大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

2019年度は、新規ビジネス参入と攻める1年に

~レノボ傘下1年の成果とこれからをFCCLの齋藤社長に聞く

齋藤社長

 富士通クライアントコンピューティング(FCCL)が、2018年5月に、レノボ傘下のジョイントベンチャーで新たなスタートを切ってから、約1年が経過しようとしている。同社の齋藤邦彰社長は、「1年目は、新たなFCCLの方向性を打ち出し、それを証明してきた期間だった。2年目は、その取り組みを継続的に進めるとともに、改善すべきところを改善し、新たなコンピューティング領域にも積極的に挑戦したい」とする。齋藤社長に、FCCLのこの1年の取り組みを振り返ってもらうとともに、2019年度の方向性について聞いた。

変化をきっかけに強みを再認識

――新生FCCLの設立から間もなく1年を迎えます。この1年を振り返ると、どんな成果がありましたか。

齋藤 2018年5月2日に、レノボ・グループが51%を出資し、富士通が44%、日本政策投資銀行が5%を出資する体制で、ジョイントベンチャーをスタートしたわけですが、その変化が1つの区切りとなって、われわれにはどんな強みがあるのか、お客様に対してどんな役に立てるのかといったことを改めて認識することができました。

 富士通の100%子会社であった時は、富士通全体からの恩恵を受けるといったことがある反面、どう貢献するかといった側面もあり、正直なところ、結果として、自分たちのペースだけでは事業ができないという部分もありました。ジョイントベンチャーになったからといって、それらがゼロになるというわけではありませんが、自らが危機感を持ち、なにができるのか、独立して生き残ることができるのかということを真剣に考えて、再スタートを切ったことで、底力ともいえるものが表面化し、これまで以上に、自分たちのペースでビジネスができ、これまで以上に力が発揮できるようになったと感じます。手前味噌ですが、社員一人一人からも、真剣さや力強さを感じます。経営の観点からみれば、いい刺激があったといえます。

 当初は、社員の間にも不安が広がり、取引先のパートナーやユーザーからは、PC事業を続けるのか、それともやめるのかといった懐疑的な見方もされていましたが、FCCLの方向性を、早い時期にメッセージとして発信したことで、こうした不安や誤解を、早期に払拭できたことも、この1年のビジネスの加速につながったと思っています。

 また、働き方改革やWindows 7のサポート終了といった動きがあるなか、そうした動きに合致した製品を投入することができたことも大きな成果でした。ゴルフに例えるならば、フォローの風が吹くなか、その風に乗って、いいティーショットを打つことができたと言えます。

 世界最軽量のノートPCである「LIFEBOOK UH-X」によって、持ち運びを容易にするだけでなく、セキュリティを強化したことで、働き方改革に最適なデバイスと位置づけられたり、世界初の4Kチューナー内蔵の「ESPRIMO FH-X」によって、これからの個人の空間はこうあるべきだといった提案もできました。

世界一と世界初を同時に発表してみせた

 これらの商品は、「人に寄り添うモノづくり」にフォーカスしたことで、単に世界一とか、世界初ということで自己満足する商品ではなく、使ってもらえる商品になったといえます。難しい領域のモノづくりではありましたが、お客様に満足してもらえるものを出せたと自負しています。

 この1年を振り返ってみますと、ジョイントベンチャーという動きをきっかけに、社員全員が危機感や方向性を改めて共有できました。そして、1つのプロダクトが終わると、次はこれだということで走り始めることができる体制も整いました。いいスタートを切れた1年であったと言えます。

――とくに、2018年秋に発表した世界最軽量の「LIFEBOOK UH-X」は、新たなFCCLの勢いを証明するには、象徴的な商品だったといえます。売れ行きはどうですか。

齋藤 世界最軽量や世界初という短い言葉で、商品の特徴を表現できますから、その点でのインパクトとメッセージ性は高いと言えます。

 実際、発表直後から、多くの方々から問い合わせをいただき、なかでも、圧倒的な軽さと、強固なセキュリティによって、持ち出して利用したくなるという点に魅力を感じてもらっています。発表直後には、生産が追いつかなくなるほどで、結果として、いまでも計画を上回る売れ行きをみせています。そして、この商品が引っ張る形で、Uシリーズ全体の売れ行きも好調です。

 ただ、これで安心しているわけではありません。やることはもっとたくさんありますし、それをいかに速く見つけて、速く改善するかといったことに取り組んでいます。

――ちなみに、世界最軽量となる698gを下回る次の商品も開発しているのですか。

齋藤 新たな製品について具体的に言及するわけには行きませんが、これだけはお伝えしておきます。これからも世界最軽量の座は守り続けます。

富士通ブランドのゲーミングPCはない?

