山田祥平のRe:config.sys

タッチがマウスにやってきた




 日本マイクロソフトがマルチタッチセンサーを装備したマウス「TOUCH MOUSE」を発売する。ホイールやサイドボタンなどを持たず、ジェスチャーによってさまざまな操作を行なう新世代の製品だ。ただ、今後のWindowsがめざすかもしれない方向性との微妙なズレも感じられる。

●クリックとタッチの共存を模索

 「TOUCH MOUSE」は、ハードウェア的にはワンボタンマウスで、見かけ的には筐体を覆うツルンとしたカバー全体が押し下げ可能なボタンとして機能する。そして、そのカバーの表面がマルチタッチ対応のセンサーになっている。カバーの押し下げストロークは、それなりに確保され、感覚的にはフカフカという操作感だ。センサーはBlueTrackで、畳の上でまともに使えない点は以前のものと同様だ。3年近く放置されているので、実現は相当難しいのだろうが、ここは何とかしてほしい。

 一般的なホイール付きマウスを右手で操作する場合、人差し指で左ボタン、中指で右ボタンを扱うことが多いと思う。そして、ホイールを回転させるときには左ボタン担当の人差し指を右に少しずらす。人によって、右ボタンは薬指という場合もあるだろうが、少なくとも、個人的には、これらの指に担当させてマウスを使ってきた。

 「TOUCH MOUSE」には、左ボタン、右ボタンがない。だが、マルチタッチセンサーにより、少なくとも左クリックに関しては、どの指で、どの部分を押し下げても左クリックと認識される。

 一方、右クリックはどうか。多くの場合、マウスを握っている際は、人差し指と中指はボタンに触れたまま、また、親指は側面に触れ、人によっては反対側の側面を薬指が支えているだろう。この時点で、4点というか4面がタッチされていることになる。

 この状態から右クリックをしようと思うと、いったん、これら3〜4点の指をいったんセンサーから離した上で、改めてマウス表面のおおよそ右側を押し下げなければならない。

 つまり、右クリックのためには、いったんマウスから完全に手を離し、改めて右側部分のみを押すという操作が必要になる。ただ、親指や薬指など、上部からかなり離れた位置にある部分は触れたままでも大丈夫なようで、実際には人差し指と中指をいったん離し、改めて右側部分を押し下げるという感覚でいいようだ。

 さらに、これまでホイールが担ってきたスクロール操作は、マウス表面をフリックするジェスチャー操作で行なう。操作は1本の指だ。というか、1本でなければならない。前方に向かって1本指でなぞれば上へのスクロール、手前に向かって指でなぞれば下へのスクロールとなる。同様に左右のフリックで横方向のスクロールができる。なぞる位置は、特に中央部分に限定されるわけではなく、どこでもかまわないようだ。

 また、もう1つの1本指ジェスチャーとして、マウスを握った状態の親指操作がある。親指で、マウス表面の左肩部分を下にフリックすれば「戻る」、上にフリックすれば「進む」の操作ができる。この操作についてはフリック位置が明確に決まっているようで、マウスの側面から肩にかけての限定的なエリアでなければならない。

 1本指のジェスチャーが、ウィンドウ内の操作を対象としているのに対して、2本指のジェスチャーによるウィンドウそのものの操作、3本指のジェスチャーによるデスクトップ操作ができるというのはマルチタッチセンサーならではだ。

 たとえば、2本指の場合、前方フリックで「最大化」、手前へのフリックで「元に戻す」、左フリックでデスクトップ左へのスナップ、右フリックでデスクトップ右へのスナップとなる。いわゆるAeroスナップをマウスで操作できるのだ。

 手元の環境では、マルチディスプレイで試しているが、Windowsキーと方向キーでの操作をそのままマウス操作だけで実現できている。ディスプレイをまたぐ振る舞いもキー操作と同様に行なえるようだ。

 しばらく使ってみているが、右クリックの操作で多少のめんどうくささはあるものの、おおむね快適に操作ができる。めんどうくささを回避するために、いつのまにか、このマウスを握るときには、中指を浮かせるようになったくらいで、人間の順応能力がすごいというか、慣れというのは怖ろしい。だが、本当にこの操作に慣れてしまっていいのかどうか。

●指1本か2本か、それが問題だ

 TOUCH MOUSEのマウスの試みは、マウスの世界にタッチの操作を持ち込むという点で、大きな意義を持つものだ。ところが、タッチ操作のデバイスは、先行して数多くのものが存在する。iPnoneやiPad、Androidスマートフォンがそうだし、Windowsにもタブレットやタッチスクリーンデバイスのサポートがある。

 表示されているオブジェクトをポインタで操作するマウスと、オブジェクトに指先で触れて直接操作するタッチでは、そもそも、その操作感に大きな隔たりがある。また、Windowsでは、ノートPCでお馴染みのタッチパッドのようなデバイスも使われ、それもマルチタッチ対応が進んでいるので、デバイスそれぞれを、ユーザーがどのようにとらえるのかは、かなり混沌としたものになっている。

 こうした状況の中で、たとえば、今回のTOUCH MOUSEがスクロールを1本指ジェスチャーとして定義したことは、本当にそれでよかったのかという疑問も残る。

 このことを、すでに違和感として認識しているユーザーも少なくないだろう。たとえば、iOSやAndroidでは、スクロールの操作はフリック、つまり、1本指のジェスチャーで行なう。

 さらに、2本指を使った場合、iOSでは、1本指操作時と同様にスクロールする場合があるかと思えば、拡大縮小の操作になる場合がある。これは、表示中のページによって振る舞いが異なるようだ。Androidは頑固というか、2本指でのスクロールはできず、必ず拡大縮小の操作を試みようとするようだ。これらのOSで、カット&ペーストのための文字列選択がややこしいというのは、このあたりにも原因がありそうだ。

 それぞれの操作に慣れたユーザーが、1日のうちで、異なるデバイスを操作しなければならないとき、少なからず、指が混乱を覚えるケースは決して少なくないはずだ。今、というか、これからは、マルチデバイスの時代で、ハードウェアとしてのデバイスも異なれば、OSも異なるデバイスを1人のユーザーが行ったり来たりするのが当たり前になる。そのときに、ポインティングデバイスのような直感的な操作が求められるデバイスで、それぞれが自己主張を始めてもいいのかどうか。マウスの発明者であるダグラス・エンゲルバート氏がいうように、自然なものなど存在しないとはいえ、混乱をわざと作る必要はないはずだ。

 マウスそのものを動かすことで、マウスの位置に相当するスクリーン上の相対的な位置を決め、そこからオブジェクト操作に入るマウスのようなデバイスに、オブジェクトに直接さわるような感覚のタッチ操作を持ち込んだ結果としての矛盾もある。

 最大公約数的なことを考えれば、タッチデバイスを謳う限り、今回のTOUCH MOUSEは、スクロールには2本指を割り当てた方がよかったのかもしれない。それじゃあ、1本指のフリックで何が起これば妥当なのかというと、思いつくのはポインタの移動くらいで、それだとマウスである必然性が希薄になってしまうからややこしい。

 Microsoftでは、こうした矛盾や混乱を承知の上で、将来的には、Windowsが規定する作法に操作方法が集約されるかもしれないことを前提に今回のUXを提示しているそうだ。そんな大事な実験的なことをMicrosoftの製品でやっていいものかどうかという物議も呼びそうだ。

 発明されてから50年近くがたっているマウスだが、今、タッチという黒船がマルチで襲来し、夜も眠れぬ日が続いているに違いない。