eスポーツチーム代表者に聞く

学生時代はハンダごてやCeleron OCなどを駆使して動画作成。今は38都道府県でスト6イベントを開催する"かげっち"氏

"かげっち氏"こと影澤潤一氏

 本連載はこれまでeスポーツチームの代表者に、チーム立ち上げの経緯や、課題、戦略などについて伺ってきた。もう少し視野を広げる観点から、eスポーツコミュニティの運営に関わる方にもインタビューを行なっていく。今回は「Fighters Crossover」を主催している"かげっち"氏こと影澤潤一氏(以下、敬称略)に大会/対戦会を開始した目的や継続する意義などを聞いてきた。

 Fighters Crossoverは、いまや全国各地で定期開催されているストリートファイター6のコミュニティ対戦会。年に一度は各地のコミュニティでの予選をへた、全国大会も開催している。

学生時代はOCしたCeleron 300Aマシンでエンコードした対戦動画を大学のサーバーにアップ

--まずは自己紹介をお願いします。

かげっち:通信会社に籍を置く一介のサラリーマンなのですが、プライベートで大会や対戦会を開催しています。

--大会や対戦会を行なうようになった経緯はなんでしょうか。

かげっち:私は子どもの頃からゲームが好きで、ずっとプレイしていました。大学に入学したのが1998年で、ちょうどその頃インターネットが普及し始めました。大学の授業でホームページを作るという課題があったのですが、趣味のゲームに絡めようと思い、ゲームの攻略サイトを作りました。当時のホームページの定番として、BBS(掲示板)やCGIベースのチャットなども組み込みました。

 その内、興味を示してくれる人が出てきて、BBSやチャットに人が集まるようになり、対戦格闘ゲームのコミュニティとして機能するようになりました。それをきっかけに、ゲームセンターでオフ会をしたり、地方のゲームセンターへ遠征に行ったりと、コミュニティ活動を始めました。おそらく、ゲームコミュニティとしてそういった活動をした先駆けだったのではないかと思っています。

 好きなものを通じて集まれるのがとても心地よく、大会を開いたり、手伝ったりするようになりました。大会をより楽しいものにするにはどうしたらいいかということを考え、マイクを持って実況したり、動画を撮影してホームページに掲載したりと、いろいろやってみました。まだYouTubeがない時代でしたからね。

 私がいた筑波大には学術情報ネットワーク「SINET」が配備されていて、そこからプロバイダへの帯域が広かったので、重めの動画データもアップできていました。ただ当時、一般向けのインターネット回線はISDNとかで速度が遅かったため、アップする動画の解像度とかには頭を悩ませていました(笑)。

--ゲーム画面も今みたいにキャプチャーできるわけではなく、当時の映像の多くはホームビデオで画面を撮影する感じでしたね。

かげっち:アーケード筐体と基板をつなぐ配線規格のJAMMAというのがあるのですが、私は当時そこから配線をアナログ21ピンにした上で、XAV-2などへハンダ付けしてNTSC信号に変えてキャプチャーをしていました。今だと怒られてしまうと思いますが、当時はまだ著作権周りが緩くて許されていたようです。ほかにも自作PCのCeleron 300Aをクロックアップしたり、いろいろなことに試行錯誤しながら対応していたのは面白かったですね。

 ゲームのキャプチャー映像が見られるということで、海外からもアクセスが多数あり、筑波大の回線がパンクしそうになるというトラブルがあったのも今ではいい思い出です(笑)。

通信の世界に就職しつつも、コミュニティ活動は継続

--大学卒業後はゲームの世界ではなく、通信会社へ就職するわけですが、通信会社を選んだ理由はなんでしょうか。

かげっち:私が就活していた時は、いわゆる就職氷河期が訪れていました。加えて、自分が一番好きなことを仕事にしてしまうと、いつか楽しめなくなってしまうのではないかと思い、2番目に興味のあった通信業界を選びました。

 ただ、ゲームの世界、特にコミュニティから足を洗ったわけではなく、それは続けていました。今流行の言葉で言うとワークライフバランスも良く、仕事もゲームもしっかりとやれていました。

 ゲームイベントとしては、対戦格闘ゲームの総合大会である「闘劇」が始まっており、それを手伝ったりもしました。自分でもイベント開催は継続していました。そんな中、プロとアマチュアがつながっていけるようにならないかということも考えていました。

 社会人になって数年経ったことで、学生時代とは比べものにならないくらいお金の自由も効くようになったので、やれることも増えていきました。そして、イベント制作や動画制作などをやっていくうちに、それらの分野のエキスパートたちとの付き合いもできるようになりました。

--趣味のゲームでありながら、プロの現場にも携わってきていたわけですね。

かげっち:それに拍車がかかったのが2008年です。カプコンからスカウトされて、オフィシャル大会やイベントの実況をやるようになりました。プレイヤーとしての立場もあった自分は、メーカーとプレイヤーの架け橋になれるのではないかという意識を強く持つようになりました。どちらか一方の意見のみではなく、両方の立場で考えられるようになり、人とは違う目線でどうやって動けばいいのかを模索していました。

