約30年でGPUはどのぐらい速くなったの？歴史を振り返りつつぜ～んぶ計算してみた

　今年(2024年)1月の「最新CPUは50年前の＿＿万倍速い！進化の歴史を辿ってみた」の続編として、「PC用GPUの栄枯盛衰」の話を書いてほしい、というお題をまた編集部から頂いた。

　GPUってどこから？という議論は当然あるわけで、NECの「μPD7220」とか富士通のARTCこと「HD63484」、TIの「TMS34010」、Intelの「82786」などまで遡ることも不可能ではないのだが、もう少し現実的なところで「ディスクリートGPUを搭載したビデオカード」という辺りに落ち着くことになった。

　ただこれにしても、IBM-PCとその互換機に話を限ってもIBM-PCのMDAやCGAあたりから話をすると長くなりすぎる。よって最終的にはDirectXの、それもDirectX 7手前あたりからでいいんじゃね？ということになった。まぁGPUを名乗る以上、このあたりが1つの閾値になりそうな感じはする。

　というわけで、まずはグラフィックが2Dどまりだった時代の話からスタートしたい。

PCマーケットが立ち上がった時代(1982～1989)

　当初は一切高速化機能が搭載されていない、表示機能としてのビデオカード(「MDA」、「CGA」、「EGA」、「VGA」、「XGA」や、ATIの「Small Wonder」、「Mach 8」、Tsengの「ET1000」、「ET2000」、「ET3000」などなど)などがあった。

　この時代はまだ性能以前に「どのぐらいの画面サイズで表示できるか」、「同時表示色数はどの程度か」のレベルでの争いであった。

2D描画性能の争いが始まった時代(1989～)

　DOSの上でもゲームが動くようになると、そのゲームをいかに高速に動かすかという競争になるのはまぁ当然のこと。ここで頭角を示したのがTseng Labsの「ET4000」で、とにかくBitBltが高速であった。当時のゲームはほぼVRAMに対してBitBltの形で描画を行なっていくから、このET4000は安価な割に高速ということで、非常に売れることになり、これをほかのメーカーが追うという格好になった。

　その追いかける側の代表例がS3で、1990年にリリースされた「86C911」は、DOS(とかこの後出て来たWindows 3)では遅いものの、ゲームでは異様に早いということで人気を博した。ちなみにDOSが遅かったのは、DOS/Vのメカニズム上速度が遅かったためで、英語版ではそこまで遅くなかった。

　後には、グラビアカメラマンを経て最近は生成AIプログラマーと化している西川和久氏が、「DISPS3」というS3のチップ上で高速に動作するドライバをリリースしたことで、この問題もだいぶ緩和された記憶がある。これに続きWDCやATIなどもBitBltが高速なグラフィックチップをリリース、市場には毎週のように新製品が出現した。

　そして1996年にMatroxが「Millenium」を投入したことで、マーケットの原理がまた変わった。MillenniumはBitBltは正直高速ではなかった(裏技で高速に見せかけるテクニックが後で発覚して、軽く非難されたりもしたが、まぁそれはそれとして)が、Windows環境が恐ろしく高速になった。

Matrox Millennium

　Windowsの画面、今でいうデスクトップであるが、実は猛烈な量の「線の描画」が利用されていた(*1)。BitBltベースのグラフィックカードの場合、これは延々と1ピクセルずつ線を埋めていくので、いかに高速化するといっても限界がある(CPUとグラフィックチップの両方の負荷が高い)のだが、Millenniumは「直線描画」、「円弧描画」、「領域塗りつぶし」といった高度な2D描画関数を持っており、なので直線描画もCPUはそれを命令するだけであとは勝手にグラフィックチップが始点から終点までピクセルを塗りつぶしてくれるということで、圧倒的に高速に処理が高速だった。

　これは特にウィンドウをドラッグして振り回したりするときの反応速度という形で性能差として示されたことで、Windowsを使うユーザーを中心にMilleniumへの移行が進んだ。

