大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
VAIOに続いて、富士通も。なぜ、国内PCメーカーはロボット生産に乗り出すのか?
2016年11月24日 06:00
富士通のPC生産子会社である島根富士通が、2016年11月中旬、富士通研究所のメディエーターロボット「RoboPin(ロボピン)」の生産を行なった。試作段階にある製品のため、量産ではなく、約40台の限定生産に留まったが、島根富士通内にロボット組立の専用ラインを構築。1台あたり約5時間をかけて、セル生産によって組み上げた。
島根富士通の宇佐美隆一社長は、「これまで島根富士通が培ってきたノートPCの生産のノウハウと技術を活用することで、ロボット生産を行なえる手応えを感じた。組み立てや配線処理ではタブレットやノートPCの方が複雑であり、可動部についてもノートPCのヒンジ部の組立ノウハウを活用できる。今後は、富士通グループ以外のロボット生産の受託にも乗り出したい」と、ロボット生産拡大に向けて意欲を見せる。
なぜ島根富士通は、ロボット生産に乗り出したのだろうか。
AIBOの実績をもとにロボット生産するVAIO
本題に触れる前に、国内PCメーカーとして、すでにロボット生産を開始しているVAIOについて触れておきたい。
VAIOは、2015年度から長野県安曇野市の安曇野工場でロボットの受託生産を開始している。受託生産の第1弾となったのは、富士ソフトのコミュニケーションロボット「Palmi(パルミー)」で、さらに、2016年10月に千葉県幕張の幕張メッセで開催されたCEATEC JAPAN 2016のトヨタ自動車ブースで参考展示されたコミュニケーションパートナーロボット「KIROBO mini(キロボミニ)」も、VAIOが生産している。このほかにも公開はしていないが、いくつものロボット生産の受注実績がある模様だ。
VAIOの大田義実社長は、「ロボットの受託生産に関しては、こちらから営業活動をしなくても、多くの商談をいただいている」とうれしい悲鳴をあげながら、「2017年度には、PC事業の収益と、ロボットを軸とした新規事業の収益を同等規模にまで引き上げる」と、PC事業と並ぶ経営の柱に育てる考えを示す。
VAIOの安曇野工場は、もともとソニーの生産拠点であるソニーEMCS長野テックを継承したものだが、同工場では、1999年から2006年まで、ソニーの犬型ロボット「AIBO」を生産した経緯がある。VAIOは、そのノウハウを活用して、ロボット生産に乗り出しているというわけだ。
過去にもロボット開発の実績持つ富士通
一方、富士通も、過去にはいくつものロボットを開発してきた経緯がある。富士通研究所では、1983年には原子力発電所用に作業ロボットを開発したほか、宇宙空間で使用するハンドロボット、福祉施設用食事搬送ロボなどを開発。1999年にはPCにメールが届くとそれを教えてくれる「タッチおじさんロボット」というユニークなものもあった。
2000年以降はヒューマノイドロボットの開発にも着手。2005年にはサービスロボット「enon」を開発し、新潟県燕市の富士通フロンテック新潟工場で生産。その1台は、いまでも神奈川県湯河原町の西村京太郎記念館で案内役として活躍している。また、2010年には子ぐま型ソーシャルロボットを開発。介護施設などに利用される、人にやさしいロボットとしての役割を果たしている。
ロボピンとは何か?
今回、富士通研究所が開発し、島根富士通が生産したメディエーターロボット「ロボピン」は、富士通が打ち出した新コンセプト「ロボット・フューチャー・ビジョン」をもとに開発したロボットであり、人とICTをつなぐロボティクスサービスの実現を目指したものだという。今後は、AIとの連携も見込まれており、各種サービスを提供するフロントエンドの約割を担うことになる。
ロボピンの「ピン」は地図上に位置を表示するピンを意味しており、デザインもピンを意識したものになっている。音声案内や身振りによって、オフィス窓口やイベント会場、観光案内所などにおける案内役として利用できるほか、コンタクトセンターのフロントデバイスとしての利用も想定。指し示す役割を持つピンのコンセプトとも関連性を持たせている。さらに小型プロジェクタやペン入力システムと組み合わせることで、自治体などでの必要書類提出窓口においては、ロボピンが音声合成とともに、身振りをしながら、どこ記入したらいいのかを指示。スムーズな記入ができるように支援することも想定している。
ロボピンでは、両腕や顔、胴などの6つの間接構造を持ち、カメラによる認識技術も搭載している。また、音声合成とLEDによる表示によって、さまざまな表現を行なう。怒っている様子なども表現できるという。富士通の人工知能「Human Centric AI Zinrai」と組み合わせることで、インテリジェンスを持ったサービス提案も行なう考えだ。
同社では、今年5月に開催した同社のプライベートイベント「富士通フォーラム2016」でロボピンを初公開したのに続き、10月に開催した「CEATEC JAPAN 2016」の富士通ブースでもロボピンのデモストレーションを行なった。今回、島根富士通で生産したロポピンは、量産品ではなく、あくまでも試作段階のもの。主要顧客やグループ会社などを対象に、試験的に導入したり、改善点などのヒアリングを行なうといった用途に利用されるための試作機ということになる。
既に富士通グループの1社である富士通アドバンストエンジニアリングは、東京・新宿の同社本社受付において、ロボピンとEXBOARDを連携させた無人受付サービスの実証デモを公開している。EXBOARDが、超薄型センサービーコンおよびセンサーロガーを通じて人、オフィス環境などの情報をリアルタイムに収集。これらの情報から来社および滞在時間、位置情報、会議室の利用および空き状況、オフィスの温度、湿度などを表示。また、ロボピンと連携して、出迎えおよび退社時の挨拶や、実証デモの説明などの訪問客へのおもてなしを行なうという。
今後、こうしたユーザーの声を反映して、製品化や量産化に向けて改善を図ることになる。
島根富士通がロボピンの生産に乗り出した理由とは?
