■山田祥平のRe:config.sys■
SHUREから密閉型のヘッドフォン新製品3モデルが発売された。比較的、価格が抑えめなので、最初はあまり大きな期待をしていなかったのだが、視聴してびっくりだ。イヤフォンばかりに気をとられているうちに、密閉型ヘッドフォンはこういう進化をしていたのかと痛感した。
●カジュアルな領域も視野に入れた密閉型ヘッドフォン音楽にかけるコストは人それぞれだ。ライブに行かないと気が済まない人もいれば、ライブよりもCDという人もいる。あるいは、ラジオやTVから流れてくるもので十分という人もいる。また、個人として音楽を聴く場合にかけるコストも、プレーヤーやイヤフォン、ヘッドフォンの音質を追求し、かなりの投資をする人がいるかと思えば、プレーヤーに付属のイヤフォンをそのまま使い、オーディオ機器には余計なコストをかけず、とにかくコンテンツにありったけのお金をつぎ込みたいという人もいる。
確かに音が鳴ればそれで十分という考え方は、それはそれで成立する。でも、個人的には、多少の投資でよいのなら、良質な音で音楽を楽しみたいと思う。そのためには、やはり、ギリギリまでコストを切り詰めたプレーヤー付属のイヤフォンでは不満が残る。そう感じるのは、付属イヤフォンよりも、よい音が出るイヤフォンを体験したことがあるからで、知らなければ何の問題もないといわれればそれまでだが、もう遅い。
日常の外出時には、カナル型のイヤフォンを使って音楽を楽しんでいる。耳穴につっこむ、いわゆる耳栓方式のものだ。下界のノイズもある程度カットされ、周囲への音漏れの心配もしなくていい。
ちなみに、カナル型イヤフォンの最高級クラスのものでは、バランスド・アーマチュア型のドライバを使ったUltimate Earsの「TripleFi 10 Noise-Isolating Earphones」や、SHUREの「SE530」が有名だ。これらの製品を試聴してみると、よくぞまあ、このボディでこれだけの音を出せると感心してしまう。魔法を使っているのではないかと思うくらいだ。そのサウンドは、すでにイヤフォンの域を超えていると保証してもいい。入手できれば本当に幸せな気分になれるのは間違いない。ただし、価格も立派だ。ちょっと調べてみても5万円前後の投資が必要だ。当然、iPodなどのプレーヤーがラクに買えてしまう価格で、なかなかイヤフォンにポンと出せる額とは言い難い。
今回、SHUREから発売された密閉型ヘッドフォンは。「SRH840」、「SRH440」、「SRH240」の3機種で、オープンプライスだが、順に2万円前後、12,000円前後、7,000円前後の売価見込みとなっている。どれも、密閉型のヘッドフォンで、特に、ノイズキャンセル機能などは搭載されていないピュアな製品だ。SHUREでは、プロフェッショナル用モニターとして開発したとしているが、一般向けにも発売され、同社として、最初のコンシューマ向けヘッドフォン製品となるのだから、その気合いの入り方が想像できるというものだ。
プロフェッショナルモニターと、ひとくくりになっているが、パッケージを見ると、SRH240はプロクオリティヘッドフォン、SRH440はプロフェッショナルスタジオモニターヘッドフォン、SRH840はリファレンススタジオヘッドフォンと称されていて微妙にニュアンスが異なる。だが、価格の点などを含め、ポータブルオーディオプレーヤーでの利用を視野に入れた製品として同社が考えていることは明らかだ。それは、上位2製品に付属する脱着式のカールコードと交換して使うストレートコードがオプションとして用意されるといったことからも想像できるというものだ。
●ベストバランスのミッドレンジモデルこれらのヘッドフォンを試聴するにあたり、すべて新品だったため、まず、丸3日間約70時間、プレーヤーにつなぎっぱなしで音を出し、10時間ほど休ませてから、その音を体験してみた。どんなイヤフォンやヘッドフォンでもそうだが、最初のうちは、納得できる音がなかなか出てこない。場合によってはひどい製品を買ってしまったと後悔してしまうようなこともあるが、3日間も鳴らしてやれば、製品本来の音が出てくる。その手間を惜しんではならない。
製品本来の実力を調べるためには、きちんとしたオーディオセットに接続するべきなのだろうが、今回は、ポータブルオーディオプレーヤーで、付属のイヤフォンの代わりに使うことを想定し、試聴には6Gに相当する初代のiPod classic(160GB)を使った。
下位製品から順に聴いていったのだが、240の音はまずまずといったところ。素直な音でそれなりにまとまっている。これは悪くはない。クオリティとしてはまずまずだ。
