大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

男も唸るWeb会議のバーチャルメイク機能。富士通のAIメイクアップアプリ「Umore」の開発秘話を聞く

 富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、AIメイクアップアプリ「Umore(ユーモア)」を独自に開発し、同社の最新PCに標準搭載している。AIが顔を立体的に認識して、バーチャルメイクを行なって肌質や顔色を補正。女性だけでなく、男性にとっても、快活なイメージを与える自然な映像を表示できる。オンラインによる会議や商談、授業が一般化する中、実用的なツールとして注目を集めている。

 どんな経緯でUmoreが開発されたのか。そして、どんな用途や効果が期待できるのか。FCCLに話を聞いた。

AIが顔を立体的に認識して肌質や顔色を補正

 FCCLの「Umore」は、簡単にバーチャルメイクが行なえるAIメイクアップアプリだ。2022年11月に発表したノートPCのFMV LIFEBOOK CHシリーズや、デスクトップPCのESPRIMO FHシリーズに搭載。今後発売されるコンシューマPCに標準搭載されるほか、2021年10月以降に発売されたコンシューマPCにも、無償提供されるという。

 Umoreでは、AIが顔を立体的に認識して、肌質や顔色を補正。美肌、小顔、目の大きさ、リップ、アイブロウ、チーク、カラコンのほか、明るさ調整や背景ぼかしといった機能を用意しており、スライドバーを移動させる簡単な操作でパラメータを変更し、自分の好みのメイクや映像に調整できる。

効果なし
効果あり

 メイクに慣れていない人のために、「ナチュラル」と「しっかりメイク」の2つのモードを用意。アイコンをクリックするだけで、簡単にバーチャルメイクが設定できる。

 一度設定したバーチャルメイクは、いつでもすぐに呼び出し可能であり、急なWeb会議でも、いつもと同じメイクや補正で参加することが可能だ。

 また、AIフェイスメッシュ技術により、顔の動きを細かく検出。顔を動かしても、その動きを、AIが感知して追従することから、バーチャルメイクを維持したまま、手元の資料をみたり、サブモニターを見たりといったことができる。

 真横や真上を向いて、目が映らないといった状態になると顔が検知できない場合もあるが、高速で頷くなどの動きには追随。一般的なWeb会議などの範囲の動きであれば、途中でバーチャルメイクが外れるということはなく、十分実用に耐えられる技術だと言える。

Umoreのメリット

 ZoomやMicrosoft Teams、WebEx、Google Meetなど、さまざまなコラボレーションアプリで利用でき、それぞれのアプリごとに設定する必要がないため、いつもと同じバーチャルメイクを、汎用的に利用可能だ。ゲームのコミュニケーション機能などでも利用できるという。

 富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部商品企画統括部の柴田明奈氏は、「Umoreは、Web会議やオンライン商談などに利用できる顔および背景補正アプリであり、よりよい印象で、いつでもオンライン映えするような表情で、会議に参加することができる。また、在宅勤務の場合には、忙しい朝の時間帯にメイクをして、Web会議や授業に出るといった準備をしなくて済む『時短』の効果も生まれる。女性、男性を問わず、幅広い年齢の方に使ってもらえるツールになっている」と位置づける。

Z世代向けのアプリとして開発をスタート

 Umoreの開発がスタートしたのは、世の中がコロナ禍に突入した2020年初めのことだ。

 発端となったのは、Z世代を対象とした新カテゴリのモバイルPC「LIFEBOOK CHシリーズ」の開発プロジェクトであった。

 2020年12月に発売した初代CHシリーズは、13.3型の有機ELパネルディスプレイを搭載し、キーボードは仮名なしのアルファベット印字とし、富士通のロゴマークも控えめに表示するなど、攻めた仕様が話題を呼んだが、この製品企画は、スマホネイティブと言われるZ世代を意識し、その声を反映したことによって実現したものであった。

 その開発プロジェクトにおいて、1つの切り口として提案されたのが、Umoreだった。企画は若手女性社員が中心となって推進。FCCLにとってもユニークな取り組みの1つとなった。

 開発当初は、Z世代のニーズを捉えた企画だったが、その後、一気に普及したWeb会議やオンライン授業の流れをキャッチアップしながら開発が進んでいった。

 富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部商品企画統括部の柴田明奈氏は、「テレワークやオンライン授業が広がる中で、新しい生活スタイルにマッチしたPCの利用提案の1つとして、バーチャルメイクが果たす役割は大きいと感じた。また、CHシリーズがターゲットとするZ世代に対しても価値が提案できると考えた。お客様やFCCL社員の声をもとに、テレワークなどの課題を集め、製品企画をまとめていった」とする。