 そこから新宿のゲームセンターで始めたのが、ストリートファイターIVの大会である「STARTING OVER」です。これはFighters Crossoverの前身です。この大会で活躍すると、界隈で名が知れて、多くの人とつながりができるようになっていきました。

 その後、ストIVからストVに移った時、これまでゲームセンター主導だったストリートファイターシリーズがコンシューマメインとなりました。アーケード版はコンシューマ版が発売されてから3年後にリリースされましたが、それまでのようにゲームセンターで活動することが難しくなりました。

 そこで、ゲームセンターのようなオフラインの環境を作れないかと考え、秋葉原にあったeスポーツ施設である「e-Sports SQUARE AKIHABARA(通称イースク)」に白羽の矢を立て、Fighters Crossoverを開催するにいたりました。

 ストVの頃は家庭でプレイできる環境になったとはいえ、まだ多くの家庭では良好なオンライン対戦の環境が整っていませんでした。そのため、ゲームセンターのオフラインと同じ感覚でオンライン対戦をすることは難しく、STARTING OVERのような存在にコミュニティも価値を見出してくれました。また、ほとんどのプレイヤーは当時、PlayStation 4をTVに接続していたので、回線遅延だけでなく、表示遅延も発生していました。そういった点からもオフライン大会のニーズはあると感じていました。

 そうして、トッププレイヤーも参加するFighters Crossoverという環境ができあがり、地方のトッププレイヤーもこぞって上京するようになりました。ただ、コロナ禍に突入し、イースクでのオフライン対戦会が開けなくなり、休止状態に追い込まれたわけです。

コロナ明けにFighters Crossoverを復活させるかは悩んだ

--コロナ禍が明けてしばらくしてスト6が発売され、それに合わせてFighters Crossoverが復活するわけですね。

かげっち:実はスト6でFighters Crossoverを復活させるかは悩みました。コロナ禍でオンライン需要が高まり、大会やイベントなどもオンラインでやる時代になっていました。その状況でわざわざオフラインでやる意味があるのか考えました。

 個人的にはオンラインのみの活動には、ちょっと物足りなさも感じていました。スト6はストIVやストVとは比較にならないくらいのプレイヤーが遊んでいる状況でしたが、その一端はストリーマーが支えており、ストリーマーの影響で始めた人も少なくありません。当然、そういった方々はオフラインでプレイするという意識を持っておらず、オフラインでやる大変さも相まって本当に悩みました。

Fighters Crossover復帰第1回の様子

--結果としてFighters Crossoverを復活させるわけですが、オンライン主流の時代にオフラインを開催するために重視した点はありますか。

かげっち:オフラインイベントについて別のゲームでの例を調べてみたところ、属人的なところがあり、中心となる人が辞めてしまうと開催や継続のハードルが高いなという結論にいたりました。

 そこでFighters Crossoverでは、その課題をクリアするためのスキームを作っていくべきだと考えました。重視したのは、理念、仲間、仕組みです。同好の士として集まれる場所を作ること。来場者はお客さんではなく仲間だと捉えています。閉鎖的なコミュニティは濃さが増すんですけど、ニッチになって廃れていきます。また、仲間としての集まりなのでビジネス目的のお誘いはお断りすることもあります。

--当時はeスポーツ施設がまだ世に知られておらず、家庭でできるゲームをわざわざ対戦会場に出向いてプレイすることに理解を示せなかった人も多いと思いますが、開始当初はどんな状況だったのでしょうか

かげっち:私もその2016年頃にeスポーツ施設というものがあるということを知りました。ゲームセンターでできないのであれば、そこをゲームセンターの代わりができるかなと考えました。

 ただ、最初は人も集まらないだろうし、参加費を払う文化も根付いてなかったので、いきなりeスポーツ施設を貸し切って開催するのは難しかったわけです。そこで、アイドルグループが「League of Legends」をプレイするイベントが実施されていたのに乗っかって、その時間だけ空いたスペースを間借りする感じで始めました。

オンラインが便利になった今、オフライン対戦会の目的は

--現在はDiscordのようなソーシャルアプリが登場したりと、コミュニティ向けインフラが整備されたことで、コミュニティ運営や、コミュニケーション活動がさらにやりやすくなっています。それでも全国へとFighters Crossoverの運営が広がっているのはどういった背景があるのでしょうか。また、現在のオフライン対戦会の意味や目的はどういったものなのでしょう。

かげっち:確かにインターネット上でのコミュニケーションのやりやすさは、以前と比べれば格段に向上していると思います。それでもオンラインコミュニケーションにはまだ課題や壁があるように感じます。

 たとえば、多人数で会話していて、その中の特定の人に話しかけようとする場合、オフラインだとその人に近づくとか、目を合わすとかで、その人に向けての話であることが分かりますが、オンラインではそうはいきません。個別チャットに切り替えるなど、まだまだインターフェイスとして不十分な部分があります。

