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初公開。東芝dynabook開発・製造の心臓部の全貌

~“中国でもできる”ではなく“中国ならでは”のものづくり体制

東芝情報機器杭州社

 本誌読者にとって東芝のPCというとどのようなイメージがあるだろうか? おそらくほとんどの方は「dyanbook」の名前は知っているだろう。また、ノートブックの先駆けであることや、「KIRA」のようなビジュアル志向の製品、あるいはTVの「レグザ」を作っているメーカーという連想をする人もいるかもしれない。

 その東芝は、この4月にPC事業を担う社内カンパニーのパーソナル&クライアントソリューション社を、東芝クライアントソリューション株式会社へと会社分割。海外B2C市場から事実上の撤退を行なうなど、PC事業の縮小を行なった。このことによって「ついに東芝もPCを止めてしまうのか」と危惧する人もいるだろう。

 今回、記者は、東芝のPC製造拠点である「東芝情報機器杭州社」(Toshiba Information Equipment Hangzhou:TIH)の生産ラインを取材する機会を得た。報道関係者に公開されるのはこれが初である。同社の所在地は、中国浙江省の杭州。ここでは、かねてから東芝のビジネス向けPCを中心に開発、製造してきたが、PC事業の分社化に伴い、このたびコンシューマ向けメインストリーム製品も受け持つこととなった。

 中国での生産は、数多くの企業が行なっているが、その多くの理由はコスト削減だろう。しかし、東芝が杭州に開発・製造拠点を構えたのには、目先のコスト削減とは別次元の狙いがある。TIHでは、杭州の地の利と、日本の品質、現地スタッフの創意工夫など、さまざまな要素を組み合わせた独自の生態系を築き上げていると言える。

なぜ東芝は中国でPC製造を行なうのか

 TIHの設立は2002年6月。2003年4月に操業を開始し、2004年4月には設計センターも立ち上げている。詳しくは後述するが、TIHは製造だけでなく、設計も行なう総合拠点なのである。そして、2011年6月には累計PC生産台数1,000万台、2014年7月には1,500万台を達成している。

 TIH総経理(社長)の中原泰氏によれば、東芝が中国の中でも杭州を選んだのにはいくつかの大きな理由がある。

TIH総経理の中原泰氏

 1つには、中国のPC部品メーカーが杭州を中心とした“華東地区”に集結していること。PCを作るのに必要なコンポーネントメーカーのうち、実に70%が華東地区に存在する。ものづくりにおいて、サプライチェーンは重要な要素だ。不要な在庫を持たないようにするため、必要な部材を必要な時に必要な数だけ仕入れるにあたり、杭州はPC製造にとって好適な場所と言える。

 国内製造にこだわるメーカーもある。実際、東芝自身も以前までは東京の青梅工場でも製造を行なっていた。国内製造により、品質は担保できるが、一方で物流面での無駄が生じる。例えば完成したノートPCのパッケージはアタッシュケース程度のサイズだが、筐体、液晶パネル、マザーボードなど、1台のノートPCを作るのに必要な部材を個別に調達すると、かなりの体積となり物流コストがかさむ。言わばお金を使って空気を運んでいるようなものだ。中原氏によると、パーツを個別に船で輸送するより、完成品を空輸した方が安上がりになるという(そしてもちろん短納期ともなる)。

 さらに、TIHは部品メーカーとの距離の近さを活かし、供給を受けるだけでなく、パーツ単位での品質を高めるための協業も行なっている。TIHの取引先部品メーカー数は2百数十社に上り、その内の7割が中国国内に工場があり、その中でTIHが「Special管理」、「重点管理」と設定した20数社に対しては、そのメーカーの製造工程にまで踏み込んだ品質改善活動を展開している。

 例えば、特定の部品で不良が発生した場合、ただ改善要求を指示するだけでなく、そのメーカーの工場にTIH社員を派遣し、製造工程を子細に確認する。これによって、製造工程における何が起因となって不良に結びついたのかを発見し、その工程を改善するよう依頼することで、以降の不良の発生を防ぐ。

