5Tbit/平方インチを視野に入れたHDD技術
磁気応用に関する世界最大の国際学会Intermag 2012が本格的に始まった。5月9日とその翌日である5月10日には、ハード・ディスク装置(HDD)の高密度化技術に関する研究成果が数多く公表された。
●HDD高密度化の課題HDDの高密度化とは、一言でまとめると面積当たりに記録できるデータビットの数を増やすことだ。そこで面記録密度、具体的には平方インチ当たりに何bitを記録できるかで高密度化の度合を評価する。ちなみに市販されている最新のHDDは、500Gbit/平方インチ~700Gbit/平方インチの面記録密度を有する。
HDDの高密度化といっても、単純には進まない。HDDは磁気メディア(ディスク)や記録ヘッド、再生ヘッド、位置決め機構などのさまざまな要素技術で構成されているからだ。要素技術の仕様がお互いに影響し合う。複雑なトレード・オフのバランスをとらないと、製品にはならない。
例えば磁気メディアから高密度化の議論を始めてみよう。磁気メディアの記録層である磁性材料膜には微細な粒子(微粒子あるいはグレイン)が層状に連なっており、複数個のグレインの塊(磁区)について磁化の方向を揃えるように記録ヘッドで磁界を加えることで、情報(ビット)を記録している。
磁気メディアの磁性材料に書き込まれた磁化(磁気モーメント)は、熱エネルギーによって揺らぐ。「熱揺らぎ」、「熱擾乱」などと呼ばれている。熱エネルギーの大きさはkB(ボルツマン定数)とT(温度)の積に相当する。一方、磁化の反転に必要なエネルギーは、磁性材料の磁気異方性の強さ(Ku)と微粒子の塊(磁区)の体積(V)の乗算に相当する。製品レベルで磁化を安定させるためには、磁気ディスクの温度をTとすると、kBとTの積に対してKuとVの積を、60倍~70倍にしておくことが必要だとされている。
ここで高密度化とは、1bitの面積を狭くすること、つまり微粒子の塊の体積(V)を小さくすることに相当する。当然ながらVを小さくするとKuとVの積が小さくなり、熱エネルギーに対する磁化の安定性が低下する。そこで安定性を維持するために、Kuの大きな磁性材料に変更する。ところが、Kuの大きな磁性材料は、磁化反転が起こりにくい。磁化反転を起こすには記録ヘッドの磁界を高める必要がある。単純に磁界を強めると隣接トラックに漏洩する磁界が増加し、記録信号の信号対雑音比(SNR)が悪化する。これを防ぐには磁界の変化が急峻な記録ヘッドを開発しなければならない。
また、磁気信号の信号対雑音比(SNR)は磁区当たりのグレインの数の平方根に比例する。グレインの大きさを変えずに磁区の体積Vを小さくすると、SNRが低下する。SNRを維持するには、Vの縮小に比例してグレインを小さくしなければならない。すなわちグレインの小さな材料の開発が必要になる。
HDD高密度化の課題 |
●高密度化の限界を突破する技術
これらの堂々巡りのような技術課題をこれまでHDD業界は、既存技術の改良でなんとか解決してきた。しかしいつかは限界が来る。現在のところは、1Tbit/平方インチ付近で限界に達するとされている。
この限界を打ち破るために研究開発が進められているのが、以下に示す4つの技術だ。
(1)ビット・パターン・メディア(BPM)技術
(2)熱アシスト磁気記録(TAMRあるいはHAMR)技術
(3)マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)技術
(4)シングル磁気記録(SMR)技術
高密度化の限界を突破する技術の候補。左からBPM技術、TAMR技術、MAMR技術、SMR技術 |
(1)のビット・パターン・メディア(BPM)技術は、磁気メディアの記録層を微細なドットの高密度アレイに加工し、1個のドットを1bitに対応させるというもの。磁区の境界に相当する領域が大幅に狭くなり、記録密度が高まる。
Intermag 2012では、東芝が5Tbit/平方インチときわめて高い密度のビット・パターンを磁性材料膜に加工してみせていた(Y. Kamataほか、講演番号CS-10)。磁性材料は鉄と白金の合金(FePt)である。厚みは3.2nm。加工用マスクには有機高分子材料のPS(ポリスチレン)-PDMS(ポリジメチルシロキサン)を用いた。この有機高分子材料をスピンコートすると、PDMS側を中心として均一な大きさの球状に自動的に凝集し、きれいに配列する。配列のピッチは分子量でコントロールする。
5Tbit/平方インチの加工用マスク。有機高分子材料が球状に凝集する性質を利用した。「セルフアセンブリ」と呼んでいる |
(2)の熱アシスト磁気記録(TAMRあるいはHAMR)技術は、レーザー光を記録層に集光して加熱し、磁化反転を起こりやすくする技術である。Kuの高い材料を使いやすくなる。
Intermag 2012では、University of RochesterとWestern Digitalの共同研究チームが、レーザー光の集光にフレネル・レンズを使う技術を提案していた(L. Miaoほか、講演番号CC-08)。フレネル・レンズは平面に回折パターンを形成したレンズで、リソグラフィ技術によってパターンを加工できるため、屈折レンズに比べると製造が容易だという特徴を有する。磁気ヘッドの保護膜に使われているアルミナ・セラミックをリソグラフィで加工し、レンズを実現する。
平面に回折パターンを形成したレンズの平面図とレンズの加工手順 |
(3)のマイクロ波アシスト磁気記録(MAMR)技術は、マイクロ波を記録層に照射し、強磁性共鳴(FMR)を起こすことで磁化反転を起こりやすくする技術である。熱アシスト記録と同様に、Kuの高い材料を使いやすくなる。
Intermag 2012では、慶應義塾大学とTDKの共同研究グループが、17GHzのマイクロ波パルスによってグラニュラ型磁性膜(垂直磁気記録で一般的な記録用磁性膜)の保持力を33%減らしてみせた(N. Ishidaほか、講演番号CC-10)。強磁性共鳴(FMR)の周波数スペクトラムも示していた。また日立製作所が、MAMRとBPMを組み合わせることで6.3Tbit/平方インチときわめて高い密度で磁気記録が可能なことをシミュレーションで示した(M. Igarashiほか、講演番号CC-11)。BPMのドットは、厚さ6nmの記録層に厚さ4nmの共鳴層を載せた構造である。
(4)のシングル磁気記録(SMR)技術は、どちらかと言えば既存技術の延長にある。記録ヘッドでデータを書き込むときに、隣接トラックを分離せず、わざと隣接トラックの一部を重ね書きしていく記録技術だ。原理的には記録ヘッドを縮小せずとも、記録密度を高められる。Intermag 2012ではWestern Digitalが、シングル磁気記録(SMR)に適した記録ヘッドの形状を有限要素法による解析で検討した結果を報告した(L.Wangほか、講演番号EC-10)。主磁極の全体を磁気シールドした構造と、主磁極の片側だけを磁気シールドした構造の両方を検討した。1Tbit/平方インチを超える記録密度を想定しているという。
まとめると、BPM単独で最大5Tbit/平方インチ、MAMRとBPMの組み合わせでは最大6.3Tbit/平方インチが視野に入ってきたことが分かる。製品化までの道のりはまだ長いが、ゴールそのものは見えてきた。今後の開発の進展を期待したい。
(2012年 5月 14日)
[Reported by 福田 昭]