大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「Spectre」や「Elite x3」の誕生は分社化の効果?

~2年目に突入した日本HPの岡社長に聞く

日本HP 岡隆史社長

 日本HPが2015年8月にスタートしてから15カ月、そして、米本社が2015年11月にHP Inc.としてスタートして、丁度1年が経過した。この1年を振り返ると、「HP Spectre」や「HP Elite x3」、「HP EliteBook Folio」といったユニークな製品が投入され、日本HPの存在感が明らかに高まっている。

 事実、同社の国内シェアは着実に増加しており、これまで懸念材料だったノートPCにおいても、市場全体を上回る伸びを見せている。また、新たな生産拠点として、「日本HP 東京ファクトリー&ロジスティックスパーク」を東京・日野市に開設。従来からのMADE IN TOKYOのメリットをさらに加速する姿勢を示す。

 日本HPの岡隆史社長(以下敬称略)に、この1年の動きを振り返ってもらうとともに、今後の日本HPについて聞いた。

分社化1年目の成果は?

――米HP Inc.が2015年11月にスタートしてから丁度1年が経過しました。そして、日本HPがスタートしてからは15カ月を経過しています。この1年、どんな変化がありましたか。

岡:最大の効果は、自分たちのビジネス領域にしっかりとフォーカスできる体制が整ったという点です。全ての社員が、PCとプリンタのことだけを考える組織となり、そこにフォーカスしたビジネスが行なえるようになりました。

 それまでの組織では、全体の8割はHewlett Packard Enterpriseの社員であり、その中で、PCおよびプリンタのビジネスを考える必要がありました。しかし、HP Inc.および日本HPでは、全ての社員がPCとプリンタを基点に考え、共通の認識の上で、共通の言葉で会話ができる。日々のコミュニケーション1つをとっても、大きな変化があります。結果として、さまざまなアイデアが創出されやすく、意思決定も迅速に行なわれるようになりました。そして、日本からの意見も反映されやすくなった。

 極端な言い方をすれば、エンタープライズが中心になりがちな従来の環境下では、上に上がって行けば行くほど、「日本のPCチームが何か言っているな」といった感じにしかならなかった。しかし、今ではローカルから上がってくる声こそが重要だと認識されていますし、しかも、それがフォーカスしている事業そのものの話ですから、「日本からこんな要望が出ているのならば、それを真剣に検討してみよう」という意識に変わっている。全ての国から、さまざまな意見が挙がり、それを迅速に検討し、ビジネスに活かしていくという動きが出ています。それが最大の変化です。

――具体的にはどんなメリットが出ていますか。

岡:先日、米国本社から発表された内容では、年間5億ドルのコスト削減効果のほか、2014年度比でプラットフォームを27%削減したり、顧客満足度の30%向上といった成果が挙げられています。コマーシャルPCでは、2014年第4四半期(2014年10~12月)には22.8%だったシェアが、2016年第2四半期(2016年4~6月)には24.5%に高まり、コンシューマPCでも、19.8%だったものが20.7%に上昇しています。特にコンシューマPCでは、プレミアムクラスの製品の成長が著しいという結果が出ています。さらに、教育分野向けPCでも5ポイントのシェア上昇をみせていますし、ゲーミングPCに至っては、300%以上の売り上げ成長を記録しています。

 また、PC事業の利益率についても、2015年度第3四半期(2014年5~7月)には2.8%だったものが、2016年度第3四半期(2016年5~7月)には4.4%と、1.6ポイント改善しています。このように、HP Inc.になってから、PC事業は明らかに成長軌道へと舵を切ったと言えます。これは日本においても同様です。国内ビジネスPC市場においては、着実にシェアを高めていますし、最近の日本HPの製品群を見ても、良い意味で「変わった」と感じて頂けるのではないでしょうか。

――モノづくりにも変化があったのでしょうか。

岡:この1年で、日本HPから登場する製品の数が増加しています。新製品といっても、CPUのエンハンスという内容ではなく、形状そのものが大きく変化した製品が登場しています。これは、分社化前から開発を進めていたプロダクトではありますが、分社が決定して以降、モノづくりに対する姿勢は大きく変化し、開発投資を増やそうという動きが出てきました。HP SpectreやHP EliteBook Folioといったプレミアムモデルが登場し、これが市場から大きな評価を得ているのが1つの例です。10万円以上のノートPCの領域における売上高は44%増と大きな成長となっていることからもそれが裏付けられます。

