大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

シャープ、応募者850万人超のマスク抽選で初の倍率100倍切り。販売実績と経緯をまとめた

~マスク以外のヘルスケア商品にも着手

不織布マスク「MA-1050」。1箱50枚入り税別2,980円(送料別)

 シャープが、7月8日に実施した同社製マスクの抽選販売は、応募総数が8,515,139人となり、当選倍率は99倍となった。はじめて当選倍率が100倍を切ったことになる。

 4月28日に第1回目の抽選販売を開始してから、今回で11回目の抽選。当選数を前回よりも2,000箱増加し、これまでで最大となる86,000箱を抽選対象とした。

 現在、シャープ製マスクは、同社三重工場に設置された生産ラインで、当初予定していた生産体制が整い、フル生産が行なわれている。同社が公表しているフル生産時の生産枚数は1日50万枚。1週間で350万枚の生産規模だ。

 マスクは1箱50枚入りであるため、箱数に換算すると1週間で7万箱。抽選販売は毎週水曜日に行なわれており、抽選販売のために用意している86,000箱という数字は、生産数量の1.2倍となる。

シャープでは、今回に続き、7月15日に予定している12回目の抽選でも、86,000箱を用意することを発表している。つまり、フル生産体制に対して1.2倍の数量で抽選を行なっても、その仕組みが回っているということになる。言い換えれば、約2割の人たちが当選しても辞退しているという状況であることが推察される。

 さらに、同社では、6月29日に開催した株主総会にあわせて、株主を対象にした優待セールを実施。そのなかで、シャープ製マスクを購入したい株主は、必ず1箱を購入できるような特別措置を用意した。同社の株主数は、約195,000人。同社では、マスク販売に応募した株主の数は公表していないが、「かなり反響があったのでは」との声も聞かれる。

 同社では、6月24日の抽選から、84,000箱に増加。この時期は、株主優待を開始した時期と重なっている。それを考えると、株主優待の分を含めても、それに対応できるだけの余力が生まれているとも言える。

 必ず買える株主優待キャンペーンは、7月31日まで続いており、この仕組みを使ってマスク購入した株主からも、すでにマスクが届いたという報告がある。逆算すれば、現時点では、2割以上の当選者が辞退することを前提として抽選を行なっているとも言えそうだ。

 なお、同社では、三重工場におけるマスクの生産体制をさらに強化する予定はないという。7万箱までの生産体制で、86,000箱の当選数のまま、抽選販売を続けることになる。

シャープによるマスク販売の経緯

 シャープ製マスクのこれまでの経過を振り返ってみよう。

 シャープ製マスクは、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って発生したマスクの供給不足のなかで、異業種である大手電機企業の新たな取り組みとして、社会的にも注目を集めた。

 シャープでは、日本政府からの要請を受けて、液晶パネルを生産する三重工場(多気)のクリーンルームを使い、3月24日からマスクの生産を開始。3月31日からは、日本政府向けに出荷を開始した。

 その後、個人向けにもマスクを販売することを発表。4月21日午前10時から、シャープの100%子会社であるSHARP COCORO LIFEのECサイト「COCORO STORE」で、マスクの販売を開始すると告知していた。

 だが、先着順としていたことや、申し込み時にはCOCORO MEMBERSへの登録が必要なことから、販売サイトや登録サイトにアクセスが集中し、発売直後からつながない状況が終日続いて、購入できない状況に陥ったほか、大阪・堺のグリーンフロント堺に設置した自社データセンターで運用していたため、同一プラットフォームで運用していた同社サイトの閲覧や、各種クラウドサービスにも影響。シャープのAIoT家電の一部製品でクラウドサービスが利用できなくなるといった事態も招いた。

 結局、この時点では、誰一人としてマスクを購入することができず、シャープでは、販売方法の変更や、体制面、技術面の見直しに着手。抽選販売方式に変更し、4月27日午前0時から、改めて受け付けを開始した。

