山田祥平のRe:config.sys

みんなTVの前に集まれ

 Googleが、14カ国目として日本でも「Chromecast」を発売した。ちょっと大きめのUSBメモリサイズのデバイスで、TVのHDMI端子に接続すれば、PCやスマートフォン、タブレットなどから指示を受け、そのコンテンツを再生するというものだ。今回は、このデバイスがもたらす新しい世界について考えてみる。

スマートデバイスを超高性能リモコンに

 うちのリビングルームのTVは50型ワイド。身の回りにはスマートフォン、タブレット、ノートPC、デスクトップPCと、たくさんの画面があるが、その中でTVはもっとも大きい。とりあえずTV番組を見るときには、この画面で見ることが多い。多くはレコーダーに録画したものをまとめて視聴するという感じで、リアルタイムで見るのは夜のニュースくらいだろうか。

 動画コンテンツというのは時間軸を強要する。例えば5分間のコンテンツであれば、それをちゃんと見ようとすると必ず5分かかる。情報の収集手段としては、そんなに効率がいいものではないのだ。だから、インターネットを使っていても、あまり動画を見ることはない。同じ理由で、YouTubeなども、それほど熱心には使ってこなかった。

 でも、Chromecastは、YouTubeやニコニコ動画のヘビーユーザーなら、手放せないデバイスとなるだろう。このデバイスは、手元のスマートフォンやタブレット、PCを、超高機能なリモコンに変身させるからだ。

 TVもインターネットに繋がっている。また、HDMIなどを使ってPCや各種のデバイスをTVに繋ぐこともできる。でも、TVの操作系はまどろっこしいし、デバイスをそのたびにTVに繋ぐのも面倒だ。だが、Chromecastを繋ぎっぱなしにしておけば、スマートフォンで面白そうな動画を見つけたら、すぐに、それをTVの画面で再生できるのだ。しかも、カラオケルームの待ち行列よろしく、コンテンツを見ながら、次に再生したいコンテンツをキューに溜めておき、順次再生を続けることもできる。

 仕組みとしては、Chromecastは、同じ無線LAN(Wi-Fi)ネットワーク内にいるブラウザ内蔵デバイスだ。ほかのデバイスからは、コンテンツのURLが送られるだけだ。実際のデータ転送は、Chromecast自身が担う。だから、一度再生が始まれば、再生を指示したデバイスはフリーになり、デバイスを持って外出してもいいし、電源を切ってしまっても再生は続く。

 ただ、Chromecastは、その時に再生しているコンテンツに関する情報を、再生を開始した以外のデバイスにも無条件に共有させる。そして、それを参照したデバイスでも、一時停止や再開、再生位置のコントロールなどができるのだ。特別なアプリやユーティリティのインストールは必要ない。そこに居合わせた全員が同じTVに繋がるリモコンを持っているというイメージだ。

 これで分かるのは、Chromecastは再生の指示を受けるときに、URLと一緒に、そのコンテンツを見る権利を一緒に受け取るということだ。その権利を使って再生をスタートさせ、さらに、その権利を、ほかのデバイスと共有するわけだ。つまり、一時的にではあっても、本来は、そのコンテンツを見る権利をもたないユーザーに、再生許可を与えている形になる。

 どこかで聞いたことがある仕組みだが、これは、Googleが2年前のGoogle I/Oで発表した「Nexus Q」の仕組みそのものだ。デバイスの形態こそ異なるが、やっていることは同じだ。

PCのブラウザ画面を大きく映す

 YouTubeやGooglePlayムービーといったモバイル端末対応アプリ以外にも、PCなら、ChromeブラウザによるChromecastのコントロールがサポートされている。拡張機能のインストールが必要で、まだベータとなっているが、基本的に、特定のタブ内容をTVの画面に映し出し、リンクのクリックやスクロール、ピンチによる拡大縮小などが画面表示に反映される。画面をミラーしているのではなく、操作シーケンスを送っているだけのようだ。だからというわけではないが、PCにマウスなどのポインティングデバイスが接続されていても、マウスポインタが表示されるわけではない。

