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Raspberry Pi財団訪問記と1,000万台出荷記念パーティ潜入レポート

著者情報

太田 昌文: 日本Raspberry Piユーザーグループ主宰および公式サイトのモデレータの一人として日本語カテゴリの管理をしている。

 2016年9月、Raspberry Pi財団への2度目の訪問をすることにした。今回は以前の訪問より複雑なものもあり、正直悩やましい限りであったが、フェイストゥフェイスでのEben(編注:Raspberry Piの生みの親であり、Foundationの設立者であるEben Upton氏)との対話が必要になったこと、また9月に関係者のみでの1,000万台出荷記念パーティがあるとのことだったので、参加するついでに訪問することとした。

再度の渡英

 もっとも遠い国・アジア地域のボランティアとしてRaspberry Pi財団に公式サイトのモデレータの1人としてサポートしている筆者にとって、イギリスやアメリカ・ヨーロッパ地域に分散する他のモデレータと違ってEbenと直接会って話をする機会がほぼない。メールなど等ではしばしば議論はしているが、互いの忙しさから返事が遅くなりキャッチボールがうまくいかなかったりしたことがしばしばあった。

 またRaspberry Pi Zeroのことなどかなり山積した課題もたくさんあった。直接どこかで話に行かねばと思っていたところ、1,000万台突破の記念パーティがロンドン下院会議場(ビッグベン)のテラスにて関係者のみで行なわれる話があり、モデレータの筆者にも招待の話があった。他のモデレータから参加表明もあったので会ってみたいこともあり参加してみるか、と考えた。また、2014年と違って大幅に下がったポンドによってトータルの旅費が下がったことも渡英の後押しとなった。

1,000万台記念パーティのチケット

今回はスーツを持っての訪問

 今回はパーティ参加がありドレスコードがあるとのことだったので、スーツを持参することとなった。アメリカであれば、ジーンズにTシャツでもIT系のパーティであれば誰もクレームも言わないだろう。しかしそこはイギリス、紳士の国ではさすがにドレスコードは厳格に適用されるはず。

 実際モデレータ同士の議論でも「ドレスコードのレベルはどれくらいかな?」と議論をしたが、スーツを持っていけば問題ないのではという話に落ち着き、スーツ、ワイシャツをスーツケースに詰め込んだ(注1)。そのほか、Ebenお気に入りのEjectコマンドユーザー会(注2)のシール、同人誌、クリスマスプレゼントの際喜んでもらった日本のお菓子など、もろもろ詰め込んだ結果、オーバウェイトにならないかという心配はあったがギリギリ制限重量数百g手前で収まり、一路ケンブリッジへ向かった。

※注1: 10月5日はアンドリュー公によるセントジェームス宮殿でのPiコミュニティのパーティが催されたが、こちらではドレスコード指定がきちんとあった。
※注2: 弊ユーザーグループのあっきぃこと大内さんが主宰するユーザー会

深夜にケンブリッジ着。翌日財団へ

 イギリスの入国審査はいつもながら酷く、軽く数時間は待たされる。夕方5時前にヒースロー空港に到着したものの、入国審査を終え、ヒースローから移動したのは19時30分過ぎだった。目的地に到着したのは23時手前。ただ、今回は財団がケンブリッジ中心街からケンブリッジ駅前に移ったこともあり駅から近いホテルを探せばよくなったため、駅からの移動は随分楽になった。ケンブリッジはほぼ日本並みといっていいくらい比較的治安もよく深夜でも歩きやすい。

 入国審査で数時間も捕まり移動に必死だったため夕食もとらず一路ケンブリッジに向かったのだが、すでにレストランはほぼ閉まっていた、そこで今回泊まったホテルのオーナーに聞いた所、近くのコンビニがあるのでそこで軽食をというアドバイスをもらった。全く難なくサンドイッチとコーラをそこで購入し夕食を満たすことができた。

 朝は特に予定がなかったので近所を散歩した。ホテルの窓から見る景色は学生やビジネスマンが多く日本の朝のような感じだった。オーチャードティーガーデンまで運動と緊張する自分の気分転換を兼ねて2時間ほど散歩してお茶を一服した。そのあと軽くシャワーを浴びて、Ebenとの会談は14時に財団のオフィスでとなっていた。今年は珍しくイギリスは蒸し暑いらしい。温度は高くないので蒸すという印象だ。

 以前はPiTowerと称される財団オフィスは地図に出ないようにしていたのだが、今ではGoogle Map等でその場所を見つけることができる。なお、目下ケンブリッジは駅前開発工事中で、その工事壁面に地図が描いてあった、財団は30番のビルディングになる。

