大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

富士通のPC事業はLenovoへの"売却"ではない

~真の狙いを富士通クライアントコンピューティング齋藤社長に直撃

富士通クライアントコンピューティング齋藤邦彰社長

 2017年11月2日に、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)が、レノボ傘下でPC事業を推進することを正式発表してから、ちょうど1カ月が経過した。Lenovo Group Limited(レノボ・グループ・リミテッド)が51%を出資する新体制のスタートは、2018年度第1四半期(2018年4月~6月)を目途としているが、それに向けて、いまFCCLはどうなっているのだろうか。そして、新体制後のFCCLはどうなるのか。正式発表から1カ月を経過したいま、富士通クライアントコンピューティングの齋藤邦彰社長を直撃した。

--2017年11月2日の正式発表当日に、FCCLの社員に対して、新体制について説明を行なったと聞いています。どんなことを社員に言ったのですか。

齋藤:事前の報道が、「売却」という内容であったため、それはまったく違うということを明確に伝えました。むしろ、「今日こそがスタートであり、われわれは、レノボという強力なエンジンを手に入れたことになる」ということを示しました。

--2016年10月に、レノボと戦略的提携を検討していることを明らかにしてから、約1年という時間がかかりました。この理由はなんですか。

齋藤:会見でもお話したように、ていねいに話を進めてきたことが、長期化した理由です。もし、事業を売却するという話であれば、いくらで売るのか、という話だけで済むわけですから、もっと早く決まっていたでしょう。しかし、ここからがスタートであり、両社が、今後の成長戦略を一緒に描いていくということを考えれば、しっかりと話し合いを行なう必要がありました。時間がかかった理由はここにあります。

--レノボとの話し合いのなかで、FCCLがこだわった部分はどこですか。

齋藤:最大のポイントは、FCCLの「独自性」をいかに維持するかといった点です。FCCLが独自に持つ、開発、製造、サポートといったスーパーバリューチェーンを維持しなければ、付加価値を提供できず、いまのビジネスが成り立たないということを説明し、その理解を求めました。川崎の開発部門と、島根富士通による生産は、FCCLの独自性を維持するためには不可欠です。

--つまり、FCCLが持つ独自性の理解と、それを維持することに関して、話し合いに時間がかかったと。

齋藤:これは、もし、私が逆の立場であったとしたら、同じように理解に時間がかかったと思いますよ(笑)。確かに、ビジネスを最大化するためには、どうしたらいいのかという話し合いのなかでは、「ラインナップを統合し、効率化した方がいい」という意見もありました。

 一方で、「それぞれの企業が持つカスタマーベースを生かしながら、これまでの体制を維持する方がいい」という議論もありました。結果としては、後者の方がビジネスを最大化できるという判断に至ったわけです。

 では、独自性とはなにか。日本での開発、製造を行なうことによる高い品質や短納期の実現、あるいは1個流しで生産できるといった柔軟性の強みに加えて、生命保険会社向けPCや、文教分野向けタブレットでの実績のように、顧客の要求にあわせてカスタマイズしたモノづくりを行なえる体制を持ち、それによって、高い評価をいただいているという点です。

 さらに世界最軽量のノートPCを開発、生産できたということも独自性の1つです(富士通、13.3型世界最軽量クラムシェルを4コア/8スレッド/メモリ8GBに参照)。こうした付加価値を実現するためには、FCCLの独自性を維持することが不可避です。この点を十分理解してもらったわけです。

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--発表から1カ月間、業界内からの反応はどうですか。

齋藤:私自身、10社以上のパートナー企業を訪問し、直接説明を行ないました。一部には、「富士通はPC事業をやめてしまうのではないか」という誤解を持っている方もいましたが、今回の戦略的提携の内容を説明すると、「それならば期待できる。がんばってほしい」、あるいは「日本での開発、生産体制をしっかり維持してくれてありがたい」といった力強い言葉をいただくことができました。

--新たな体制によって、変わるものはなんでしょうか。そして、変わらないものとはなんですか。

齋藤:ユーザーやパートナーから見える部分で、変わるものは1つもないといえます。開発、生産、サポートにも変化はありませんし、先端技術を活用したモノづくりの姿勢にも変化はありません。