ところが、440と交換してみると、音がガラリと変わり一気に高品位なものになる。その変わり様は価格差4,000円からは、ちょっと想像できないくらいに大きい。さらに、840に変えて聴いてみると、耳に入ってくる音の情報量がグッと増える。440では音場の空間周波数が高くなると破綻こそしないまでも、解像度が低い印象の音になってしまうのだが、840ではそれがない。ただ、ノイズキャンセル等の機構を持たないため、音がストレートに出ているというのも功を奏しているのだろうか、3製品共に、細工感のない素直な音が得られている点で、音の傾向は共通している。
試聴に使ったiPodには、楽曲データとして、ビットレートが96Kbpsのもの、128Kbpsのもの、256Kbpsのものが混在しているのだが、そのどれもが、きちんと鳴らされるのには感心した。ビットレートが低いからといって音が極度に悪くならないのだ。これにはちょっと感心した。ただ、256Kbpsの楽曲を840で聴くと、その情報の量の多さに、聴くことに対する覚悟というかエネルギーが必要になる。気軽に音楽を楽しむという感じではなくなってしまうのだ。そして、長時間840で音楽を聴いていると、最初はいいのだが、だんだん疲れがたまってきてしまう。音のみならず、新しいヘッドフォン特有の耳を押さえつける側圧と、318gという重量の影響も大きいかもしれない。
3製品を比べてみた結果、普通に音楽を楽しむなら、SRH440がベストバランスだと感じた。240では音の品位に多少の不満が残ることを否めないが、それでもプレーヤー付属イヤフォンなどとは比べものにならない。でも、440ならかなり満足できるんじゃないだろうか。誤解を恐れずにいえば、5万円クラスのイヤフォンに匹敵する音が出せていると感じた。
カナル型のイヤフォンは、耳への装着の収まり具合、また、選択したイヤーパッドの材質によって音がずいぶん変わる。耳穴の形状にもよるのだろうが、歩いたり走ったりすると位置が微妙にずれ、ベストポジションを維持するのがなかなか難しい。それにケーブルのタッチノイズが気になることもある。でも、密閉型のヘッドフォンなら、その心配はなく。ほとんどの人がベストポジションで製品本来の音で音楽を楽しめるだろう。そういう意味では、440なら、12,000円の密閉型ヘッドフォンで5万円クラスのイヤフォンの音が楽しめるといってもいい。
ヘッドフォンは、100円ショップにまで売っているくらいだから、その価格帯は、まさにピンキリだ。今回の3モデルは高級ヘッドフォンではあるが、価格的には安い部類に入る戦略製品だ。量販店頭の試聴コーナーにおもむけば、10万円近い製品がズラリと並び、ハイクオリティな音を体験できる。オーディオの世界というのは、1万円の製品を10万円のものに交換しても、必ず、音がよくなる、あるいは好みのものになるとは限らない。投資額による変化も把握しにくい。かえってキライな音になることさえある。
ヘッドフォンやイヤフォンは音の出口として、交換前後の変化がわかりやすいものだが、オーディオ的に品位が高すぎることが、iPodのようなデバイスでは、かえって不利になる可能性もあるのかもしれない。440と840の音の出し方の違いを聴くと、きっと設計の方向性が違うのだという想像もできる。
●せっかくの偶然を良質な音で楽しみたい440と840は、オプションとしてストレートケーブルが用意されるという。両製品には左側ヘッドフォンユニットの底部に付属のカールケーブルを装着する仕組みになっているのだが、カールケーブルは高級感こそあるが、屋外で使うにはちょっと大仰だ。それを一般的なストレートケーブルに交換することでカジュアルな感じになるというわけだ。SHUREによれば、このオプションは日本法人からのリクエストによるものだそうで、そのきめの細かい配慮がうれしい。
付属のケーブルはプレーヤー側がステレオミニプラグで、ヘッドフォン側はステレオ超ミニプラグに脱落防止用の仕組みを持たせたものになっている。もしケーブルを用意するなら極端に短い10cm程度のものも用意してほしい。というのも、重量272gの440なら、iPod classicやiPod touchは無理としても、40gに満たないiPod nanoや、その他の軽量プレーヤー、Bluetoothオーディオアダプタくらいなら直付けできるように思えるからだ。うまくヘッドフォン本体に取り付けられるような工夫があればもっといい。そうすればケーブルがあってケーブルのない擬似的なケーブルレスヘッドフォンとして屋外で楽しむ場合の自由度が増すんじゃないだろうか。
個人的にはiPodのようなデジタルオーディオプレーヤーのおかげで、所有しているCDで、おそらくはもう一生聴かなかったかもしれないCDを聴くことができるようになったことを、とてもありがたく感じている。苦労して手持ちのCDをすべてリッピングしたことで、棚の奥からわざわざ掘り出さないと聴けないような楽曲が、頻繁にシャッフルで再生されるからだ。デジタル化によって、物理的な場所占有という呪縛から逃れることができた音楽が、コンピュータによって作り出された偶然によって再生される。せっかくの偶然である。その音に、少しは気配りしようという気にもなるものだ。