■山田祥平のRe:config.sys■
2009年7月3~8日の5日間にわたり、マイクロソフトが主催する学生を対象とした技術コンテスト「ImagineCup」がエジプト・カイロで開催された。この大会の写真部門で、見事、世界第三位に輝いたのが、寺田志織さん(武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科3年)だ。今回は、帰国した寺田さんに会って話を聞いてきた。
●36時間で仕上げるフォトストーリー2003年から始まったImagineCupは今年で7回目。今年は、175カ国30万人の中から選抜された124カ国約440名の学生が参加した。
日本からは花形部門であるソフトウェアデザイン部門に、2年連続の出場となる同志社大学のNISLab++、組み込み開発部門に国立東京工業高等専門学校(東京高専)のチームCLFSが世界大会にチャレンジしたが、残念ながらどちらも一回戦で敗退、寺田さんの戦績に期待が集まっていた。
寺田さんが入賞した写真部門は、全世界から3000名が応募、一次ラウンドで200名に絞り込まれ、さらに二次ラウンドで6チームになり、アメリカ、日本、ポーランド、インド、クロアチア、シンガポールが最終戦に残り、世界大会での戦いとなった。寺田さんはチームといっても単独での参戦だ。そして、寺田さんは、優勝したクロアチアのチーム、二位のシンガポールのチームに続き、三位の栄誉を勝ち取った。
戦いは、現地で約4時間のブリーフィングを受け、そのあと、36時間の競技が始まるという段取りで進行した。正確には、7月4日の正午から6日の午前零時までの間に、指定されたテーマにしたがって作品を仕上げなければならない。
寺田さんは、本来、ニコンの一眼レフデジカメD80を愛用している。だが、大会では公平を重視し、アドビのイメージングソフトがインストールされたWindows Vista PCと、キヤノンの一眼レフデジカメEOS 40D、そして、交換レンズとして18-55mm、70-300mmのズームレンズ2本が貸し出された。
貸し出されたレンズの詳細なスペックは不明で、寺田さん本人も、よくわかっていない。というのも、寺田さんは、大学の課題のためにデジタル一眼レフカメラを購入して所有はしているものの、写真に対しては、さほど熱心ではないからだ。なのに写真部門に応募したのは、アートに関連した写真、ムービー、(Web)デザインという3つの部門で、複雑なソフトウェアの習得が必要なムービーやデザインが候補からはずれ、残ったのが写真だったからにすぎない。
●美大生はフツーMacさて、競技の冒頭に提示されたテーマは「Caleidoscope of Cairo Ancient Culture Facing Technology」つまり、古い文化とテクノロジーの融合を写真で表現せよというものだった。写真枚数は12~15枚でフォトストーリーを作り、オリジナル写真ファイルと、それを貼り付けたPowerPointのスライドショーを提出し、それに対して説明をつけなければならない。なお、解像度やファイルサイズの制限はなかったそうだ。
「美大生はフツーMacですからWindowsには慣れていません。しかも英語版です。それに、普段使っているカメラはニコンですからね。PowerPointは授業でのプレゼンで使っていますから多少はわかります。ただ、ソフトに関しては、Photoshopなどで、明度をちょっといじった程度にしか使わなかったので、あまり苦ではなかったですね」(寺田さん)。
慣れない機材にもかかわらず、勝利を勝ち取ったのは見事だ。
「最初の半日は、考えるだけでした。でも、アラベスク模様を使いたいというイメージは漠然とあって、他のものを考えても見たのですが、最終的にそれでいくことにしました。カイロの日差しがすごく強くて、それを使いたかったという気持ちがあって、プールサイドで撮影することに決めました」(寺田さん)。
出場者にはフィクサーと呼ばれるエジプト人スタッフがつく。撮影現場での調整役、そして、セキュリティなどを確保するためだ。彼らに依頼すれば、軍事基地などは撮影禁止としても、基本的にどこにでも連れて行ってくれる。ただ、寺田さんは、すべての作業をホテル内で完結させたため、彼らの世話になることはなかったという。
ホテルのショッピングモールで厚手のコピー用紙を手に入れた寺田さんは、カイロの町並みを再現するための模型として紙細工を作り始めた。ピラミッド、スフィンクス、モスクと、一連のオブジェを作るために17時間を費やした。インターネットでカイロの歴史を調べ、それらしく見えるように造形したという。そして、その模型をアラベスク模様の布地の上に並べたのだ。屋外での撮影のため、風が吹いたら終わりで、そうなったら最初から並べ直さなければならない。
