンさえよく分かっていないカジュアルなエンドユーザーにはあまり関係のない話だ。そういう層を「弱者」として悲劇のヒロインにしてしまうのは無理がある。

 Windows 7のリリースは2009年秋だから、かれこれ7年が経過している。その前のVistaをアップグレードした環境もあるだろうから、最古の環境は10年前のものかもしれない。それを最新のOSにアップグレードしようというのだから、させる方も、させられる方も、相当の覚悟が必要だ。Windows 7はその前のVistaより軽快になったし、そのシンプルさから移行にあまり抵抗がなかったのに対して、今回はちょっと違う。きっと今、悲鳴を上げているのは愛用しているWindows 7を、そのハードウェア環境のライフサイクルが終わるまで、静かに使い続けたいと思っている個人のパワーユーザーのうち、失礼ながらあまり向上心を持たない一部の人たちだろう。分かっているパワーユーザーなら、あれだけしつこくアラートが出ればとっくにブロックしているはずだからだ。

 企業は関係ない。企業はしかるべき管理者がいるのだから、グループポリシーなどでアップグレードをブロックしておけば済む話だ。管理者は日常的にエンドユーザーの自由や工夫を奪いまくっているのに、その努力をしないのは間違っている。もちろん管理者をおけるような企業ばかりではないから、すべてがうまくいく現場とは限らないのは分かっての極論だ。

 NHKの夜のニュースでキャスターが使っているPCがWindows 7の稼働するレッツノートだというのを見たりすると、この現場はちゃんと管理しているのだなということが分かる。生放送本番中にアップグレードプロセスが走ったりしたら、あるいはわざと走らせて問題提起するようなことをすればおもしろいのに……といったことをチラリとでも考えてしまった自分を反省しつつ、TVだったら、そのくらいのことはやってみればいいのにとも思う。

 よく分かっていない層を含めできるだけ多くのエンドユーザーをWindows 10に移行させること。企業などでWindows 10へのアップグレードをブロックすること。異なるように見えるその2つの事象の背景は実は同じだ。「みんな同じだから安心」。それに尽きる。管理者を持たないエンドユーザーにとって、管理者はOSベンダーであるMicrosoftだ。言うことを聞きたくないのなら、自分自身が管理者になって何とかするしかない。個人的には、とてもそんな覚悟は持てない。