山田祥平のRe:config.sys

デジタルトランスフォーメーションのさあもういっぺん

 Googleは、同社のクラウドオフィススイートサービスG Suiteの導入時、導入後の手法としてチェンジマネジメントを推奨している。その手法を全面的に採用し、アナログ一辺倒だったレガシーな環境にG Suiteを一斉導入し、働き方改革と組織改革を推進した事例としてJ. フロント リテイリングのケースが紹介された。

チェンジマネジメントの構造

 Googleによれば、チェンジマネジメントは「関係者を巻き込む」、「組織分析」、「コミュニケーション」、「教育」という4つの柱で構成されているという。

 それによって、システム導入前後にエンドユーザーに対して変化の必要性やメリットを明確に伝えることで、社員が変化に柔軟に適応し、働き方改革や組織変革をより円滑に推進することができる。この手法を採用したかどうかで、目標達成率は6倍違うという調査結果もあるといい、その活用の投資対効果は絶大だということがわかる。

 「変化」に対して人間は臆病だ。よくある反応としては評論家ユーザーはとにかく反発し、被害者ユーザーはパニックに陥り、傍観者は見て見ぬふりをし、旗振り役のナビゲーターだけが前向きに進んで後ろを振り向かないというパターンだ。

 チェンジマネジメントでは、より多くのエンドユーザーをナビゲータに変えていくことをもくろみ、そのために評論家ユーザーを巻き込むのだそうだ。評論家ユーザーは影響力が強く、その層を巻き込むのはきわめて大事なことらしい。

 そもそも、エンドユーザーが変化を嫌うのは、これまでのなにかを失う怖さを知っているからだ。そこには安心とコントロールの欠如、存在意義や自己価値の喪失、関係性の喪失といった深刻な要素が含まれる。

 たとえば、これまで苦労して覚えてきたExcelの知識が、G Suiteに変わることで、あまり役にたたなくなってしまうといったことがある。たいした話じゃないと言われそうだが、エンドユーザーにとっては深刻だ。

 こうした人たちのケアに焦点を当てながら、体系的に変化プロジェクトを進める手法がチェンジマネジメントなのだそうだ。

じつは誰もが不便を感じていた

 J. フロント リテイリングは、大丸松阪屋百貨店やパルコを全国展開し、近年では東京・銀座の商業施設GINZA SIXや上野フロンティアタワーで不動産事業も手がけている。

 とにかくグループが総力をかけて新たな事業セグメントへの拡大で「非連続な成長」に向け、小売りの枠組みを超えた「マルチサービスリテイラー」としての成長を目指す。実店舗に加えて通信販売やEコマースの領域へのあくなきチャレンジのためには、ひとりひとりが「あたらしい幸せ」を発明する発明家にならなければならないと考えている。

 そして、その手段としてグループに所属するテナント企業も含めた17,000名へのG Suite採用を決定し、現時点では同社社員12,000名が利用するにいたっている。

 同社グループデジタル戦略部 あたらしい幸せ発明部 インフラ企画担当の土屋真弓氏は、スピードアップ、コラボレーション、イノベーションのためには、エンドユーザーに武器を与える必要があったという。全員が発明体質にならなければこのハードルは超えられないと考えた。

 まず、従業員の声を集めるために7,000人を対象にアンケートを実施した。それが2016年の夏のことだ。それでわかったことは、オフィスインフラに対する不満が山積みであるということだ。すでにデジタルは入り込んでいたのだ。

 だが、メールボックスの容量が小さく2カ月で消えてしまう、重要な仕事は過去メールの削除だったりもする。しかも社外からは確認できない。企画、立案、そして会議となにもかもが紙ベースで進行、さらには百貨店頭では、毎朝の朝礼で通達が行なわれるが、それも紙。マニュアルやシフト表も、熟練社員が大量の時間を割いて手作業で完成させる。店間の情報連携も難しい……。

 これをなんとかしようと、まずは役員から洗脳……、いや、はじめることにした。紙ベースの会議をiPadベースに強引に変更、Googleドライブに資料データを置いて、ペンで書き込むスタイルにさせた。

 「デジタルが苦手そうにみえた年配の役員も、えらくなる人というのは人に負けないでいたいという気持ちが強いのか、柔軟に馴染んでくれました」と土屋氏。

 それがうまく稼働しはじめたところで、本格導入の半年前に400名を選抜して先行導入した。その人たちを現場のエバンジェリストにしてしまおうというもくろみだ。そして、個人から組織の活用促進へと段階的な導入が進められた。

 そして今、エンドユーザーの多くが、今の環境が便利だと実感できるところまできたわけだ。その先にあるメリットを完全に理解しているかどうかはともかく、ラクができていると考えるようになった時点でまずは成功だ。

とにかくデジタルで先に進もう

 言うまでもないが、G Suiteの導入が同社の目的ではない。めざさなければならないのはその先にある「あたらしい幸せ」だ。土屋氏が言うように、G Suiteはそのための武器にすぎない。紙という竹槍をマシンガンに持ち変えたようなもので、それはそれですごいことなのだが、それだけでは、トランスフォーメーションのスタート地点にたったにすぎない。

 思い起こせば、80年代から90年代にかけてのPCブーム、当時はOAブームとも呼ばれていたが、当時と状況は似ているかもしれない。当時は、PCくらい使えないと仕事ができるとは言えないといった強迫観念が人を動かしていたようにも思う。エンドユーザー自身が危機感を持っていたのだ。

 今、世のなかの多くの企業がデジタルトランスフォーメーションを考えているわけだが、そのムードのなかで、エンドユーザーは危機感を持っているだろうか。PCやスマートフォンを使いこなし(ているつもり)、できているのは紙の置き換えにすぎなくはないか。

 だが、そんなに心配をする必要はない。とにかくコミュニケーションを含むあらゆる仕事をデジタルで進めれば、データはどんどん蓄積されていく。整理のことを考えるのはあとでいい。いや、同時にAIもどんどん進化するから、無秩序に蓄積されたデータから実用的なBIがすぐにできるようになるかもしれない。

 Googleの強みはこうしたインフラを社員数名の組織でも活用できるようなメニューで提供していることだ。こうしたハードルの低さは四半世紀前と大きく異なる点だ。そして、可能性として将来のAI対応を明確なビジョンとして持っている。

 「あたらしい幸せ発明部」は冗談のような部署名だが実在し、2019年3月1日付で事業開発統括部から経営戦略統括部に移管されたばかりだ。もといた事業開発統括部は廃止され、経営戦略統括部下に配置されたということは、次の段階へのステップに進んだということなのだろう。

 土屋氏は、もとは百貨店の現場にいて、いきなり今のセクションに配属されたという。だからエンドユーザーに近い立場で「チェンジ」をマネジメントすることができたとも。そこにあったのは、どうせスイートとして使い放題の価格なのだから、提供される道具は全部使おうという発想だったとか。

 それでいい。そのチャレンジが企業を、そして日本を変える。