 そして、ノートPCやモバイルPC、タブレット、一体型PCといったフルラインナップによる製品戦略はこれからも維持し、製品ラインナップが減るということもありません。2018年1月には、春モデルを発表することになりますが、ここでも、「これはアグレッシブな製品だ」と言われるような、面白いものを投入する予定です。それを見てもらえば、FCCLがこれからも挑戦しつづける会社であり、その姿勢が継続することがわかっていただけると思います。

 一方で、変わる部分としては、調達面でのメリットがあるといえます。とくにCPUやOSといったように、調達数量がコストに大きく影響する基幹部材の調達においては、そのメリットが出やすいのではないでしょうか。約350万台の調達規模だった会社が、6,000万台の規模のなかで調達できるようになるわけですからね。

 ただ、これらの基幹部材以外に、共通部品が多いのかというと、それほどでもないかもしれません。メモリやドライブに関しても、FCCLの品質基準に合致したものを使っており、その点では直接的なメリットは少ないといえます。これはもう少し調べてみないとわかりません。

--パートナーとのつながりもFCCLは独自性を持つのですか。

齋藤:基本的にはそうなります。これは、レノボ・ジャパンとNECパーソナルコンピュータ(NEC PC)の関係とは異なる部分でもあります。この2社は、レノボNECホールディングスのもとに、それぞれの会社が存在し、パートナー戦略などについても共同で展開する形が多いのですが、FCCLの場合は、レノボ・グループ・リミテッドが出資をすることになり、NECレノボ・ジャパングループとは独立した組織体制となります。

 当然、パートナーとのつながりも、FCCLが独自に行うということになります。それぞれのカタスマーベースを生かしながら、それぞれのブランドで独自性を持った形でビジネスを行なうというのが基本姿勢です。

 例えるのならば、自動車メーカーのフォルクスワーゲングループのように、フォルクスワーゲンのほかに、アウディやポルシェといった異なるブランドも存在し、それぞれのカスタマーベースを維持しながら、それぞれのカスタマーに向けて、独自性の強いクルマを投入しています。

 しかし、その一方で、バックエンドでは共通の部品を使用し、調達メリットを享受していることも想定されます。独自性を維持しながら、バックエンドはつながっている部分があるという仕組みは、似ているのではないでしょうか。

--レノボ・ジャパンとNEC PCでは、物流や生産においても統一した情報システムを活用するという動きが出ていますが、FCCLはどうなりますか。

齋藤:もしかしたら将来的には統合するという話があるかもしれませんが、一般論として、FCCLが持つこれだけの規模のシステムを別のものに統一するには数年間という歳月をかけなくてはならないといえます。FCCL側から見ても、長年使用してきたシステムを一気に変えることは大きなリスクを生むことになります。いつまでいまのシステムを活用するかは、富士通側とも話さなくてはならないですが、当面は、レノボとは別のシステムを活用することになります。

--NEC PCとFCCLでは、真っ向からぶつかる製品が数多くあります。そのあたりの競合は気になりませんか。

齋藤:それはまったく気になりません。その理由については、法人市場と個人市場に分けてお話しした方がいいでしょう。

 法人市場の場合は、先に触れたように、FCCLは、顧客の要求にあわせてカスタマイズを行ない、生保市場や文教市場で高い評価を得て、高いシェアを誇っています。人とのインターフェイスにフォーカスし、富士通のMeta ArcやZinraiなどとの連携に適したデバイスも開発しています。

 こうした付加価値型のモノづくりをしているのは、法人市場におけるFCCLの特徴であり、他社と同じ領域で競合するということはありません。つまり、法人市場では、真っ向からぶつかるPCを作っている状況にはないと考えています。

 一方で、個人向けPCの場合には、確かに直接競合するような製品が多いのは事実です。しかし、個人向け市場は、新たなものを創出することが大切な市場であり、そこで抜け出したメーカーがシェアを取り、その実績をもとに新たな技術を法人市場に展開していくことができるわけです。

 いまは技術変化が激しく、これまでにないようなデバイスが登場する可能性も高い。それを各社が模索している段階です。言葉は悪いですが、ここは、とにかく「弾を打つ」ことが大切で、そこから次世代のデバイスが生まれる。そうであれば、同じ領域に向けた製品を、複数のメーカーが投入した方が成功する可能性が高くなります。