 これまで仕方なくアップルを購入していたようなユーザーが、Windowsにも優れたデザインの製品が登場したことで、それを購入しているといった動きが顕著に見られています。HP Spectreで採用した4本の斜線による「hp」の新たなロゴマークも、大きな話題を集めていますが、こうしたことができるようになったのも分社化した成果の1つです。

 また、HP Elite x3のように、新たなカテゴリーの製品を開発するといったことにも力を注いでいます。Elite x3は、デスクトップ、ノートブック、タブレット、スマートフォンという4つのデバイスを1台に統合し、デスクドックやノートドックを活用した新たな提案を行なう製品。こうした新市場を開拓する製品は、どうしても先行投資という側面が強くなりますが、そうしたところにも投資を振り分けることができるようになりました。

 さらに、ゲーミングPCのOMEN by HPが、前年比300%以上の成長を遂げているのも、我々のフォーカスが明確になったことで、その市場に投資をすることができるようになり、存在感を高めることができるようになった結果だと言えます。

――しかし、業績発表の中では、今後3~4年で最大4,000人の人員を削減する計画も盛り込まれていますが。

岡:社員数5万人の企業において、年平均1,000人の減少というのは、自然減の数と同じ水準だと言えます。もちろん、セントライズするという流れや、特定の業務をアウトソーシングするなど、部門によっては削減対象となるかもしれませんが、それほど大きなインパクトを持ったものではないと判断しています。より効率的にビジネスを行なっていくことは、これからも追求していきます。その中で、最適な体制作りをしていくことになります。

プレミアムモデルのHP Spectre
HP Spectre では4本斜線の新たなロゴを採用
HP Elite x3

プレミアムモデルに高い評価

――日本HPとしては、この1年間で、どんな成果が出ていますか。

岡:日本HPはビジネスデスクトップやワークステーション、シンクライアントではトップシェアを獲得していますが、唯一弱かったのがノートPCです。しかし、これも日本のユーザーが好むような薄型の製品が登場し、私自身も、今年春以降「日本HPのノートPCが変わってきた」という声をあちこちで聞くようになりました(笑)。日本のユーザーに響くような製品が出てきたと言えます。

 ノートPCに関して言えば、この1年間に渡って、他社の成長率に比べて、5~10%増で推移しています。ビジネスPC全体でも、NECとLenovoを2つに分ければ、日本HPがトップシェアになるというデータもあるようです。今、日本HPでは2~3万円という低価格製品の品揃えは行なわず、価値を提供できる製品投入に絞り込んでいます。HP SpectreやHP EliteBook Folioといったプレミアムモデルに代表されるように、新たにスタートした日本HPのイメージが、高付加価値モデルを提供するベンダーであるというように定着し始めた手応えを感じています。

――一方で、分社化した際には、いくつかの懸念事項が出ていました。1つは、分社化によって、IntelやMicrosoftといった主要サプライヤーからの調達メリットが薄れるという点。もう1つは、ワンストップでの取引ができなくなるという点。この1年の動きを振り返って、それらの影響はどうでしょうか。

岡:調達に関しては、グローバルでの動きとなりますが、HP Inc.とHewlett Packard Enterpriseがコンソーシアムとして共同調達をしてきましたし、HPラボで開発したものは、全ての権利を共有したり、クロスライセンスで活用したりしています。また、パートナーにとっては、調達窓口が分かれ、ワンストップでの調達ができなくなったという事実はありますが、リセラーの立場からすれば、ディストリビュータを通じて調達しているケースが多く、状況は変わっていないため、その点でも混乱はないと言えます。

 実は、これまでは社内システムとして、Salesforce.comを導入していたのですが、HP Inc.では今後、MicrosoftのDynamicsを導入することを決定しました。1週間以上かけて商談をする仕組みとしては、Salesforceの方が適しているのですが、PCやプリンタのように、もっと迅速な動きが求められる環境では、Dynamicsの方が適している。こうしたことができるようになったのも分社化のメリットの1つであり、ビジネスの迅速性、正確性を実現することで、パートナーにとってもメリットを享受できると言えます。

