大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
国内生産の成功モデルとして“ショールーム”化する島根富士通
~2015年度下期からはWindows 10に最適化、IoTを活用した生産革新の模索も
(2015/8/12 06:00)
島根県出雲市の島根富士通は、国内のノートPC生産拠点としては国内最大規模を誇る。その島根富士通が、国内生産拠点の成功モデルとして、業界内外から注目されている。
2014年度に同工場を訪れた人は国内外を含め4,000人を超えたという。「今年(2015年)7月も、多い日には、4、5組の訪問があった」と、島根富士通の宇佐美隆一社長は語る。一方で、Windows 10搭載PCの生産開始に向けた準備も8月中には完了。9月以降、生産を開始する予定だという。また、富士通が持つセンサー技術を活用した新たな生産革新の取り組みも開始し、これまでにない先進的な改革手法にも踏み込む。島根富士通の宇佐美隆一社長に、同社の取り組みについて聞いた。
人づくりに中心を置く島根富士通
島根富士通は、出雲縁結び空港から車で約20分。のどかな田園風景の中、植栽で「Fujitsu」と描かれた丘の高台に位置する。山陰自動車道の斐川インターチェンジからもすぐの場所であり、物流にも適した場所だ。
同社は、1990年に操業を開始。当初は、FM TOWNSなどのデスクトップPCの生産も行なっていたが、1995年にはノートPCの生産に特化。2013年には、PCの累計生産台数が3,000万台に達している。
2011年には、島根富士通の所在地である斐川町が出雲市に編入したこともあり、「出雲モデル」として、国内生産であることを強調したマーケティングも開始している。その島根富士通が、長年に渡って打ち出しているのが、「人と機械の協調生産」である。
同社・宇佐美隆一社長は、「モノづくりは人づくりが基本姿勢。ロケットに例えれば、人がメインエンジンとなり、サブエンジンとして機械化やロボット化、IoTの活用などがある」とする。品質マインド教育、専門教育、認定制度などを通じて人材育成を進める一方、機械化による安定品質の確保、ヒューマンエラー防止のための工夫などに力を注ぎ、「品質は工程で造り込む」という姿勢を打ち出している。
組み立て工程では、デジタルピッキング方式により、部品の間違えや取り忘れを防止。異常発生時には定位置でコンベアが停止し、すぐに異常が確認できるようにしているほか、ネジ締め不良をなくすために、種類、数、傷、角度などを管理する仕組みを導入している。角度を管理する治具は「すいちょくん」と呼ばれており、同社で考案したものだ。さらに、自動ラベル貼り付け機により正確な位置にラベルを貼付。VST(ビジュアル・サウンドテスター)ではカメラとマイクを使い、画質やスピーカー音、ラベル位置やキーボード文字を自動で確認する。こうした工程での工夫は随所で行なわれている。
同社の経営理念は、「人は仕事で成長し、社会に貢献する」としており、人を中心としたモノづくりを基本姿勢に置いていることが分かる。社内では技能を高めるための教育を強化する一方、開発部門がある神奈川県川崎市の川崎工場と連携して、社内留学制度を実施。開発に関する知識やノウハウを修得する一方で、製造現場からの意見を開発現場に反映しやすい環境を構築。これによって、製造品質を高めることにも繋がっている。ここでも、開発拠点と製造拠点が、同じ日本国内にある強みが発揮されていると言えよう。
年間4,000人の来場を誇るショールーム?
