山田祥平のRe:config.sys

SHUREで聴けばiPodがもっと楽しくなる




 結局のところ、デジタルデータの最終出力はアナログで人間に届く。目で見る、耳で聴く、手で触る、舌で味わう、鼻で嗅ぐ……と、五感はすべてアナログだ。だから、iPodも、イヤフォンを変えるだけで、まったく別の製品のように違う音を奏でる。SHUREのイヤフォンの新シリーズを試してみた。そのインプレッションを紹介しよう。

●いい意味で期待を裏切り、しっかりした音の新iPod nano

 新しいiPod nanoは、今までの路線を大きく舵取りし直し、独特の形状と、タッチのUXで登場して話題を呼んだ。iOSではないため、ユーザー体験がiPhoneやiPadと異なる点には議論の余地がありそうだ。個人的には、ついにクリップが実装されたことを素直に喜びたい。この手のガジェットは、ケースに入れたりせずに、裸で使うので、シャツやジャケットに留められるのは、やはり便利だ。

 さて、この6世代目のiPod nanoだが、アナログ的に音がしっかりしているのが意外だった。まったく期待していなかっただけに、これは嬉しい誤算だ。同時期に発売されたiPod touchなどと比べてみても明らかに音がいい。たぶん、iPod touchは、他のことに忙しくて、いい音で再生するといったことなどには、かまっていられないのだろう。

 その点iPod nanoは、音楽再生一筋に近いデバイスだ。冗談みたいだが、こういうことがアナログ的な最終出力の品位に影響するのがオーディオのおもしろいところだ。バッテリがどれだけしっかりしているのか、本体の厚みと剛性があるかどうかなどでも音は変わる。ただ、新iPod nanoはイヤフォンを選ぶようだ。そこがまたおもしろいところだ。

 音楽を楽しむために使うイヤフォンは、1つのものをじっくり使うというよりも、複数のものをとっかえひっかえしながら、それによって変わる味の違いを楽しむようにしている。そうすることで、1台のオーディオプレーヤーを何通りにも楽しめるし、それによって、音楽から得られる印象や気分も変わってくるのがおもしろいからだ。

●SHUREの新SEシリーズを試す

 SHUREに関しては、2009年の秋に、ヘッドフォンが3種類発売され、そのコストパフォーマンスと、音創りの方向性について、このコラムで取り上げたことがある。

 この夏には、イヤフォン製品が刷新されている。これまでのハイエンド製品だったSE530は、SE535としてリニューアル、フラグシップの名に恥じない進化を遂げている。試させてもらって、その飛躍的な進化にちょっと驚いた。

 オーディオ的な印象を言葉にすると、とても陳腐な表現になりがちなのだが、SE535では、音楽に含まれる音の要素が、本当にキッチリと頭の中で定位して、曖昧な響きを持たせないところはさすがだと思う。言い換えれば、とてもシマリのいいサウンドだし、逆の言い方をすると、艶っぽさや派手さをストイックなまでに抑制したカッチリした音作りだ。これは素直に素晴らしい。このイヤフォンの音を聴いてから、旧製品のSE530を試すと、それまで、実にバランスがいいと思って聴いていた音なのに、ボワンとしたボケを感じる。でも、それは最初だけで、SE530に戻してしばらく聴き続けているうちに、その音には再び納得してしまうのだから、人間の耳というのは勝手なものだ。

 ただ、どんなに音がいいといっても、イヤフォン1つに5万円近い金額を投資するのには勇気がいる。今回、新しいiPod nanoは16,800円で手に入れたが、それを3つ買っても、まだおつりがくるような金額だ。

●新SEシリーズはローエンドにも納得

 高品位なSHUREの音は魅力的だけれど、イヤフォンにそこまでの投資はできないという気持ちも理解できる。

 それに対するSHUREの回答は、先日発売されたSE315だ。フラッグシップのSE535に対して価格は半額以下だ。ラインアップ的には新SEシリーズの現時点における末っ子に位置する。バランスドアーマチュアユニットを使用したカナル型イヤフォンという点では兄貴分たちと同様だが、ユニットはシングルだ。

 この製品が実によく仕上げてある。ハイエンドとローエンドの価格帯の製品を、聞き比べたりすると、ローエンド製品のアラが目立ち、聴くに堪えないことが少なくないのだが、この製品は違う。ハイエンドとはちょっと違ったフレーバーをめざすことで、SHUREの製品として、そして、新SEシリーズを名乗るに恥じない品位の高い音創りに成功している。そのカジュアルで素直なイメージは、楽曲によっては、兄貴分としてのハイエンド機の重厚さこそないが、より心地よく感じることさえある。例によって評価の前に100時間前後のエージングをしているが、エージング前と後で、極端な違いは見いだせなかった。手に入れてすぐに楽しめるという点で、シングルユニットのシンプルな構造が功を奏しているのかもしれない。

●リモコンケーブルでもっと便利に

 SHUREジャパンでは、SE315の発売を記念し、プレーヤーを操作できる3ボタンつきのリモコン&マイクケーブルをセットにしたパッケージを発売した。ケーブルは単体でも発売され、上位機でも使うことができる。

 新SEシリーズは、ケーブルとイヤフォンが着脱式で、断線してしまった場合などに、ケーブルだけを交換できるのだが、その交換ケーブルの1つとして用意されたかたちだ。

 このケーブルをiPodやiPhoneにつなげば、ボリュームの上げ下げや、曲送り、曲戻しなどに使える。センターボタンのクリックでポーズと再生開始、ダブルクリックで次の曲、トリプルクリックで前の曲、ダブルクリック・アンド・ホールドで早送りといった操作が可能だ。

 新型iPod nanoは、ボリュームは物理的なボタンで上げ下げできるが、タッチの操作を採用したため、曲送りなどの操作に目視が必要で、使うシーンにおいては多少、不便になってしまっている。だから、リモコンで操作できるのはうれしい。

 SHUREのリモコンケーブルは、ただ、SE315標準添付のケーブルに比べたときに、いわゆる「SHUREがけ」と呼ばれるメガネのように耳にかける部分の形状記憶ができなかったり、ケーブルそのものがソフトで細いものになり、取り回しはしやすいものの、若干、音質面での劣化が認められるのは残念だ。

 気になって、このケーブルをつけた状態で、20時間ほど音を鳴らし続け、ケーブル自体のエージングを加えてみたところ、多少はこなれたものの、比べてみるとやはり音質は劣化している。逆にいうと標準ケーブルが、いかにしっかり作ってあるかということを証明しているともいえる。便利さをとるか、音質をとるかは難しいところだ。

 かつて、オーディオは、入り口から出口までの各要素に同じだけのカネを投資しろといわれたものだ。ターンテーブル、アンプ、スピーカーで音楽を再生するなら、それぞれ同等の金額のものを揃えれば、バランスのいい音になるということだ。iPodとイヤフォンの組み合わせでも、その定石に従えば、iPod nanoとSE315の組み合わせは悪くない。デジタルデバイスの価格破壊が続く中、その分をアナログデバイスに投資することで、人とは違う幸せを得る。そういう贅沢をして満足感に浸るのが、オーディオの楽しみというものだ。お気に入りのアーティストのプレイが、一味違ってきこえるかもしれない。イヤフォンへの投資は、その可能性への賭でもある。