ニュースの視点

富士通のLenovoとのPC事業統合の狙いは何か

~大河原氏、笠原氏、山田氏の視点

このコーナーでは、直近のニュースを取り上げ、それについてライター陣に独自の視点で考察していただきます。

福島県伊達市にある富士通のPC工場

大河原氏の視点

 報道によると、富士通のPC事業が、Lenovoグループに統合されるという。

 富士通では、「当社が発表したものではありません」として、一連の報道に対するコメントを発表。その中で「本件を含めて、様々な可能性を検討しておりますが、決定しているものはありません」としている。この一文の中に、敢えて「本件を含めて」と書くあたりに、「本件」が明らかに存在していることを、自ら認めたと受け取ることもできよう。

 富士通は、東芝のPC事業とVAIOとの統合を模索した時期もあったが、それぞれの思惑が噛み合わずに頓挫。各社が各様に、再生の道を模索してきた。だが、取材過程で感じていたのは、富士通だけは、引き続き、PC事業の分離を模索し続けていたという点だ。

 3社の話し合いが迷走を続けた中で、PC事業の独自性を失うことを避けたいVAIOは、統合話からいち早く離脱。さらに東芝も大胆なリストラを進め、PC事業の収益が改善。2015年度はPC事業で871億円の赤字を計上していたものの、2016年度第1四半期は、PC事業で2億円の黒字に転換し、自力再建の道を歩む方向を模索し始めた。東芝が、2016年度の事業計画で、PC事業を継続事業として復活させた点からも、それが分かる。

 それに対して、富士通は、あくまでもPC事業の分離を念頭に置いていた。今年7月に開かれたある会合の席で、富士通の田中達也社長と立ち話をする機会を得た際、こんな質問をしてみた。

 「将来、田中社長の机の上に、富士通ブランド以外のPCが乗ることはあるのか」。

 すると、田中社長は間髪入れずに「ある」と断言してみせた。

 既に東芝、VAIOとの統合の話が立ち消えになっていたタイミングでの会話。つまり、その時点でも新たな形で、PC事業の分離を視野に入れていたことを裏付けるものと言える。

 ところで、Lenovoグループ傘下で、富士通のPC事業はどうなるのだろうか。既に、NECパーソナルコンピュータを傘下に置くLenovoグループにとって、富士通のPC事業との統合効果を発揮するのは、かなり時間がかかりそうだ。

 NECパーソナルコンピュータとレノボ・ジャパンの場合は、その事業戦略には明らかに補完関係があった。国内市場向けに特化し、日本のニーズに合致した付加価値型のローカルモデルを中心に展開するNECパーソナルコンピュータと、グローバルモデルにより普及価格戦略を推進したり、ThinkPadによって企業向け付加価値モデルを展開したりするLenovoの製品戦略には大きな違いがあったからだ。

 だが、富士通のPC事業とNECパーソナルコンピュータの事業とは、重なる部分が多い。しかも、富士通の生産拠点である島根富士通および富士通アイソテック、NECパーソナルコンピュータの生産拠点である米沢事業場を合わせると、国内でPC事業を推進するだけの体制としてはあまりにも過剰となる。開発拠点についても、既に大和研究所、米沢事業場を持つNECレノボ・ジャパングループに、大所帯である富士通の川崎工場の開発チームを加えると、これも過剰な体制と言わざるを得ない。

 つまり、今回の話が進展する上では、Lenovoグループへの富士通のPC事業の統合という観点よりも、国内の2大PCメーカーであるNECと富士通の統合という側面が強くなり、そこにメスを入れて行かなくてはならない。

 当然、それに伴って、適正な体制へとシフトするための荒療治が行なわれることは避けられないだろう。

 富士通のPC事業を担う富士通クライアントコンピューティングでは、今年2月の設立以降、次世代の製品群を創出するために若手技術者が活躍できる場を創出するなど、新たな体質作りにも取り組んできている。統合が推進されるのであれば、その過程で、富士通のPC事業の良いところが欠けないような動きを期待したい。

笠原氏の視点

 今回の件の焦点は、国内にある富士通の2工場の扱いだった。

 NHKや日経新聞など国内の大手報道機関が相次いで富士通がPC事業をLenovoと統合する方向で最終調整を進めていると報道した。これを受けて富士通からは「昨日来、当社パソコン事業に関する報道がされていますが、当社が発表したものではありません。当社は、本年2月にパソコン事業を分社化し、現在、分社化後の事業成長に向け、本件を含めて、様々な可能性を検討しておりますが、決定しているものはありません。今後開示すべき事実を決定した場合には、速やかに公表いたします」とのコメントが出され、Lenovoの日本法人であるレノボ・ジャパンからは「当社発表でない報道内容には常にコメントしない原則となっており、今回もコメントを控えさせていただきます。」というコメントが出された。

 つまり富士通の言葉の意味は「自分達は何も言ってないが、報道されていることは事実です」であり、Lenovoは「ノーコメント(事実とも事実でないとも言わない)」ということだ。両社のコメント、そしてNHKと日経新聞の報道がほぼ同時に出たということは、情報がどちらから発信されているのかは火を見るよりも明らかだ。つまり、報道を使っても状況を動かしたいという前向きな姿勢を持っているのは富士通ということを示唆している。