 実際、PCユーザーや社内の声を聞くと、Web会議やオンライン授業といった新たな仕事や生活スタイルに対しては、さまざまな要望があることが分かった。

 Z世代からは、「スマホの高性能カメラに比べると、PCのカメラは映りが悪いので顔出しをしたくない」、「スマホアプリは加工が当たり前なのにPCでは加工がしにくい」といった声のほか、「家にいるのに化粧するのは面倒」、「朝起きて、すぐに授業に出たい」という声などが集まったという。

 また、FCCLの女性社員の間からは、「FCCLの社内会議は、基本的には映像をオフにしている場合が多いが、突然男性上司から、今日は顔を出して全員に挨拶してほしいと言われて戸惑った」という声も聞かれたという。

 そのとき、メイクをせずに参加していた女性社員は、「カメラの調子が悪くて……」と回答して、その場を回避したという。

 入社2年目で、Z世代でもある富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部商品企画統括部の篠宮百合香氏は、「通常の社内会議では顔は出さないものの、わずか30分の会議でも、カメラをオンにする可能性を想定して、フルメイクをすることがある。カメラをオンにすることなく、会議が終わると、それはそれでがっかりする」とジョークを交えながら、Web会議ならではのあるあるエピソードを披露する。

 外出する場合と、同じ時間をかけてメイクをしても、それを誰にも見せずにメイクを落とすことになるのは、時間や労力の面だけでなく、気持ちの面でもがっかり感があるのはよく理解できる。

 「メイクには、リップやファンデーションのほかにも、さまざまな化粧品を使うことになる。そのままにしておくと肌によくないため、すぐにメイク落としをしたり、化粧水も使うことになる。一度のメイクにかなりの時間がかかり、化粧品やスキンケア製品にもコストがかかる。在宅勤務時に、バーチャルメイクが利用できるようになると、時間とコストの節約とともに、肌にもいい」と笑う。

バーチャルメイクが絶対に外れないことにこだわる

 Umoreの名称は、Youとmoreを組み合わせることで、「もっと、あなたらしく」という意味を持たせたほか、同じ音を持つ英語のHumor(ユーモア)には、おかしさやおもしろさといった意味のほかに、機嫌や気分という意味があることにも着目。

 「コロナ禍では、自由な外出を制限されたり、自分のモチベーションを高めたりすることが難しい中で、少しでも楽しい気分で仕事や授業を受けてもらいたいという思いを込めた。もっと、あなたらしくいられて、どんな時も、気分を上げてくれるアプリを目指した」(FCCLの篠宮氏)とする。

 アプリ開発において、企画部門が譲れないポイントとして提示したのは、「スマホライクに使えること」、「バーチャルメイクが外れず、顔の動きにしっかりと追随するもの」、「どの会議アプリでも使えること」、「性別や年齢を問わずに活用できるもの」という4点だ。

 「使ってみて、一度でもバーチャルメイクが外れてしまったら、このアプリは二度と使ってもらえない。そこは一番こだわったところである。また、機能はできるだけシンプルにし、必要なものだけにした。できることは1つの画面上に集約し、メイクの基本となる要素は欠かすことなく、直感的に操作できるようにした」(FCCLの柴田氏)という。

 寝坊をして朝一番のWeb会議や授業の時間にぎりぎりにアクセスしても、一度設定をしておけば、メイクアプリを起動するといった操作が不要なため、操作を忘れてすっぴんのまま出席しまうというミスがなくなるのもUmoreの特徴だ。

仕事に適応したナチュラルなメイクに

Umoreでは複数の画像補正アプリを使用するとデータ処理量が増大するため、コマ落ちや停止が発生し、バーチャルメイクが外れる可能性があるため、ほかの画像補正アプリとの同時使用はしないように呼び掛けている

 Umoreでは、Z世代が使い慣れたUIや機能を提供することが大切だと考え、企画の初期段階に、Z世代に人気のスマホ向け加工アプリを徹底的に調査したという。

 アイコンのデザインや並び方、リップやチークにどんな色が使われているかといったことのほか、加工の前と後を、すぐに比較できるビフォーアフター機能がすべての加工アプリに搭載されていることも分かり、これもスマホユーザーが使い慣れた機能として重視した。

 さらに、開発途中には、Z世代の社員に使ってもらい、その要望を反映。同時にZ世代でも加工アプリに慣れていないという社員の声も反映して、すぐにメイクができる「ナチュラル」と「しっかりメイク」の2つのモードを用意した。

