やじうまPC Watch
NVIDIAのジェンスン・フアンCEOに、NV1搭載のEDGE 3Dにサインをいただきました!
2026年7月17日 01:17
NVIDIAは7月16日夜、東京都内で「NVIDIA Japan AI Ecosystem Reception」と題したパートナー向けイベントを開催。このイベントは、午前中に行なわれた日本の企業およびスタートアップとの連携強化の発表に続くパーティーだ。そしてなんとイベントの最後、筆者はジェンスン・フアン氏から、初代チップ「NV1」搭載ビデオカード「EDGE 3D」にサインをいただくという奇跡的な機会に恵まれた。本稿ではイベントの模様と、サイン獲得の舞台裏をお伝えする。
発言の冒頭は、昨日秋葉原で行なわれたファン向けイベントの内容と同じく、セガに窮地を救われたときの話から始まった。当時のフアン氏はまだ33歳で、駆け出しの頃だった。「バーチャファイター」や「デイトナUSA」といった本格的な3Dタイトルがアーケード機で動いているのを見て心を動かされ、それをPCで展開するなら日本のセガを訪れるしかないと決心した。
その後NV1のような製品を生み出しつつも、セガと共同で「セガサターン」次世代機の開発にあたったのだが、チップの開発に失敗。しかも、会社のお金が底を突き、立ち行かなくなった。これに対しセガはNVIDIAに約500万ドルの資金を提供し窮地から救った。この恩をフアン氏はずっと心に残しており、それが日本が好きである理由の1つでもあると熱く語った。
続けて語られたのが長崎大学の濱田剛氏のエピソードで、濱田氏はGeForce 8世代で出たばかりのCUDA技術を駆使し、市販のGeForceを数百枚組み合わせたクラスタ構成をフアン氏に披露したという。また、世界で初めてGPUを大規模に導入したスーパーコンピュータ「TSUBAME」を設計した東京工業大学(現在は東京科学大学)の松岡聡氏の名前も挙げ(同氏はイベントにも参加)、日本にはNVIDIAのマイルストーンを実現した技術者や企業が多数存在すると語った。
こうしてNVIDIAを支えてきた日本に対して、「恩返しをするのが今だ」とフアン氏は語る。なぜかといえば、日本にはロボット技術(メカトロニクス)に加え、物理化学、量子コンピューティングといった「ハードウェアが結集している」が、「ソフトウェアが……」と指摘する(フアン氏はここで言葉を止めたが、これは誰もが弱い分野だと思うところだろう)。
そしてこのソフトウェアの弱みを解消するのがAIであり、AIがソフトウェアを書くことでハードウェアの強みを生かすことができ、日本社会がさらに進歩・発展できるのだという。だから、今がそのAIを提供できるNVIDIAが恩返しをするときだと語った。
パーティーでの挨拶が終わった後、メディア向けの囲み取材が行なわれたが、ここでもフアン氏は日本社会が今後、AIによって大きく飛躍できることに期待を寄せた。
思いが詰まったEDGE 3Dにサインをいただきました!
そしてフアン氏が退場する際に、弊誌で執筆している笠原一輝氏がフアン氏に軽く挨拶をしたのだが、ここで筆者は昨日のセガとの共同イベントでフアン氏に見せる機会がなかったNVIDIA初の3Dチップ、NV1を搭載したビデオカード「EDGE 3D」を見せたところ話が盛り上がり、快くサインしていただくことができた。
筆者が中学の頃、PCを使い始めてまず興味を持ったのはビデオカードだった。その辺の話は以前にも書いたことがあるのだが、NV1を搭載したEDGE 3Dは、MIDI音源やサターンパッドのインターフェイスを統合した憧れの1枚であった。しかし、当時の中学生だった筆者にとってそれは高価で、手が出るものではなかった。
そう、実はこのカードを購入したのは友人の父親だ。彼も大のPC好きで、新しいパーツが登場してはすぐに購入していて、EDGE 3Dもそのラインナップのうちの1つ。筆者が家にお邪魔して遊びに行っては、EDGE 3Dで「バーチャファイター」や「パンツァードラグーン」、「デイトナUSA」を楽しんだ。このときに体験した美しくスムーズな3Dグラフィックスへの感動、そして彼が「このカード、マザーボードとの相性が悪くて16色しか出ないんだよ(NV1ではない、念のため)」と困りつつも、楽しそうに秋葉原へ向かう姿。筆者はそこに魅力を感じたのだ。
その後、筆者はこの中学時代の思い出の詰まったEDGE 3Dを譲り受けた。
今はもう、彼はこの世にいない。しかし、彼が遺してくれたカードに30年以上の時を経て、フアン氏直筆のサインが入った。今夜はこの宝物を手に、天国に向かって「ありがとう」と報告したい。






























