特集
Raspberry Pi財団& BBC訪問記【From Think IT/太田 昌文氏寄稿】
~Ebenを訪ねてラズパイの故郷ケンブリッジへ
(2015/2/3 06:00)
著者情報
太田 昌文: 日本Raspberry Piユーザーグループ主宰および公式サイトのモデレータの一人として日本語カテゴリの管理をしている。
2014年の10月、筆者はさんざん悩んだ挙句、1週間の渡英を決断した。Eben(編注:Raspberry Piの生みの親であり、Foundationの設立者であるEben Upton氏)から今年(2014年)は来日できない旨の話があったからだ。イギリスといえば物価や空港使用料が高くアメリカに行くのと違って抵抗があったが、いろいろ見ておきたいものもあった。
渡英までの経緯
筆者は2012年にRaspberry Piユーザーグループを設立するにあたり、グループの主要構成メンバーには本家財団との蜜月関係はこのグループに絶対必要であるということを説いてきた。情報の相互共有や本家からのいろいろな協力は欠かせない。実際、RAPIRO(編注:ロボット工作キット、Raspberry Piを搭載して拡張できる)はRaspberry Pi財団の協力なしには成功を収めなかっただろう。常に財団との定期的なコンタクトや情報共有を行ない、日本市場が注目されるような働きかけをしてきた。
しかし財団の構成員はわずか数名であり、その人手不足の影響かRaspberry Pi B+のリーク事件や公式サイトへのDDoSアタックなど、財団の運営体制を懐疑的に思うこともあった。Raspberry Piは既に数百万台の販売実績があるにもかかわらず、実際はそれ相応の動きができていないという疑念があった。
2013年はEben夫妻に来日いただき「Big Raspberry JAM TOKYO 2013」というイベントを開催した。今回はかなり多忙とのことで、中国へのツアーイベントの際、時間をとって立ち寄るよう努力してくれたが、結局はうまくいかなったようだ。
海外のベンダーとの距離的な問題は大きい、そのため定期的にフェイス・トゥ・フェイスで話し合う機会は大事である。幸いEbenに訪問を申し入れたところ、すんなり快諾してくれた。また、イベントで通訳・翻訳を担当してくれたメンバーが元々イギリスにゆかりのある方々で、ちょうど同時期にイギリスにいるという話もあった。
そんなこんなで「これは行くしかない!」と決心をした。後からすごく大変なことが分かったのだが、当初は「もう行く!」ぐらいしか考えてなかった。
RAPIROや書籍を持っていざイギリス・ケンブリッジへ!
羽田発のイギリス便はとにかく朝早い。ギリギリまで荷物の詰め込みをしていた。着替えのほか、インプレスから発売されている書籍「Raspberry Piユーザーガイド 第2版」やEbenお気に入りのEjectコマンドユーザー会のシール、Liz夫人の大好物の日本酒などなど……。RAPIROのメーカーである機楽の石渡さん(代表取締役)の依頼で、RAPIROキットを現地法人から受け取って財団へ持っていくタスクもあった。
のっけから3時間もの遅れに遭い、向こうに着いたのはイギリス時間の夕方だった。バスを予約していたが、このままでは深夜となるため、急ぎバスから鉄道を経由してケンブリッジへ入ることとした。ヒースローエクプレスと国鉄に乗り込んで着いたのは夜。鉄道のことなどあまり調べてなかったため、どういったらいいだろうとかなり戸惑った。費用も46ポンドと高価。いやはやイギリスの物価の洗礼をいきなり受けることになる。
ケンブリッジ到着の夜、Kiluck UKのRobert BlakeさんからRAPIROを受け取る。宿泊地から歩いて数mにあるHAYMAKERS ARMというブリティッシュバーでお会いしたのだが、ここは元DebianのContributorだった方が開いたバーだと話があった。Robertさんの本業はロンドン大学のネットワークエンジニアだが、日本の大学との交流の一環で1年間大阪に留学していたこともあって日本語が流暢だった。元々石渡さんとは日本との交流という意味で繋がりを持ったとのお話もいただいた。
