大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通とDynabookが欧州市場からの撤退を相次ぎ発表。両社のPC事業戦略に大きな影響も

世界初のラップトップPC「T1100」は欧州市場から投入された

 国内PCブランドが、相次いで欧州市場から撤退することが明らかになった。1つは、シャープの子会社であるDynabookが、欧州市場から撤退したことが発表された。8月4日に行なわれたシャープの2023年度第1四半期業績発表の席上、シャープの沖津雅浩副社長が明らかにした。

シャープの第1四半期決算発表資料より

 もう1つは、富士通である。2024年4月までに、欧州における法人向けPCビジネスから撤退することになる。富士通社内では、先週時点で関係者に対して正式に通達があったという。富士通では「詳細についてはまだ決定していないが、現在の欧州のCCD(クライアントコンピューティングデバイス)事業の動向を踏まえ、撤退する方針である」とコメントしている。

 なお、レノボ傘下にある富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、欧州市場において、FUJITSUブランドの法人向けPCの開発、生産を行なっており、これらの拠点についても今後の方向性を検討することになりそうだ。

回復基調から一転し、撤退を発表したDynabook

Dynabookの海外向けモデル(CES 2020のシャープブースにて)

 Dynabookの欧州市場撤退について、シャープの沖津副社長は「PC事業の構造改革を進める中で、欧州から撤退した。この構造改革によりPC事業の収益は大きく改善した」と説明した。撤退は2023年4月末だったという。

 欧州のPCビジネスは、市場環境の悪化などを背景に厳しい状況が続いており、2022年度は市場に多くの在庫が滞留。Dynabookでは、欧州市場おける販売会社の組織体制の見直しなどを行なっていた。

 2023年2月に、Dynabookの覚道清文社長兼CEOにインタビューした際には「海外市場においては、収益を確保できる販売ルートや顧客に絞り込む体制へと組織を再編し、第4四半期からは海外PC事業も回復基調に転じている」とコメントし、回復基調にあることを強調していた。

 実際、シャープのPC事業は、2022年度第3四半期までの赤字から脱却。2022年度下期でも、PC事業は黒字化していた。

 このように回復基調にはあったものの、それでもシャープは欧州市場から撤退した。その理由について、Dynabookでは次のように説明する。

 「欧州経済は、エネルギー価格の高騰、インフレ圧力の高まり、ウクライナ戦争などの影響で、企業および消費者の信頼感低下をもたらし、大幅な長期収縮に直面している。PC市場に関しては、コロナ禍においてリモートワークの広がりによって勢いを持ち、大幅に需要が急増したが、2021年末以降に劇的に低下し、欧州市場全体では前年割れの状況にある。過剰なチャネル在庫のために競争が激化している一方で、顧客の需要は依然として弱く、とくにローエンドやボリュームゾーンセグメントでの値下げ圧力が引き続き強い」と、欧州市場における大きな環境変化を指摘。

 その上で、「Dynabook Europeは、欧州本社業務の合理化や収益性の低い販売地域の縮小などの暫定的な措置を講じてきたが、欧州地域において必要な安定性、収益性、成長力を確保できないことが明らかになった。その結果、欧州市場から撤退するという難しい決定をした」とする。

源流となる東芝のPC事業は欧州から始まった

 Dynabookにとって、欧州市場は特別な意味を持つ。

 Dynabookの源流となる東芝のPC事業が、世界的に注目を集めたのが、1985年4月に発表した世界初のラップトップPC「T1100」である。

 実はこの製品は欧州で先行して発売され、その後に米国で展開。日本での市場投入は次期モデルのJ-3100(海外ではT3100)まで待たなくてはならなかった。

 つまり、今につながる東芝のPC事業は、欧州市場からスタートしたとも言え、まさに原点となった市場なのだ。その後、日米欧の3極展開を推進し、東芝のノートPCは世界トップシェアを獲得する地位にまで登り詰めた。

課題だったDynabookのブランド認知度の低さ

 この数年のDynabookの欧州市場での苦戦には大きな理由があった。それはブランド認知度の低さだった。

 もともと東芝のノートPCは、TOSHIBA SatelliteやTOSHIBA TECRA、TOSHIBA PORTEGEといった商品ブランドを採用しており、高い認知度を誇っていた。