島根富士通が、ロボピンの生産に乗り出した理由はいくつかある。
1つは、ノートPCの生産ノウハウが、ロボピンのような小型ロボットの生産に応用できると考えた点だ。ロボピンは、ロボット本体部と、コントローラなどが入る円形の台座部分で構成されるが、台座部分はまさにPCを作っているのと変わらない。本体部には腕を始めとした可動部があるが、ロボピンの場合はそれほど複雑な動きはない。島根富士通の宇佐美社長が語るように、ノートPCのヒンジ部や2in1 PCの可動構造の組立ノウハウを活用できるといえる。
また、ロボピンの高さは、本体部が30cmで、さらに台座部分の高さは15cm。合わせて45cmの高さだ。そして、丸い台座部分の直径は29cm。従来から使用しているノートPCの生産ラインをそのまま応用しても、組立用の筐体やパーツは、2つの作業台に乗せて組み立てることが可能。背が低い社員でもそのまま組み立て作業が行なえる。さらに、パーツを入れるトレイなどもこれまでのものを使用することが可能で、作業台の前方から部品を供給する仕組みで、セル組立が行なえるようにした。
このようにノートPCの組立ノウハウがそのまま活用できる点が、島根富士通がロボット組立に乗り出した理由の1つだ。
今回は40台の生産に限定しているということもあり、ポートリプリケータなどのオプションの組立ラインの1つを、ロボピン専用ラインに改良した。今回の組立工程では、治具は使わなかったというが、量産時にはロボット生産向けに最適化した治具の導入も行なわれることになりそうだ。
同社によると、ロボピンの組立においては、モーターとギアとを組み合わせる位置を0度に設定する必要があるが、この作業が組み立ての中では難しかったという。量産であればこの部分には治具を活用することになるだろうが、今回は小ロットのため全て手作業で行なっている。
ちなみに、島根富士通は治具を作るために、3Dプリンタを導入しているが、この知見を活用して、ロボピンの一部部品に3Dプリンタを活用しているという。
基板実装ラインがロボット生産にプラス?
もう1つ、島根富士通の特徴は、基板実装ラインを有している点にある。島根富士通では、自らが生産しているノートPC用の基板製造のほか、富士通周辺機で生産しているスマートフォン向けの基板製造なども行なっている。今回のロボピンの生産においては、台数が少ないため、この基盤実装ラインは使用していないが、今後の量産化においては、ロボットに最適化した基板を生産したり、細かいカスタマイズに対応するためにも基板実装ラインを持つ強みが発揮できそうだ。
ロボット生産で先行しているVAIOの安曇野工場でも、基板実装ラインを有しており、それが特殊な基板形状が求められるロボット生産においてメリットとなっていることを認めている。島根富士通においても、ロボットの量産化において、基板実装ラインを持っていることはプラス要素になりそうだ。
また、基板実装ラインの最終工程やポートリプリケータの組立工程では、アームロボットやゲンコツロボットを使用した自動化を推進。島根富士通は、ロボットの活用についてもノウハウを持つ。基板実装ラインでは、CPUやボタン電池などの装着、基板分割の作業は、ロボットが使われており、まるで人の手が動いているような器用な動きを見せる。この自動化装置は、第2世代へと進化して完全自動化。来年には第3世代へと進化させる考えだが、いずれも島根富士通が独自に設計している。ロボットの活用においてもノウハウを持つ。
こうしたロボット活用の実績を持つだけに、島根富士通の宇佐美社長は、「ロボピンを、島根富士通で利用したいと考えている」と語る。「ロボピンが生産ラインの管理や、作業の仕方を教えたり、警告を発するといった使い方も可能になるだろう。利用できる範囲は少なくない」とする。
現時点では、具体的な計画があるわけではないが、自らが生産したロボットを工場内で活用しようという強い気持ちを持っているのは明らかだ。
設計ノウハウを蓄積している強み
さらに、島根富士通が、ロボット生産に乗り出すことができた大きな要素がある。それは、島根富士通の中に設計ノウハウが蓄積されていたという点だ。実は、ロボピンは、富士通研究所で開発されたが、量産を前提に開発されたものではないため、製造図面が存在していなかった。そこで、島根富士通では、富士通研究所から提供を受けたロボピンを分解し、製造図面を引くところから着手した。これが2016年7月のことだ。この作業を進める中で、駆動する際に最適なケーブルの長さなども島根富士通が決め、さらに部品の選定にも関わった。