 実際に利用したZ世代社員からは、「在宅勤務時には会議のためにメイクをすることがなくなり、朝の時間に余裕ができた」、「見た目が良く映ると仕事のやる気が違い、自信を持ってWeb会議に臨める」、「仕事をする部屋が暗い時には、簡単に明るくできる」といった声が挙がったほか、Z世代の男性社員からは、「最初は加工していることには抵抗があったが、ナチュラルな加工ができるので使いやすい」、「髭のそり残しが隠れるのでありがたい」といった声が挙がっていたという。

 先に触れたように、UmoreはもともとZ世代向けのCHシリーズに搭載するアプリとして開発がスタートしたため、まずはオンライン授業に参加することを想定していた。だが、社内で議論を進めるうちに企業のWeb会議でも活用でき、幅広い年齢層でも利用できる方向性をより重視した。

 「スマホの加工アプリは、SNSに上げたり、友達と共有してプライベートで楽しむという使い方が多いが、Umoreの場合には、授業に参加したり、会議に参加したりといったことが中心となり、根本的に用途が異なる。スマホの加工アプリでは極端に小顔になったり、驚くほど目が大きくなったりといった加工が行なわれるが、Umoreでは、授業や仕事に最適な色味にしたり、よりナチュラルさを強調したりすることにこだわった」(FCCLの篠宮氏)という。

 メニューを見ると、左半分は、明るさ、美肌、小顔といった男女問わずに利用できる機能とし、右側半分はリップ、アイブロウ、チークといった主に女性が利用しやすい機能を配置している。

 「社外とのWeb会議では、男性がわざとリップをつけたり、極端に小顔にして参加し、場を和ませてから話をスタートするという使い方も出ている」と、意外な狙いで、Umoreを活用する強者もいる。

 このほかにも、Umoreを利用した50代男性社員は、自分の表情が生き生きした様子に変化したことに驚き、Web会議にはUmoreを利用するようになった例もあるという。

ゼロからの試行錯誤で完成度を高める

 Umoreの開発を担当したのが、富士通クライアントコンピューティング コンシューマ事業本部コンシューマ事業部第三技術部の古賀樹文氏だ。これまでメイクの経験がない古賀氏は、柴田氏や篠宮氏からの意見や改善提案を何度も聞きながら、開発を進めていった。

 「試作版を開発して、企画部門に渡すと、当初は、『ちょっと違うのだけど』、『違う形に変えてほしい』という厳しい評価しか戻ってこなかった」と古賀氏は苦笑する。開発初期には、「これはメイクではない」という、最上位とも言える厳しい言葉さえも返ってきたという。

 実際、この領域は技術力だけで突破できるものではなく、メイクそのものに対する理解度を高めやセンスを磨く必要がある。古賀氏は、試作品を作り、それを評価してもらい、意見をもとに次の試作品を作るという作業を、数週間単位で繰り返し、その中で、女性が求めているメイクの形や姿を理解していったという。

 「もらった意見に対して、『そうかなぁ』という返事をしていけないと思い、すべてを吸収していった」というのが、古賀氏のUmoreにおける開発姿勢だった。

 FCCLにとっても、バーチャルメイクの開発は、まさにゼロからのスタートであり、企画部門も、開発部門も試行錯誤の連続だった。ひとつひとつ課題を解決しながら、完成度を高めていった。

 当初は、2020年12月に発売した初代CHシリーズへの搭載を目指していたが、結果として、より高い完成度を追求するために、このタイミングでの製品化を見送り、2022年12月に発売したCHシリーズの搭載に向けて、開発期間を延長した。ここからも、バーチャルメイクの完成度にこだわったチームの姿勢が伝わってくる。

直感的な操作で自分好みにメイク

 Umoreは、操作や設定は極めて簡単だ。

 初期設定は、Umoreを起動すると「FMVスマートカメラ/マイクユーティリティ」をインストールし、仮想カメラデバイスとして認識して動作させることになる。

 「仮想カメラデバイスをあらかじめインストールして出荷してしまうと、Web会議アプリを使用する際に、自動的に仮想カメラデバイスが選択されてしまい、何も映らないといったことが発生する可能性がある。ユーティリティをインストールするという操作を行なうようにすることで、そうしたトラブルを回避する狙いがある」(FCCLの古賀氏)とする。

