山田祥平のRe:config.sys

ロジクールから出てきた2匹目のネズミ




 ロジクールから「Touch Mouse M600」が発売された。ボタンを持たず、タッチで操作する新世代のマウスだ。その少し前には「Cube」(M701)を発売するなど、タッチに関して精力的なチャレンジを続ける同社だが、今回の製品はどんな仕上がりになっているんだろう。

●誰でも違和感のない1本指操作

 Touch Mouse M600は、同社の他の製品と同様に、独自のUnifyingテクノロジに対応したワイヤレス製品で、1つのレシーバで最大6個のデバイスを接続することができる。本体重量はバッテリ2本込みで108gだが、バッテリは1本でも2本でも稼働させられる。単3電池の重量は25g程度なので、1本で運用すれば80g程度まで軽くなる。自分のフィーリングに応じてウェイトを変えられるということだ。

 本体は比較的コンパクトで、かつ、背が低い。そのため、てのひらで覆う場合、何となく手のひら部分とマウスの背中に空間ができて、ちょっとだけてのひらが緊張してしまう印象を持った。タッチの際の平滑感を出すために背を低くし、湾曲も控えめにしたのだろうが、ここは賛否両論あるかもしれない。

 ボタンは無いように見えるが、実際には内部にボタンスイッチが装備されているようだ。おおよそなんとなく左側を押すと左クリックになり、なんとなく右側を押すと右クリックになる。左クリックの際には右側を指が触れていても大丈夫だが、右クリックの場合は明示的に左側から指を持ち上げる必要がある。2点に指が触れていると、右クリックとは見なされないようになっているようだ。でも、この操作にはすぐに慣れ、意図通りに左右クリックができるようになった。

 表面を縦方向に指でなぞると垂直スクロール、横方向の場合は左にフリックで「戻る」、右にフリックで「進む」となる。そっけないようだが、できるのはそれだけだ。そのシンプルさが潔い。そういう意味では、スペック的な点は別にして、少なくともユーザーにとってはマルチタッチマウスではなく、シングルタッチマウスであるということができる。

 また、ロジクールのマウスは、「SetPoint」と呼ばれるユーティリティを使い、ボタン操作の挙動をカスタマイズできるのだが、現時点で、このユーティリティで確認しても、このマウスの外観も一般的なマウスになっていて、変更できるのは左右ボタンの入れ替えだけとなっている。なんとなく工事中のイメージさえある。

 試しに2本指で表面をなぞってみると、1本指のときと同じようにスクロールや戻る、進むの操作ができた。つまり、これまでホイール付きの一般的なマウスを使ってきたユーザーでも、スライドパッドなどで2本指でスクロールするのに慣れてしまったユーザーでも、どちらも違和感なくこのマウスを使うことができる。

 だから、すぐに慣れたし、使い心地もすこぶるいい。また、「Flow Scrollソフトウェア」と呼ばれるユーティリティが別途配布され、IE9等のアドオンとして機能する。ただ、これで何が変わったのかが明確ではない。連続したなめらかなウェブページスクロールを体験できるそうなのだが、具体的な効果を体感するというものではない。

●来たるべきWindows 8に向けて、今はおとなしく

 以前、ここで紹介したMicrosoftのタッチマウスは、表面にポツポツがあった。ロジクールのものはまさにツルツルで、センサーのタイプは異なるかもしれないが、形状だけ見れば似たようなものだ。ただ、Microsoftの製品は、2本指でのフリックがウィンドウの「最大化」や「元に戻す」に割り当てられていたり、親指部分のフリックが「進む」「戻る」に割り当てられるなど、その是非はともかく、マルチタッチを最大限に使おうとしていた。そして、それがかえって指に混乱を起こさせる要因にもなっていたのも事実だ。

 昨夏にMicrosoftのタッチマウスが出たときには、1本指のスクロールが本当に正しいのかどうかと思ったりもしたのだが、こうしてロジクールもスクロールは1本指という路線できたことを見ると、これで決まりなのかもしれない。それとも、単にコストダウンのためのシングルタッチだけのサポートなのか。価格的にそれほど大きな違いがあるわけではないので別の意図があるようにも感じられる。

 勘ぐった見方をすれば、来たるべきWindows 8の完成に備えて、現時点で明確な定義をしてしまうのは時期尚早と、機能を限定的なものにしている可能性もある。タッチ操作の挙動については、ソフトウェアでどうにでもなるはずなので、そのあたりは、もう少し様子を見守る必要がありそうだ。タッチスクリーンの操作とマウスの操作でのチグハグな上下左右の微妙な違いは、ユーザー体験を著しく損なう。マウスのマルチタッチの是非なども真剣に議論すべきだろう。そこをどのようにするのか、今、懸命に、話し合いなどが行なわれていると希望的観測を述べておきたい。

●マウス、パッド、スクリーン、それぞれの言い分

 マウスにタッチ操作を持ち込む場合、どうしても、スマートフォンやタブレット、スレートPCでのスクリーン操作を無視して考えることはできない。人によってはPCを操作している時間よりも、スマートフォンのスクリーンを触っている時間の方が長いかもしれないし、仕事でのPCにおけるマウス操作と、プライベートでのスマホ操作を行ったり来たりする場合の配慮も必要だ。

 幸か不幸か、スマホでは、まだ、あまりマルチタッチを重要視していないように見える。スクロールはもちろん、ホーム画面の切り替えなども、すべて1本指のフリックで大丈夫だ。やはり、片手での操作が基本だということなんだろう。そうすると、どうしても親指を駆使することになるし、その場合は必然的に1本指になる。スクリーンが少し大きいタブレットでは、片手で支えて、もう片方の手でタッチするため、マルチタッチも負担は少ない。

 そして、今のところ、マルチタッチはほとんどの場合、アプリごとのサポートとなっている。その典型的なものがズーム操作で、ピンチによって地図や写真、ブラウザの表示を拡大縮小する。その感覚をタッチマウスに取り入れるにはどうすればいいのかは、これからの課題になるだろう。

 それに加えて、iOSでサポートされている4本指でのタスクリスト表示やタスク切り替えといった例もある。また、OS Xのタッチジェスチャーは、iOSと微妙に異なる上に、3本指のジェスチャーにも各種機能が割り当てられている。だから、アップルの動向からも目は離せない。

 マウスの時代には壁のように立つ垂直のスクリーンと水平面で動かすマウスの間で、頭の中で方向の2次元変換をする必要があった。タッチ操作では、そのようなことはなくなったが、従来通りのマウスのようなポインティングデバイスを使おうとすると、いろいろな矛盾につきあたる。そういう意味では左右のフリックを「戻る」「進む」に割り当ててよかったのかどうかも怪しい。

 おそらく、マルチタッチの時代にも、マウスは手を変え品を変え、いろんなタイプのものが使われ続けていくことになるだろう。マウス、スライドパッド、スクリーンという異なるタイプのポインティングデバイスをどのように矛盾なく成立させるのか。昔、マウスを動かして矢印を動かしてくださいといわれて、マウスを空中で滑らせようとしたり、画面にマウスを当ててみたりといったパソコン教室での笑い話があったそうだが、ひょっとすると、それを笑ってはいられない状況もやってきそうだ。