 だが、シャープ傘下でビジネスを開始してから、Dynabookブランドを前面に打ち出し、Dynabook TECRAや、Dynabook PORTEGEという名称に変更していたのだ。

 実は、Dynabookブランドは、基本的には日本で使用していたローカルブランドであり、欧州をはじめとした海外での認知度はまったくないという状況であった。

 Dynabookがかつての東芝のPCブランドであるということを知る人が少なく、その結果、かつての東芝のPCと、Dynabookを結びつけて捉えるユーザーは、欧州にはほとんどいなかったのだ。

 Dynabookの覚道社長兼CEOも、「以前から東芝ブランドのPCを利用しているユーザーの一部では、Dynabookがその流れをくむPCであることが理解されている。だが、多くの人にDynabookのブランドが認知されている状況ではなかった」としながらも、「東芝のPCの流れを前面に出すことは、決してサスティナブルなメッセージにはならない。できるだけ東芝ブランドには言及せずに、Dynabookブランドを打ち出すことにしたが、Dynabookの認知度を高めるのに時間がかかってしまった」と振り返る。

 これは北米も同様であり、やはりDynabookの認知度は低いままである。米国では政府向け案件を始めとして、特定顧客を対象に市場開拓を進めていたが、東芝ブランドで展開していたときのような事業規模がないのが実態である。

 また、Dynabook全体では、ハードウェアにソリューションを組み合わせた「ITエコシステムカンパニー」としての事業成長を目指しているが、日本ではその方向性で事業を推進できたものの、欧米ではソリューションビジネスの基盤づくりに遅れたことも、今回の欧州市場の撤退につながっていると言える。

 シャープは、2018年10月に、東芝のPC事業を手掛けていた東芝クライアントソリューションの発行済株式80.1%を取得し、2019年1月に東芝クライアントソリューションの社名をDynabookに変更。2020年8月には完全子会社化している。

 その際に打ち出したのが、Dynabookの海外事業比率を42%にまで高めるという方針だった。むしろ、海外成長がDynabook全体の成長を牽引するという青写真を描いていた。

2018年12月のDynabookの方針説明。海外事業の拡大を成長戦略の中心に位置づけていた

 だが、欧米やアジアといった海外市場での苦戦により、その計画は大きな見直しを余儀なくされ、2023年度以降に海外事業比率を20%にまで高める計画へと変更していた。この点からも海外事業が苦戦していたことが分かる。

 今回の欧州市場からの撤退によって、さらにこの計画にも変化が生じることになる可能性がある。Dynabookでは「海外事業比率は、米国、カナダ、豪州、アジア向けなどの合計で、現在でも、Dynabook全体の売上高の2割程度を目標としている」とするが、今後の北米や中国、アジア市場での展開が気になるところだ。

 また、今回の決断は、延期しているDynabookの上場計画の時期にも影響することになるだろう。

 シャープは、2022年度業績において、ディスプレイデバイス事業の減損により、マイナス2608億円という大幅な赤字を計上。それを受けて、親会社である鴻海科技集団(Foxconnグループ)の劉揚偉会長が、7月3~5日にかけて、シャープ本社を訪れ、経営幹部や事業責任者、中堅社員と、3日間に渡る徹底した議論を行なっている。

 沖津副社長は、「今後は成長戦略をどう作るかといったことを、鴻海側に定期的に報告することになる。新規事業をどう伸ばしていくか、ということを含めて、中期経営計画を見直しているところである」と語る。

シャープの沖津雅浩副社長

 債務超過や上場廃止といった瀕死の状態だったシャープを回復させた鴻海流の厳しい経営手法が改めて導入される可能性が指摘されており、課題であった欧州におけるPC事業の撤退はその流れから捉えると理解しやすい。

 今回の欧州市場からの撤退は、Dynabookの中長期の成長戦略にも影響することになるのは明らかだ。

法人向けPCの販売は富士通が担う仕組み

 一方、富士通の法人向けPCビジネスからの撤退は、同社のこれまでの動きからも、想定できたものだと言える。

 その本題に触れる前に、まずは富士通の法人向けPCビジネスと、FUJITSUブランドのPC事業を行なっている富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の構図から整理しておきたい。

 40年以上の歴史を持つ富士通のPC事業は、2018年5月から、レノボグループ傘下でジョイントベンチャーをスタートしており、分社化していたFCCLが新たな体制のもとでPC事業を継続してきた。

