特集
追悼ボールマウス ~Amazonからボールマウスが絶滅した日~
2019年4月27日 11:00
去る3月、Amazonで販売されていたボールマウスの最後の1機種が取り扱いが終了し、新品のボールマウスはAmazonのラインナップから姿を消した。
光学式のマウスの登場以降は減少の一途をたどり、すでに家電量販店では絶滅状態にあるボールマウスだが、それでもネットで検索すれば、これまでは新品を容易に見つけられた。今回、Amazonでの取り扱いが(一時的とは言え)ゼロになったのは、象徴的な出来事と言えるだろう。元号が変わるタイミングと重なったのも、何かの縁という気がする。
本稿は平成の終わりにあたって、そんなボールマウスを追悼する記事である。
ここからはインターネット老人会の提供でお届けします
平成の歴史はそのままITの歴史でもある。Windows 3.1が登場したのが1993年(平成5年)、Windows 95発売が1995年(平成7年)であり、パソコン通信がインターネットへと姿を変えて普及を始めたのもちょうどこの頃だ。PCで言うと、一体型PCのブームがあったり、また周辺機器ではCD-ROMドライブが全盛ということで、マルチメディアコンテンツがちょっとしたブームにもなった。
その3年後、1998年(平成10年)に登場したWindows 98の頃になると、PCはマニアの手を離れ、かなり一般的になっていた印象がある。Appleからボンダイブルーの初代「iMac」が登場したのもこの年で、もしハードウェアの変遷で年表を作るならば、この前後はかなり濃い出来事が集中していて、行数を増やさなくては収まらないボリュームになると見られる。
ちなみに現在では「5ちゃんねる」と名前を変えた2ちゃんねるが登場したのが翌1999年で、このあたりを機に、ユーザーの興味関心がPCからインターネットへと移り変わっていった印象が個人的には強い。といっても当時はまだブロードバンドの到来前、テレホーダイの全盛期でもあり、デスクトップPCのディスプレイも液晶ではなくCRTが主流だった時代だ。
そんななか、マウスがどのような変遷をたどってきたかというと、初代から継続してマウスが付属していたMacはさておき(この頃はちょうどPerformaの晩年にあたる)、Windowsについては3.1の時点ではまだマウスが必須ではなく、Windows 95でようやく標準添付となった経緯がある。USBマウスがサポートされたのは、Windows 95 OSR2からだ。
この頃は、壊れたマウスを買い替えるというニーズや、ノートPC向けのマウスを別途購入するというニーズを除けば、マウスはPC本体の付属品をそのまま使うのが一般的だった。若干風向きが変わり始めたのが、1996年にマイクロソフトが「IntelliMouse」を皮切りに高機能なマウスを投入し始めたことで、次章で紹介するマウスの一大変革が、そこから始まっていくことになる。
余談だが、筆者が初めて触れたマウスはPC用ではなく、1992年(平成4年)に発売されたスーパーファミコン用ソフト「マリオペイント」付属の2ボタンマウスである。これは「スーパーファミコンマウス」としても単品販売されていた品で、スーパーファミコンで絵が描けることが当時は画期的だった。まだ物珍しかったマウスという入力機器をユーザーに慣れさせるために、マウスを使ったハエたたきゲームなども同梱されていた。
ホイール、USB、そして光学式
さて、この当時、1990年代中頃のマウスが、現在と大きく違う点は3つある。1つはホイールの有無。ホイールは1996年に発売されたマイクロソフトの「IntelliMouse」が採用し、その後サードパーティー製品や、メーカーPCに付属するマウスへと広まっていった経緯がある。
当初は同社のExcelなど、縦スクロールを多用するソフトウェアのための機能とされていたが、ちょうどインターネットのブームが到来したことで、縦スクロールに欠かせない機能として重宝されるようになり、またたく間に2ボタンマウスを過去のものへと追いやってしまった。ライセンスの関係か、ホイールではなくレバーで上下方向の移動を行なうマウス(アスキー、スクロールレバー搭載の動くボールが見えるマウス)もこの時期に存在していた。
ちなみに1998年に大ヒットしたAppleの一体型PC「iMac」の付属マウスはホイールを搭載していないが、そのiMacとの酷似ぶりが話題になったソーテック「e-one」のマウスはホイールを搭載していたというのは、知っていてもおそらく一生役に立たない豆知識である。
ホイールに次ぐもう1つの相違点は、インターフェイスがバラバラであること。当時は前述のiMacのマウスが従来のADBではなくUSBを採用したことが話題になったほどで、マウスのインターフェイスにはPS/2もあればUSBもあり、さらにNECのPC-9800向けのシリアルマウスも生き残っている状況だった。OSを問わずほぼUSBへと一本化されるのは、もう少し後のことである。
そしてもう1つ(ようやくここからが本題である)、現在のマウスとの最大の違いが、光学式やレーザー式ではなく、底面に内蔵したボールを転がしてポインタを移動させる、ボール式であったことだ。
