山田祥平のRe:config.sys

クラウドPCのオンとオフ

 全部がクラウドに行ってしまったらつまらない。全部がエッジにあるというのもどうかと思う。だからこそハイブリッドが求められるし、追いかける。それが、この先に来るであろう、いい塩梅、いい加減のコンピューティングだ。

PCとクラウドの境界線をボーダレスに

 MicrosoftがWindows Powers the Future of Hybrid Workというイベントを開催した。そこで今後提供される予定のWindows 11に関する新機能の数々が紹介された。

 中でも興味深かったのは、Windows 365の強化によって、PCとクラウドの境界線を取り払おうとしている姿勢を強調していたことだ。この件について、日本語版のプレスリリースでは、以下のように紹介している。

まもなく、Windows 11とWindows 365のパワーを組み合わせた新しい統合機能を提供します。この統合機能には、ワンクリックでクラウドPCとローカルPCをシームレスに移動できるWindows 365 Switch、ワンステップでWindows 365 Cloud PCを起動できる Windows 365 Boot、そして、オフライン作業でもデータを失わずに自動的に再同期できるWindows 365 Offlineなどが含まれます。これらのシナリオは企業にとってきわめて強力なものですが、WindowsとMicrosoftクラウドの統合の始まりに過ぎません。

 Windows 365は、昨2021年にMicorosftがサービスインしたクラウドPCのサービスだ。その概要と残念だった点を、当時以下の記事にも書いた。

 クラウドにPCがあれば、それにアクセスするデバイスに依存する要素は著しく少なくなる。セキュリティ的にも安全のように見えるし、管理もしやすそうだ。ただ、高性能だが高価格なPCは売れなくなってしまう。どんな高性能PCであってもクラウドPCの性能に依存するしかないからだ。

 パートナービジネスが重要なMicrosoftにとってはこれはまずい。PCベンダー各社にとっても死活問題につながる。

 クラウドに頼らず、あらゆるリソースとデータを手元におくローカルPCを使ったエッジコンピューティングは、雲をつかむような話になるクラウドPCとは違い、目の前にリアルな現物PCがある。高性能なPCは高価だし、性能の低いPCは廉価だ。よほどの特殊事情がない限りストレートに価格と性能、付加価値等がほぼ比例する。

 そして、ぶっちゃけ、カネさえ出せば高性能が手に入るし、それを望むユーザーも少なくない。だが、その「これだけPC」は、それが何らかの理由でなくなったらたいへんなことになる。天災、人災、アクシデント、盗難、故障などなど、目の前から唯一無二のPCが突然なくなる案件はいくらでもある。

オフラインで機能するキャッシュPCをオンラインで使う

 Windows 365サービスと、ローカルPCを両立させる方法は、色々あると思うが、今回のMicrosoftは、

  1. Windows 365 Switch
  2. Windows 365 Boot
  3. Windows 365 Offline

という3つの機能を提案している。1と2についてはそれほど魅力のあるようには思えない。どちらもクラウドPCの処理性能に依存するしかないからだ。操作の対象は常にクラウドPCだから、性能についてはクラウドサービスに支払うコストに依存する。

 でも、3は違う。Microsoftは現時点で、このサービスを「オフライン作業でもデータを失わずに自動的に再同期できる」と説明しているが、クラウドPCとローカルPCをシームレスに往来することができるサービスとして洗練されていくなら、かなり期待できそうに感じた。

 PCとしての環境の一部はローカルのハードウェアに依存する。画面のサイズやキーボード、タッチ操作サポートの有無はもちろん、CPUやGPUの性能、そして、メモリの容量や、ストレージのスピードなどだ。

 これらのうち、どうしてもリアルなハードウェアに依存するものを除いて、あらゆる要素がクラウドPCと同期するようになっていたらどうだろう。「データを失わずに再同期」といったケチなことならユーザー自身の創意工夫で今日からでもできる。

 そうじゃなくて、ローカルPCはオンライン時にクラウドPCのミラー、あるいはクローンとして環境を同期する存在で、エンドユーザーは目の前にあるPCのハードウェアの能力をフルに使って作業ができるようにするのだ。

 例えば、「松」、「竹」、「梅」という3台のPCを使い分けているエンドユーザーがいたとして、それぞれのPCがクラウドPCとOS環境をまるごと同期していれば、処理負荷の高い仕事をするには性能の高い松PCで作業をし、出張時には竹PCを持ち出し、在宅時には梅PCを使ういったことをしても、違いはハードウェア依存の部分だけで、いつでもどこでもどんなデバイスでも同じ自分の環境が目の前に展開する。

 これならPCベンダー各社も困らない。複数台のPCを持ちたいユーザーも増えそうだ。

 クラウドPCの価格はメモリの量やCPUの数などで決まるが、同期のためだけと思えば、メモリや処理性能はそれほど必要なく、最低限の契約でもうまく機能させられそうで、支払い額を抑えることにも貢献しそうだ。

 もちろん、クラウドPCが唯一無二という運用を選択するユーザーは、クラウドPCに投資してリッチな装備を確保することができる。

 冒頭の写真は先日発表された600gを切ったFCCL(富士通クライアントコンピューティング)のLOOX発表会の様子だが、こうした製品で、こうしたサービスを使えるようになれば、さらに活用できる存在になりそうだ。

知らないうちにクラウドとローカルを行ったり来たり

 本当ならすぐにでもサービスインできそうな実装だが、ライセンスの問題など、色々解決しなければならないことはたくさんある。

 例えば、クラウドPCにインストールしたOSとアプリについて、それぞれのライセンスは、そのミラー先となるエッジコンピュータを別のコンピュータと考えるのか、それとも同じものだと考えるのか。ライセンスに関する考え方にも手を入れる必要がありそうだ。

 さらに、こうしたサービスによって、企業等の管理者は、管理しやすいクラウドPCだけをメンテナンスするだけでよくなる。エンドユーザーの使うエッジPCは、それに同期して、自動的に管理下に置かれることになる。

 そういう意味では、ローカルPCはスタンドアロンではWindows PCとして機能しない方がいいといったことにもなりそうだ。PCとして働いているように見えても、それはクラウドPCのクローンでありキャッシュにすぎない方が潔い。

 もはや、ローカルで使っているPCがオフラインになることなど、1日の間では、ほんの少しの時間だけだろう。飛行機の中でさえ、つながっている時代だ。意識してオフラインにするようなことでもしない限り、PCを開けば、確実にオンラインというのが当たり前になりつつある。

 そのオンライン状態での使い勝手が、クラウドPCの性能に引っ張られてしまうのではなく、あくまでもローカルPCの性能を生かす方向になることがポイントだ。

 クラウドPCを基準に、性能がそれより高ければローカルPC、低ければクラウドPCを使う。ユーザーは切り替えを意識する必要はない。インテリジェントとダムのハイブリッドなイメージか。Windows 365は、そういうサービスに育ってほしい。妄想でなければよいのだが……。