 だが、FUJITSUブランドのPCの開発、生産はFCCLが行なうものの、法人向けPCの販売は、国内外ともに、富士通の法人部門が行なう体制となっている。

 また、欧州におけるPC生産については、もともとはFCCLが、富士通が持つPC生産拠点であるドイツのアウグスブルグ工場に委託するという関係が構築されていた。

FCCLのアウグスブルグのPC開発拠点

 つまり、欧州の法人向けPCビジネスは、開発はFCCLが行なうが、生産は富士通が行ない、それをFCCLが仕入れて、販売は富士通が担当する複雑な構造になっていたのだ。

 だが、2018年10月に富士通は事業構造改革の一環として、欧州市場における不採算拠点の整理を理由に、ドイツ・アウグスブルグのPC工場の閉鎖を発表。2020年に閉鎖している。

 この動きに合わせて、FCCLは、2020年4月に、アウグスブルグにPCの開発拠点を新設するとともに、2020年3月にチェコでPCの生産を開始。年間100万台規模のPCを生産できる体制を敷いた。

 新設したFCCLの開発および生産拠点では、ドイツを中心とした欧州の顧客ニーズや需要に対応。FCCLのグローバル戦略においても、欧州を重要な市場と位置づけて、投資を行なってきた格好だ。

 なお、富士通では欧州市場におけるコンシューマ向けPC事業は約15年前に撤退しており、FCCLも欧州ではコンシューマ向けPC事業は行なっていない。つまり、FCCLのこれらの投資は富士通を通じた法人向けPCを欧州市場で継続的に販売することが主目的だったと言える。

富士通の立場から見れば想定された判断

 今回の富士通の法人向けPCビジネスの欧州撤退は、2020年のアウグスブルグの生産拠点の閉鎖を考えれば、その流れに沿ったものだと言える。

 また、富士通では、2022年度にPFUをリコーに売却したように、ハードウェアビジネスをノンコア事業に位置づけて再編を推進しており、今後はエアコン事業を行なう富士通ゼネラルなども、売却を含んだ再編対象であることを示している。

 その一方で、成長ドライバーと位置づけているFUJITSU Uvance(ユーバンス)を核としたサービスソリューション事業に注力する姿勢を鮮明にしている。

 さらに、サービスソリューション事業においても、海外事業の半分以上を占める欧州市場での収益性の回復が課題となっており、2025年度を最終年度とする中期経営計画においても、欧州市場のテコ入れが重要な意味を持っている。

 富士通の古田英範副社長兼COOは、2023年5月に開催したIR Dayにおいて、「欧州は、プロダクトビジネスを切り離し、工場の閉鎖などの構造改革を行ない、サービスビジネスの拡大に向けた整備が完了した。BAS(ビジネスアプリサービス)とMIS(マネージドインフラサービス)の2つの事業に取り組んでおり、Uvanceの事業比率を増やす構造転換が重要になる」とコメントしていた。

富士通の古田英範副社長兼COO

 また、富士通 取締役執行役員SEVP/CFOの磯部武司氏も、2023年度第1四半期決算発表において、「海外事業は、まだ根本的な改善の手を打てているわけではない。まず全体構造を変えるところにエネルギーを費やす段階」としており、今回の判断も海外事業の構造変革の一手に位置づけられる。

 サービスソリューション事業の成長を軸にする富士通にとって、ハードウェアビジネスとなる法人向けPCビジネスからの撤退は、同社の基本方針に沿ったものといえ、最優先課題の1つである欧州市場での収益性を高めることにも直結するというわけだ。

欧州市場でPC事業全体を成長させた歴史

 実は、富士通のPC事業にとっても、欧州は歴史がある市場だと言える。

 富士通は1996年7月に、PC事業会社である富士通ICLコンピューターズ(FICL)を、英国ICLとの合弁会社として設立し、欧州市場に本格参入。このとき、現在日本でも使われている「LifeBook」ブランド(現在は大文字表記)のPCを、海外市場で先行投入している。

 ちなみに、富士通のPC事業は、1994年には年間45万台の出荷規模に留まっていたが、1996年には約6倍となる年間280万台を出荷。この背景には、国内でのFMVシリーズの投入とともに、欧州でのPC事業への本格参入が大きく貢献している。