　こちらの対抗馬となったのが、(Millenniumより前の1992年にリリースされた)Weitekの「P9000」であるが、P9000自体はある意味汎用の2Dグラフィックアクセラレータチップであり、なのでVGA互換機能を持っていないという使いにくさがあった(ビデオカードメーカーはブート用の「OAK 087X」とか同じWektekの「W5186」を同じカード上の載せて対応したが、これらのチップが無茶苦茶遅いので、DOS環境での性能は悲惨なものがあった)もののMilleniumより安いということで、こちらもそれなりに流行った製品であった。

ハードウェアT&Lなしの3D時代(1996～1999年)

　1996年、3Dfxは最初の製品である「Voodoo」を発売。これを搭載したビデオカードが瞬く間に普及した。この3Dというのは当時のPCにとってはかなり新しい概念だった。

　ワークステーション向けには以前から3Dが普及していた(Silicon Graphicsは1985年には「Iris 2400」を発表している)が、PC向けには高嶺の花というのがそれまでの常識だった。ところがMicrosoftは1996年のDirectX 3で最初の3D描画APIであるDirect 3Dを提供し、同じ1996年に3DfxはVoodooと専用のAPIであるGlideを提供した。当初はDirect 3Dはほとんど人気がなく(まぁ当時のレベルで言えばそれも仕方がない)、多くのゲームがGlideに飛びつくことになった。

Voodoo

Voodoo 2

　これに続き3Dfxは「Voodoo 2」をリリース。2枚のVoodoo 2カードをSLI(Scan Line Interleave)動作させることで性能を大幅に引き上げられるとあって、大変な人気を博す。ただ3Dfx(この頃社名を3dfxに変更した)は続く「Voodoo 3」で戦略の変更からOEMパートナーの総スカンを喰い、「Voodoo 4」と「Voodoo 5」の遅れもあって急速にシェアを落とす。

Voodoo5 5500

　その一方でDirectX 3では色々足りなかったが、1997年にリリースされたDirectX 5や1998年にリリースされたDirectX 6ではだいぶ3Dの機能も充実してきたことで、多くのベンダーがDirectX対応のハードウェアやソフトウェアをリリースするようになった。

　ここでは新興のNVIDIAや老舗のATIに加え、Imagination Technology、Rendition、Number Nineなどさまざまなメーカーが参入。Intelもこの時期、C&TおよびReal3Dと組んで「Intel 740」を投入する。もちろんS3とかMatroxも製品を出したし、ほかにも低価格向けに一定のシェアを握っていたCirrus Logicも製品を投入した。

Intel 740

Cirrus LogicのCL-GD5464

　ただDirect 3Dへの対応は思いのほか難しかったようで、ほとんどのメーカーがここで十分な3D性能を発揮することができなかった。この時期を乗り切って次の世代まで生き残れたのはATIとNVIDIA、S3、Matroxぐらいだ。Imaginationも良いところまでは行ったと思うのだが、ビジネスを転換してモバイル向けにGPUのIPを提供する方向に舵を切ってしまったことで、「Kryo 3」が幻になってしまったのはちょっと惜しかった。

ハードウェアT&Lの3D時代(2000～2001年)

　1999年7月、MicrosoftはDirectX 7をリリースする。ここで新しく搭載されたのがハードウェアT&L(Transform & Lighting)の機能である。要するに頂点計算や照明の計算をGPU側で行なうというものである。

　最初にこれを実装したのがNVIDIAで、「RIVA TNT」にハードウェアT&Lエンジンを組み合わせたような「GeForce 256」を1999年中にリリースする。こちらは描画性能もRIVA TNTから向上しており、さらにハードウェアT&Lを搭載しているということで大人気商品となる。

　ATIは少し開発が遅れたものの、Tseng LabsのET6300をベースに「RADEON」を投入。以後、NVIDIAとがっぷり組んでの長い性能争いの歴史が始まる。

GeForce 256

TVチューナまで統合したALL-IN-WONDER RADEON

　S3はハードウェアT&Lの実装に事実上失敗、GPUのビジネスから半ば撤退に近いところまで追い込まれ、VIA Technologiesにグラフィックビジネスを買収される結果になった。Matroxは「Parhelia 512」をリリースして(*2)何とか面目を保つものの、登場は2002年まで遅れることになり、その間にNVIDIAとATIはより進化した製品をリリースし、機能という面でも性能という面でも(あと価格面でも)太刀打ちできなくなった。

