笠原一輝のユビキタス情報局
Anniversary Updateの新機能“全部入り”を目指した東芝の「dynabook V」
~開発の裏側をエンジニアにインタビュー
2016年12月13日 06:00
東芝は「dynabook」のブランドをもってクラムシェル型ノートPCを実用化した企業として知られている。その歴史の中で、各種のエポックメイキングな製品を世に送り出してきたが、今年(2016年)に入りPC事業を分社化し、新たに東芝クライアントソリューション株式会社(以下東芝クライアントソリューション)として再スタートを切ったところだ。
その東芝クライアントソリューションが発表した「dynabook V」シリーズは、12.5型の液晶ディスプレイを採用しながら、重量が約1,099g、薄さ15.4mm、バッテリ駆動時間17時間を達成しており、スペックを見ただけでも、なかなか強力な製品に仕上がっている。しかし、その特徴はそうした表面にあるスペックだけでなく、ノートPCの歴史を築いてきた東芝のPCビジネスを引き継いだ、東芝クライアントソリューションの開発力も反映されている。今回はdynabook Vシリーズを開発してきたエンジニアにお話を伺ってきたので、その模様をお届けしたい。
新生東芝クライアントソリューションの技術を結集したdynabook Vシリーズ
今回のdynabook Vシリーズを初めて見た時の筆者の率直な感想は「東芝の開発チームが本気出してきたな」というものだった。もちろん、これまでだって本気だったのだと思うし、決して力を抜いていたわけではない。しかし、そう思うぐらい、今回のdynabook Vシリーズのバランスは優れている、そう感じたのだ。
筆者がそう感じたポイントはいくつかあるのだが、大きく言うと3つある。1つ目はWindows 10の最新機能を使いこなせるハードウェアの全部入り(ペン、顔認証カメラ、指紋認証センサー、Thunderbolt 3を利用したUSB Type-C端子、第7世代Coreプロセッサ)を採用してきたこと。2つ目は44Whという、必要以上に大きくないバッテリで17時間(JEITA 2.0測定法)という長時間駆動を実現してきたこと。そして最後は、そうした最新のハードウェアを意欲的に搭載していながら、価格がモバイルPCとしては普及価格帯である15万~20万円クラスに設定されていることだ。高くて良い製品は、ある意味誰にでも作れる。しかし、それなりの価格でバランスに優れた製品を作るという方が遙かに難しい。
クライアント商品部 部長 渡辺玄氏は「これまでも東芝はモビリティを追求してきたが、今一度モビリティとは何かということを世に問いたいと考えていた。市場を見ると、ノートブックの台数は頭打ちになっているが、2in1デバイスは伸びている。既に弊社でもdynabook RX82という脱着型の製品があるが、よりクラムシェル的に使えるコンバーチブルの強力な製品が必要だと考えた。弊社は分社化を経て新体制になり、開発、生産、販売、サポートまでを一体でできるようになっている。その総合力を使って他社にはできないような製品を、ということで開発を始めた」と、その開発意図について説明する。
東芝クライアントソリューションは、東芝からPCなどのクライアントデバイスを担当していた部門が分離独立した企業となる。従来の東芝のPCは、海外のコンシューマ市場を含めた幅広い市場をサポートしていたのだが、分社化の前後を機に、海外市場はビジネス向けに集中し、国内市場はビジネス向けとコンシューマ向けの両方を行なうという体制に変更されている。言ってみれば選択と集中が行なわれたわけで、幅広い市場をカバーするよりもフォーカスが明確になった分、よりユーザー(特に日本のユーザー)が欲しがる製品に集中した製品作りができる体制になったと言える。
渡辺氏によれば、今回のdynabook Vシリーズは、そうした新生東芝クライアントソリューションがゼロから作った製品なのだという。設計は歴代の東芝のノートPCを設計してきた青梅事業所で行なわれ、中国の自社工場(別記事参照)にて生産。そしてマーケティング、販売、サポートなども全て東芝クライアントソリューションで行なわれるのだ。
ところで、東芝のモバイルPCと言えば、やはりdynabook KIRAブランドの製品が忘れられないのではないだろうか。dynabook KIRAシリーズは、薄型軽量のモバイルPCながら高性能ということで、特にハイエンドユーザーから人気を集めていた。これだけ気合いの入っているdynabook Vシリーズなら、KIRAのブランド名が与えられてもいいのではないかと聞いてみたところ「検討はした。しかし、KIRAには例えば高解像度などのさらなる先進なスペックが必要だと考えた。今回はお求めやすい価格で先進機能をというコンセプトにしていたので、KIRAは次のステップとして考えていこうということになった」(渡辺氏)とのことで、dynabook Vでは闇雲にスペックを上げていくのではなくバランスも重視して設計したため、あえてKIRAのブランド名は冠さなかったとのことだ。
