大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
高難度なPC組み立ても何のその。年間300万台を誇る島根富士通の舞台裏
2023年8月29日 06:14
島根富士通は、FujitsuブランドのPCを生産する国内最大規模のPC工場である。主力のノートPCの生産に加えて、2021年5月からはデスクトップPCの生産も開始。このままいけば、2024年度前半には累計生産台数が5,000万台に達する見込みだ。
ここ数年は、自動化に加えて、データ活用への取り組みを積極化しており、スマートモノづくりを行なう拠点へと進化を図っている。現地取材を通じて、島根富士通の取り組みを追った。
18万平方mにおよぶ島根富士通の敷地
島根県出雲市にある島根富士通は、1990年10月に操業を開始し、今年で33年目を迎える国内最大のPC生産拠点だ。
当初は、FM TOWNSなどのデスクトップパソコンを生産していたが、1995年からはノートPCの生産に特化。富士通のPC事業の成長を下支えしてきた。2011年からはタブレットの生産を開始し、2021年には、福島県伊達市の富士通アイソテックで行なっていたデスクトップPCの生産を移管。現在、国内で出荷されるFujitsuブランドのPCは、すべて島根富士通で生産されている。
東京ドーム4個分にあたる18万平方mの敷地に、A棟、B棟の2つの生産棟を持ち、社員および協力会社を含めて約1,200人が勤務。GIGAスクール需要があった2020年度には過去最高となる240万台のPCを生産し、2022年度は約170万台のPCを生産している。2024年春には累計生産5,000万台を達成する見込みだ。
また、2021年には西日本地域を対象にした個人向けPCの修理拠点としての機能を、当時の富士通周辺機から移管。生産から修理までのライフサイクル全体を担う拠点へと進化している。
なお、敷地内の4万平方mのエリアと、A棟およびB棟の屋上には太陽光パネルを設置。1,000世帯相当となる年間4,900MWhを発電している。
島根富士通の3つの事業
現在、島根富士通は、3つの事業で構成される。
1つは、本業であるPCの生産である。
島根富士通では、基板実装ラインを10本持ち、24時間体制で稼働。最大で年間37億点の実装が可能だ。基板投入から、検査、試験工程までを全自動化した一貫生産ラインを構築。「品質は工程で作り込む」という考え方のもとに、実装プロセスごとに検査機を設置し、後工程への不具合の流出を防止するラインづくりを行なっている。
特徴的なのが基板の種類の増加に対応したモノづくりを進めている点だ。
昨今の基板実装においては、CPUやメモリのオンボード化が進展。異なるCPUやメモリ容量などの組み合わせが増えるのに従って、生産する基板の種類が増加しているのが実態だ。つまり、オンボード化の進展が、基板の予測生産を困難にしており、受注にあわせて異なる基板の生産を、タイムリーに行なう必要が出てきているのだ。
そこで、生産ラインにおいては、部品配置の共通化や、部品の入れ替えを行なう「段取り替え」の自動化および効率化、部品補充の最適化、異常の見える化による迅速なリカバリーを実現することで、基板の種類が増えても、高い生産性を維持しているという。
実際、2020年度は1日に108回だった段取り替え作業は、2022年度には220回へと倍増しているが、1回あたりの作業時間は2010年度の12.4分から、3.7分へと大幅に短縮。段取り替えの作業を行なっている際も、ラインの一部だけを停止する仕組みとすることで生産性を維持したり、1日220回の段取り替えのうち、8割を自動化し、効率化を高めたりしている。今後、段取り替えの時間短縮への取り組みを継続的に進めることで、基板の種類拡大によって、これからも想定される段取り替えの増加に対応していく考えだという。
また、設計部門との連携によって、実装する部品の共通化といった取り組みも進めている。
「これは、設計部門との緊密な連携がなければ実現できないものであり、ここにも国内設計および国内生産の強みが活かされている。設計部門がやりたいことと、生産部門がやりたいことをぶつけあって、高い品質と高い生産性を両立している」(島根富士通 執行役員 生産技術統括部長の吾郷純氏)とする。
年間300万台という生産力を支える自動化