　結局このあたりから、市場のビデオカードのほとんどはNVIDIAとATIが占めることになり、それは現在まで続いている。S3はその後VIA傘下で多少頑張ったものの、結局チップセット統合GPUにビジネスの焦点を移し、2011年には傘下子会社だったHTCに売却してしまうことでビジネスは終了した。

プログラマブルシェーダのDirectX 8時代(2001～2003)

　2001年のDirectX 8で、GPUは新しい時代に入る。それは“シェーダ”と呼ばれる新しいプロセッサの導入である。

　DirectX 7までは描画エンジンやT&Lの機能いずれも固定機能になっており、ゲームプログラマーがここに手を入れることができなかった。DirectX 8ではシェーダという、プログラマーが自分で処理内容を変更できるものに変わった。

　ATIで言えば「RADEON 8000」シリーズ、NVIDIAで言えば「GeForce3」と「GeForce4」シリーズがこのDirectX 8に相当する。なお、GeForce4シリーズは高性能のTiと低価格向けのMXの両方が用意され、特にMXシリーズは価格の安さもあって広範に利用された記憶があるが、MXシリーズはDirectX 8非対応だった。

GeForce4

RADEON 8500

　DirectX 8ではシェーダは頂点計算を行なうバーテックスシェーダと、描画を行なうピクセルシェーダの2つに分かれており、するとアプリケーションによってバーテックスシェーダの性能が足りない場合と、ピクセルシェーダの性能が足りない場合の両方のケースが出ることになる(現実問題としてピクセルシェーダの方が性能不足になりやすかったが)。

Shader Modelが2.0や3.0に進化したDirectX 9時代(2003～2007)

　Microsoftは2002年に新しいモデルである「Shader Model 2.0」を発表。ここでより長いシェーダプログラムが実行できるようになり、命令の種類が増えるなど機能強化がされた。

　NVIDIAでこのDirectX 9に対応したのが「GeForce FX」シリーズであるが、最初の製品である「GeForce FX 5800」は(一説によればこれはNVIDIAに買収された旧3dfxの設計チームが手掛けたらしいが真偽は不明)、後にNVIDIAがヘアドライヤーと自虐的に説明するほどにファンの音がうるさい(というか、そんなにうるさいファンを付けないといけないほどに発熱が大きい)代物で、当然ながら不人気極まりなかった。

GeForce FX 5800 Ultra

RADEON 9700

　これに先立って製品投入された「RADEON 9700」シリーズはもっと静かであり、しかも性能的にも同等だった。この辺の話は以前、後藤弘茂氏が触れているので繰り返さないが、NVIDIAは半年後にもう少しまともな冷却設計を行なうようになった(この頃から、ファンの静かさをATI/NVIDIAともにアピールするようになったのは、よほどGeForce FX 5800がトラウマになったのだろう)。

　また2004年には、GeForce FXの内部構造を完全に捨ててATI的な構造にしつつ、さらに32bit演算精度、条件ループ/分岐、ジオメトリのインスタンス化、ダイナミックフロー制御などを盛り込むShader Model 3.0に対応した「GeForce 6」シリーズを導入している。

　この後も両社ともにプロセスを微細化しながら高速化/高性能化にいそしむが、この間にインターフェイスの変更が入る。要するにAGPからPCI Expressへの更新である。ただ当時の150～130nmのプロセスでPCI Expressのインターフェイスはかなり大規模になってしまった。

　NVIDIAはここでAGPベースのチップにAGP/PCI Expressブリッジを噛ました製品をリリースしてATIに「ネイティブではない」と皮肉られるものの、そのATIも一部のSKUではAGPベースのチップとAGP/PCI Expressブリッジを1つのパッケージに収めている製品があることが発覚するなど、まぁどっちもどっちである。最終的には110nmプロセスあたりまで微細化を進めることで、両社ともにPCI Expressのネイティブ対応を果たすことになる。