具体的なことは何も明らかにはしてもらえなかったが、将来的にはそうしたKIRAの名前に値するような製品がロードマップにはあるということではないだろうか。将来へのお楽しみはまだまだあるのかもしれない。
エンジニアの工夫で極限までの小型化を目指した基板設計
そうしたdynabook Vシリーズの設計思想を象徴しているのが、メインボードの設計だ。クライアントハードウェア設計部 主任 杉浦雄介氏は「今回の基板は10層高密度基板実装を採用している。より小さく、より薄くということであれば、12層などのもっと層数が多い基板を採用することも可能だったが、今回の製品ではコストとのバランスを考えて10層基板にした」とのこと。それでも、従来のdynabook KIRAシリーズに比べて、メインボード、I/Oボードを含めた基板全体で、約14%小さくすることができたのだという。
14%というと、あまり小さくなっていないのでは? と思うかもしれないが、KIRAとの大きな違いとして実は大きく2つの点が挙げられる。1つはSoCがKIRAの時代はHaswell/Broadwell(第4世代/第5世代Coreプロセッサ)だったが、dynabook VシリーズはKaby Lake(第7世代Coreプロセッサ)になっていること、もう1つはThunderbolt 3のコントローラおよびその端子となるUSB Type-Cが搭載されていることが違いとなる。
前者から言えば、Haswell/Broadwellは、電圧変換器(VRM)がCPUのダイに統合されるFIVR(Fully Integrated Voltage Regulator)を採用しており、メインボード上の電圧変換器は最小限で済んでいた。これに対して、Skylake(第6世代Coreプロセッサ)と今回のVシリーズで採用されているKaby Lake(第7世代Coreプロセッサ)では、CPUやGPU用の電圧変換器はメインボード上に搭載する必要がある。このため、基板上にその分のスペースが必要となり、基板サイズは肥大化傾向にあるのだ。
後者で言えば、メインボード上にThunderbolt 3のコントローラであるAlpineRidgeのICを実装し、かつコネクタとなるUSB Type-Cとの間にPCI Express X4などの高速な信号線を通さないとならない。それだけでも大きな基板スペースが必要になるため、どうしても肥大化する。しかも、杉浦氏によれば、スタックヴィアなどの特殊な手法だけに頼るわけではなく、常にコストのことを頭に置きながらの設計だという。それらの要素を考えても14%削減というのは、かなり大変だということが分かっていただけるだろうか。
杉浦氏によれば、それを実現するために、徹底的にシミュレーションなどの手法を活用し、10層基板の中の配線の最適化を何度もやったという。例えば、Thunderbolt 3の設計では、コントローラICとなるAlpineRidgeを、USB Type-C端子のできるだけ近くに置くなどして最適化を何度も検討したそうだが、それに加えてUSB Type-CのコネクタをCTスキャンと同じような手法を利用して3Dデータにし、そのデータを活用してシミュレーションを行なったという。クライアントハードウェア設計部 主任 岩井敬氏は「CTスキャンのような手法は普段はやっていないが、今回は初めてのThunderbolt 3ということもあり、徹底的にやりたかった。シミュレーションを元にし、ある程度やり込んでから何度か基板を試作してみて、攻め込んだ」と説明する。
我々ユーザーはThunderbolt 3を採用してくれれば使い勝手がいいのにと無責任に言うところだが、メーカーからすれば「Thunderbolt 3の信号は高速なので、ちゃんと設計しないと波形にたくさんエラーが出ていたりする。設計通りの性能を出すために、しっかりとした設計が必要になる」(岩井氏)との通りで、40GbpsというThunderbolt 3の仕様を満たすためにシミュレーションも含めてきちんとした基板設計をする必要があり、今回はそこが技術的なチャレンジだったのだ。
杉浦氏は「より小型の部品を使ったり、より層数を増やしたりすればもっと小さい基板を作ることは可能だった。しかし、それでコストが増えてしまっては意味がないと考えた。コストをかけて小型化できるのはあたり前であり、そうではなくて配線の最適化を徹底的に行なって、自分たちの工夫でなんとかしたいと考えてやってきた」と述べたが、筆者もその話には同感だ。コストを増やさずアイデアと工夫で何かを絞り出す、まさに設計者としての矜持と言って良いのではないだろうか。
USB Type-Cに対応したアダプタをバンドル
