山田祥平のRe:config.sys
聴こえやすさが未来を拓く
2022年4月30日 06:33
世界聴覚報告書によれば、2050年には、世界で約25億人が難聴を抱えて生活するとWHOが予測しているそうだ(英語、日本語)。実に、4人に1人が「聴こえづらさ」を抱えることになる。近年は、イヤフォン等で長時間大音量で音楽を楽しむライフスタイルが定着するなど、耳の健康にはあまりよくない環境で、難聴傾向は高まる一方だ。もう高齢者だけの問題ではない。ミライスピーカーはそんな困ったを解決するデバイスだ。
曲面が振動して鳴る音は聴きやすい
音を聞こえやすく変換するテクノロジーの特許技術「曲面サウンド」で知られる「ミライスピーカー」の開発、製造、販売元のサウンドファン社が事業戦略発表会を開催し、今後万人が求めるであろうこの技術の将来について説明した。
同社はB2Bでのビジネスを進めるとともに、近年はB2C向けの製品として「ミライスピーカー・ホーム」の提供を開始、TV CMもオンエアがスタートした。冒頭の写真はCMキャラクターに起用された高田純次さんとサウンドファン社長の山地浩氏のツーショットだ。この夏にはB2B向けビジネスも拡充し、米国を皮切りに、海外進出も予定されている。そのために基本特許を各国で取得済みだという。
ミライスピーカーは、曲面を振動させることが、耳に感じる音圧が減衰しにくいようだという現象に着目、それをスピーカーに応用したものだ。
冒頭で世界の聴覚について触れたが、日本に目を向ければ、日本補聴器工業会主体の調査による難聴者は1,400万人、75歳以上では3人に1人だという。
「ミライスピーカー・ホーム」は家庭向け製品として、曲面振動板を実装したアンプつきスピーカーで、TVなどのイヤフォン端子にケーブル1本で接続、電源アダプタを接続するだけで聞こえやすいサウンドを再生する。
同社のB2Bビジネスは、パブリックスペースでこの技術を生かすデバイスとしてミライスピーカーを各社に提供することで、たとえば、日本航空のカウンター周辺などでも使われて好評だという。
技術として興味深いのは、なぜ聞こえやすくなるのかが今ひとつ分かっていないという点だ。それでも特許はとれるのだ。曲面振動なので、異なる遅延、位相の複数の音源からの音が聞く側の鼓膜に届くはずだが、それをいろいろとDSP等を使って実験してみてもうまくいかないし、理由がよく分からないという。
アンプつきの曲面スピーカーを使っているが、アンプの低周波増幅では周波数特性を特にいじることなくフラットに拡声しているだけだ。その出力を曲面スピーカーで鳴らすだけで、著しく聞こえやすくなる。
アナログの謎をデジタルで解決すればさらに未来が拓ける
調べてみると、その特許は、いろいろな技術を集めたものになっている。エンジニアとして開発に関わった田中宏氏(同社取締役)にも尋ねてみたのだが、聞こえやすくなる理由は現時点では判明していないが、それが解明されれば物理的な曲面スピーカーを使わないでも、電子的に同様の結果が得られるようになる可能性もあるということだった。
また、多くの映像コンテンツのサウンドはステレオだ。場合によってはもっとチャンネルが多いこともある。ミライスピーカー・ホームはモノラルスピーカーなので、左右の音を混ぜて聴くことになる。その方が聞きやすいという人と、やはりステレオの立体感を楽しみたいというニーズも根強くあるといい、そこをどうするかも今後の課題だという。
スピーカーからの距離についても、聞き手の近くに設置するのか、TVの位置に設置するのかで聴きやすさは異なる。そのあたりについては個人差もあり、最終的には、いろいろ試すしかない。
ミライスピーカーの原理は、高齢の人は、普通のオーディオセットのスピーカーよりも、ホーンのような再生口をもった蓄音機からの音の方がよく聴こえるという発見から始まったそうだ。そして今もその理由の解明が続いている。
先日、「聴くメガネ」としてAnkerのSoundcore Framesを紹介した。ああいったデバイスに、この技術を実装することができれば、かなりおもしろい世界が実現するように思った。
加齢とともに、高い周波数が聞こえにくくなるのは個人としての経験的にも自覚しているが、このミライスピーカーの技術は、音の周波数が聞こえやすさに与える影響とは別次元の現象を製品に反映しているのが興味深い。
だからこそ、老若男女とは関係なく聞こえやすさを享受できる技術として歓迎されるだろうし、その現象が限られたデバイスのみならず、電子的に実現できるようになれば、さらに広い範囲での応用が可能になる。
ぜひ、そういう技術に育ってほしいし、聞こえやすいのがなぜなのかが解明されれば、設置や再生に関するガイダンスも分かりやすくなり、誰でも最大の効果を得られるようになるはずだ。
予防と対症
ミライスピーカーのソリューションは、聴こえづらさを解消するためのものだが、やはり今後はそうならないようにするための方法も確立しなければならないだろう。聴こえにくいからボリュームを上げ、それが難聴の原因になったり、周りの人たちに迷惑をかけてしまうことにつながる可能性もある。
周囲とのコミュニケーションが困難になったり、大音量による家族問題や近所への騒音問題が起こったり、災害時の緊急連絡に支障を来したり、さらには難聴が認知症の原因になったりもするそうだ。そんな問題を抱えた聴こえづらさをいろんなソリューションで解決できればと思う。
ちなみに、耳と聴覚のケア投資は、費用対効果が高いそうだ。WHOの計算では1ドルの投資で16ドルの収益を期待できるらしい。それでも日本の難聴者の補聴器所有率は14.4%と、あまりにも低い。ミライスピーカーのような技術を使い、補聴器につきまとうネガティブなイメージを払拭するような、新しい当たり前が生まれることを願う。明日は我が身だ。