All-In-Wonder X1900

　余談だがこの時期、VIA Technologies傘下のS3もコアの改良というか新規作成を行なっていた。元々は2002年にAlphaChromeというコード名で開発していたものだが、これはDirectX 8/AGP対応で製品化はならず。そのAlphaChromeをベースにDirextX 9対応を果たしたのが2003年に発表された「DeltaChrome S8」で、これをPCI Express対応にしたのが2005年の「DeltaChrome S18」であるが、当時関係者の方が「本当はシェーダの数を増やしたいのだけど、PCI Expressインターフェイスのブロックが面積を取り過ぎて増やせない」とぼやいていたことを記憶している。

DeltaChrome S8

Volari Duo V8 Ultra

　このDirectX 9世代で言えば、SiSのグラフィック部門がスピンアウトして立ち上がったXGIが「Volari」を2003年にリリースするが、これはSiSがXaberとして開発していたコアである。またそのXGIが創業時にTrident Microsystemsを買収し、ここが開発していたXP8コアもラインナップに加えているが、このXPシリーズは言わば「なんちゃってシェーダ」構成で、半分の回路規模で同等の性能を出せると謳いつつ、実際に走らせるとやっぱり半分の性能しか出なかったということで、全くシェアを掴めないまま2006年末には実質的に会社ごと消えている。

　2006年になるとNVIDIA/ATIともに90～80nmプロセスに製品を移行。さらにシェーダの数を増やし、動作周波数を引き上げた製品を投入するようになる。またGPUのアーキテクチャには直接関係ないが、2006年7月にATIはAMDに買収され、この後はAMDのGPUという形になる。

　買収直後は相乗効果も薄かったこの買収だが、AMDがBulldozerコアのAMD FX投入でCPU市場を失った2011年から、Zenコアで復活する2017年までの間に同社を支えたのは間違いなくATI由来のGPUであり、当初と異なる形で買収が役に立ったというのはまぁ後知恵である。

ユニファイドシェーダとなったDirectX 10世代(2007～2009)

　バーテックスシェーダとピクセルシェーダをどの程度の比率で組み合わせるべきか、という問題は先にも書いたように、一意に決めるのは困難である。そこで両者を統一したユニファイドシェーダ構造を導入したのが、2007年のDirectX 10である。プログラマーが、利用できるシェーダを自分の好みにあわせて頂点計算と映像処理に割り振れるようになった。

　ただこのDirectX 10に関してはNVIDIAとATIで足並みが揃わなかった。NVIDIAは2006年のGeForce 8000シリーズでDirectX 10対応を果たしつつ、DirectX 10.1の対応は2009年の「GeForce 200M」シリーズまで先送りにしており、しかも一部機種に留まった(GeForce GTS/GTX 200シリーズは遂にDirectX 10対応のままである)。

　対するATIは、2007年に「Radeon HD 2000」シリーズでDirectX 10対応を果たし、翌2008年投入の「Radeon HD 3000」シリーズではDirectX 10.1対応を果たしている。このあたりの事情はこの辺の記事に詳しいが、結果として足並みが揃わなかったことでアプリケーションのDirectX 10(特に10.1)対応があまり進まなかったのは事実である。

GeForce 8800 GTX

Radeon HD 2900

　もっとも、DirectX 10の主な変更点はWDDM(Windows Display Driver Model)への対応やジオメトリシェーダの実装で、プログラミングの自由度は増したものの性能が上がる類のものではなかった。

　また、対応OSが悪名高いWindows Vista以降ということでユーザーの移行も鈍く、結果的にDirectX 9対応のアプリケーションが引き続き幅を利かせていたから、これはこれで問題なかったのかもしれないが。製造プロセスは65nm/55nmまで微細化が進み、さらに性能を高める方向に来た。

　ちなみにこのDirectX 10の世代というのは、グラフィックカードのTDPが150Wを超える製品が登場した時代でもある。PCI Expressではカードエッジから75W、補助電源コネクタ(6ピン)から75Wの合計150Wが当初定められた最大供給電力であったが、これを超えることになる。このため、PCI-SIGが2008年に「PCI Express 225W/300W High Power CEM」を追加することになったりした。