ケンブリッジ駅からケンブリッジ中央、そして財団へ
イギリスのラッシュは日本並みであることはロンドンに来てから学んだことだが、それと同じく渋滞の度合いもとにかくすごい。なんでも経路がそんなに多いわけでなく、ところどころで渋滞になってしまうようだ。そんなこともあってEben夫妻は少し遅れてケンブリッジ駅に迎えに来た。そこから財団へ向かうべく、ケンブリッジ・セントラル方面へ車を走らせる。
大学の街ケンブリッジ。ところどころにイギリスの著名どころの大学が集まる。この中心地から少しはずれた改装したビルの最上階に通称「Pi Tower」と呼ばれるRaspberry Pi財団のオフィスがある。オフィスの前には、いかにもアメリカのITベンチャーのような会社の表札があるが、中に入ると日本のベンチャーのようなイメージを感じた。著者がアメリカ西海岸でいくつかのITベンチャーを見たときは各々の席にパーティションがあったが、日本のベンチャーと同じくパーティションは見当たらない。
中にはいろいろと物が置いてある、著者がLiz夫人にプレゼントしたリラックマのぬいぐるみにRaspberry Piが挟まれていた。一番びっくりしたのは子供たちのアイデアを書いた紙がびっしり貼り付けられた会議室だ。世界各国からいろいろなアイデアが届く。とにかくこの多さと子供らしい絵に感動してしまった。そこで、RAPIROを渡した記念としてまずは写真。
またインプレスから託された新刊書籍もお渡しし、それを見たLizがEbenの表紙の写真を農夫みたいだとみんなに言っていた。著者は日本語訳に際して付録部分を追加執筆したのだが、Ebenから改めて執筆協力のお礼をいただいた。
EbenもLizもかなり忙しい身であるのか、とにかく打ち合わせの最中での面会だった。教育チームの会議などいろいろ大変な様子であったが、財団の他のメンバーからも「日本からの来訪者」ということで歓迎していただいた。夫妻が忙しい合間、何人かと話をさせてもらった。Clive Bealeさんは2013年のイベントの来日候補だった方で、過去にも日本によく来たことがあるそうだ、日本語で挨拶されたのには驚いた。ハードウェア開発ディレクターのJames Adamsさんとは初面会だったが、MBAを目指しているという話をEbenから聞いた―曰く「教育の街」であるここケンブリッジではそこそこ学歴がないと著名な大学卒でも就職できないというのが常識らしい。Ben Nutallさんは物珍しそうに著者を見に来て、Raspberry Jam(Raspberry Piのイベント)の開催地マップと開催日カレンダーのWebサイトができたから日本でJamをやるんだったら教えてくれと話があった。
教育事情は日本と同じ。教育の難しさを改めて知る
Carrie Anne PhilbinさんはGeek Girl Diariesのビデオで何度か見かけていた。中学校の先生らしい。彼女の本、「Adventures in Raspberry Pi」は翻訳されてないものの日本での評価はかなり高い。そんな彼女と教育事情の話をしてみた。以前ある教育系の方から「Scratch(子どもの学習向けのプログラミング言語)は年齢の低い子供の言語であり、中学生以上でそこそこ使えるようになると別の言語での教育が必要になるのだが、どんなのを選んでいけばいいだろう、どうやったらその子がITに興味をもってくれるんだろうか」と話をもらっていた。Anneさんにこの日本の事情を話すと、イギリスでも同じ事情で、どう教育するのがよいか考えているとのことだった。訪問時の翌日、Lizは朝から教育チームとのミーティングが幾つかあり、財団が教育コンテンツに力をいれていることを、改めて実感した。
午後になると財団に関係するいろいろな人やってくる。PimonoriのPaul Beechさんやケンブリッジ大学からのインターン生、学生など……。なんでもEben曰くRaspbian(Raspberry Pi上で動作するOS、Debianの一種)の拡張をやってもらっているらしい。こういうところは初期のITスタートアップ企業と同じ雰囲気である。
