山田祥平のRe:config.sys

クラウドに縁がないのは電話だけ

 「携帯電話」という言葉は面白い。何が面白いかというと「電話」という概念が、昔とちっとも変わらず、単にそれを携帯できるようになったにすぎないからだ。この「電話」は、これからも変わることはないのだろうか。

場所の呪縛と、端末の呪縛

 その昔、コンピュータは、それがある場所に人間が移動して使うものだった。コンピュータにパーソナルという冠がついても、その状況はけっこう長く続いていた。でも、ノートPCの登場によって、人間が作業したい場所にコンピュータを持ち運べるようになった。

 今、電話はどうなのか。かつて電話は、特定の場所に設置されているものだった。いわゆるイエ電、つまり、固定電話の文字通り、自宅や事務所のしかるべき場所に固定して設置され、それに対して電話番号が割り当てられていた。地域によって決まる市外局番と局番があり、それを見れば、その電話がどこにあるかが、だいたいの範囲ではあっても推定できた。

 郵便は文書を場所に届けるシステムだが、それを電気通信にしたのがFAXだ。電気通信になっただけで、電話回線が敷設された場所に届くという点では郵便と変わらない。つまり、電話もFAXも、固定された場所のしがらみからは逃れられないということだ。

 その固定された電話を持ち出すわけにはいかず、外出中にかかってきた電話は、留守番電話などの特別なシカケを用意しない限り、着信してもずっとベルを鳴らし続けるだけだ。もちろん、電話会社には転送電話サービスもあれば、留守番電話サービスも提供している。例えばNTTであれば「マジックボックス」なるサービスがあって、800円/月で、録音、転送などをこなすことができる。

 ただ、一人暮らしならともかく、家族で1つの電話番号を共有しているのが普通だから、かかってきた電話を無条件に、別の番号に転送するというのも乱暴な話だし、留守番電話も同様だ。そもそも一人暮らしの場合は、固定電話を持たないという選択肢もある。

 携帯電話は、確かに、この固定電話を場所に紐付けたものから、まさに携帯できて人間にくっついてくる電話を実現した。でも、その携帯できる電話は、やっぱり固定電話そのものなのだ。紐付け先が場所から人になっただけだし、その本人が端末を持ち出し忘れたら、もう連絡先としては機能しなくなってしまうのだ。

メールとインスタントメッセージのマルチデバイス対応

 ぼくは音声通話専用に1つの固定電話回線を契約している。その電話番号に電話がかかってくると、仕事部屋に1台、リビングルームに2台、合計3台ある電話機がいっせいにベルを鳴らす。単に、並列に繋いであるだけなのだ。1台はナンバーディスプレイ対応で、かけてきた相手の電話番号が分かるが、ほかの電話機は電源を接続するのがうっとおしいのでベーシック電話機だ。だから、電話がかかるとベーシック機2台が先にベルを鳴らし、ちょっと遅れてナンバーディスプレイ対応機がベルを鳴らす。その前に受話器をとってしまうと切れてしまうので注意が必要だ。

 こういう環境を作ってあるので、仕事場にいても、リビングでダラダラしていても、電話のベルが鳴れば、ほとんど移動せずに受話器をとれる。広い家ではないが、これはこれで便利だ。自宅にいるときは、ラフな格好をしていることが多く、外出時のように常に携帯電話を身につけているわけではないので、電話がかかってきたときの平均移動距離という点では、自宅内での行動範囲を3台でカバーしている固定電話の方が短くなっている。

 電話機の台数以上に、PCやタブレット、スマートフォンといったデバイスは、家の中の至る所に置いてある。寝室の枕元はもちろん、リビングルームにも数台、仕事部屋にも数台といった具合だ。これが便利きわまりない。

 家の中のどこにいても、ちょっと手を伸ばせばメールやTwitter、Facebookをチェックできるし、必要があればリプライもできる。まさにクラウドの恩恵だ。

 同じクラウドサービスでも、今や若い層のなくてはならないインフラとなっているLINEなどは、1台の端末に紐付ける必要があるので、こういうことができない。また、Skypeもログイン数に制限がある上に、やりとりしたメッセージを、全てのデバイスで確認することができないのが不便だ。そういう意味では、インスタントメッセージ系は、facebookのメッセージやGoogleのハングアウト、TwitterのDMがいい。かつて、Live Messengerでコミュニケーションしていた仲間は、facebookのメッセージに移行したようで、最近はそちら経由でメッセージが届くことが多い。メールとの使い分けは、なかなか微妙で、TwitterのDMでやりとりするか、facebookのメッセージを使うかも不定だ。なんとなく相手によってアクティブなサービスが異なる印象があって、最初に始めたコミュニケーションサービスをそのままダラダラと続けているのが現状だ。