　さらに余談だが、このDirectX 10に合わせてNVIDIAはCUDAを導入する。元々はGeForce FXの世代でCineFXなる、映像処理向けにGPUを利用するための仕組みを導入しつつも、GeForce FXそのものがコケたことでうやむやになってしまったGPGPU的拡張「Cg」を、もっと汎用的な形で利用できるようにしたものだ。

AMD大躍進のDirectX 11世代(2009～2014)

　Microsoftは2009年にDirectX 11をリリースする。このDirectX 11は、従来の3Dパイプライン構造の集大成とでもいうべきバージョンであり、現在もまだDirectX 11に対応したアプリケーションが少なからず存在するという意味でも、現役のバージョンである(まぁそれを言えばDirectX 9もそうなのだが)。

　これに対応してAMDはRadeon HD 5000シリーズ、NVIDIAはGeForce 400シリーズをリリースするが、このGeForce 400の最初の製品であるGeForce GTX 480は色々攻めすぎてまともに生産できないということで色々物議をかもすことになった。この辺でもちょっと触れられているが、回路規模が大きくなり、ギリギリまで寸法を詰めるべくダブルビアの面積を節約したら、ビア不良が多発してまともに動作しないチップが大量に出た、という話である。

苦戦したGeForce GTX 480

大成功を収めたRadeon HD 5870

　同じTSMCの40nmを使うAMDのRadeon HD 5870とかにはそんな問題が全くなかったから、これはもう純粋にNVIDIAの設計の問題で、再設計しなおしたGeForce GTX 580でこのあたりは解決したが、結果無駄に半年ほど製品投入が遅れることになった。

　ただこの世代も後半になると、もうGPUの性能を上げてもDirectXの描画パイプラインの構造がボトルネックになって性能が上がらない、ということが声高に言われるようになってきた。

　この対策としてAMDは「Mantle」と呼ばれる独自APIを提供。2013年から提供され、いくつかのゲームがこれを利用するようになってきた。Kronos GroupもこのMantleに似た(互換性はない)Vulkan APIを後追いの2016年にリリースするが、それに先駆けMicrosoftはやはりMantleに似た、よりオーバーヘッドの少ないDirectX 12を2014年にリリースする。Mantleは最終的にDirectX 12に置き換えられていった。

Mantle APIを使うとゲーム性能が向上する

　このDirectX 11の時代は5年ほど続いた関係で、NVIDIAなら「GeForce 400/500」→「GeForce 600」→「GeForce 700」と3世代、AMDは「Radeon HD 5000」→「Radeon HD 6000」→「Radeon HD 7000」→「Radeon RX 200」と4世代の製品が投入されてはいるが、プロセス的には40nm→28nmに移行した程度だし、アーキテクチャ的に言えばNVIDIAがFermi→Kepler→Maxwell、AMDがTeraScale2→TeraScale3→GCNと3世代しかない。

GeForce RTX 680搭載ビデオカード

Radeon R9 290

　かつ、ラインナップを増やす関係で、前世代製品のリナンバリングとかを混ぜるなど、トップエンド製品はともかく、ミドルレンジあたりの製品に関しては両社ともにあまり性能が向上していないというケースが目立つ。後で出てくるグラフでも、2014年あたりはばらつきが非常に大きい(特に下側が2010年あたりと大して変わらない)のは、このあたりが要因だったりする。

今も現役のDirectX 12世代(2014～2020)

GeForce GTX 980 Ti

　DirectX 12の導入に合わせ、両社ともにこれに対応した新製品(NVIDIAなら「GeForce 900」シリーズ、AMDは「Radeon RX 200」シリーズ)を投入するが、GPUアーキテクチャは変わったもののプロセスはまだ28nm世代ということで、当初はそこまで性能差がなかった。

　ところが2016年に入るとプロセスが14～16nm世代に移行。これで大幅に性能が向上している。ただ当然ライバルも同じようにプロセスを移行しているわけで、ここで性能差が出にくい。このあたりでAMDとNVIDIAでは明確に戦略が分離した。