ノートPCの生産の場合には、製造図面が用意されていることから、それを受け取れば2カ月以内に量産を開始できるが、ロボピンの場合には、生産まで3カ月半を要したのはそのためだ。実は、島根富士通が、製造図面を引くことができたのは、長年に渡って実施してきた「社内留学制度」による成果だと言える。
島根富士通では、PCの開発拠点である富士通川崎工場に、技術者を留学させる制度を数年前から実施してきた。生産拠点側からの要求を開発、設計に反映するといった目的で始まったものだが、実際に開発、設計の仕事を経験することで、一部製品の開発や、開発の最終段階における評価などを生産拠点側で行なえるようにするといったメリットを生んでいる。実際、島根富士通では、5人でスタートした評価担当を、現在は20人体制に拡大。開発フェーズでの最終評価を担当する製品数を増やしたり、マスターイメージの検証を行なったりしている。
今回のロボピンの製造図面の製図も、川崎工場への社内留学経験者が中心になって行なっている。ベンチャー企業では、ロボットのアイデアはあっても量産化のところまでは視野に入れた開発ができないというケースがほとんどだ。それによって、製品化に時間がかかったり、海外生産によって品質に問題が発生するということも起こっている。
島根富士通では、生産拠点でありながらも、開発、設計のノウハウを有していることから、ベンチャー企業などに対するコンサルティングや支援といった業務も請け負うことができるというわけだ。島根富士通では、ロボットの受託生産の開始に向けて、これらのメニュー化にも取り組んでいくことになりそうだ。
ハンダ付け技能認定へのこだわりが奏功
今回のロボピンの生産においては、島根富士通のこだわりが功を奏した部分がある。それは、「ハンダ付け技能認定」を、社内認定制度として継続的に実施してきたことだ。
ロボピンのLED部は、リング形状にLED素子が埋め込まれた径が異なる3つの部品を組み合わせている。これを結線するのにハンダが用いられている。今回は、生産台数が少なかったこともあり、このハンダ付け作業を手作業でやることになったのだが、島根富士通が生産ラインにおいて、ハンダ付けを手作業で行なっていたのは10年以上も前のことだ。もちろん修理工程では、ハンダを利用することもあったが、それも頻繁ではない。
しかし、島根富士通では、これまで継続的に、ハンダ付け技能認定試験を実施。技術者のスキルを維持してきた。今回のロボピンの生産においては、これがまさに功を奏したというわけだ。こうした技能を持つ社員がいるからこそ、試作品レベルのロボットでも、生産が可能になったと言える。
PCの生産拠点はロボツト生産に向いている?
島根富士通は、富士通ブランドのノートPCを年間約200万台生産している国内最大のPC生産拠点だ。だが、ここ数年は、PC市場が縮小傾向にあり、年間出荷台数は、わずか4年で、3分の2にまで減少している。島根富士通では、タブレットの生産台数を約2割の構成比にまで引き上げたり、スマートフォンの製品を一部請け負ったりといったことも行なっているが、今後もPC市場の大きな成長は望めないだけに、新たな生産品目を追加することは課題とも言える。
また、富士通は、10月27日に世界最大のPCメーカーであるレノボグループと戦略的提携を検討していることを明らかにしており、今後は、事業統合も視野に入っている。既にレノボグループ傘下に入っているNECパーソナルコンピュータは、山形県米沢市の米沢事業場でPCを生産。レノボブランドのThinkPadも米沢事業場で生産を開始している。もし統合が現実的に進めば、富士通が持つノートPCの生産拠点である島根富士通と、デスクトップPCの生産拠点である福島県伊達市の富士通アイソテックが加わり、レノボグループと言えども、過剰な体制とならざるを得ない。この点でも生産拠点の生き残りとして、新たな生産品目を加えることは重要な方策だと言えよう。
PCの生産拠点がロボットの生産に乗り出すのは、VAIO安曇野工場に続いて、島根富士通が2社目。同じPC生産のNECパーソナルコンピュータ 米沢事業場では、「NECパーソナルコンピュータではロボットは商品化しておらず、生産もしていない」(同社)としており、パナソニックの神戸工場でも現在、ロボットの生産は行なっていない。
だが、先行2社の事例を見てもわかるように、PCの生産拠点が小型ロボットの生産に転用できるのは明らかだ。今後の動向には注目しておきたいところだ。
島根富士通で生産されたノートPCは、「出雲モデル」と呼ばれ、国内生産ならではの高い品質と柔軟なカスタマイズ、そして、迅速な出荷体制を実現しているのが特徴だ。今後、ロボット生産においても、「出雲モデル」が創出されることになるのだろうか。島根富士通の新たな挑戦が始まっている。