 2015年末に富士通、東芝、VAIOの3社統合の報道が出た時にも、構図から言えば、VAIOの親会社である日本産業パートナーズに富士通、東芝が売りに行くという形だったことは以前のこのコラムでも紹介した通りだ。今回の構図はもっとシンプルで、富士通がPC事業を行なう子会社をLenovoに売りに行ってる。

 ここで浮かんでくる疑問としては、なぜ日本産業パートナーズは富士通を買わず、Lenovoは買うという方向で決まったのかという点だろう。実は富士通、東芝、VAIOの3社統合が破談になった後、3社の関係者に取材したところ、最大の問題だったのは、3社それぞれが国内に抱える工場の扱いだったという。

 東芝は東京青梅市に、富士通は島根県出雲市(ノートPC)と福島県伊達市(デスクトップPC、サーバー)に、そしてVAIOは長野県安曇野市に工場を持っている。統合を行なった場合、工場を全て維持するのは、ビジネスの観点からは過剰であり、どこか1つに集約という話になる。しかし、3社ともそれぞれ地元との関係や、雇用の問題などから自社の工場の存続を主張し、調整がつかなかった。つまり、富士通にとってPCビジネスを他社の売却する際の最大の懸案事項は、出雲市にある富士通子会社となる島根富士通工場の扱いだったのだ。

 では、今回の統合でそれがどうなるか。そのヒントは、大手報道機関の報道にある。NHKも、日経新聞もその報道の中で富士通の2工場を維持することで合意したと、工場の扱いについて触れている。NHKの報道では「富士通の国内の2つの工場については、事業統合後も維持する方向で検討を進める一方、FMVのブランドを維持するかどうかは、両社の間でさらに検討を進める方針です。」(NHKの報道より引用)と、FMVブランドよりも先に工場の維持について触れている。

 筆者の推測通り、NHKや日経新聞のネタ元が富士通に近い関係者だとすれば、富士通にとっての関心事がFMVブランドよりも工場であることを示している。工場を維持するという条件をLenovoが飲んだから、富士通としても売ることができたと考えるのが妥当だろう。

 次の焦点は、富士通PC事業がLenovoに統合された後の国内のPC市場への影響だろう。1つ目の問題としては、Lenovoグループの日本におけるシェアが50%を越えてしまうという問題だ。IDCの発表によれば、NEC・レノボグループでのPCのシェアは2015年の段階で26.3%、富士通のシェアが18.8%となっており、両社を合算すれば45.1%で、50%に近付く。これが公正取引委員会などに審査段階でどう評価されるかが次の焦点になる。

 2つ目の問題として、仮に譲渡が認められたとして、1つのグループだけで50%を占めている市場が健全な市場と言えるかどうかだ。今後、より寡占が進んでいけば、競争は減り結果的にユーザーの選択肢が減っていく可能性があるだけに、日本のPC市場の未来も左右するこの経営統合がどうなっていくかは引き続き注視していく必要がある。

山田氏の視点

 この件については一部のメディアからの報道だけで、PC事業合併について憶測でしかコメントできないことをご了承いただきたい。

 東芝、VAIOとの交渉の中で得られなかったもので、今回のLenovoとの話の中ではうまく手に入りそうなものとしては「富士通」や「FMV」といったブランドの維持が考えられる。LenovoとNECが出資して合弁会社「Lenovo NEC Holdings B. V.」を設立し、Lenovo NEC Holdings B. V傘下の100%子会社として、NECパーソナルプロダクツ(当時)のPC事業を分離したNECパーソナルコンピュータができたように、現在は富士通の100%子会社である富士通クライアントコンピューティングに対して、Lenovoの資本が入るという方法だ。

 それが100%Lenovoに買われてしまうのか、NECパーソナルコンピューターのように一定比率で分け合うのかは分からない。報道ではFMVのブランドを残すかどうかは今後の検討課題とされているそうだが、捨ててしまうことで得られるメリットは少ないだろう。少なくとも「富士通」というブランドを捨てるはずがないと考えられる。

 ちょうど、IBMがThinkPadブランドとともにPC事業をLenovoに売却した時のように「富士通」、「FMV」のブランドをいつまで使うか、出資の比率をどうするのかといったことで調整段階にあるのではないかと推測される。

 いずれにしても、Lenovoという世界一のPC事業体がボリュームメリットを駆使して仕入れた部材を使い、それにLenovo(ThinkPad)、NECパーソナルコンピュータ(LAVIE)、富士通(FMV)の3社が、それぞれの付加価値をつけた商品を開発して売ることになる。

 今や、LenovoとNECパーソナルコンピュータは別の会社といいながら、ほとんど表裏一体で同じ会社のブランド違いのような位置付けになってしまっている。大和と米沢の技術交流も良好に行なわれているようだ。Lenovoは中国や米国にも開発部隊を擁しているが、少なくとも日本から見た時にその影は薄い。DellやHPを僅差で追い抜いたLenovoが、もうワンステップ飛躍し、堂々たる世界一に君臨するために必要なものは、全て日本にあるということだろうか。

 Lenovoが富士通のPC事業を手に入れて、全て掌握したところで、明日、明後日のシェアには影響を与えないのだから、直近の目的は別にある。ThinkPadにもLAVIEにもできない何かを得るための長期的な投資が今回のチャレンジだ。東芝やVAIOを選ばなかったのは、その何かが両社にはなかったのだろう。