　NVIDIAはトップエンド性能を狙い、ギリギリまでダイを大きくする方向を志向、結果600平方mmを超えるダイの製品がコンシューマ市場向けに投入された。サーバー向けのGV100を転用したことで815平方mmの化けものダイを搭載した「TITAN V」は、まぁ例外としてもいいだろう。

GeForce GTX 980 Ti

Radeon R9 Fury

　これに対してAMDは、HBMを搭載した実験的な製品ともいえる「Radeon R9 Fury/Nano」こそ596平方mmと巨大なものの、これを除くと500平方mm以下に抑える戦略を取った。もちろんこれはトップエンドにはやや物足りないが、トップエンドマーケットは製品価格こそ高くとれるものの、数量が出にくい。であれば、その下のグレードを狙うという戦略である。これはマイニングだの生成AIブームだので、ハイエンドのビデオカードから先に飛ぶように売れてゆく、なんて事態が起きなければ正しかったのだろうが、結果としてAMDのGPUの売上を落とす遠因になったのは間違いない。

　ちなみにAMDは2019年から製造プロセスを7nm世代に移行したが、NVIDIAは2020年にずれこみ、しかも最新プロセスをGeForce RTXシリーズに限った関係で、GeForce GTXシリーズは最後まで12nmプロセスを使うことになった。

レイトレーシングの時代へ(2018～)

　最後の大きなトレンドは、レイトレーシングの搭載である。2018年10月にDXR(DirectX Ray Tracing)として発表されたこの技術はMicrosoftとNVIDIAの共同開発だったこともあり、NVIDIAはこのDXRの発表に合わせて同じく2018年10月にリリースしたGeForce RTXシリーズでこれに対応。

GeForce RTX 2080

Radeon RX 6900 XT

　一方でAMDは2020年のRadeon RX 6000シリーズまで対応が遅れることになった。この遅れは現在も尾を引いており、ことDXRの性能に関してはAMDはNVIDIAにまだ結構な差がついている。

　DXRとは直接関係ないのだが、NVIDIAはDXR関連以外にAI処理向けのTensorコアをGPU内部に搭載しており、これを利用してAIベースの超解像を行なう手法を2018年に「DLSS(Deep Learning Super Sampling)」として公開する。AMDもやや遅れつつ2021年に「FSR(FidelityFX Super Resolution)」として提供。

Intel Arc

　また2018年にIntelに入社したRaja Koduri氏によって開発されたIntel ArcベースのGPUには、「XeSS(Xe Super Sampling)」と呼ばれる、やはりAIを利用した超解像技術が利用できるようになった。ただこの3つは実装のポリシーがまるで異なっており、

・DLSS:AIベース。NVIDIAのTensor Coreのみで利用できる
・FSR:アルゴリズムベース。コードはオープンソースの形で公開され、しかも対象機種を選ばないので、NVIDIAあるいはIntelのGPUでも利用できる。最近ArmがこのFSRのコードをベースに、ASR(Accuracy Super Resolution)と呼ばれるスーパーサンプリングの機能を自社GPUに対して提供したことで話題になった。
・XeSS:AIベースでコードは非公開だが、DirectX 12でサポートされるShader Model 6.4の機能を利用して実装している関係で、Intel ArcだけでなくRadeon RX 6000以降でも動作する。

といった、ちょっとした混乱を招く状況が現在も続いている。

　チップに話を戻すと、こちらはついに5nm世代に突入している。ここで目を惹くのがAMDで、コンシューマ向けGPUとしては初めてチップレット構成を取った(NVIDIAは引き続きモノリシック構成)。

で、30年間でGPUはどのぐらい速くなったのか？

　ということで、簡単にPC向けグラフィックの動向をまとめてみた。落ちている話も色々あるとは思うが、それを全部拾っていると大河小説になってしまうのでご容赦頂きたい。で、3D機能を搭載したグラフィックチップ/GPUについて、ちょっと統計データを取ってみた。