 個人的には、全てのコミュニケーションがメールに統一されていた方が何かと便利ではある。というのも、過去にやりとりしたコミュニケーション内容を、後日確認したいときに、検索の点で圧倒的に便利なのがメールだからだ。待ち合わせに使ったコーヒーショップ、ちょっとした飲み会を催した料理店、各種の連絡先電話番号などがたちどころに出てくる。特に、Outlookを常用していると、メールはもちろん、予定表、タスク、メモといった異なるカテゴリのアイテムを串刺しで検索できるので、過去の詳細を片っ端から忘れてしまっても平気だ。

 だが、これにインスタントメッセージによるコミュニケーションが混じってくると、利用しているサービスごとに過去のやりとりを探してまわらなければならない。これはやっかいだ。これらのサービスは、まだ使い始めてたかだか5~6年なので、とりあえずはなんとかなっているが、この先、破綻が待っているようにも思う。このことはあらかじめ、きちんと考えておく必要がありそうだ。その点、メールについては約20年分をいつでも参照できる状態にしていあるので、相当古いやりとりでも、瞬時に見つけることができる。

 仕事部屋には処理性能が高く、ストレージ容量にも余裕があるデスクトップPCがあって、それには4台のフルHDモニタがつながっている。家の中のいたる所にPCがあるとしても、仕事部屋のデスクトップ環境の作業効率が、もっともいいのはいうまでもない。だが、全てのデバイスで、同じメールを読み書きできて、各種SNSのコミュニケーションサービスがシームレスに使えること。この便利さには、今のところ「電話」が束になってもかなわない。

電話を束にするサービス

 Googleは、米国内においてGoogle Voiceのサービスを提供している。さまざまな機能が実装されたサービスだが、早い話がクラウドを使った電話事業だ。

 サービスを申し込むと、自分の電話番号が貸与される。任意のものから選ぶことができるのだ。あるいは、すでに自分が持っている電話番号を、このサービスにMNPすることもできる。

 こうしてGoogle Voiceに紐付いた電話番号は、電話番号でありながら、特定の端末にも地域にも紐付けられない。ニューヨークに住むユーザーがサンフランシスコの市外局番を持つ電話番号を使っている可能性だってある。ここでの電話番号は、アカウントを持つ人と紐付けられた記号に過ぎないのだ。

 ユーザーは、その電話番号に着信したときに、どの端末のベルを鳴らすかをあらかじめ指定しておくことができる。ベルを鳴らす端末はいくつあってもいい。自宅の固定電話、ポケットの中の携帯電話、カバンの中のファブレット、サブに使っているスマートフォンなど、必要なだけ登録しておける。

 そして、自分の電話番号に着信すると、それに関連付けられた電話番号の端末が、全て着信していっせいにベルが鳴る。そして、任意の端末で、その電話に出られるのだ。アプリを使えば、電話番号を持たない端末でも着信できる。

 電話に出ることができなければ、不在着信となり、相手は留守番電話的にメッセージを残すことができる。そしてその内容は音声ファイルと、その音声認識後のテキストファイルとして、メールになって送られてくる。当然、どんな端末でもメールさえ読めれば、留守番電話を確認することができる。そして、さらには、どの端末から発信しても、Google Voiceの電話番号から発信しているようにできるのだ。

 これと似たことは、IP電話のサービスでもできそうだが、残念ながら、ぼくが使っているIP電話サービスでは、最後にアプリでログインした端末にしか着信できない。その前までログインしていた端末は無効になってしまう。複数端末でアプリを起動しておけば、電話がかかってきたときに、全部の端末のベルを鳴らすことくらい、簡単にできそうなものだが、そうは問屋がおろさないようだ。

 世の中のあらゆるコミュニケーションがマルチデバイスと親和性が高くなっていく。それがICTの順当な進化というものだ。でも、そこでは電話が取り残されているような気がしてならない。

(山田 祥平)