 現在、VRやARが注目を集めていますが、まさに、この領域の製品は、多くのメーカーが参入してもまだまだ足りない。そして、こうした新たな領域の製品は、自らエンジニアリング部隊を持っていないと、いち早く製品が投入できません。この年末商戦において、FCCLが、日本のメーカーとして唯一、Windows Mixed Reality対応デバイスを投入できたのは、自らエンジニアリング部隊を持っていたことが大きいといえます。

--FCCLは、「Computing for Tomorrow」と呼ぶ新規事業創出プロジェクトを行ない、これまでのPCやタブレットの延長線上ではない製品の開発にも取り組んでいますが、これは継続することになりますか。

齋藤:新規事業創出プロジェクトは、今後も継続的に行なっていきます。富士通クライアントコンピューティングという社名の通り、われわれは、パーソナルコンピュータを作る会社ではなく、コンピューティングデバイスを開発し、生産する会社です。これまでのPCやタブレットにこだわらない製品づくりを重視していきます。

 AIやロボティクス技術を活用した新たなデバイスも創出したいですし、エッジコンピューティングの領域でも新たな提案をしていきたいですね。FCCLが独自性を維持するためにも、こうした取り組みは継続していく必要があります。

--レノボとの戦略提携により、調達コストが下がれば、その分、投資に回せる費用も生まれます。これはどの部分に使いますか。

齋藤:調達コストが下がったことによって、富士通ブランドのPCが安くなると考えている人がいるかもしれませなんが、その分野だけに投資することはしません(笑)。とにかく安いPCが欲しいというユーザーは確かに存在しますが、それは富士通ブランドのPCがターゲットとする領域ではありません。

 富士通ブランドのPCの特徴は、エンジニア自らが、ユーザー企業のもとに出向いて、実際になにが課題であるのかを聞き、最適な解決策を提案できるモノづくりが行なえるという点です。生保分野や文教分野での取り組みがその最たるものです。

 しかし、そうした体制をもっと強化するためには、ユーザー企業のもとにお邪魔し、課題を抽出することができるエンジニアの数がまだまだ足りません。ここに投資をしていきたいと考えています。

 また、もっとコンピューティングデバイスを使いやすいものにしていきたい。これまでのPCは「なんでもできます」というのが売りでしたが、逆に、なにもできないということの方が多い。いま話題のAIスピーカーの役割だって、PCの性能があれば十分できますが、そうした使い方を提案することができていない。もっとPCを身近で使いやすいものにしていく必要があります。その部分にも投資をしたいですね。

 そして、先に触れたように、新たな領域のコンピューティングデバイスの開発にも投資をしていきたいと考えています。FCCLが持っているアセットやノウハウを生かして、これまでにないような製品やサービスを創出することが大切です。

--一方で、レノボグループの販売網などを活用したグローバル展開も視野に入れていますか。

齋藤:そのあたりは具体的な話し合いはしていませんが、レノボグループの世界中のリソースを活用することでのシナジー効果は期待できます。世界ナンバーワンのPCメーカーであるレノボにとって、富士通ブランドのPCは、付加価値領域における差別化製品の1つになるのは明らかです。ただ、ビジネスプランとして立案するには、少し時間が必要ですね。

--新たなFCCLのスタートは、2018年度第1四半期(2018年4月~6月)を目途としています。新体制スタートまでの期間はどんなことに取り組みますか。

齋藤:ユーザーから見た姿には変化はないといえます。そして、独自性を維持するという取り組みも変わりがありません。FCCLは、人を中心にして、いつでもどこでも、よりリアルに、人が本質的に欲しがるものを追求し、心地よさを提供することにこだわっています。これによって、成長し、イノベーションをクリエイトするという姿勢は、今後も変わりません。新体制でスタートしたあともそれは同じでしょう。

 FCCLは、スーパーバリューチェーンによって、どのPCメーカーとも異なるモノづくりをすることができます。ゴルフに例えれば、他社とはティーショットの打ち方が異なります。独自性を持った製品を開発できるエンジニアリング部門を持ち、それを支える独自の生産部門があり、自前でサポートすることができます。その体制をさらに強化することで、ティーショットを、さらに力強く打つことができる。勢いを持ったいまだからこそ、今回の戦略提携によって、独自性をさらに加速できます。その勢いを弱めずに、新たなFCCLのスタートにつなげていきたいと思っています。