山田祥平のRe:config.sys

モノとしてのPC、コトとしてのPC

 MicrosoftがWindows 365のサービスインを発表した。いわゆるWindowsの仮想デスクトップサービスで、月額固定料金での提供となるそうだ。でも、本当は、もっとハイブリッドな使い方ができるサービスであってほしかった。

昔ながらのテレコンピューティング

 離れたところにあるコンピューターを、ネットワークを介していつでもどこでも使えるというのは、ある意味で画期的だ。Windowsであればリモートデスクトップが広く知られていて、1990年代にWindows NTでホスト、2000年代に入りWindows XPにも実装され、ごく普通のPCがGUIによる遠隔操作をサポートすることができるようになっている。その気になれば、誰でも自分のPCをホストにしてインターネット経由でリモートコントロールすることができる。今、このコラムをPCで読んでいるなら、10分もあれば、いろんな方法で、ほかのデバイスから遠隔操作することができるだろう。今なら、Chrome拡張のChrome Remote Desktopを使うという手もある。

 離れたところにあるPCを手元で使うという意味では、1980年代のパソコン通信は、一般的なパソコンがホストコンピュータとしてBBS等の機能を提供し、それに電話回線とモデムを使って接続、300bps程度の帯域で利用していた。UNIXにおけるtelnetなどもずっと以前から使われてきた。そういう意味ではWindows 365は、決して真新しいものではないともいえる。

 ただ、自分が所有している常用PCを、外部からのアクセスが可能な状態でネットワークに接続して待機させておくというのはいろんな意味で危険がいっぱいだ。パブリックネットワークを経由してのアクセスを許可することの不安もある。

 だから、入念に管理され監視されたネットワーク内に、自分だけが使えるPCをホスティングしてもらい、それをいつでもどこからでも使えるという機能をサービスとして提供するのは、リモートコンピューティングのハードルをグッと下げるという点で画期的ではある。サービスインの時点では一般の個人利用は想定されていないようだが、本当はPCを自分で維持管理するのが難しいごく普通の個人にこそ解放してほしいサービスだ。

 こうしたサービスが気軽に利用できるようになれば、個人所有のデバイスのバリエーションはグッと拡がるだろう。例えば、スマホとそれなりのサイズの外付けディスプレイ、そしてキーボードやマウスなどのHIDが手元にあれば、普通のWindows PCと同じことができるようになる。

 もっとも、現行のスマホでは、外部ディスプレイ出力のサポートがまちまちだ。PCにディスプレイをつなぐのと同じ感覚で使うのはまだ難しい。縦横比の違いも考慮しなければならない。今手元にあるスマホでは、Oppoの「Find X3 Pro」と、富士通の「arrows 5G F-51A」はモニタとType-Cケーブル1本で結ぶだけで画面のミラーリングができる。Xiaomiの「Mi 11 Lite 5G」とGoogleの「Pixel 5」はできなかった。

 スマホにキーボードとポインティングデバイスを接続して仮想デスクトップのサービスを使うことができれば、離れたところにあるPCをスマホで遠隔操作できる。Windows 365は、HTML5をサポートしたブラウザでの利用になるようなので、設定さえきちんと完了していれば、容易に利用することができるはずだ。

テレコンピューティングの新しい当たり前

 冒頭に、本当はもっとハイブリッドな使い方ができるサービスであってほしかったと書いた。それは、単なる仮想デスクトップのサービスではなく、OneDriveがストレージの同期をサポートして、どんなPCからでも同じファイルにアクセスでき、ローカルにファイルのキャッシュを保持しておけるように、WindowsもまたどんなPCからでも同じ環境を同期するOneWindowsというか、OnePC的なサービスがほしかったのだ。

 現在のWindowsは、OneDriveによるストレージの同期以外に、テーマ、パスワード、言語設定、その他のWindowsの設定(プリンタやマウスのオプションなどのデバイス設定、エクスプローラーの設定、通知設定)などを同期することができる。ただ、インストールされているアプリ、そのタスクバーへの配置状態などは同期されない。

 もちろん、PCごとにハードウェアは異なるので、すべてが同期されては困ることもある。例えば、特定周辺機器のドライバやユーティリティなどは、そのハードウェアを使わないPCには必要がない。また、PC固有の機能などで個別のソフトウェアが必要な場合もある。

 これらのつじつまをうまく合わせ、どんなPCを接続しても、それがWindowsである限り、クラウドでホストされたWindowsと同じ環境が得られ、オフラインでもそれが使えるようになっていてほしかった。

 Windows環境以外のデバイスや、プアなハードウェアでのアクセス時にはフルクラウドでリモートの仮想デスクトップを使い、リッチなハードウェアでのアクセス時には設定の同期されたローカルのデスクトップを使えるようになっていれば、デバイスごとの松竹梅をうまく使い分けることができるはずだ。クラウドPCを松、ローカルPCを梅で運用することもあれば、クラウドPCは竹程度にしておき、ローカルPCは松+といったことでもいい。クラウドPCのスペックは、そのときの作業内容に応じていつでも変更できるだろうから、梅スペックのローカルPCでは作業がはかどらないときは、そのときだけ最高スペックに設定したクラウドPCを奢り、作業が終わったら日常的な梅スペックに戻すといった具合だ。万が一、手元のPCが壊れても、新品を買ってくるなり、故障期間の代替機を使えば小一時間で完全なクローンができるなら使い勝手がいい。

 もちろんこの環境にはリスクがあって、1台のPCがマルウェアに感染した場合、クラウドPCや同期しているすべてのPCが総倒れになる。そうならないようにする術も求められるだろう。

Windows 365、欲しかったのとちょっと違うけど

 こうしてクラウドPCとリーズナブルな価格でのサブスクリプション、ローカルPCへの環境同期が新しい当たり前になれば、世の中の多くのPCニーズはそれで十分だということにもなりかねない。PCの所有の仮想化だ。自前で超ハイスペックのPCを調達するにはコストも必要なら、そのセットアップにもスキルが求められる。だが、クラウドPCがそこをサポートすれば、卒論の執筆期間だけ超ハイスペックのPCをクラウドに持ち、複雑なAI処理をこなすといったこともできるだろう。

 そうなると、ハードウェアメーカーは、松竹梅のバリエーションに富んだ現在のPCラインアップを再考する必要が出てくるだろう。外付けディスプレイで簡単なブラウザが動くようにしてクラウドPCを使うダム端末的な製品もありだ。ネットワークが十二分に広帯域であれば、それでいい。5Gネットワークが、それをかなえてくれるかどうかは別問題だが、帯域不足に苦しむ集合住宅での広帯域接続を代替してくれればという期待もある。

 当然、Microsoftは、こうした将来的なサービスの方向性を、いろいろな角度で考えているに違いない。今回のWindows 365のサービスインは、その最初の一歩にすぎない。

 ちなみにWindows 11のシステム要件にの1つとして、現時点では「対角サイズ 9 インチ以上で 8 ビット カラーの高解像度(720p)ディスプレイ」とある。6型ちょっとのスマホ画面でクラウドにあるWindows 11 PCを使う場合はどのような扱いになるのだろうか。クラウドにあるPCは、自分自身にどんなスペックのディスプレイがつながっていると認識するのか。数台の4K解像度のマルチディスプレイ環境ではどうなるのかなど、サービスインまでまだ時間はあるのに、いろいろと興味はつきない。