 抽選は毎週水曜日とし、一度応募すればその後も毎週抽選対象となり、再び応募する必要がないような仕組みも採用した。

 同社では、「早い者勝ちという方式を抽選方式とすることで、サイトへの一時的なアクセス集中を緩和することができる」としたほか、販売前日からCOCORO MEMBERSのサイトで事前登録する人が殺到し、つながりにくい状況が発生し、販売当日は登録サイトにもアクセスできない状況となっていたことにも着目。COCORO MEMBERSへの登録をしてから購入するという方法をやめ、応募時点では会員登録を不要とし、当選者が購入時点で会員登録を行なう方法に変更した。

 また、技術面での対応としては、サーバーを分離し、マスク応募のための専用サーバーを構築。アクセスが集中しても、同社の一般サイトや、AIoT家電向けの各種クラウドサービスに影響が出ないようにした。さらに、外部のCDN(Content Delivery Network)を活用することで、マスクの応募専用サーバーへの負荷も軽減させた。

 このとき、抽選数を増加させたことも同社の対策の1つだった。

 もともとは4月21日以降、毎日3,000箱ずつの販売を行なう予定だったが、1週間に一度の抽選販売としたことで、1週間分を用意。計算上では、21,000箱が用意されることになるが、同社では30,000箱を用意すると発表。さらに、抽選当日には40,000箱に増量して、最初の抽選販売を行なった。

 なお、シャープでは、トラブルが発生した4月21日午前10時以降、すぐに対応策について検討を開始。約56時間後の4月23日午後5時40分過ぎには、こうした対策を発表している。コロナ禍で活動が制限されるなかでも、比較的短時間に対応を図ることができた事例だったと言えるだろう。

 第1回目の抽選には、4,706,385人が応募。抽選倍率は118倍という驚くべき人気ぶりとなり、この点でも話題を集めたが、その後も、2回目は、50,000箱の予定で募集したものを、抽選時点では60,000箱に増量。3回目では、60,000箱の予定を70,000箱に増量して、いずれも募集告知時点を上回る数量を用意した。

 だが、応募者数も増加しており、2回目には新たに約210万人が応募して当選倍率は113倍、3回目も約66万人の追加応募があり、当選倍率は107倍となっていた。

 ちなみに、3回目で、フル生産体制と同量となる7万箱を用意していたが、この時点ではフル生産体制となっておらず、当選しても購入しない人の余剰分を、次回の抽選に回していたことが想定できる。

 その後、シャープでは、毎週70,000箱を用意していたが、6月24日に行なった9回目の抽選で、当選数を84,000箱へと増加させており、この時点でフル生産に達した可能性が高そうだ。また、7月8日の第11回抽選では86,000箱に増加。抽選倍率がはじめて100倍を切った。

 7月15日に実施される第12回の抽選も、86,000箱が用意されるが、今回と同様に65,000人規模の新規応募者が増加すると、倍率は再び100倍に戻る。

 生産数量が増加しないこと、一度応募した人はそのまま継続的に抽選対象となること、一度当選した人も引き続き抽選対象になっていること、そこに新たな応募者が加わっていることを考えると、抽選数は増加せず、今後も応募者数が増加するため、結果として、100倍以上の倍率で推移することが想定される。確率で言えば、100回の抽選で1回当たるということになり、全員が当選するのに2年かかる計算だ。

シャープ製マスクの当選倍率推移
【表】第1回目~11回目抽選までの内訳
抽選日応募者数当選数当選倍率
1回目4月28日4,706,38540,000118
2回目5月6日6,807,31060,000113
3回目5月13日7,466,89670,000107
4回目5月20日7,787,47270,000111
5回目5月27日7,996,07170,000114
6回目6月3日8,146,28970,000116
7回目6月10日8,241,18170,000118
8回目6月17日8,312,23870,000119
9回目6月24日8,388,65984,000100
10回目7月1日8,449,89684,000101
11回目7月8日8,515,13986,00099