まずはユーテイリティをインストールする

 ユーティリティのインストールは、ネット環境に接続されていなくても行なえ、1分かからずに終了し、自動的に起動する。

 中央にはプレビュー画面が表示され、最初の時点で、「ナチュラル」モードでのバーチャルメイクが施されている。画面の下部分には、メイクのために各アイコンが用意されており、各項目の文字を囲むようにデザインされている円の進み具合で、補正の度合いが示される。

 半円が描かれていたら補正が半分のレベルに到達しており、一周回っていたら補正が最大レベルになっていることを示す。

 アイコンをクリックすると色がオレンジ色に変わり、プレビュー画面の下にはスライドバーが表示され、それを左右に移動させるとパラメータが変わり、リアルタイムでメイクの様子が変化する。

 スライドバーには、小さい丸でデフォルト値が表示され、それをもとに大きい丸を動かして、補正をかけるという分かりやすさが特徴だ。補正前と補正後の映像もプレビュー画面上に表示でき、簡単に比較できる。

 「美肌」ではしわやシミを減らしてくれたり、「目の大きさ」では黒目を大きくしたりできる。また、「リップ」では各種カラーを用意しており、アイコンの中から選択することができ、リップの濃さを調整。口を動かしてもリップがスムーズに追随するようになっている。

 「アイブロウ」では眉毛の形と色、濃さを選択。「チーク」は色を選択することで、血色をよく見せることが可能だ。

 そして、「カラコン」は瞳の色を変化させることができる。カラコンは、仕事のシーンではあまり利用することがないかもしれないが、友人同士のオンラインでの対話などを想定しているという。見方を変えれば、あえて「カラコン」の機能を設けたことで、今後、Umoreを幅広いシーンで使ってもらうために、どんな機能が必要なのかといったことを検証する狙いもありそうだ。

 Umoreを使ってバーチャルメイクが完成したら、使用するカメラを、FMVシリーズに内蔵している「FJ Camera」や外付けカメラから、追加された仮想カメラの「FMVスマートカメラ」に変更。コラボレーションツールのカメラとして、これを使用するように設定することで、バーチャルメイクによるカメラ映像をさまざまなアプリで利用できる。

カメラの設定をFMVスマートカメラに変更する
Umoreの操作画面

FCCLのすべてのPCにUmoreを展開

 Umoreを使っているユーザーからは、「Web会議での顔出しの抵抗感がなくなった」という声が多いという。「Web会議でも、積極的に顔を出せるようになったことで、伝えたいことを、より伝えやすくなったという場面も増えている」(FCCLの柴田氏)という。

 スマホネイティブのZ世代では、Web会議やオンライン授業でPCを使うシーンが増えているが、その点でも、Umoreは、PCを使いたくなるツールの1つになる可能性もありそうだ。

 「Umoreは、多くのユーザーに、あったらうれしいと思ってもらえるアプリであり、PCで、Web会議や授業を快適にすごしてもらうためにはぴったりのツールになる。また、Z世代以外にも評価が高く、Web会議では、自信を持って、カメラをオンにできるようになったというユーザーもいる。開発の発端は、CHシリーズ向けのアプリとしての開発だったが、今後は、FMVシリーズの全機種への搭載を予定している」(FCCLの柴田氏)という。

 FCCLでは、新製品への搭載のほか、2023年2月から、アプリを無償で公開する予定であり、世界最軽量のUHシリーズや、FMパソコン40周年記念モデルとして話題を集めたFMV LOOXなどでも、Umoreが利用できるようになる。

 使い勝手の良さが認知されれば、FMVシリーズの差別化の1つにもなっていきそうだ。

 また、量販店店頭でもUmoreを体験できる展示を行なったり、認知度を高めることにも注力。AIエンジンが周囲のノイズを消し、Web会議などをサポートする「AIノイズキャンセリング」を始めとしたFCCLならではの機能と組み合わせることで、FMVシリーズが、Web会議やオンライン授業にも最適なPCであることを訴求していくことも視野に入れている。

 そして、Umoreは、今後も進化していくことになりそうだ。

 現時点では、具体的な進化の方向性については示されていないが、FCCLの柴田氏は、「お客様の声を聞きながら、バーチャルメイクの精度を高めたり、補正の美しさを追求したりするほか、メニューの追加や、操作性の向上も図りたい」と語る。

 Web会議やオンライン授業による新たな生活が定着するなかで、Umoreによって、より効率的に、より楽しくPCを利用する提案が一歩進むことになりそうだ。

富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部商品企画統括部の柴田明奈氏
富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部商品企画統括部の篠宮百合香氏
富士通クライアントコンピューティング コンシューマ事業本部コンシューマ事業部第三技術部の古賀樹文氏