イベントレポート
マイクロ波で超高密度記録を狙う次世代HDD技術
(2013/1/18 15:48)
磁気記録技術に関する世界最大規模の国際会議「MMM/Intermag 2013」の実質的な2日目の発表セッションが16日(現地時間)に完了した。この日の夕方には全体講演であるプレナリセッションが開催され、「MMM/Intermag 2013」の概要が示された。
国際会議で発表を希望する研究者は普通、論文の要約であるアブストラクトを投稿する。投稿されたアブストラクト論文の増減で、国際会議の盛衰がある程度は推し量れる。今回のアブストラクト投稿論文の数は2,559件で、2010年に開催された「MMM/Intermag 2010」の2,317件を上回った。なお2012年のIntermag 2012の投稿論文数はおよそ1,770件(採択論文数からの推定値)、2011年のIntermag 2011の投稿論文数は1,911件なので、3年に1度のMMM/Intermagが突出して大規模であることが分かる。
「MMM/Intermag 2013」で投稿論文の中から選ばれた論文(採択論文)の数は1,749件である。採択率は68.3%で、Intermagとしてはかなり低めだ。国・地域別の採択論文数では米国が516件で最も多く、4分の1強を占める。それから日本(218件)、中国(183件)、韓国(130件)、ドイツ(95件)、台湾(80件)と続く。日本を含めたアジア地域で磁気関連の研究開発が活発なことが分かる。
磁気異方性エネルギーとは何か
また16日には、次世代HDD向けの高密度記録技術である、マイクロ波アシスト磁気記録に関する講演セッションが開催された。前回のMMM/Intermag 2013現地レポートで触れたように、マイクロ波アシスト磁気記録とは、記録密度を高めるために磁気異方性エネルギーの高い磁性材料を使い、マイクロ波エネルギーの助けによって記録磁界を従来並みに下げる技術である。MAMR(Microwave Assisted Magnetic Recording)とも呼ばれている。読みは「ママー」。
ところで磁気異方性とは、特定の方向(とその逆向きの方向)にだけ磁化が起こりやすい性質を意味する。現在のHDDは垂直磁気記録方式なので、磁気ディスク表面と垂直な方向に磁化が向きやすい磁性材料を使う。磁気異方性の強さは、磁気モーメントが最も向きやすい方向での内部エネルギーの値と、磁気モーメントが最も向きにくい方向での内部エネルギーの値の違い(差分)によって表現される。このエネルギー差が、磁気異方性エネルギーである。
磁気異方性エネルギーが大きい材料は、磁化の方向がぶれにくく、熱安定性が高い。熱安定性は磁気異方性の強さと磁区の体積の掛け算で決まるので、記録密度を高める、すなわち、磁区の体積を極めて小さくするためには、磁気メディアの材料を磁気異方性エネルギーの大きな材料に変更することで熱安定性を維持することになる。
ここで問題となるのは、磁気異方性エネルギーの大きな材料は、磁化反転(データの書き換えを意味する)に必要な磁気エネルギー(磁界)も大きくなってしまうことだ。磁化反転とは具体的には磁気モーメントを回転させて向きを逆にすることである。この時に磁気モーメントを最も向きにくい方向、言い換えると元の状態から直角の方向に1度は曲げる必要がある。最も単純なのは、極めて強い磁界を加えることで無理やり磁気モーメントを回転させることなのだが、記録ヘッドが発生できる磁界には限界があるので、磁気異方性の強い材料を採用した場合は、実用的には記録ヘッドの磁界だけで磁気モーメントを反転させることは非常に難しい。
MAMR研究の歴史
そこでまず考えられたのが、熱エネルギーを利用して磁性材料を高温に加熱し、磁化反転に必要な磁界を一時的に下げることである。磁性材料は特定の温度(キュリー温度)に近付くと磁気異方性を急速に失う。この性質を利用したのが熱アシスト磁気記録で、HAMR(Heat Assisted Magnetic Recording)あるいはTAMR(Thermal Assisted Magnetic Recording)とも呼ばれる。読みは前者が「ハマー」、後者が「タマー」。
