山田祥平のRe:config.sys

インターネットとメールができれば、それで十分




 Windows 7のスタートメニュー直下には「インターネット」という項目がない。「電子メール」という項目もない。ある意味で、これは大きな一歩であり、変化でもある。「ブラウザ≠インターネット」であることを初めて明確にした結果だからだ。

●インターネットがないWindows 7のスタートメニュー

 マイクロソフトが東京・六本木で開催したWeb開発者向けのイベント「ReMIX09」では、先日、提供が開始されたばかりの「Microsoft Silverlight 3」の新たな機能の数々が披露され、次世代のUX、そしてRIA(Rich Internet Applications)を駆使したインターネットのユセージモデルの数々が紹介された。

 基調講演でステージにたった米Microsoft デベロッパープラットフォーム担当コーポレートバイスプレジデントのスコット・ガスリー氏は、ソフトウェアエクスペリエンスは「カタチ+機能」によって実現されるものであることを強調、機能を伴う見栄えがリッチなユーザー体験を作ることを訴えた。

 マイクロソフトがスタートメニュー直下に、誇らしげに「インターネット」という項目を用意し、それをクリックするとブラウザが開くようにしたのは、Windows XPからだった。XPのベータ期間にシアトルで開催されたレビューワーズ・ワークショップで、なぜ、「インターネット=ブラウザ」なのかと尋ねたところ、インターネットといえばWebだから、Internet Explorerなのさと、はぐらかされてしまった。今から9年前、2000年頃の話である。

 その結果として、インターネットすることはブラウザを使ってウェブサイトを巡回することに等しいと多くの人々が認識するようになってしまった。本当は、電子メールを使うことだってインターネットを使うことだし、その後、数多くのアプリケーションが、インターネットを経由して、何かしらのデータ転送を行なうようになっている。

 そして、人々は、「インターネットができる携帯電話」を持ち、「インターネットが入ったパソコン」で「インターネットはできるのに電子メールが送れない」と悩んだりするようになる。

 今、ようやく、間違った使われ方をしてしまったインターネットという言葉は、クラウドという言葉で置き換えられ、なんとか、その軌道を修正しつつある。有象無象のコンピュータを包むクラウドは、まさに、得体の知れないものから有用なサービスまでを包含し、この地球を覆うようになった。

 そして、Windows 7のスタートメニューからは「インターネット」が消えた。あるのは、タスクバーボタンとしてのInternet Explorerだけである。

●クラウドの中で生き残るために

 Silverlight 3の新機能のうち、個人的に注目しているのは、ブラウザ外稼働のサポートとローカルネットワーキングによるそれらRIA同士の通信、そして、マルチタッチやGPSなどのセンサーといった次世代OSでサポートされる各種機能の活用だ。

 つまり、これらによって、RIAと通常のアプリケーションの違いは、どんどん希薄になっていく。さらには、クラウドにつながっていようがいまいが、オフラインの状態でも使えるRIAが一般的に使われるようになることで、OSのバージョンや種類に頓着することなく、さまざまなユーザー体験が得られるようになる。

 AIRを推進するアドビのように、OSを提供していないベンダーが、こうした環境の構築に熱心になるのは容易に理解できるが、OSのトップベンダーであるマイクロソフトとしても、Silverlight 3のような環境を提供できなければクラウドの中で生き残れないと考えたのだろうか。

 同社がこうした危機感を持つことは大歓迎だ。そして、そのことは、.NET Frameworkに習熟したデベロッパーの確保にもつながり、さらには、パートナーによる最新のクライアントOSの機能を駆使した次世代のアプリケーション開発にもつながっていく。こうしたエコシステムの再構築が今のマイクロソフトには必要だ。

 こうした動きがある一方で、マイクロソフトの最近のスローガンである「ソフトウェア + サービス」の「サービス」を担うWindows Liveの動き、いや、動きのなさが気になる。

 というのも、Silverlight 3で実現される次世代のUXから見ると、Liveの各種サービスで使われているUXには見劣りを感じるからだ。このままブラウザベースのオーソドックスなUXでサービスを続けるのか、それとも、順次、Silverlight 3のような環境に移行していくのかが気になるところだ。Liveのサービスが、すべてSilverlight 3で構築されるようなことになれば、絶好のショーケースになるし、大きなインパクトになると思うのだが、その気配は、今の時点では感じられない。

●Liveサービスに感じる倦怠感

 マイクロソフトのコンシューマ向けオンラインサービスには、今、ある種のやる気のなさを感じる。膨大な数のユーザーを抱えるHotmailやMessengerのサービスを、今さらやめることができるはずがもないが、それにしたって、あまりにも地味すぎないか。

 先日発表されたOffice 2010のオンライン版サービスにしても、ベースはブラウザだ。Silverlight 3を駆使すれば、RIAとしてのOfficeだって作れるはずなのに、なぜ、それをやろうとしないのか。

 こうした表層的な部分を見ていると、今、マイクロソフトは、プラットフォームベンダーとしての原点に立ち戻ろうとしているのではないかとも推測できる。マイクロソフトがコンシューマー向けのサービス提供に熱心だったのは、彼らがYahoo!になりたかったからだし、検索エンジンの開発に熱心なのは、Googleになりたかったからだ。

 でも、今のマイクロソフトは、それらに対して、ちょっとした距離を置いているように見える。ただ、AIRに対しては、Silverlightで真っ向から立ち向かおうともしている。どうやら、譲れる分野と譲れない分野があるらしい。

 他者が成功を収めている分野に押しかけて、パイを奪おうとするよりも、共存共栄を考えた方がトクをする可能性もある。ここのところのマイクロソフトは、パートナーとの協力による強力なエコシステムの推進にも熱心だ。10年前、20年前は、魅力的なアプリケーションによってOSが支持され、そのOSのためにサードパーティがアプリケーションを作ることで、さらにOSが進化した。もちろん、ハードウェアの進化もそれが推進した。そして、結果として、マイクロソフトは急激な成長を得られた。

 今、マイクロソフトは、いったいどこに向かおうとしているのか。そして、Silverlight 3の登場で、RIAの市場はどのように遷移していくのだろう。