今回はUSB Type-A(いわゆる通常のUSB3端子)と、USB Type-C(Thunderbolt 3対応)の2つが端子として用意されており、USB Type-AはUSBメモリやマウスのドングルといった従来型のUSB機器を接続し、USB Type-Cには拡張機器を接続するという考え方で端子類が用意されている。ビジネス用途を考えれば、現状では従来のUSB機器との互換性は必要になるので、従来型の端子が用意されているのは歓迎して良いだろう。
USB Type-Cも活用できるよう、dynabook VシリーズにはUSB Type-Cアダプタが標準添付されており、有線LAN、USB Type-A(USB 3.0)、HDMI、ミニD-Sub15ピン、電源端子(添付のACアダプタを接続する)が用意されている。このアダプタとの信号は、Thunderboltでやり取りされているのではなく、一般的なUSB Type-Cのプロトコルでやり取りされる。HDMIに関しては、DisplayPort over USB Type-Cを利用してアダプタの内部でHDMIに変換する形となる。
なお、このアダプタはリージョンによってスペックが違う。それぞれのリージョンに合わせたアダプタを用意しているとのことで、日本にはフルポートのアダプタがバンドルされているが、ほかの市場の場合にはミニD-Sub15ピン端子がなかったりと異なるそうだ。
また、海外向けには、Thunderbolt 3で接続されるドックの発売も予定されており、DisplayPort端子を使って4Kディスプレイを2台繋げられるようになっているという。こうした仕様のアダプタが用意されているのは、海外でドッキングステーションの代替としては強いニーズがあるからだという。
従来の東芝のPCでは、薄型PCでもドッキングステーション用の端子が用意されており、それが厚さ方向では不利に働くことがあったが、今回はドッキングステーション用の端子を省略したので、その代わりにThunderbolt 3を活用するということになったわけだ。現時点では日本での販売は未定だそうだが、日本でも4Kディスプレイを60fpsで接続したいというニーズはあると思うので、ぜひ検討して欲しいところだ。
紙とペンの書き心地を目指したペンでは、ペン芯とディスプレイ表面素材に工夫を
dynabook Vシリーズは、ディスプレイ部分のヒンジを360度回転させることにより、クラムシェルとタブレットの2つのモードで使えるというコンバーチブルタイプの2in1デバイスになっている。その仕組みを支えているのがヒンジ設計だ。
クライアントハードウェア設計部 主査 村山友巳氏によれば、今回の製品では2軸のヒンジ設計になっているという。「1軸が0~180度まで、2軸が180~360度まで動くようになっている。シミュレーションで何度も確認しながら、スムーズに回転してかつきちっと止まってがたつかないヒンジを目指して開発した」とのことだ。
さらに、本体のDカバー(底面カバー)に磁石が入っており、タブレットモードにした時には液晶がブラブラしてだらしなく見えることを防止しているという。村山氏によれば、この開閉テストは2万回ほどやっているそうで、ヒンジの耐久性はもちろんのこと、回転の摩擦によるハーネス(ケーブル)の耐久性なども含めて問題がないのを確認しているとのことだった。
また、今回の製品ではWindows 10 Anniversary Updateでサポートされている最新機能に対応したハードウェアが搭載されている。その代表例が顔認証カメラとデジタイザペンだ。実は、これまで第7世代Coreプロセッサ(Kaby Lake)を搭載したシステムで、Windows 10 Anniversary Updateをプリインストールして出荷された製品というのはなかった。Intelのグラフィックスドライバが間に合わなかったためとされている(その事情に関しては以前の記事で説明した)が、既にIntelからはWindows 10 Anniversary Update用のグラフィックスドライバが提供開始されているため、dynabook Vでは正式にプリインストールして出荷されることになったと考えられる。
杉浦氏によれば「今回のカメラモジュールはWindows 10 Anniversary Update用に完全に新しく起こしている」との通りで、日本では未発売だったが、海外向けに昨年(2015年)発表した4KのモバイルノートPCで採用されていたWindows Hello用カメラモジュールよりも新しくなっているという。
実は、Windows 10 Anniversary Updateでは、Windows Helloに対応する顔認証カメラへの要件が厳しくなっている。どのように厳しくなったのかは具体的には明らかにされていないが、カメラから顔までの距離などの要件が厳しくなったとされており、今回のdynabook Vシリーズで採用されているカメラモジュールはそれに対応できるようにスペックが向上しているのだ。