寺田さんが撮影した写真は約190枚。想像するよりもずっと少ない枚数だ。おそらく他チームの1/10くらいでしょうと寺田さん。写真では、アラベスク模様からイメージされる複雑なネットワークをテクノロジーに見たて、古き文化がその上に成り立っていることを表現した。そうしてできあがった作品が「THE EMPIRE OF INTEGRATION」だ。
「他の人たちとコンセプトが違ったのがよかったかもしれません。風景を撮りに行かなかったですし。もともと世界大会に向けてはヤマを張っていて、空港からのバスの車窓から、使えそうなイメージを探していたりもしていました。そんな中で、アラベスク模様がウェブの蜘蛛の巣に似ていることに気がついたんです。だったら、これを使ってイスラム文化の上にテクノロジーが入ってきて、今のカイロの街ができていることを表現しようと決めました」。
寺田さんの造形した紙細工のオブジェには、ピラミッドやスフィンクスのほかに、PCや携帯電話も混じっている。それらをひっくるめて、今のイスラム文化がウェブに乗っかっているという構成だ。
●美しいヤラセとしての広告広島県出身の寺田さんは、海外にでかけるのは、この世界大会のカイロが初めてだったという。それどころか、飛行機に乗るのも初めてだった。
「高校では理系だったんです。最初は看護師になろうと思っていました。でも、高校2年生の頃から美大に行きたいと思うようになったんです。絵を描くのは好きでしたから、それを仕事にしたいと、平面のデザインという道を選びました。
広告やポスターなどを作りたかったんです。こうした平面のデザインは、最初にコンセプトがなければなりません。人に伝えるべきテーマがあって、それが最初にありますよね。今回はフォトストーリーでしたが、これは広告と似ています。普段やっている広告と同じなんだと感じたんです」(寺田さん)。
広告は、いわば「美しいヤラセ」だ。寺田さんもそう認識している。だから、写真でフォトストーリーを構成するという課題も、すぐに、自分の得意なロジックにすり替えることができた。
「コンピュータを使うようになったのは、大学生になってからです。学校に置いてあるコンピュータは全部Macですから、当然、Macを選びました。それに、アドビのCS3のアカデミックパックを購入して使っています。値段が高いのでCS4に乗り換えることができません。いちばんよく使うアプリケーションはイラストレータかな」(寺田さん)
寺田さんが平面デザインをやろうとしたのは、佐藤可士和氏らクリエイティブディレクターの全盛期で、その世界がおもしろそうに見えたからだという。現在、大学3年生の彼女は、そろそろ就職のことも考えなければならない時期にきている。学科全体では、広告系に就職するのが普通という空気があるんだそうだ。
「最近、疑問に思うようになったんです。平面デザインがつまらなく感じることもあります。今は、人の役に立つことをやりたいと思っています。たとえ広告でも、人の役に立つことはあるんじゃないでしょうか。せっかく学んだので、アートには関わっていたいし、アートを学んだ人にしかできないこともあるはずです。でも、写真は専門的に撮っていこうとは思っていませんね。写真には技術が必要ですが、それはディレクションすればすむことでもありますからね」
●コンセプトによる勝利寺田さんは撮影にあたっては、ほとんどカメラのオート任せ。「あのレンズは素晴らしかったです」といいながら、被写界深度を決める絞りさえ意識せずにシャッターを切っていた。レタッチもそれほど施してはいない。そういう意味ではまさにコンセプトの勝利だ。
「ImagineCupってすごく素敵だと思いました。こういうことをやっているマイクロソフトという会社に興味が出てきて、いったいどんな会社なんだろうと思うようにもなりました。
学生であるということは、社会に出てしまうとできないことができるという特権を持っている立場だと思っています。学生=若いとは限らないのですが、いろいろな刺激を受けて伸びられるのが学生だと思います」。
来年のImagineCupはポーランド・ワルシャワで開催される。ただし、写真部門はなく、アート関係は動画のみとなる。だから、きっと参加することはないだろうと寺田さん。現在は、インターンとしてマイクロソフトと関わってみたいと考えているそうだ。
ただし、今、彼女の頭の中は、このインタビュー翌日に主催する大学でのワークショップのことでいっぱいだという。子どもを学校に呼び、造形ワークショップを開催するそうだが、相手のことを考えて企画を練るという点では、大会での戦いとやっていることは同じらしい。
写真にこだわらずに写真部門で入賞するという結果は、そんな彼女のロジックによる、当然の結果ともいえそうだ。