 2つ目のポイントは、杭州の恵まれた環境と整備されたインフラ。TIHの拠点は、「杭州経済技術開発区」の中の「輸出加工区」と呼ばれる区域の中にある。ここでは中国政府から安定した事業推進基盤が提供され、税制面でも優遇を受けられる。また、海外と同じ位置付けであり、ここから海外には非課税で出荷できる。そのため、この地域には外資系だけでも、40数カ国の約800社が進出している。

 その中でもTIHは、杭州政府ならびに杭州税関のサポートにより、TIH建屋内でのVMI(Vender Managed Inventory)倉庫の実現などの優位性も確立している。ちなみに、TIHへの入退出に際しては税関のゲートをくぐる。

TIHの敷地に入るには、一度中国税関を通る

 こういった地の利に、日本の設計力・ものづくり力を組み合わせているのが特徴だ。

設計から製造まで一気通貫で行なうTIH

 前述のとおり、TIHではかねてよりdynabookを製造していた。主なものはビジネス向けのスタンダード機種や、モバイル向けだが、コンシューマ向けのものもタブレットや2in1など一部のものを請け負っていた。PC以外に車載製品なども手がける。

TIHで初のコンシューマ向けメインストリーム製品となるdynabook Tシリーズ

 そこに今回、コンシューマ向けのスタンダード製品が加わることとなった。具体的には「T85/75/55/45」シリーズの2016年秋モデルがそれにあたる。スタンダード製品と言うことで、目立ちにくいが、多くの点で改良が加えられている。

 例えば、パームレストの使いやすさ、0.2mmのくぼみを持たせた指掛かりのあるキートップ、キーボード板金に付けた突起の支点による打鍵感と強度の向上や、100kgf面加圧テスト、76cm落下テスト、高加速寿命試験の通過などである。

 そして、もう1つ大きなポイントが、これらの製品のメーカー無償保証期間が従来の1年から2年に延長された点である。長期保証は、品質に対する自信の表われである。

 TIHでは、どのようにして高い品質を実現しているのか。まずは、設計から製造までものづくりに関わる部署が全てこのTIHに集約していることが挙げられる。CPUなどのコンポーネントは外部からの調達だが、マザーボードや筐体などはTIHで設計している。設計と製造が常にフィードバックを相互に行なうことで、例えば製造時に不良の出にくい設計などに繋げられる。設計センターには、ハード/ソフトの設計技術部のほか、試験/評価を行なう認定技術部も抱えており、自前の電波暗室を使った試験も行なっている。

浙江省では初の10m電波暗室も敷地内にある

 マザーボードについては、プリント基板製造ラインを持ち、基板製造も自社で行なっている。以前までは、一部の部品について手作業で挿入を行なっていたが、今では全ての部品を自動実装している。また、ハンダ付けによる実装部品への影響や、基板の切り出し方による曲げ圧力への影響など、これまでに収集した膨大なデータを元に、基板製造の細かな改善を地道に積み重ねた結果、マザーボードの不良率を大幅に低減できた。

 マザーボードの品質が悪いと、PCを組み立てた後の検査で不具合が発覚し、マザーボードを取り外して交換となるが、今ではマザーボード製造後に単体で通電検査を行なっていた検査過程を省略し、自動目視検査装置でのチェックと、PCとして組み立てたあとのエージング検査のみで済ませられるようになった。

 これにより、マザーボードは3時間で製造でき、顧客からの注文が来て初めてマザーボードを製造する体制を確立した。また、PC組み立てにかかるリードタイムは2日間から12時間に大幅に短縮。ラインにつくオペレーターの数も1ラインあたり10~15人だったものを2~3人にまで減らした。同時に品質不具合は65%削減している。TIHスタッフによれば、マザーボード単体の検査工程を不要としたのは、PC業界でおそらく初という。不良率が低いからこそできる効率化である。

 マザーボードは、ODMメーカーから出来合いの物を買ってくることもできるが、ここが一番品質にも性能にも影響するため、自社での設計にこだわるのだという。また、3時間でマザーボードが製造できるようになった今、外部から調達する方が時間がかかるという状態になっているのだ。