ホテルへの帰り際、ケンブリッジの学生が酔っぱらって歌って歩く姿がみられた。Ebenが苦笑して今どきのケンブリッジの学生の実情の話をしてくれて、Riot Clubという今時のイギリスの若者を描いた映画を紹介された。実に日本とイギリスは似通っているのだな、と実感した。
新製品のアップデートも
多忙ながらEbenからいくつか製品アップデートの話もあった。新型の「A+」とタッチパネルディスプレイはTechCrunchでも報道があった通りで、財団として精力的にいろいろ取り組んでいるのが分かる。A+については見せてもらってびっくりしたが、「B+」の取り付け穴の4つ穴の位置まで製品サイズを縮小している。2013年の来日イベントでminicubeさんという方が話をされたRaspberry Piの基板を一部切り取って使うRaspberry Pi Type Squareを思い出させた。
このときEbenに、公式フォーラムなどいろいろ話題になっている韓国Hardkernelの「ODROID-W」について聞いてみた。Raspberry Piと同じCPUを使いRaspbianなどRaspberry Piと同じものを動かすことができ、本家Raspberry Piよりかなり小さいことを売りにしている製品だ。Ebenは、本来供給されるはずのないSoCを搭載しているなどかなり困っている様子を見せていた。また、ODROID-WのRaspbianの中には、Oracle純正Javaのほか、本来有償であるアプリケーションがインクルードされていた。これらは同様にRaspberry PiにもインクルードされているがあくまでRaspberry Pi上の動作で教育研究用を前提に無償にてインクルードされているものである。現在は財団からの要望もあり、BroadcomからHardkernelには二度とSoCを供給しないことになっている(Hardkernelのこちらのページを参照、かつてはBroadcomからチップが供給されない旨が書かれていたが、現在はファーストロット完了後販売しないということのみ記述されている。なお、ODROID-WでRaspbianを利用する際には、Hardkernelから提供されるkernelパッチを当てる必要がある)。
Raspberry Pi A+は、ODROID-Wと違いB+をベースに小型化をして電源系の強化を図っているだけなく価格も20ドルと抑えている。ODROID-WよりA+の方が断然良いはずだということも強調していた。確かに筆者のODROID-Wは何回か起動しない時があると思いきや、わずか4回目の通電で電源が入らなくなり壊れてしまった……。
ちなみにBanana Pi等そもそもRaspberry Piとは互換機でないものも互換機と称して流通しているが、これも財団としては大いに困惑しており、公式フォーラムでもそれらのベンダーからの宣伝の書き込みに関して(互換機で全くないとのことで)スパムとして削除をしている。
パンティングでケンブリッジを横断と
Ebenから「こっちへきたらパンティングに行こう」と誘われていた。ケンブリッジ大学構内など大学間に沿って流れるケム川を、5m長のポールで川底を突いて漕ぐパンティングはケンブリッジの名物だ。本来は到着してすぐに行く予定だったが、イギリスらしく雨で財団訪問初日は中止。2日目朝に行くことにした。天候がすぐ変わりやすいイギリスだが、朝は晴れていて、中国からの観光客が多かった。Ebenは学生時代にもよくやっていたらしくかなり慣れていてびっくりした。他にもEbenには昼食時や夕食時にケンブリッジにある大学の校舎にまつわる話を色々教えてくれたり案内をしてくれた。とにかく四方八方に大学がある、大学だらけな街というイメージが残った。
財団訪問を終えロンドンへ
財団来訪を終え、Ebenと次は日本で会おうと約束をした。冬に北海道にスキーに行きたいと言っていたのでニセコを勧めた。オーストラリア人の来訪が多く英語も通じる地域で、彼らにはもってこいだろう。さて次はもう1つの訪問約束をしたBBCへ行くべくロンドンへ向かった。