ここにきて、島根富士通は、国内生産の成功モデルとして、国内外から注目を集めている。
昨今の円安基調の中で、国内生産への回帰を模索する製造企業が増加しているということも背景にあるが、かつての円高時代にも国内生産を維持した競争力の高さ、それに伴う生産革新の数々の実績、そして、富士通が展開するモノづくり支援サービス「ものづくり革新隊」のショールームとしての役割を担っている点も見逃せない。
「昨年(2014年)1年間で、4,000人を超える見学があった。日本の製造業を始め、海外からの訪問も多い。中には製造業以外の業界からの見学もある。デジタル家電やITの国内生産拠点が減少していること、そして、富士通が提案するモノづくりに関するツールやノウハウを活用している実践の場であることも、見学が多いことの背景にある」と、島根富士通の宇佐美社長は語る。
富士通のものづくり革新隊とは、富士通が持つ長年のノウハウ、ツール、人材を結集し、モノづくりの全ての領域において、総合的に支援するサービスだ。
島根富士通では、富士通グループが提供している3次元データを用いた製品シミュレーション「VPS」や、作業現場をシミュレーションして効率的な生産ラインを構築する「GP4」などを採用。デジタルピッキングシステムなどの生産設備による効率化の追求の実績などにも注目が集まる。
「黒物と言われる領域において、1台ずつ異なる製品を製造できること、PCとタブレットの混流ラインを構築していること、そして、日本からの輸出を継続し続けていたことに対する関心も高い」という。
また、人材育成に関わる実績などについても質問が多く、「海外生産拠点をどうやって指導するか、あるいは、地域活性化にどう貢献するかといった点でも注目されている」という。
さらに、島根富士通では、双腕ロボットを始めとするロボットの制御技術でも工夫を凝らしており、まさに富士通グループにおける生産革新のショールーム的な役割を果たしていると言えよう。
なぜ国内生産を維持し続けたのか?
島根富士通が、国内生産を堅持できた背景には、いくつかの理由がある。1つは、日本のユーザーに対するメリットを追求し続けてきた点だ。
特に企業ユーザーにおいては、それぞれの要求に合わせた製品作りが求められており、柔軟にカスタマイズ対応をする必要がある。富士通では営業部門が獲得した受注案件を、島根富士通でもすぐ対応できる体制を構築。生産ラインの中で、1台ずつ仕様が異なるPCを組み立てることができる。また、ユーザー企業が個別に行ないたい設定情報やソフトウェアについても、生産ライン上で、セキュリティ環境を維持した格好でインストールすることを可能としている。
「1台ずつ仕様が異なる製品でも生産できる体制を構築している点、そして、製造現場の要望を開発現場にフィードバックし、開発現場の意向に沿ったモノづくり体制を構築できるのは、国内生産ならではの強み。品質の高い製品を、安定した形で生産し、短納期で供給できる」という。
また、混流ラインを構築しており、現在、稼働しているラインの半分でノートPCとタブレットを混流させた生産が可能だ。需要の変動に合わせて、生産品目を柔軟に変更できる点も島根富士通の特徴の1つとなる。さらに、島根富士通では、デスクトップPCを生産する富士通アイソテックと、事業継続における協力体制の構築にも取り組んでおり、実際に、東日本大震災が発生した際には、島根富士通でデスクトップPCの生産を行なった経緯もある。つまり、デスクトップPCの生産も可能な拠点になっているというわけだ。
かつては、アジアの生産拠点とコスト競争力の差が関心を集めていたが、今では円安の影響や、アジアでの人件費の高騰などを背景に、コスト競争力の話題はほとんどでていない。場合によっては、日本での生産の方がコストメリットが高い場合もある。
島根富士通は、かつての円高の時期や、アジアの豊富な労働力が脅威とされていた時期においても、品質や納期、柔軟なカスタマイズ対応といった付加価値によって、コストの差を埋め、メリットを追求し続けてきた。これは、富士通グループ全体として目指したビジネススタイルであったとも言え、そこに国内生産を維持し続けることができた要因がある。
さらに、島根富士通自身の努力も見逃せない。島根富士通では、基板実装工程を持っているが、これによって、開発部門と連携した最適な基板の製造を行ない、現在では、1台の基板から、メインボードとサブボードを加えて、2台分の基板を一度に生産することができる。さらに検査工程などの自動化を促進。柔軟性と効率化、品質強化といったことに繋げている。これも富士通のPC事業における競争力を高めるための下支えとなっている。現在は、島根富士通で生産するPCやタブレット以外の基板の生産も行なっており、例えば、兵庫県の富士通周辺機で生産されているスマートフォンの実装基板の生産も島根富士通で行なっているという。