一方、PCの組み立てラインは、ノートPCで約20ライン、デスクトップPCで4ラインを持ち、年間生産能力は最大300万台を誇る。
組み立てから試験、梱包までの一貫生産ラインとしており、生産の進捗状況を1つのサイクルごとに見える化。これにより、自律的なカイゼンを促すことができる仕組みとしているのが特徴だ。
また、受注してから生産する割合が全体の97%を占めており、予測生産を最小化。生産リードタイムは最短で中1.5日。注文から納品まで5日間で届けることができる。
「基板は約1.5時間で生産でき、PCの組み立ては2.5時間で完了する。受注すると、その日の夜に基板を生産し、翌日朝から組み立てを行なうことになるため、生産リードタイムは2日としているが、基板工程と組み立て工程は2時間の差で稼働しており、実際には、午前中に生産した基板を、午後には組み立てラインに投入するといったケースも少なくない。特急でのオーダーの場合、最短であれば、受注から納品まで3日間で行なうことができる」(島根富士通の吾郷執行役員)とする。
受注したPCの生産計画を柔軟に調整し、空いているラインを使って前倒しで生産するなど、1日あたりの生産台数を平準化しているのも特徴だ。
また、BTO比率は95%に達しており、製品構成は年間5万種類。年間18万オーダーのうち、5台以下のオーダーが83%を占めており、「多品種少量生産」を進化させた「変種変量生産」に対応できる体制を敷いている点も見逃せない。
島根富士通の組み立てラインでは、「人と機械の協調生産」を目指しており、人による組み立ておよび検査と、ロボットなどを利用した組み立て、検査を連携させている点も特徴だ。
中でも、独自性を持ったロボットが自動外観検査機のAVIS(アビス=Automated Visual Inspection System)である。AVISは、PCをセットするだけで、その周りを動くアームロボットに搭載したカメラで本体を撮影。画像をAIで分析して、PCに貼付されたロゴの位置や、ラベルの有無などを自動的に検査できる。
2018年度にAVISの第1号機をノートPCの生産ラインに隣接させる形で導入して以降、改良を加えており、従来は12部品、26カ所の検査を行なっていたが、現在では、24部品、38カ所の検査ができるようになっている。
また、デスクトップPCの生産ラインでは、固定した3方向のカメラで画像を撮影するデスクトップPC用AVISを新たに開発して導入。すでに、ベルトコンベアの移動にあわせて自動的に検査できるようにインライン化している。
今後は、人の作業のカイゼン提案に加えて、ロボットのカイゼンに対しても最適なプログラムを行なうことができる新たなスキルを持った人員を増やすことで、工場全体の自動化を推進。ノートPCの生産ラインにおいても、AVISのインライン化することを目指している。これにより、さらに進化した「人と機械の協調生産」を実現する考えだ。
キッティングサービスも展開
2つ目が、PC関連サービスである。
これまで培ってきたモノづくりのノウハウを、サービスとして提供。PCの製造プロセスを活用して、保守部品をはじめとしたパーツ製造を行なうほか、富士通周辺機から移管した個人向けPCの修理拠点であるテクノセンターの運営、企業ユーザーなどを対象にOSやアプリ、ネットワーク、周辺機器などを設定し、箱を開けたらすぐに使えるようにするカスタマイズ・キッティングサービスの提供を強化している。
同社によると、PCキッティング台数は年間50万台に達しているという。
また、修理を行なうテクノセンターでは、島根富士通で生産を行なっているメリットを生かし、現行モデルなどについては、生産した基板などを、そのまま修理に活用することも可能だという。
修理を行なう際に、見積もりを出し、修理の可否を聞くために、修理完了までに7日間という期間を設けているが、1度修理したものは、再修理がないようにする再修理率の最小化を重視する指標の1つに挙げている。
実は、島根富士通では、2021年の富士通アイソテックからのデスクトップPC生産の移管と、旧富士通周辺機からの個人向けPC修理の移管に伴って、それまでは部品倉庫であったB棟1階部分を大幅に改装。ここにデスクトップPC生産ラインと、修理作業エリア、修理用部品倉庫エリアを設置した。社内における収納率の向上、棚残の削減、調達リードタイムの改善、外部倉庫の活用などによって、約6,000平方mの大きなスペースを新たに確保。日々のカイゼン活動の成果が活きた格好だ。