――一方で、苦戦をしている商品も見受けられます。たとえば、じぶんパソコンとして打ち出した小学生向けPC「LHシリーズ」は、量販店での販売にあまり勢いが感じられません。

齋藤 新たな市場を開拓する商品ですし、確かに、当初の計画よりも苦戦しているのは事実です。子供向けにも、しっかりとしたスペックのものを用意すべきであったことや、搭載した教育ソフトやサービスにも一考の余地があったという反省もあります。しかし、こうした経験を蓄積できたことは大きな財産です。苦戦するのならば今のうちであり、市場が本格化してから苦戦するよりはいいと思っています。もちろん、成功した方がいいにこしたことはありませんが、失敗することも大切です。

 私は、最初の失敗は、失敗ではなくて経験だと、社内に言っています。この経験をどう活かすかが、今はもっとも大切な時期です。もし、2回目に、同じことをやったらそれは失敗です。また、後追いで新たな分野に参入すると、どうしても価格戦略が優先されてしまいます。速く商品を出して、速く商品を洗練させて、結果として付加価値で勝負できることができる環境を作りたいです。

 FCCLでは、教育や子供を対象にしたPCを、コンシューマ領域における重要な成長の柱に位置づけています。この領域のPCは止めません。やり続けていきます。

じぶんパソコン LHシリーズ

――ちなみに、PC市場では、IntelのCPU不足が続いていますが、AMDのCPU搭載モデルを拡大する予定はありますか。

齋藤 コンシューマモデルでは、すでにAMDモデルをラインアップしていますが、コマーシャルモデルでは投入する予定はありません。

――気になるのが、ゲーミングPCの展開です。2019年2月には、直販サイトのWEB MART限定で、GeForce RTX 2080 miniを搭載したデスクトップPC「WD-G/D1」を投入しました。これは、コーエーテクモゲームスの「信長の野望」の推奨スペックマシンとしていますが、ゲーミングPCとは位置づけていませんね。

GeForce RTX 2080 miniを搭載したデスクトップPC「WD-GD1」

齋藤 WEB MARTだけで出しているという点で、様子見であるということが伝わるかもしれませんが(笑)、この分野に対してどうするのかということは、まだ検討中です。ゲーミングPCを、出すとも決めていませんし、出さないとも決めていません。

 ただ、市場参入の可能性や方法はいくつかあると思います。たとえば、ハードウェアを供給してほしいという要望があれば、FCCLのモノづくりの強みを活かして、どんな使われ方をしても壊れないようなデバイスを提供し、「Powered by FMV」というような表記をするといったことも可能性の1つです。また、もし今回の「WD-G/D1」にいい手応えがあれば、それとは別の方法を検討するといったこともあるでしょう。やり方は柔軟に検討しています。

 とは言え、富士通ブランドのゲーミングPCが、市場に受けるかどうかは、ちょっと懐疑的な部分もあります。富士通のブランドに安心感や信頼感を持っている層が、ゲーミングPCのユーザー層とは異なると思っています。

雛を巣から追い出す2019年度

――最近、力を入れていると感じるのが、電子ペーパー「QUADERNO」です。齋藤社長自らも持ち歩いていると聞きましたが。

齋藤 正直に言いますと、最初はどれぐらい使うことができるのかがわからなかったのですが、使ってみたら手放せなくなってしまいました。思いついたときに書ける、スペースも限らずに使えるということが、これだけ快適だということに驚きました。また、書くという作業は、結構、頭を使っているようで(笑)、PCで入力するよりも、表現が豊かになったり、一番わかりやすい表現はなにかということを工夫したりといったことが増えました。

 そして、これだけ文字を書いていると、なんだか、文字をきれいに書けるようになった気になります(笑)。私は、紙の手帳のときよりも書くようになりましたよ。

 市場での反応も良好です。目標に対しては2倍以上の販売台数となっています。手帳代わりに使う人が多く、ストレスなくメモを取ったり、消せたりする点に、「こういうデバイスが欲しかった」という声を聞きます。

 一方で、イラストレーターの方が使っている例もあり、ペンの細さを選択して、繊細なイラストを描いたりしています。これは、ペンの再現性や書き心地を追求した成果の1つですね。これからは、スケッチ用途でも需要があると思っていますし、いろんな人に使ってもらうと、いろいろな使い方が生まれるのではないかと考えています。

