山田祥平のRe:config.sys

コンテンツの輪郭

 コンテンツの見栄えを再定義しよう。コンテンツの構造を考え、それを明確にするということだ。送り手も受け手もそこを考えたい。そのために、いったんは見かけの劣化を覚悟する。そうすれば、きっと新しい何かが見えてくる。

定番イメージスキャナの集大成として新ScanSnapが登場

 PFUから「ScanSnap iX1300」が発売された。ナンバーワンシェアを誇るオートローディングイメージスキャナーの定番として知られるベストセラーシリーズの新型機だ。

 今回は、既存機のモデルチェンジではなく、新コンセプト機の追加だ。連続スキャンした紙がスキャナー上部に排出されるUターンスキャンや、前面給紙/排紙で後方スペースを節約できる厚紙等にも対応したリターンスキャンなどを、複雑なハードウェア機構で実装し、フットプリントも大幅に削減、従来機シリーズ各機のスキマを埋める存在としてデビューした。

 これから5年以上は使うであろう最新機として不満があるとすれば、電源を専用ACアダプタによるバレルコネクタで供給することと、PC等との有線接続のためのUSB 3.0がGen1なのはともかく、本体側のポートがUSB Standard-Bであることだ。ちょっとしたレガシーを感じる。

 ちなみに、同梱の電源アダプタは19V/2.1Aの約41Wだが、iX1300本体の最大消費電力仕様は17W以下だ。USB PDを使ったPCからの給電やPDパススルーを検討してもよかったように思う。

 ともあれ、紙の電子化に多大な貢献を続けているScanSnapの1つの節目としての新型機だ。きっとPFUは、すでに次世代のScanSnapを考えているに違いない。ScanSnapでは、スキャンデータからタイトルや日付を検出し、ファイル名を自動的に生成する機能も提供されている。また、レシートをCSV出力することもできる。名刺のリスト化も可能だ。これらのソリューションが進化すれば、紙の文書を構造化して取り込むDXがかなうはずだ。すなわち、視覚の構造化であり、その世界では紙はまさにデジタル的にも可逆メディアだ。

 そしてそれは完成の域に達しているハードウェアとしてのScanSnapをさらに洗練させた上で、クラウドを含むソフトウェアソリューションとして提供されることになるだろう。つまるところはScanSnapの側でもDXが進行しているにちがいないということだ。

 個人的に、ScanSnapはいわゆる自炊でとてもお世話になったハードウェアだが、今は、電子書籍の登場で自炊とも縁遠くなっている。それでも紙の断捨離にはまだまだ活躍する機会は多い。当分の間はお世話になり続けることになりそうだ。

コンテンツの見かけは受け手が決めたい

 かつて、日常的に目にしてきた商業印刷物は紙に印刷され、紙で配付されることが前提だったから、そのエディトリアルデザインは、受け手が手にする媒体を決め打ちができる。だからデザイナーの意図はきわめて尊重されていたといえる。

 その尊重は、こともあろうに電子化された世界でも踏襲された。そして、PDFリーダーやブラウザがスマートデバイスにおいて、その尊重を死守するための重要なツールになった。そこにあるのは、送り手が意図したコンテンツの見かけをいかに受け手の目の前に再現するかということだ。

 だが、受け手の環境は多様化している。もちろん送り手、作り手の環境も同様だ。その世界では、情報消費者としての受け手とクリエイターとしての送り手の環境が一致することはまずない。かつては少なくとも受け手の環境が統一されていることを前提に送り手はコンテンツを作った。受け手は、媒体である紙に自分から合わせるしかなかったのだ。

 でも、今は違う。自分が欲しいスタイルでコンテンツを受け取ることを望むようになった。今、YouTubeなどの映像コンテンツが受け入れられているのは、まったく同じコンテンツをあらゆる表示サイズで受け取ることに慣れ親しんできたからだ。それが以前からの当たり前だったからだ。映画館でもスマホでもコンテンツは同じでかまわない。ちがうのはサイズだけだ。文字コンテンツでそれをやったら破綻する。だから動画コンテンツは、内容を把握するのに時間という限られた資源が送り手によって規定されるにもかかわらず、わかりやすいとされている。もっとも昨今は数倍速で動画を楽しむ強者も少なくないようだが……。

 文字と映像コンテンツはそこが大きく違う。にもかかわらず、映像と同じようなことをやってきたのは文字コンテンツの怠慢でもある。

 Webコンテンツでいうなら、ブラウザを介して受け取るコンテンツの多くは構造化されている。コンテンツを作る側が、受け手の環境の多様化を意識しているかどうかは別にしても、SEO対策の点でもその方が有利だ。

 結果として、受け手の環境を決め打ちしたコンテンツは、遠からず、消え去ることになるだろう。検索エンジンのAIがコンテンツの内容を理解する力を飛躍的に向上させ、コンテンツの内容を把握した上で検索結果をリストアップするようになっているからだ。AIがうまく理解できないコンテンツは検索結果の上位には出現しなくなる。検索結果で一覧できないコンテンツはこの世に存在しないのも同然だ。一歩間違えばコンテンツは動画だらけになってしまう。

モダンなブラウザの役割とは

 今のブラウザは、送り手の意図を汲み、できるだけそれに忠実にレンダリングすることが重要な仕事だ。だが、見かけはCSSのような別枠が処理し、コンテンツがしっかりと構造化されているのなら、受け手の意図で見かけが自由に決められるような環境があってもいい。

 スクリーンサイズ1つとっても、6型前後のスマホと14型前後のノートPC、その気になれば持ち歩けそうな24型超の汎用ディスプレイ、大画面の4Kディスプレイなどさまざまだし、人間そのものの好みや視力といった条件もある。なのに同じ見かけのコンテンツしか得られなくていいはずがない。送り手がそのすべてに対応するのはたいへんだ。ならば、受け手が好きにできるようにすればいい。

 文字主体のコンテンツはすでにそうなっている。Webページで閲覧されるコンテンツもレスポンシブデザインのページが増えてきて、スクリーンサイズやウィンドウサイズに依存しなくなってきた。

 OSをダークモードにし、ブラウザの設定を「Force Dark Mode for Web Contents」に設定して黒背景に白文字でのコンテンツ表示をしている方もいるかもしれない。そこでは紙は白ではないのだ。もはや、送り手の意図のすべてを受け手が受け入れるようなことはなくなりつつあるし、それが新しい当たり前になりつつもある。

 同じことが、自分が送り手となるビジネス文書の作成でもいえる。文書の見かけを相手に押しつけてはならない。相手の紙が白であるとは限らない。A4縦とは限らない。

 ScanSnapの大事な仕事は、紙の上のインクやトナーのシミを忠実にスキャンすることだ。それは今も昔も変わらない。だが、その付加価値として、シミを文字データとして認識したり、コンテンツそのものを構造化するようなことができる。

 同様に、今、求められているのは、受け手の意図通りにコンテンツの表示をコントロールできる新しい世代のブラウザではないだろうか。電子書籍リーダーがそうであるように、ビジュアル要素を含めたコンテンツの見かけを受け手の望みどおりにできるブラウザーだ。そのためには、構造を瞬時に理解し、複雑なAI処理をこなした上で、素早くレンダリングするコンピューターのローカルパワーも必要だ。

 たぶん、それは、コンテンツの見かけをいったんは退化させることになるかもしれない。表現力も劣化するかもしれないし、印刷媒体での長い経験を無に近づけるだろう。エディトリアルデザイナーの仕事も変わるにちがいない。でも、やるなら今だと思う。