熱アシスト磁気記録の研究の始まりはかなり早く、研究そのものもかなり進んでいる。2012年には大手HDDメーカーのSeagate TechnologyがHAMRを次世代HDDに採用したことを発表したり、大手磁気ヘッドメーカーのTDKがエレクトロニクス製品の展示会「CEATEC」でHAMRによるHDDの磁気記録をデモンストレーションしたりといった出来事があった。
これに対してマイクロ波アシスト磁気記録の歴史は、およそ5年で、かなり短い。2007年に、米国カーネギーメロン大学のZhu教授が磁性材料に高周波磁界を照射して強磁性共鳴(FMR:Ferromagnetic Resonance)を発生させると、磁化反転に必要な磁界(直流の反転磁界)が大幅に低下することをシミュレーションで示したことが始まりである。
強磁性共鳴とは、高周波磁界と磁気モーメントが共鳴して磁気モーメントが歳差運動(コマが回転を止める直前にふらつく運動)を起こす現象で、磁気モーメントが安定していないために外部磁界の影響を受けやすくなる。つまり、弱い直流磁界で磁化反転が起こる。
マイクロ波アシスト磁気記録ではまず、高周波磁界の発生が問題になる。提唱者のZhu教授は、高周波磁界の発生にはスピントルク発振素子が利用できるとした。スピントルク発振素子は磁性体膜と非磁性体膜の積層構造でできており、積層構造を貫く方向に外部磁界と電流を与えると、磁気モーメントの歳差運動によって高周波磁界が発生するというものである。
急速に進むMAMRの研究開発
次世代HDDの研究開発コミュニティではマイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)の提案に注目する向きが多く、にわかに研究開発が活発になった。2009年には富士通と大阪大学がスピントルク発振素子による高周波発振を確認した。2010年には日立製作所が、スピントルク発振素子による高周波磁界が磁化反転の補助磁界になることを実験で示した。
そして高周波磁界の照射によって反転磁界が減少することが微小な磁性体ドットで確認されたのは、2012年のことである。東北大学多元物質科学研究所の岡本聡准教授らの研究チームが、直径が210nmのコバルト白金(Co/Pt)多層膜ドット列に23GHzの高周波磁界を照射したところ、反転磁界が約80%も減少した。「MMM/Intermag 2013」では、東北大学はさらに小さな直径120nmのコバルト白金(Co/Pt)多層膜ドットで、約15GHz~18GHzの高周波磁界を照射すると反転磁界が減少することを示した(S. Okamotoほか、発表番号CB-02)。なおジュール加熱を避けるため、高周波磁界はいずれもパルス状で印加している。
またHGST日本研究所は、MAMR用の記録ヘッドと磁気メディアをきちんと組み合わせて設計してみせた(M. Shiimotoほか、発表番号CB-05)。記録ヘッドは、直流磁界を発生する主極(メインポール)とスピントルク発振素子を組み合わせたもの。微粒子の直径が5.5nmと小さく、異方性磁界Hkが30kOeと高い磁気メディアを採用した場合に、平方インチ当たり2Tbitを超える記録密度が得られるとした。
このほか日立製作所が、MAMRで5Tbit/平方インチと高い記録密度を目指したスピントルク発振素子の性能をシミュレーションで検討した結果を公表していた(K. Watanabeほか、発表番号CB-03)。外形寸法が20nm角~40nm角と極めて小さなスピントルク発振器である。
マイクロ波アシスト技術が熱アシスト技術に比べて有利な点は、アシスト・エネルギーの照射領域を微小なスポットに絞りやすいこと、記録ヘッドにエネルギー発生源(スピントルク発振素子)を組み込みやすいこと、などがある。現在は熱アシスト技術に比べると完成度ははるかに低いものの、改良および進展の余地は大きい。今後の研究成果に期待したい。