　そもそもGPUの性能をどうやって測るか、というと、ゲームのフレームレートというのは最終的なアプリケーション性能であり、そこにはGPU以外の要素も多数含まれる。そもそも初期のそれこそ「3D Rage」と現在の「GeForce RTX 4090」で両方動作してフレームレートが測定できるゲームなんていうものが存在しない以上、これを指標にするのは無理がある。なので、もう少しGPU単体で比較できる要素で算出してみることにした。

　グラフ1は「Pixel Fill Rate」の比較である。これはどれだけ高速に画像を生成できるかを示すもので、GPUにとって基本的な性能の1つである。Pixel Fill Rateの方はややNVIDIAの方が傾向的に高いとは思うが、大体同じ程度。NVIDIAの近似曲線の値を使えば、この30年で2,100倍ほどの性能増加となる。つまり年率29%程の増加、という計算だ。

【グラフ1】Pixel Fill Rateの進化

　案外伸び率が少ないのは、おそらくメモリ帯域の影響を受けているせいである。ということでグラフ2がメモリ帯域幅の比較である。こちらはさらに低く、NVIDIAが30年で717倍、AMDは240倍程でしかない。年率で言えばNVIDIAが24.5%、AMDが20.1%ほどでしかなく、これが足を引っ張っているものと考えられる。で、Pixel Fill Rateとメモリ帯域幅の伸びのギャップは、キャッシュやアーキテクチャ(メモリ帯域圧縮技術その他)で補っている、というわけだ。

【グラフ2】Pixel Fill Rateの進化

　グラフ3は「Texture Fill Rate」の比較で、こちらはテクスチャをどれだけ高速に貼れるかの指標である。2Dではなかったが、3Dでは必須のものである。こちらはNVIDIA/AMDともにほぼ同等の近似となっており、30年で6,400倍ほど。つまり年率34%程の増加になっている。Pixel Fill Rateよりやや高めなのは、1つのポリゴンに複数のテクスチャを重ねて貼ったりするケースが多いからだろう。

【グラフ3】Texture Fill Rateの進化

　グラフ4はFP32の演算性能の比較である。これはGPUというよりはGPGPU的な要素が強いが、メモリ帯域の制約とかを無視してとにかくGPUをぶん回すとどれだけの性能があるか、を比較したものだ。こちらではAMDの方がNVIDIAより伸びが高めとなっており、NVIDIAが30年で51万4,000倍、AMDが153万9,000倍となっている。それぞれ年率で55%、60.7%ほどの伸びとなっている。

　NVIDIAの方の伸びがやや低めなのは、Tensorコアなどに結構な量のトランジスタを割いているからで、このTensorコアの分も加味すればおそらくもっと激しく数値は伸びると思うのだが、逆に通常のシェーダの演算性能は(Tensorコアにトランジスタを喰われた分)伸び悩んでいる、というあたりかと思われる。おそらくGPUの性能という時には、このグラフ4が一番実情に近いのではないかと思う。

【グラフ4】FP32の演算性能の進化

　CPU編での伸びが50年で7,000万倍、年率で言えば44.5%ほどだったから、GPUの性能強化はCPUを上回っていることになる。CPUに比べれば並列度が高いから性能は上げやすいという側面はあるとは言え、そろそろ色々厳しくなってきた感があるだけに、今後どこまで性能が伸びる余地があるのかは「？」である。

　最後に、直接性能とは関係ないが、トランジスタ数の比較をグラフ5に。こちらもNVIDIAの方がやや伸びが大きく、30年で19,200倍、AMDは6,400倍ほどである。それぞれ年率38.9%、33.9%となった。

【グラフ5】トランジスタ数の増加

　GPUの性能向上において最大の難点は消費電力とダイサイズだ。特にダイサイズはレチクルリミットが厳しいうえに、構造的にシェーダとそれ以外をチップレット化するのは相対的に容易だが、シェーダ部分を複数のチップレットに分けるのが難しい。GPUにもNUMA的なアーキテクチャが適用できれば、この辺を突破できるのだろう。ちなみにGPGPUではこれが可能なので、既にチップレットが実用化されているが、GPUには難しいのだ。