 今、Fighters Crossoverは38都道府県で定期開催されていますが、私自身は全国制覇をしたいとか、Fighters Crossoverをどこまでも拡大したいと思っていたわけではないんですよね。私がやりたいのは、地方で対戦会をやりたいけどやり方が分からないという要望に対して、ノウハウを教えることで、地方でも対戦会ができるようにするお手伝いをすることです。Fighters Crossoverの名前はついていますが、地方での主催者はその方たちです。

 あとは、先ほど言ったようにメーカーとコミュニティの架け橋となることで、こういった活動をやりやすくしていきたいと思っています。たとえばコミュニティが対戦会の許諾申請の方法が分からない場合、私が代理で行なえます。カプコンとしても全国からいろんな要望を受けるのは大変ですが、私がハブになれば、私からまとめられた申請のみで済むわけです。

Fighters Crossover全国大会第1回の様子。かげっち氏も実況としてマイクを握った
大会の様子
Leshar選手やMenaRD選手といった海外の超強豪も参加
次回全国大会のフライヤー

--38都道府県で開催はすごいですね。あと9県で全国制覇です。

かげっち:まだ開催していない県はすでに大きなコミュニティがあるので、全県制覇にはこだわっていないです。あくまでもコミュニティなので、ファン同士が好きなものを介してつながっていけるのが目的です。

 これまで、Fighters Crossoverに通っていたプレイヤーがプロになったこともありましたし、プロになってからも通ってくれている人もいます。プロ選手が来ていても、他の参加者は変に気負わず、仲間として接してくれています。中にはファン目線の人もいるとは思いますが、コミュニティの場であることはわきまえており、ファンの集いにはなっていないところはうれしいですね。

直近のFighters Crossoverの様子
今では38都道府県で開催

今後の目標

--同じものを好きな人同士の交流ができることがコミュニティの目的だと思いますが、かげっちさん個人としてコミュニティを通じて何か成し遂げたい目標はあるのでしょうか。

かげっち:ゴールがあるとすれば、それはゲームが当たり前となる時代を迎えることです。私が始めた頃、ゲームはまだ黎明期で悪とされた時代でした。しかし、世間の評価とは離れて、実際にゲームをプレイしたり、ゲームセンターに通ったりして得られた経験は大きく、学べたことも多かったわけです。社会人になっても、会社で何か企画を通すことなんかは、ゲーム的感覚があると感じています。

 まだ折り返し地点くらいだとは思いますが、ゲーム好きが集まれる場所が楽しいということを世に知らしめることはできつつあると思います。実際、私の子どもの生活圏にもゲームが浸透していて、父親(かげっち氏)がやっていることも理解し始めた感じです。

 あとは、私の主戦場である対戦格闘ゲームにはある程度浸透してきた感はありますが、ほかではまだまだな印象なので、ゲーム全般で浸透させていきたいですね。

--かげっちさんは、ぷよぷよとも縁が深いですが、格ゲー以外だとどういったジャンル、タイトルに関わってみたいですか。

かげっち:ひとりでじっくりプレイするゲームのコミュニティについてはまったく分かっていないので、そこはどうなのか見てみたいですね。おそらく、キャラクター自体やゲームの世界観について語り合うようなコミュニティってあると思うんですけど、ゲームそのもののコミュニティはどうなんだろうと思っています。また、ギルド対ギルド戦が実装されたソシャゲにも興味があります。

--最近は本業も忙しくなったように見受けられますが、先ほど言っていたワークライフバランスは保てているのでしょうか。

かげっち:仕事と趣味と家庭が3:3:4くらいのバランスが最適だと思っているんですけど、最近はそれが4:4:4になり、全部足すと120%になってしまった感じです(笑)。ただ、コロナ禍をへて就業規定が変わり、副業ができるようになったり、スーパーフレックスになったり、フルリモート推奨になるなど、仕事以外のことをやりやすくなってもいます。

 ちなみに、子どもはもう高校1年生と中学1年生になりました。この点からも年を感じますね(笑)。

--最後にコミュニティを長年やり続けて思うところがありましたらお願いします。

かげっち:長年この取り組みを続けてきた今では、全国各地に同じ旗を掲げて、同調してくれる人たちと一緒にやれるようになったことをうれしく思っています。

 Fighters Crossoverも再開から9カ月たったくらいから、スタッフが育ち、頼れる存在になってきました。その結果、私自身が地方のFighters Crossoverの現場に行かなくても回るようになってきました。これまでプレイングマネージャーとして現場も運営も見ていた状況から、経営者にシフトできた感覚です。

 新しい人も入ってきてノウハウの継承もできてきています。一カ所でできることには限りがあるので、仲間が増えていき、展開できているのは喜ばしいことですね。

 Fighters Crossoverを見て、ほかのタイトルでも同様の活動で地域コミュニティが生まれてくれたらいいなと思います。

--ありがとうございました。