財団は30番のビル

 駅からの距離は徒歩で2~3分、Microsoftリサーチセンターの向かいのオフィスビルの2Fを借りている。海外のオフィスらしく案内も出ていないので迷ってしまった。ガードマンに思わずキョロキョロしてるのを見られ、アポがあることを説明し、受付をしてもらって、さらにオフィス前でキョロキョロしていると財団の職員に見つかり、再度説明。さすがにモデレータの活動を知っていてもらっていたのか、「君のことはよく知ってるよ、モデレータの人だよね?」と言われ、オフィス受付の鍵を開けてもらって待つことになった。

受付周りにあるショールーム

Ebenは事前に議論したいことはメール済みだったが……

 久しぶりのEbenとの対話。2時のアポだったが、Ebenはかなり多忙とのこともあって、やはり少し待たされる。事前に議論したいポイントをまとめメールで送っておいたの正解だった。

 今回次のようなことを主に議論したいと事前にメールしておいた。

  • 日本の主な事例を通して日本の現在のRaspberry Piの動向について議論したい
  • 日本とイギリスとの教育事情の違いを議論したい、Raspberry Piをもっと日本の教育関係に展開できないか議論したい。
  • サイトなど翻訳について議論したい

そのほかにも話したいことは山ほどあると書いておいた。

 正直Ebenが読んでいるか一抹の疑問があった。が、めずらしくも全部目を通してくれていたこともあって、話は随分楽にだった。Ebenからは、筆者の話に対して、ではどうしたいのか、なにか施策はあるか? という問い返された。まだ、回答が出せるだけの情報が欠如していたこともあり、提案に必要な情報を集める議論をした。例えば、翻訳に求めるクオリティ要件など、どのように担保して欲しいか、GitHubを使って相互管理をすればいいかとか、プロの翻訳家を雇うかなどだ。多くは持ち帰りとなり、後日メールで提案を送ることになった。

 このほかにも日本のRaspberry Piを扱うメディアの話とか、教育の動向では、財団側の現在のCEOとなっているPhilip ColliganをEbenから紹介してもらってPhilipと、PiAcademyの日本版が作れないか?など議論をした。今後は連絡をお互いに取り合い、教育用コンテンツの翻訳ができないか?とか日本の教育の特殊性や動向を理解してもらった上で、Raspberry Pi財団と何をやっていけるか、施策など考えていく予定でいる。

 ところで今回はEbenとはいろいろなことを話をしたが、2014年の時といろいろと違ってきたような気がした。基本教育市場重視のスタイルは変わらないが、エンタープライズ利用での話も以前よりかなり重視するようになった感じがした。

 Ebenからは、Raspberry Pi 2 v1.2(注3)について、最新のCPUに変更し、無線とBluetoothを取っ払ったのはエンタープライズ企業の社内など無線やBluetoothが禁止されているところでは、無線搭載のRaspberry Pi 3では困るところを想定しているためとの話しがあった。また、日本での大口のエンタープライズ顧客が欲しいとの話も前回との大きな違いだ。実際いくつかのエンタープライズ企業での事例や競合状況などの話をし、RaspberryPiが競合に勝る点、弱い点を話をするとEbenは熱心に聞き入れてくれた。それもあるのだろうか、Raspberry Piのブランドがきちんと確立したこともあってか、Ebenが既に中華系互換機と称するものや、中華系の組み込み機器にも目くじらを立てないどころか、あまり興味をもってなかったのも印象的だった。どちらかというと競合としてIoTではEdisonを使った産業用ボードなどに興味を持っている。

※注3:Element14ブランドのみの販売の予定。RSブランドの販売は未定。EbenからはこのRaspberry Pi 2v1.2のことをRaspberryPi 2+という名前で説明を受けていた。CustomPi事業の一環でもあるらしい。また、ある意味RaspberryPi 3のマイナーリリースであり、かつ価格比的にRaspberryPi 3よりコストパフォーマンスがいいわけでもないので特段発表することはしないとのこと。

オフィスの様子

 オフィス内は撮影不可だったので、Ebenに許可をもらい受付周辺のショールームを撮らせてもらった。

ショールームの様子
ショールームの様子(4) オフィス社内に何人いるかを確認するシステム

夕食はピザ。Ebenとの日本の事例の話は尽きず

 夕食はEbenとピザを食べながら公式ブログで取り上げられた日本のきゅうりの機械学習の事例を話題に挙げ、日本ではIoTデバイスとしてのRaspberry Piと機械学習との組み合わせが注目を受けていると言うと、EbenがTensorFlowをRaspbery PiのGPGPUであるQPUで使えるよう拡張をやっているという話をしてくれた。QPUのエンハンスプロジェクトはEbenがブログに書くなど彼自身で行なっているプロジェクトだ。Googleの人間とも話をしているとかで、今後に期待がかかる。

パーティへ向かうべく早朝ロンドンへ

 1,000万台記念パーティのため、翌朝一路キングクロスからケンジントンの宿へ向かった。昼頃に着き、荷物を置くとシャワーを浴び、スーツを着て、急ぎビックベンの会場へと向かった。余談だがロンドン中心部は観光にも良いし交通の便も良いが、会場には30分前に入らないと荷物チェック等があるとのことで、ここでは“外国人”であることもあり1時間前に入った。