また、Windows 10 Anniversary Updateの目玉機能とされているWindows Inkに対応するデジタイザペンへの対応も、dynabook Vシリーズのもう1つの特徴だ。技術開発部 グループ長 上原啓市氏は「今回のターゲットは、紙とペンの書き心地を目指して開発した。dynaPadの時にはペン芯を変えて書き心地を最適化したので、今回はペン芯と表面素材の両方にこだわった」と説明する。今回のペンでは、dynaPadで採用したペン芯を踏襲し1mmにしているという。ペン芯が尖っている方が書きやすくなるのだが、その分耐久性に課題も出てくる。そのギリギリの線が1mmだったのだという。
また、表面素材側の工夫という意味では、ディスプレイの表面に貼っているシートが、非光沢(アンチグレア)にする目的でも貼られているのだが、同時にペンの書き味を調整する目的でも使われており、摩擦係数が紙とペンにかなり近くなっているという。実際筆者も発表会の現場で書いてみたが、確かに書き心地はかなり良好だった。この点はdynaPadでも好評を博していたが、それを上回る書き心地といっても差し支えないと思う。なお、ペンのプロトコルは従来通り、ワコムのAES方式が採用されている。
USB PDに対応したACアダプタと、30分で40%充電できる急速充電機能
dynabook Vのもう1つの特徴は、ユニークな電源周りの設計にある。ACアダプタは、USB Type-C端子に挿す形状になっており、USB PD(Power Delivery)と呼ばれるUSBの拡張仕様を利用して充電する。ACアダプタそのものの仕様としては最大45Wになっており、20V/2.25A=45Wで給電できる。そのほかにも、36W/15Wなど、45W以下のモードでも給電可能だ(もちろんその場合は供給する電力が足りないので後述する急速充電は利用できなかったり、ゆっくりとしか充電できなくなる)。
dynabook Vがユニークなのは、このUSB PDの充電器を利用して、急速充電を可能にしていることだ。技術開発部 主任 筒井友則氏は「設計のきっかけは、従来まではフル充電までの時間を短くすることに視点をおいてきた。しかし、それを実現するためにアダプタを大きくするなど、モバイル性を損ねたら意味がない。ユーザーの使い方を今一度検討し直し、フル充電と短時間充電で満足のいくバッテリ駆動時間を提供することに視点を変えた。そこで、バッテリのセル特性の情報と実データを元にして、どれだけの充電量を入れれば劣化も少なく急速充電できるかを探っていった」と説明する。
その結果として、バッテリの電圧が低い時には充電電流を大きくして、約1.2倍の高速充電を可能にする仕様に落ち着いたのだという。具体的には30分の充電で約40%の充電速度を実現している。
筒井氏によれば、そうした制御は、「弊社のエンジニアがエンベデッドコントローラのファームウェアを書いており、バッテリの状態を常に監視して電流量をコントロールしている。同時にUSB PDのACアダプタとも通信しながらアダプタの定格を元に急速充電可能かどうかをチェックして、可能であれば電力を充電に回していく」とのことで、メインボード上に搭載されているエンベデッドコントローラが、自動で制御しているという。
なお、急速充電が行なえるのは、添付されているUSB PDのACアダプタを、本体のUSB Type-C端子に接続した場合のみとなる。USB Type-Cのアダプタ経由で接続した場合には、アダプタの駆動に電力が必要になるため、充電に回せる電力が減ってしまい、急速充電にはならないとのことだった。
そして筆者として気になっていた44Whのバッテリでどうやって17時間というバッテリ駆動時間が可能になるかだが、筒井氏によれば「小さな工夫の積み重ね。当初はもっと短い時間しか実現できていなかった。しかし、ファームウェアの調整なども含めて、さまざまな工夫をした結果、17時間が実現できた」とのこと。
実は、東芝のPCは今でも自社開発のファームウェア(いわゆるBIOS)を利用している。現在、東芝以外のPCメーカーはほとんどサードパーティが開発したファームウェアを買ってきて組み込んでいる。それに対して東芝では以前から自社開発を続けており、それは今でも同様なのだという。
その同じ事業所内で、基板開発を含めた開発が行なわれており、製造は中国にある自社工場で行なっている。このため、フィードバックなどはODMメーカーの工場を使う場合よりも迅速で、そうした設計、製造を一気通貫でできることが東芝クライアントソリューションの強みとなっている。分社化して身軽になったことで、今後はそうした同社ならではの体制を活かした製品開発が可能になっていくのだろう。今回のdynabook Vシリーズは、まさに新生東芝クライアントソリューションの技術を結集した製品だと言える。