なお、島根富士通のB棟1階では西日本エリアを対象にした修理を行なっているが、東日本エリアの修理に関しては、福島県伊達市の拠点で実施。ここも、島根富士通の管轄のもとで運営している。一方で、法人向けPCの修理は、基本的には富士通が行なっているが、バッテリの交換やGIGAスクール端末などの修理は、富士通からの委託により、島根富士通で行なっているという。
PC製造設備とノウハウを活用した独自ビジネスも展開
3つ目が独自ビジネスとする事業だ。ここでは、PC製造の設備とノウハウを活用した製造受託サービス(EMS)、エキスパートによって現場カイゼンを支援する製造ソリューション提供サービス(エンジニアリングサービス)などがある。
製造受託サービスでは、PC以外のモノづくりの受託を行なっているほか、基板製造の受託もあるという。ここ数年は、地政学的リスクや円安などの動きを背景に、国内生産への回帰の動きが進展するなかで、島根富士通に生産を委託するといった流れが生まれているという。今後、島根富士通としても力を入れていく領域になる。
島根富士通では、中長期目標として、スマートモノづくりを行なう拠点への進化を目指している。その実現に向けて「自動化」、「搬送/物流」、「データ活用」の3点から取り組んでいるところだ。
1つ目の「自動化」では、先に触れたAVISによる外観検査の強化に加えて、自動検品などを実施。さらに、基板分割収納ロボの導入、ヒートシンクの組み付けの自動化、ネジ締めロボットのインライン化、緩衝材組立機の導入、新ラベル貼付機などを進めている。
特に、ヒートシンクの組付けの自動化においては、組み立てラインの先頭において、マザーボードをアームロボットでピックアップし、ヒートシンクの取り付けを自動で行なうだけでなく、ネジ締め作業も自動で行い、基板のシリアルコードを読み取り、生産工程での管理につなげる。生産ラインへの投入部分を自動化するという大きな取り組みだ。
「新製品が出ても、ヒートシンクまわりの基本設計を継続することを前提にしており、設計部門とすり合わせをしながら自動化を進めることになる。まずは、LIFEBOOK U9シリーズで採用していくことになる」(島根富士通の吾郷執行役員)という。
また、今後の自動化については、「繰り返し作業や汎用的な作業を機械に置き換えるだけでなく、人の能力を超える作業も機械に置き換えていくことになる。人が得意とする部分と、機械が得意とする部分を明確に棲み分けし、お互いの長所を掛け合わせて、継続的な進化を進める」とする。
すでに、基板製造ラインにおいては、かつては200人で稼働させていた体制を、自動化を進展させたことで、現在は100人以下の体制で24時間稼働させ、より付加価値の高い作業に人員をシフトできたという成果があがっている。
自動搬送車を積極的に導入
「搬送/物流」においては、AGV(自動搬送車)の導入を積極化している点が挙げられる。
2020年度から、AGVをA棟とB棟を巡回する形で環状線化したのに続き、2021年度には、エレベータにもAGVが自動で乗り降りし、部品を運搬するといった多層階AGVを導入。部品の搬送だけでなく、完成品の搬送、生産ラインへの基板供給など、応用範囲は幅広い。現在、28台のAGVが工場内を走行。複数の環状線ルートを構築し、それぞれの駅で、人が部品や基板、資材、製品を降ろしたり、回収したりする。また、基板実装ラインに、生基板を供給したり、完成した基板を試験エリアに引き渡したりするAGVも稼働している。
「AGVを活用することで、人による運搬レスを目指している。基板製造ラインでは、AGVの活用とともに、試験の自動化、完成品集荷の自動化も行い、2023年度中には完全無人化を図る。また、デスクトップPCの生産が加わったことで、重たい完成品が増えている。パワースーツも試験的に導入してみたが、ロボットによる搬送が最適であると考えた。今後は、パレタイズの自動化やパレットの自動搬送にも取り組んでいく」(島根富士通の神門社長)という。
次のステップでは、ガイドレスで搬送するAMR(自律走行搬送ロボット)の導入も検討しているという。
生産ラインのカメラのデータを活用
そして、3つ目の「データ活用」においては、2020年度から島根富士通独自のデータ分析基盤の構築に着手。2022年度までに、設備ログの収集や、作業時の映像データの蓄積、作業の変化点管理、部品ピックアップ作業のヒートマップなどのデータを収集することに注力しており、2023年度からは、これらのデータを分析、予測することで、工場全体の効率化につなげる取り組みを進めているという。