BBC Click出演、そして世界のBBCを見学へ
BBCの著名なITジャーナリストであるBill Thompsonさんとは、彼が2012年にNHKとBBCのデジタルアーカイブ事業協業で来日していた時にRaspberry Pi関係者として面会をしていた。日本のIT教育事情などの話をし、イギリスに一度も行ったことないことを話すとイギリスに来たらBBCに来て欲しい、スタッフを紹介したい旨の話があった。こういうことはあまり長い間を置いておくと忘れ去られてしまう。そう思ったところも今回のイギリスへ行く理由の1つとなった。
いざ行くよという旨をBillさんに伝えると、BBC Clickのインタビューを受けてくれないかとの話がありびっくりした。BBC Clickと言えば、Appleのスティーブ・ウォズニアックがかつてジョブスの思い出やRaspberry Piのことを語ったあの番組だ、驚きが隠せなかった。このClickはビデオサービスとラジオサービスがあり両方ともWorld Serviceではあるが、今回インタビューを受けたのはラジオサービスの方だった。
BBC Clickは世界向けのプログラムサービス、世界の番組に初出演
BBCはロンドン圏内にいくつか点在しているが、Oxford Circus駅近くにあるBroadcasting Houseでの打ち合わせとなった。古い初期のBBCの建物と新社屋が並んで立っている。
少し待ってColin Grantさんの案内によりBBCのラジオスタジオへ。インタビュアーのGareth Mitchellさんにまずはリラックスを促され、インタビューがスタートした。RAPIROの成功の理由や秋葉原の電子工作事情としてハンダ付けカフェなどの話をした。オール英語でかなり緊張したがひとまず終了。
インタビュー収録終了後、Billさんに放送局内部とBBC Clickの生放送を見せてもらった。びっくりしたのはその編集スピードであった。番組が終わると即編集され、即配信される。またインタビューは取材対象が遠隔地の場合Skypeを使って行なうとのことだった。この辺りは実にWorld Serviceらしさを感じた。
BBCは旧ビルと新ビル2つに分かれていて、伝統的な旧ビルに取締役会の会議室やプレジデント室があり、ラジオで有名なBBCらしくラジオの電子工作キットの完成品などが置いてある。また旧ビルと新ビルの渡りがエレベーター(!)というのもびっくりした。
新ビルは世界のBBCらしく地下にまるで株式のコールセンターのようなところがあり、国内向けと全世界向けのWorld Serviceのビジネスディスクが並んでいた。BBC World Serviceはあくまで世界のワールドサービスであり世界各地に向けたインタビューを実施している。国内向けはあくまでドメスティックで違いが明確にあるとの話をBillさんより受けた。
元々Raspberry PiがBBCのブランドを冠して発売しようとしたくらいRaspberry PiとBBCの関係は深い。社屋内部を見学中にRory Cellan-Jonesさんのところに立ち寄った際、プロトタイプのRaspberry Piを紹介したビデオを見せてもらった。
まとめ、イギリス・財団・BBC初訪問を終えて
初の渡英で個人的にはいろいろ文化的勝手が違いとにかく大変だった。ただ、財団がどんな所で、どんな人がいて、どんな状況なのかは嫌なくらい把握できた。と同時に、やはりなんらかの形で1年に一度はフォーラムサイト上だけでなく、会って話す機会が必要だなと改めて実感した。
Ebenはこの2週間後にビジネスでアメリカに行っている、過去何回か渡米しているようなので、同じように日本にも定期的に訪問してくれるよう引き続きお願いしようと思っている。著者もまた定期的にイギリスに行く機会を作りたい。
書誌情報
タイトル:Raspberry Piユーザーガイド 第2版
著者:Eben Upton(著)、Gareth Halfacree(著)、株式会社クイープ(翻訳)
判型:B5変形判
ページ数:320p
定価:2,600円+税
ISBN:978-4-8443-3649-5