マザーボードの製造ライン。片面を処理するラインが12ある。治工具、AOIデータ、マウントデータなどは100%内製化
1つ1つのリールにことなる部品が収められている
メモリソケットのような大きな部品も全て自動挿入
部品の実装がある程度終わったマザーボード。実際にはいくつかの部分に切り抜くが、その切り抜き方にも不良を抑えるノウハウがある
CPUのBGAははんだを固める前に接着剤を自動塗布し、UV硬化プロセスで固定。ここでも新ヘッドの開発などにより、生産性と信頼性を同時に高めた
はんだはラインの中で撮影した画像を元に不具合がないかを自動検査している
工程は全て自動化されているが、最後は目視による検査を行ない、品質に問題がないかを常にチェックする

第3段階にさしかかった「dynabook方程式」

 TIHでは、dynabook製造におけるマイルストーンに「dynabook方程式」という名前を付けている。10万通りにも及ぶBTOに対応しつつ、製品の競争力を高めるには、製造効率と品質を上げつつ、コストを削減していく必要がある。

 そこで2010~2013年に行なったのが、基板縮小技術による空きスペースを活用した標準部品の採用で、これにより商品性とコストダウンを両立。これが「第1方程式」と呼ばれている。

 2013~2014年の「第2方程式」では、さらなら高密度技術により基盤コストを削減、マグネシウム筐体の使いこなし技術に加え、新素材筐体とすり合わせ技術で筐体コストを削減、第2世代ヒートパイプ技術で放熱と静粛性を両立するなどしてきた。

 そして2014年からは「第3方程式」の時代に入った。ここでは、東芝独自の配線ガイドラインを用いて、シミュレーション技術によるバイパスコンデンサの最適配置や、電源共振解析によるEMI対策部品の削減、応力シミュレーション技術応用による筐体部品の削減など、東芝の持つ技術を活かして、部品点数を大幅に削減し、さらなるコスト競争力強化と、製造効率/品質向上を両立させた。

現地スタッフの人材育成

 PC製造ラインにおいても、数多くの工夫や効率化、品質向上のための取り組みが盛り込まれている。これについては、別の記事にて詳しく取り上げるが、現地の中国人スタッフに対する取り組みも興味深い。中国での生産と言うと、現地労働者を安く使い、コスト削減を狙うというイメージがある。だが、TIHでは、現地での人材確保とその育成に並々ならぬ投資を行なっているのだ。

 13億の人口を有する中国においても、大学進学の拡大や出生率低下などで若い人材を確保しにくくなっている。また、採用しても、日本よりも定着率が低いという問題がある。そこでTIHでは地元の学校と連携し、希望者には授業で会社の文化や作業知識を事前習得する「東芝クラス」という機会を提供している。

 2012~2013年にかけては全国6省市にて8つの東芝クラスを設置し、2014~2015年には15クラスに拡大した。これにより、これまで約1,500人の東芝クラス出身者がTIHに入社し、その離職率は従来の半分にまで改善されたという。

 入社後にもさまざまな教育や啓蒙を行ない、能力や就業モチベーションを高めている。日本にはあまり見受けられない例としては、直近の製造ノルマ達成率や品質について、個人の成績が表になっていたるところに掲示されている。日本人だと自分の評価が他人に見られることに抵抗があるが、中国人の場合は、オープンな形で自分の成績が知らしめられることで、より公正に評価されていることを実感するのだという。

 スタッフによって熟練度は変わってくるが、TIHではスタッフのスキルレベルと各組み立て工程の難易度指標を把握し、組み立てラインのどの工程にどのスタッフを割り当てるか決めることで、作業全体の効率化と、作業者のスキルアップ教育を計画的に進める体制を構築している。

 また、あらゆる作業そして作業指導において高いスキルを認められた者は「全能工」という地位に昇格できる。言わば、オールマイティーなチームリーダーだ。全能工になると、給与面でも優遇されるほか、将来の幹部候補として育成される。

 その結果、今では、全ジェネラルマネージャの25%、部長の77%、課長に至っては100%が現地スタッフとなっている。そのことがモチベーションとなり、全能工に就いたスタッフの離職率はほぼゼロとなったほか、この職制導入後は、生産台数と品質も向上したという。