 この機能を利用すれば、一般のサイトで提供されているサービスでPCのChromeで使えるものは、全て利用できることになる。例えば、Chromeには、拡張機能として「Microsoft PowerPoint」が提供されている。「Office Online」のリンクに過ぎないが、これでプレゼンテーションを開き、Chromecastに再生させれば、プロジェクタやTVに対してワイヤレスでプレゼンテーションできる。PowerPointには、オンラインプレゼンテーションの機能も用意されているので、それを使って特定URLをChromeで開くという方法でも同様のことができる。

 Windowsタブレットを手にステージ上を歩き回りながら、必要に応じて、画面をピンチで拡大したり、手描きで特定の部分を強調したりといったダイナミックなプレゼンテーションも簡単にできそうだ。なんといってもUSBメモリ大のデバイスだ。出先でのプレゼンに持参するにも負担がない。電源の供給が必要だが、添付の電源アダプタは5.1V/850mAだ。アダプタと本体はMicro USBケーブルで結ぶ。今どきのTVならUSB端子くらいはあるだろうからそこから電源を供給してもいいし、場合によってはモバイルバッテリを使ってもいいだろう。

リビングのTVを再定義

 こうして手元のスマートデバイスでコンテンツを選び、それを大きな画面で見るという行為が、極めて簡単にできるようになる。ここでは、スマートデバイスはスマートリモコンだ。Googleでは、Nexus Qをソーシャル・ストリーミング・メディア・プレーヤーというカテゴリに分類していたが、Chromecastは、クローズド・コンテンツプレイ・プロキシとでもいうべきか。

 冒頭に書いたように、Chromecastにとって、スマートフォンはインテリジェントなリモコンだ。なんといってもこれから再生するコンテンツそのものを手元のリッチな画面で見て確認できるのだ。しかもタッチ操作。これ以上のリモコンはあるまい。

 そしてスマートフォンは家族が4人いれば、4人とも自分のスマートフォンを持っているはずで、それぞれがそれぞれのスマートフォンの画面サイズでは不満を感じるコンテンツを大きなTVで楽しむわけだ。たかだか5型前後のスマートフォン画面、大きくても10型前後のタブレット。そんな画面で映画を見るもどうかと思っていたユーザーが、GooglePlayで映画コンテンツをレンタルするようになるかもしれない。

 日本ではDLNAのソリューションがChromecastと似たような環境としてお馴染みだ。つまり、メディアサーバーと、メディアレンダラー、メディアコントローラーの関係だ。だが、DLNAはサーバー、レンダラーも、コントローラーもクローズドな環境内にある。だが、Chromecastが扱うコンテンツはクラウドにある。そこが大きく性格を異にする点だ。

 クラウドにあるプライベートなコンテンツを、その場に居合わせた家族、仲間で共有する。自分の手元のスマートフォンは極私的なものなだから人には見せない渡さない、さわらせない。でも、コンテンツは見せたい。だからTVに繋いだChromecastに許可を一時的に与え、コンテンツだけを再生させ、それをその場のメンバーで共有するのだ。

 近年、SNSの浸透によって、コンテンツの共有という概念が一般的なものとなった。共有されたコンテンツは、ひとりひとりが自分だけの環境で楽しのが普通だった。だが、Chromecast環境では、共有する側と共有されたコンテンツを楽しむ側が同じ空間にいる。見せる側と見せられる側が閉じられた空間にいるからこそできることがあるというわけだ。そしてこれは、レガシーなお茶の間のTVそのものだともいえる。

 ちなみにChromecastは何も覚えない。覚えているのはSSIDとそのパスワードだけで、その情報は次回に使うときに前回と同じネットワーク環境を維持するためだけに使われる。電源スイッチもなく、電源の供給をやめればそこで全てが終わる。その潔さはコンテンツ共有の光景に、ちょっとした変化をもたらすだろう。みんなきっとTVの前に戻ってくる。大きな画面で、自分の見つけたコンテンツを共有するために。そこがマルチユーザー対応のデバイスとちょっと違うところだ。そして、そのことがTVの画面を再定義し、場合によってはTV放送を見る機会を増やすことにつながる可能性だってあるかもしれない。

(山田 祥平)