島根富士通の吾郷執行役員は、「データの活用は多岐に渡ると考えており、複数のデータを組み合わせることで価値を生むことができる。さまざまなデータを収集し、分析する上でも、工場で利用するシステムを自分たちで作りあげてきたメリットを活かすことができる」とした。
「作業の遅れが発生しやすかったり、不具合が多かったりする場合には、生産ラインで作業を行なっている際の画像データをもとに、カイゼンを行なうことができるほか、設備メンテナンスでは、定期点検によって一斉に行なうのではなく、データをもとに利用頻度が多い設備や工具から保守を行なうことで、メンテナンスの最適化とコスト削減につなげることができる。また、電子かんばんによって、部品棚に置かれている部品が減ったら、自動補充の指示が出るといったデジタル化にも取り組んでいく」とする。
さらに、2020年度には約100台だったカメラを、現時点では250台に増やし、2023年度中には400台にまで増加させる考えであり、「カメラを生産ラインに設置し、より多くのログデータを収集し、分析することで、カイゼンにつなげることになる。不具合が発生した際の作業の未再現を減らすことができる」(島根富士通の神門社長)と述べる。
生産ラインに入った人のスキルをもとに、生産するPCの品質を維持し、安定した製品を行なえるための仕掛けを行なうほか、特定の生産ラインに対しては、一定以上のスキルを持った人しか入ることができない仕組みを導入することも考えているという。
さらに、「1週間に1度しかデータ集計ができなかったものが、リアルタイムでの収集、分析ができるようになることで、カイゼンの質を高めることができる」(島根富士通の吾郷執行役員)とも語る。島根富士通内で収集するデータは、量、内容ともに増加しており、これらのデータ活用が、島根富士通のスマートモノづくりの進化を左右することになる。
データ分析基盤にはOracle DatabasesやPostgreSQLを活用。Tableauにより簡単に可視化できる仕組みを採用することで、より多くの社員が簡単に分析し、アクションにつなげることができるようにしている。「ダッシュボードを通じて、機種ごとやラインごとの製造品質を可視化したり、設備の停止や組み立てラインの停止といったデータから、異常を見つけたりといったことが可能になっている。多くの社員がアイデアを出したり、アクションにつなげたりでき、これまで以上にカイゼンが進むことになる」(島根富士通の吾郷執行役員)と期待する。
また、これまでは、組み立て手順の最適や工程割などの作業は、人手で行なっていたが、蓄積したデータをもとに自動的に工程設計することも目指しており、新たな機種を生産する際の工程設定作業にはこれまで約6時間かかっていたものを、自動化によって、4.1時間に短縮でき、33%の作業削減が可能になると見込んでいる。
島根富士通の神門社長は、「データをもとに見える化、可視化を行なえるようにしたことで、これからは、それを活用するフェーズに入っていくことになる。スマートモノづくりの実現を一歩進めることができる」と語る。
データをもとに、異常を捉えて、設備やモノ、人の動きを自動制御したり、不具合発生を未然に防止したりといったことも可能になり、安定的なモノづくりや品質の向上につなげることも期待している。
また、ここでは、将来的には生成AIの活用も視野に入れている。現時点では、検査機器のアルゴリズム開発などに利用する考えであるが、今後は、生成AIに関する社員のスキルを高めることで、活用範囲を広げる考えだ。
島根富士通のさらなる進化
島根富士通は、2020年10月に30周年を迎えたのにあわせて、長期事業方針として「SFJ Next 30」を打ち出し、従来からの「現場力」、「技術力」、「創造力」に加えて、環境の変化に追随する「変動力」と、逆境を乗り越えて糧にする「逆境力」を、島根富士通の新たな強みに位置づけ、モノづくりとサービスの進化に取り組んでいるところだ。
それから約3年を経過し、自動化を強力に推進することでモノづくりの強化を実現しているのに加えて、サービス事業を着実に拡大しはじめていることは特筆できる点だ。
まもなく累計生産5,000万台を迎える島根富士通の新たな進化の方向が、明確になりつつある。