実際にラインで作業する全能工
腕章に「全能工」の文字が刻まれている

 このほか、東芝グループでは全世界の設計・製造拠点のスタッフを対象とした「はんだ付けコンテスト」や「電子機器組み立てコンテスト」を行なっている。TIHの製造ラインでは、既に人の手ではんだ付けする工程は存在しないが、不具合が発生した部品のはんだ付けが適切であるかどうかは人の目でないと確認できないという。その目を養うことや、スタッフのスキル/モチベーションアップを狙って、はんだ付けなどのコンテストが毎年開催されている。

 各拠点から選抜されたメンバーは、日本での世界大会に進出する。TIHでははんだ付けと電子機器組み立てコンテストに、過去十数年にわたり2~3名を選出し、近年は毎年優秀賞を獲得するという実績も残している。

選抜された選手は、このようにポスターが作成され工場内に張り出される。応援メッセージが至る所に書き込まれている
見学の日は、過去のはんだ付けと組み立ての選抜選手による実演も行なわれた
細かい作業には顕微鏡も利用する
こちらは組み立ての練習
TIHでははんだ付けについて、初球から指導員まで7段階の技能認定制度を設けている

TIHが作る新しいdynabook

 TIHでのものづくりにかける意気込みは、同社が掲げる「Made by TOSHIBA Powered by Hangzhou」というスローガンに全て表わされている。

 TIH中原総経理は、今回披露した取り組みや工夫などについて、「おそらく日本のメーカーならすでにやっていることも多いと思うので、あまり自慢できるものではないかもしれない」とする。一方で、「TIHができて十数年が経ち、最初は日本に教えてもらいながらやっていたものも、だんだんと自分たちだけでできるようになり、今はさらなる自立化を目指しながら、成長していく段階に入った。現地スタッフの意識も高まっており、全体をまとめる力も付いてきた。近い将来、現地スタッフのみで運営されることもあり得る。そういった点をふまえ、TIHは世界ナンバーワンの製造工場を十分狙うことができると思っている」との目標を語った。

設計センターの辻浩之GM(中央)と現地の開発スタッフたち

 今回、現地採用の若い中国人設計スタッフにも話を聞く機会を得た。彼らは今回発売されたdynabook Tシリーズの開発にも携わっている。そんな彼らに「TIHに入って、今後どんなdynabookを作ってみたいか」という質問をぶつけたところ、以下のような答えが返ってきた。

 「今までは安全性と品質を重視する法人向け製品を手がけてきたが、今回からコンシューマ向け製品にも携わるようになった。コンシューマ向けでは、ユーザーにどのような印象を与えるかが重要。多くのユーザーが一目惚れするような製品を開発したい」。

 「ノートPCは東芝が作り出したもの。個人的に、長年東芝のノートを使ってきたが、品質に対するこだわりを感じていた。この市場のグローバルの展開は速く、競合メーカーの考え方も変わってきているので、東芝も考え方を変えないといけない。特に今後、私たちは、ビジネス向けとコンシューマ向けの観点を区別していかなければいけない。ビジネス向けで培った品質を維持しながら、コンシューマ向けに面白くて、楽しめるdynabookを展開して、感動を与えたい」。

 「私たちは、設計と製造が同じ場所にいるという体制によって、設計時点で不良を排除し、安心して使える品質を実現してきた。そのTIHの良さと日本側の技術力を融合して、高い競争力を持つdynabookをユーザーに届けたい」。

 「いつでも気軽に開いて、仕事だけでなく、プライベートでも楽しめる製品を作りたい。ソフトウェア、ハードウェアの両面が揃った開発を行ない、たくさんのユーザーに届けたい」。

 「私はソフトウェア担当なので、今のハードウェアを軸に、ソフトウェアの力を発揮し、dynabookに取り込んで、これを持っていれば、生活や仕事がより便利になるものにしていきたい。マーケティング調査を行ない、職業や年齢によって異なるニーズに応えられるような製品を提供していきたい」。

 確かに東芝のPC事業は縮小された。不採算地域から撤退し、黒字化を目指す今回の事業再編は、中原氏の言葉を借りるなら「PC事業を身の丈に合ったもの」にするのが目的。と、同時に、「dynabookを将来にわたって安心して使ってもらうため、PC事業は継続し、拡大も狙っていく」(同氏)という。

 今回の取材を通じ、TIHが手がけることで、dynabookのコンシューマ向け製品がより良い方向へと変貌を遂げつつあることが垣間見えた。