電子ペーパー「QUADERNO」
自ら電子ペーパーを使っている齋藤社長

――FCCLでは、約3年前から、新たな事業の創出を目指す社内プロジェクト「Computing for Tomorrow(CFT)」に取り組んでいます。電子ペーパーも、その成果の1つですね。

齋藤 すでに、CFTから飛び立った商品としては、電子ペーパーの「QUADERNO」を活用したペーパーレスミーティングシステムと、教育向けエッジコンピュータの「Men in Box(MIB)」があります。そのほかにもいくつかのプロジェクトが動いているところです。

 じつは、2018年4月から、名称を「CFT 2020」に変え、2020年には、それぞれの事業が、ビジネスとして独り立ちしていることを目指しています。2020年に、ビジネスとして収益をあげているということは、少なくとも、2019年度中には、飛び立たなくてはいけません。無茶な言い方をすると、2019年度には、残りのプロジェクトも巣から追い出し、雛であろうとなんであろうと外で戦ってこい、というぐらいの気持ちで考えています。

 その一方で、もっとPCから離れたところのビジネスにも挑戦したいですね。電子ペーパーやMIBは、まだ、PCに近いところのビジネスであり、太陽系でいうと地球に近い火星のあたりのビジネス(笑)。土星や冥王星といったところのビジネスが出てこないといけないと考えています。

――2018年5月に行った最初の事業方針説明会では、エッジコンピュータのプロトタイプとして、「InfiniBrain」を発表しました。この進捗はどうですか。

齋藤 まだ、進捗をお話できる段階にはありません。ただ、これは、プラットフォームといえる汎用性を持ったエッジコンピュータであり、グラフィクス処理性能の高さや、高性能CPUを搭載しているメリットを活かしながら、このプラットフォーム上で、パートナーとともに、ソリューションを提供していくビジネスモデルになります。

 そして、これは、エッジコンピューティングによって、PCが実現してきた分散コンピューティングの世界を進化させることにもつながります。つまり、将来、PCはなくなってしまうのではないかと囁かれるなかでも、形や姿を変えながらも、PCにはしっかりとした役割があるということを証明するものになります。InfiniBrainについても、2020年には、PCの新たな形として、利益を生むビジネスにつなげたいと考えています。

エッジコンピュータ「InfiniBrain」

――レノボ・グループとのシナジー効果は、どんな点で生まれていますか。

齋藤 調達や物流といった点でのコストメリットは生まれ始めています。これらのメリットを商品価格に反映させたり、世界一や世界初を継続的に達成するためのR&D投資を進めています。また、生産拠点である島根富士通は、自らのカイゼン活動で、生産性を高めていますが、これに加えて、省人化に向けた新たな投資を進めていくことになります。ロボット、カメラを利用して省人化をしていかないと、労働力不足や人件費の上昇に対応できなくなります。

 2019年度は、PCの生産量が増大すると見込まれますから、島根富士通に投資をするならばこのタイミングだと考えています。FCCLの強みは、自分たちで開発、製造、販売、サービスを持っているということです。その強化に向けた投資を継続的に行なっていきます。

生産拠点である島根富士通

2019年度は市場全体を上回る成長を見込む

――FCCLにとって、2019年度は、どんな1年になりますか。

齋藤 「人に寄り添うコンピューティング」を追求したこの1年の方向性は間違っていないという手応えを感じています。これは、2年目も継承していくことになります。一方で、先にも触れたように、CFT 2020で取り組んでいる新たなプロジェクトも、巣から追い出し、実際に、市場投入して、その成果を世の中に問う1年になります。新生FCCLとしての1年目は、新たな方向性を打ち出し、それを証明してきた期間だったと言えます。

 2年目は、その取り組みを継続的に進めるとともに、改善すべきところを改善し、新たなコンピューティング領域にも積極的に挑戦したいと思っています。まだまだ改善する部分もありますし、1年を経過して、レノボ・グループの経営の仕方を取り込みたいと思う部分もありますし、富士通グループとしてやってきたこの部分は残したいといったことも明確になってきました。マージを進め、それらを実行に移す1年にもなります。

 2019年度は、CPU不足という懸念材料はありますが、これが解決すれば、Windows 7のサポート終了や消費増税前の駆け込み需要が重なり、かなりの需要が見込めます。FCCLとしては、市場全体の予測よりも、さらに高い成長を目指しています。積極的に攻める1年にしたいですね。