2017年後半には3Dプリンタを国内投入へ

――2016年11月から始まる日本HPの新年度(2017年度)では、どんな点に取り組みますか。

岡:1つは、ビジネスPC市場での存在感をさらに高めるということです。グローバルでは、コマーシャルPC市場ではナンバーワンの立場にありますから、それがHPとしての標準ポジション。日本HPもそこを目指して事業を拡大していきます。

――国内トップシェアのNECレノボ・ジャパングループに富士通が加わると、さらに目標は高くなりますね。

岡:グローバルでの影響は殆どありませんが、日本のビジネスPC市場を考えると、確かに影響は少なくありません。ビジネスデスクトップやワークステーション、シンクライアントといった日本HPがトップシェアを獲得している分野は、そのポジションを維持しながら、焦らずに一歩一歩、歩みを進めていきます。日本HPの価値を、市場に届けることに力を注ぎたいと考えています。

――シェア拡大のポイントは何ですか。

岡:やはり、モビリティの領域になります。ビジネスノートPCの領域においては、まだまだボリュームを拡大できる余地があります。日本の企業ユーザーからの評価は着実に高まっていますから、この勢いを継続していきます。また、新たなモビリティのセグメントとして、HP Elite x3に力を注いでいきます。ここでは、デバイスベンダーである日本HPが提案するモビリティの新たな形を提示したいと思っています。

 ソフトウェアのアップデートの問題もあり、出荷が少し遅れましたが、既に10月から、HP Elite x3本体と共に、デスクドックの出荷を開始していますし、11月からはノートドックの出荷も開始することになります。ノートPCの持ち出し禁止といった企業も多いですが、データレスという考え方を通じて、そうした課題を解決したり、これまではPCとスマホを持たなくてはならなかった場合にも、HP Elite x3を活用することで、デバイスの導入コストを削減したり、複数のデバイスを管理しなくてはならないコストを削減したりというメリットがあることも訴求したいですね。大手企業の導入事例などを積極的に公開することで、新たな市場開拓に繋げたいと考えています。

――2016年6月に、「MADE IN TOKYO」の生産拠点を、昭島から日野に移転した効果はどこに出ますか。

岡:昭島から日野へ移転し、日本HP 東京ファクトリー&ロジスティックスパークと呼ぶ新たな生産拠点へと移行したことで、より効率的な生産体制が整いましたし、部品や完成品の物流面でのメリットも生まれます。そして、今後のPCおよびプリンタビジネスの事業拡大に向けて、余力を持った体制へと移行することができましたから、その点でも効果が期待できます。余力を持った体制としたことで、より柔軟にカスタマイズに対応したり、納期の短縮化に向けた取り組みも行なっていきたいですね。

――日本HPにとって、もう1つの柱であるプリンタ事業についてはどうですか。

岡:コンシューマ向けプリンタ市場については、価格競争が激しい分野でもありますから、今ここに強力に力を注ぐのは得策ではないと思っています。

 その一方で、商業印刷分野や産業印刷分野は、アナログからデジタルへの流れが進展する中で、HPのプリンティングシテスムに大きな注目が集まっています。大手印刷会社や大手出版社が、デジタル化に強い関心を持っており、日本では、講談社に続き、KADOKAWAがデジタル輪転印刷機の導入を決定しました。中堅印刷会社でも、HP Indigoデジタル印刷機の導入が進んでいます。ここには大きなビジネスチャンスがあります。

――3Dプリンタへの市場参入も発表していますが。

岡:業務用3Dプリンタとして、「HP Jet Fusion 3D 4200 Printer」と「HP Jet Fusion 3D 3200 Printer」を投入することをグローバルで発表していますが、日本でも2017年後半に提供を開始する予定を発表しています。そうした意味では、その販売開始に向けた地盤作りも、この1年の取り組みということになります。

HP Elite x3のデスクドック
デスクトップPCのように利用できる
HP Elite x3のノートドック
こちらはノートPCのように利用できる
東京・日野の日本HP 東京ファクトリー&ロジスティックスパーク
生産ラインの様子
デジタネ印刷機や大型プリンタに力を注ぐ