 イギリスへ一度でも行ったことのある人は、博物館などでの荷物チェックは経験したことがあるかと思う。そこにはイギリス国会議事堂もあり、荷物検査は飛行機の検査並みだという話だったが、実際はもっと厳しかった。財団のメンバーをみつけようとキョロキョロするも場所が分からない。このあたりかな、と思ったところにEbenの奥さんのLizから声をかけられた。彼女から、Raspberry Pi情報をYouTubeで流しているRaspberry Pi Guy(注4)のMatthewを紹介してもらい、彼に会場まで案内してもらった。内部でのディスカッションにも積極的に参加していることもあってか、彼は僕のことはよく知ってると言われたが、一方の僕には面識がないのがやや気まずかった。

※注4 あとから気づいたが彼はなんと17歳の若者であった

1,000万台パーティの祝辞

 詳細は筆者がRSコンポーネンツに寄稿したレポート(注5)を見ていただければと思うのだが、祝辞のおおよその内容は、デジタルエイジ教育の一環としての全世界レベルでの成功、イギリスのシリコンバレーというべきケンブリッジでの成功と雇用とビジネスの大きな増加といったものだった。ただ、Lizからコミュニティの貢献の感謝があったことで、来たかい甲斐というか救いがあったという感じだ。パーティ内の歓談ではではいろいろな話で盛り上がり、こと筆者に関して言えば一番遠くから来たラズベリーパイ財団のボランティアの人という紹介をLizやEbenにされたのと、日本の話題では弊ユーザグループの大内さんの話題の話が多かった。なぜ彼かこんなに大ウケしているのは定かではないが、EbenやPimonoriのPaul Beechなどは、パーティでも日本のあっきぃというすごいやつがいてとしきりに話していた。

※注5:ラズパイ 1,000万台出荷! ロンドンでの祝賀パーティーを潜入レポート

 パーティが終わったあとの1日半は、博物館に行ったり、買い物をしたりとロンドンを楽しんだあと、帰国となった。その帰り際の挨拶のメールを帰国前日に送っていたのだが、Ebenから今回の議論についての簡単な議事録が送られてきた。これは今までのEbenにはなかったことで、実に驚いた。いろいろこちらも約束したこともあり、また相手がEbenということもあるので、確実に履行しなくてはいけないという使命感が芽生えた。実際この渡英以降のEbenのレスはかなりいい。会いに行ったことは大変有意義であったと言える。

 帰国してからというもののいろいろなこと頼まれたり、頼んだこともあり、ずっと奔走している。本業もあり、二足のわらじがきつい状態でもあるが、関係各所との打ち合わせや、Ebenとも帰国後メールでやりとりをしており、日本のRaspberry Piユーザーのため、目下あらゆること進行中である。

まとめ:Ebenたちの変化と日本への理解のある一言

 正直今回訪問するにあたってEbenがここまでエンタープライズユーザーなどへの関心を寄せるとは思わなかった。以前は、教育のための慈善団体であることを前面に出していたが、財団側のCEOをPhilipに任せたこともあるのだろう、ビジネスとしてのRaspberry Piをどうするかという考えに変わったのかもしれない。

 ちなみに、Ebenは奥さんのLizとともに日本好きで、先春も奥さんへの誕生日プレゼントと称してお忍び来日をしていた。2013年頃は日本語も勉強していた。EbenはパーティでもPhilipに「日本は特殊な国である、日本人は英語を話す必要性がない。だから翻訳コンテンツは日本で売っていく上で大事だ」と力説していた(注6)。筆者との会話ではもっと踏み込んだ発言もあった。「日本人は英語を話せない、それは僕らイギリス人が日本語を話せないのと同じだ。また日本人は日本で英語を話す必要がない。日本は特別な国なんだという理解が必要だ」。

 ほぼ同じようなことをOpenSolarisコミュニティをやっていた頃にSunのJim Grisanzioにも言われており、これで2度目だ。筆者が英語をしゃべるのにあたって自信を持たせてくれたのはこの一言だった。こういった日本を理解してくれるEbenのような外国人はかなり稀有で、ありがたく思っているし、最も東の国の財団のボランティアという立場からも是非貢献していきたいと思っている。

※注6: ちなみに海外とのビジネスをやられた方ならこれが稀有な発言どころか、日本人のこの特別な文化は全く理解されないのは周知のとおり。日本が合わせるべきと言ってくるのが常である。

 Ebenが「12月にビジネスツアーでサンフランシスコに寄ったついでに来るよ」、という話をしていたのだが現実になった。12月11日にユーザーグループでは、RSコンポーネンツとの共催で来日イベントを行なう予定。ユーザー諸氏には是非参加していただきたい。