 さらに、1999年10月にはドイツのシーメンスとの合弁で、富士通・シーメンス・コンピューターズ(FSC)を設立。富士通のPC事業は、欧州市場におけるPC出荷台数では第2位、売上高では第3位を誇る規模にまで成長した。

 「FUJITSU-SIEMENS」のダブルブランドを活用。欧州におけるシーメンスブランドの認知度の高さも、PC事業の拡大に大きく寄与していた。

 ドイツ・アウグスブルグの生産拠点の稼働により、ドイツを中心に欧州全域をカバーする体制を敷き、一時期は、欧州市場だけでも年間300万台以上のPCを生産、出荷していたほどだ。

FUJITSUブランドPCの海外戦略はどうなるのか?

 今回の富士通の欧州における法人向けPCビジネスの撤退においては、いくつか注目しておきたい点がある。

 1つ目は、今回の欧州市場における法人向けPCビジネスからの撤退が、今後富士通の海外法人向けPCビジネスでも、同様の判断が下されることにつながるのではないかという点だ。

 富士通にとって、欧州を除くと、海外市場での法人向けPCビジネスの規模はそれほど大きくはない。サービスソリューション事業を主軸としている富士通が欧州と同様に、海外市場において法人向けPCビジネスからの撤退を視野に入れた検討が始まる可能性は捨てきれない。

 2020年の北米市場からの撤退に続き、欧州市場においても法人向けPCビジネスから撤退することで、富士通のサービスソリューションビジネスは、FUJITSUブランドのPCにこだわることなく、顧客の要求に合わせて他社のPCを提案する柔軟性が生まれたり、収益性が低いハードウェアは富士通以外から調達してもらうという提案が可能になったりするメリットがある点も見逃せない。

 これが成果につながれば、海外全体でも同様の判断が下されることになるだろう。

 もう1つの注目点は、FCCLの今後の欧州市場におけるPC事業の位置づけだ。

 選択肢としては、FCCLが富士通が撤退した法人向けPCビジネスを引き継ぐ方向と、今回の富士通の法人向けPCビジネスの撤退に合わせて、FCCLも欧州向けPCの開発、生産から撤退するという両極端の方向性が考えられる。

 現時点では、FCCLは、その方向性については明確にしておらず、「現時点で決定していることはない」と回答するに留まっている。だが、どちらの選択となっても、FCCLにとって、中長期的なPC事業戦略を大きく見直すことになるのは明らかだ。

 そして、この判断には親会社であるレノボグループの思惑も反映されることになるだろう。

 Statistaの調査によると、レノボは、2022年の欧州PC市場においてトップシェアを維持しており、レノボグループの今後の成長戦略に、FUJITSUブランドのPCが貢献できるかが焦点となりそうだ。

 かつての「FUJITSU-SIEMENS」のダブルブランド時代には高い認知度があったが、2009年4月に、富士通が100%子会社化し、富士通テクノロジー・ソリューションズ(FTS)に社名を変更したのに合わせ、PCのブランドも「FUJITSU」に一本化。

 その後、ダブルブランド時代ほどのブランド認知度がなかったのも確かである。現在、欧州PC市場における富士通のシェアは1桁台前半に留まっており、その点でもトップシェアであるレノボグループ全体のエリア戦略において、この状況をどう判断するのかが注目される。

 FCCLの海外事業という観点から見れば、欧州市場は最大の売上規模を誇る。それは、ドイツのアウグスブルグにPC開発拠点と、チェコにPC生産拠点を、独自に設置していることからも明らかであり、アジア市場でのコンシューマ向けPCビジネスとは力の入れ方が大きく異なる。

 もし、欧州PC市場から撤退することになれば、それは事実上の海外市場からの撤退を意味することにもなり、日本だけで事業を行なうPCメーカーという位置づけになる可能性もある。

 いずれにしろ、FCCLが欧州市場における方針をどう打ち出すのかによって、同社の海外事業全体の行方とともに、全社の中長期戦略そのものの見直しにつながるのは明らかだ。

 こうしてみると、Dynabookの欧州市場からの撤退と、富士通の法人向けPCビジネスの欧州市場からの撤退は、1つの市場からの撤退ということに留まらず、DynabookおよびFCCLのPC事業の成長戦略と、市場ポジションに大きな影響をおよぼすことになるのは間違いない。