 先にも触れたように、現時点での当選数量は、フル生産数量を上回っている。つまり、一定数の人が、当選しても購入しないということを前提とした仕組みである。当選していながらも、購入しない人にはいくつかの理由が想定される。

 シャープがマスクの販売を開始した時期には、マスク不足が大きな社会問題となっており、多くの人が、ドラッグストアでも商品を買えない状況だった。それにより、マスクの高額転売が国民生活安定緊急措置法で禁止されたほどだ。そのタイミングに、均等に購入チャンスがあるシャープのマスクを購入したいという人が殺到したのは明らかだ。

 また、当時は、粗悪なマスクが出回っていたこともあり、シャープが日本の工場で生産して出荷するマスクに、品質面でも期待が集まった要素もあっただろう。

 しかし、周知のように、現時点では、マスクが潤沢に市場に供給され、ドラッグストアでも購入できる状況になっている。すでに、シャープ製のマスクを購入しなくてもいい状況にある人も少なくない。

 また、50枚入りの1箱の価格が、税込3,278円(税別2,980円)であり、さらに送料として660円がかかるため、マスクとしては高価な部類に入る。供給状況の変化とともに、ここまで高価なマスクを購入しなくてもいいという人も増えているはずだ。

 一方で、当選通知のメールに気がつかずに購入手続きを行なわなかった人、毎週月曜日までの購入期間内に手続きを行なわなかったというように、当選者のうっかりによって購入を逃した例もありそうだ。

 シャープによると、登録されたメールアドレスが間違っていたため、当選通知を送ったものの、送信エラーになってしまい、通知が届かなかったケースもあったという。

 当選しても購入しない人の増加が推察されるなかで、100倍という当選倍率が維持され続けている現在の仕組みは、そろそろ変更してもいい時期に差し掛かってきたとは言えないだろうか。

 購入者の状況が変わっているということを前提に、欲しい人に届けられる仕組みの再構築を期待したい。

マスク以外のヘルスケア商品も国内展開

シャープの戴会長兼CEO

 一方、シャープの戴会長兼CEOは、マスク以外のヘルスケア商品の展開にも意欲を見せている。

 6月29日に行なわれた株主総会では、株主から「お土産として、シャープ製マスクがもらえると期待していた」などの声が上がるなかで、台湾からオンラインで参加した戴会長兼CEOは、「社会貢献としてスタートしたマスクをはじめとして、健康関係の新規事業への取り組みをずっと考えている」と語って見せた。

 7月9日に社員に向けて発信したCEOメッセージのなかでも、戴会長兼CEOは、7月1日に、台湾のSTE(Sharp (Taiwan) Electronics Corporation)が、現地のコスメ販売チェーンブランドの「美華泰(MIRADA)」を買収すると発表したことに触れながら、「With/Afterコロナの世界では、オンラインでの顧客接点拡大が極めて重要であり、台湾では今後、コスメ関連製品や生活用品のオンライン販売を開始し、会員拡大を図る」とコメント。

 さらに、「日本においても、MIRADAと連携し、マスクの販売によって認知度が高まったCOCORO STOREを通じて、ビューティ関連製品の販売を行なう予定である。将来的にはヘルスケア分野の製品の取り扱いも拡大するなど、ECビジネスのさらなる強化に取り組んでいく」と述べる。

 シャープは、マスクをきっかけに、ヘルスケア製品の拡大や、ビューティ関連製品、生活用品をオンラインで販売する体制を整え、新たなビジネスを創出しようとしている。ECを軸にして展開するというヘルスケア事業の基本モデルを、インフラを含めて、マスクで構築したとも言える。

 そうした意味でも、今後シャープが、ヘルスケア製品やビーティー製品で、ECへの取り組みをどう拡大していくのかについても、注目が集まりそうだ。