当時のマウスはこのボール式が当たり前であり、動きが悪くなってくると、底面の蓋を外して中に詰まったホコリやゴミを取り除いてやる必要があった。そうしたメンテナンスが不要という特徴をひっさげて登場した光学式のマウスは、ガラス面など一部の素材との相性の悪さはあったものの、じょじょにシェアを伸ばし、さらにその後レーザー式などへと発展していくことになる。
ちなみにこうした光学式マウスの登場にあたっての反応を知るには、当PC Watchのバックナンバー記事にあたるのが手っ取り早い。
たとえば1999年4月の「Microsoft、オプティカル技術を使ったマウス「IntelliMouse Explorer」」という記事では、「従来のマウスのようにボールを使い位置を判定するのではなく、光学センサーを使い秒間1,500回の割合で接地面をスキャンし、位置を判定する」と、ボール式マウスしか知らないユーザーを対象に、光学式マウスの仕組みを紹介している。
また1999年5月のE3のレポート記事「Electronic Entertainment Expo(E3) レポート ハードウェア編」では、同製品について「(従来は)碁盤の目のような模様が書かれた専用マウスパッド上でしか利用できなかった」「凹凸の激しい場所や布、果ては手のひらや頬など(略)考えられないような場所ででも非常にスムーズにカーソルを操作できる」と評されているのが面白い。
余談だが、この時点でホイールについての詳細な説明がないことから、この1999年の時点で、ホイールはすでに一般的に説明が不要なほど認知されていたこともうかがえる。
ボールマウスの消滅を加速させたある「事象」とは
そしてコンシューマ向けの初の光学式マウス(と言っていいだろう)「IntelliMouse Explorer」の登場から約20年経ち、ボールマウスは事実上絶滅を迎えた。もちろん今も、現場で使われているボールマウスは多数ある。筆者の知るかぎり、学校やオフィスの共有PCを中心に、生き残っているケースが多いようだ。
しかしそれにしても、今後PCの買い替えが発生したり、あるいはマウス本体が故障すれば、ボール式でないマウスに置き換えられてしまうのは確実だ。まさに風前の灯といった状況である。
ところで、ガラス面では使えなかったり、光沢面では読み取りが不安定になるなど、製品としては欠点も多かった光学式マウスが、ボールマウスに代わって一気に普及した背景には、当時全国的に発生していたある事象が大きく関係している。それは2000年前後、各地の小中学校を中心に続発していた、ボールマウスからボールを抜き取るといういたずらだ。
当時、つまり2000年前後は学校にCAI教室が設置され始め、多数のPCが導入されつつあったが、マウス裏面の蓋を外してボールを抜き取って遊んだり、そのまま紛失してマウスが使えなくなるいたずらが多発した。マウスのボールがなければPCは操作できず、授業ができなくなってしまう。
この「ボールが抜き取られてマウスが使えなくなる問題」は、文教方面のみならず、家電量販店の展示用PCなどでも相次ぎ、メーカーや量販店にとって頭が痛い問題になっていた。悪戯を防ごうにも、マウスの蓋を接着してしまうとメンテナンスができなくなるし、テープで貼った程度ではすぐに剥がされてしまう。もちろんネジ止めをするわけにはいかない。
そこに現れた救世主が、ほかならぬ光学式マウスだったというわけである。実にバカバカしい話ではあるが、なにせ当時は、ボールを抜き取られたマウスを再び使えるようにするためのスペアボールが文教ルートを中心に販売されていたくらいで、光学式マウスがそうした問題とは無縁であることが、普及を後押ししたことは想像に難くない。
当時小中学生だった人の中には、実家の押入れを探したら、何に使っていたのかまるで思い出せない、直径21~22mmの謎のボールが、いまになって発掘されることがあるかもしれない。その時はぜひ、使い物にならなくなり処分されていったボールマウス(の本体)に、時を超えて祈りを捧げていただきたい。
いまボールマウスを入手するには
以上、ボールマウスにまつわるエピソードを紹介したわけだが、いまもし新品のボールマウスが販売されているのを見かければ、それは非常にレアな一品である。
ここ1カ月ほど、ボールマウスを探して回った筆者に言わせると、大手の家電量販店ではボールマウスの取り扱いは期待できない。秋葉原のさまざまなショップも同様で、ジャンク品にまで範囲を広げればあるにはあるが、実用に耐えられるレベルの品はまず皆無だ。
可能性があるとするならば、POSによる在庫管理が行なわれていない小規模なショップや地方の店舗、あるいはPCが専業でない販売店あたりだろう。全盛期の流通量が多かっただけに、こうした在庫管理がややアバウトな(失礼)ルートであれば、まだ可能性はある。
また本稿で紹介したバルクのパッケージのように、法人ルートではまだパーツとして扱われている可能性はある。買ったところで得をすることはおそらくないが、ある意味で平成という歴史の一翼を担ったプロダクトである。ボールマウスのコロコロの感触とともに、歴史のかけらを手元にとどめておきたければ、記念に購入しておいてもよいのではないだろうか。