島根富士通では、トヨタ生産方式(TPS)をベースとした「富士通生産方式(FJPS)」を採用。これにより、富士通の製品に最適化したモノづくり環境を構築しているが、島根富士通はその先進的取り組み事例の1つになると言っていい。
そのほか、島根富士通では富士通のノートPCの生産だけでなく、部品のリペア事業や、ものづくり受託サービスや富士通グループの製品管理、他社から受託した製品管理のヘルプサービスなどにも乗り出している。
こうしたことも島根富士通の競争力を発揮し、事業基盤を強固なものにすることに繋がっている。
Windows 10に対応した生産体制の構築も
島根富士通では、2015年度の取り組みの中で、これまでの人材教育の強化を進める一方、生産インフラの強化に取り組む姿勢を示す。
1つは、ロボットなどの活用強化だ。基板実装ラインにおける検査工程において、ロボットを活用した自動化を加速するほか、「PC組み立て工程においても、機械化できるところは機械化したい」とする。
基板の検査工程においては、機械と目視による検査を行なうとともに、基板から実装部を分割する作業などを自動化しており、1人が基板をセットすれば、検査と分割、トレーへのセットを自動で行なえる環境を構築している。これを完全自動化する仕組みを既に構築しており、これを複数のラインに導入。さらなる作業の効率化を図る考えだ。
また、梱包工程においても、ダンボールで成形する緩衝材を組み立て方式とし、ロボットでこれを行なう仕組みを採用し始めた。これは緩衝材の改良と、独自に開発したロボットによって実現したもので、従来は組み上がった形で入庫していたために、嵩が増し、物流費用や在庫コストがかかっていたものを、降りたたんだ状態で物流、在庫ができるため、大幅なコスト削減に繋がったという。こうした取り組み以外にも、今後は組み立てラインにおけるロボット導入を検討していくという。
2つ目は、モノづくりそのものの向上だ。例えば、基板生産はこれまではあらかじめ設定された生産計画に基づいた生産を行なってきたが、2015年4月からは、PCの組み立てライン側の生産量に基づいて、そこからの指示で基板生産を行なう仕組みへと変更。基板生産から組み立てまでを一気通貫で生産コントロールできるようになった。これにより、基板の完成品在庫は半減したという。
実は、Windows 10の生産が開始されると、OSのインストールにかかる時間が、Windows 8.1に比べて、約1.2倍長くなるという。つまり、従来の生産の仕組みのままだ少なくとも2割ほど、インストール作業を行なう棚を増やす必要がある。こうした部分においても、場所を増やさずに効率的に作業が行なえる仕組みの構築に乗り出すという。
「Windows 10を搭載したPCの生産に向けた新たなラインは、8月下旬には構築する考えであり、Windows 10の生産に最適化したものになる」とする。
3つ目は、物流を巻き込んだサプライチェーン全体の見直しだ。これまでの生産現場だけの改革に留まらず、物流と一体化したサプライチェーン全体の見直しによって、コスト削減に繋げていく考えだという。これまでにもダイレクトシップの取り組みを開始するなど、物流現場との連携を図っていたが、こうした取り組みをさらに一歩進めることになる。
そして、最後にIoTを活用した生産現場の改革だ。富士通では、さまざまなセンサー機器を独自に開発しているが、それらを社内活用して、作業者や部品などに取り付けて、生産現場におけるさまざまなデータを取得。より効率的な作業環境の実現を目指す考えだ。
「これまでは作業者の様子をビデオで撮影して、そこから改善点を見つけ出すといった方法を採用していたが、センサーデータからは、それ以上にさまざまなデータを取得することができると予想される。過去にはできなかった生産現場の改革が行なえるのではないと期待している」という。
島根富士通では、下期からセンサー機器を活用した作業データの取得を開始する予定で、来年度以降の改善に結びつけることになりそうだ。これも、富士通グループにおける生産現場のショールームとしての役割を果たすことに繋がるものだ。
タブレット生産の比率は2割に上昇
現在、島根富士通では、タブレットの生産比率が約2割を占めている。
「今後の流れを考えると、タブレットの比重はますます高まっていくだろう。それに向けて柔軟に変更できる体制を構築することが必要になる。さらに、カスタマイズにも対応できる体制の強化も進めたい」(島根富士通・宇佐美社長)とする。
Windows XPのサポート終了に伴う特需がピークを迎えた2014年4月以降、PCの生産台数は市場全体で大きく減少しているが、そうした需要の変化に対しても、付加価値の高い製品づくりで、国内生産ならではの競争力を発揮しているのが島根富士通の特徴だと言えよう。Windows 10が登場しても、その需要動向が読みにくいという状況にあるのも事実。そうした中で、いかに競争力を発揮し、国内生産を維持するのか。これからも島根富士通の改革への挑戦が続くことになる。