HDDの記録限界を見極める
磁気応用に関する世界最大の国際学会「Intermag 2012」は、5月9日にプレナリセッション(全体講演)を開催した。ここでIntermag 2012の概要が紹介された。
●磁気応用の研究は日本が最も盛んIntermag 2012の参加登録者は5月9日の時点でおよそ1,200名に達した。事前登録が1,058名と大半を占める。採択論文数は1,381件。採択率は78%とかなり高い。
Intermag 2012における採択論文の内訳 |
採択論文を国・地域別に分類すると、日本が243件で17.6%を占めており、トップに輝く。米国が203件、14.7%で2位に付ける。3位は中国で178件、12.9%、4位は韓国で173件、12.5%と続く。地域別ではアジア太平洋地域(日本を含む)が57.5%と半分強を占めており、磁気応用の研究はアジア諸国、特に日本で盛んであることが分かる。欧州地域は25.2%、米州地域は17.2%である。開催地が米州のカナダであることを考慮すると、アジア勢の活発さが目立つ。
2011年の台湾開催では、採択論文に占めるアジア太平洋地域の比率が67.56%とさらに高く、国別では日本が20%で断トツである(2位は中国で14%)。ちなみに欧州地域は20.35%、米州地域は11%だった。一昨年(2010年)の米国開催ではさすがに米州地域の比率が高くなっており、29.8%を占めていた。それでもアジア太平洋地域が44.4%と地域別では最も高かった。なお欧州地域は24.6%だった。2010年の採択論文に占める日本の割合は14.4%、中国の割合は7.7%、韓国の割合は9.4%である。中国と韓国における研究開発が、ここ数年で非常に活発になっていることがうかがえる。
ここまでの数値を眺めていて、ちょっとした違和感があった。参加登録者が1,200名で、採択論文数が1,381件。採択論文の数よりも参加者の数が少ない。普通は逆のはずだ。論文の発表者に、論文を発表しない聴講者が加わるからである。ところがIntermag 2012では逆の現象が起こっていた。
調べていくと、理由はほどなく判明した。「ノーショー(No Show)」が存在しているのだ。Intermagではポスター発表の割合がかなり多い。厳密に数えたわけではないのだが、発表論文の半分、あるいは半分強がポスター発表だと感じられた。そのポスター発表会場で、発表のない区画が少なからず存在していた。ポスターを貼っていないし、発表者がいない。そういった区画だ。
Intermagの関係者によると、特に中国の研究者による「ノーショー(No Show)」が頻発しているという。Intermagではフルペーパーの締め切りが学会の開催後になっており、会場に来なくてもフルペーパーを投稿すれば、研究論文の実績が残せる。国際学会での発表実績の積み重ねにはなる。
だからといって「ノーショー(No Show)」というのはいかがなものか。筆者はこれまでさまざまな国際学会を取材してきたが、何らかのアクシデント(例えば航空便の欠航、本人の急病など)以外の理由で発表者が姿を見せなかった例を知らない。その場合は発表が取り止めになったり、発表者の代理人が講演原稿を読み上げたりする。
ポスターセッションの会場風景(現地時間5月11日撮影)。区画ごとにポスターが貼られ、発表者がその前に立って質問を受け付ける | ポスターセッションの会場風景(現地時間5月11日撮影)。ポスターなし、発表者なしの区画が並ぶ。「ノーショー(No Show)」らしき発表が目立つ |
●不良率がHDDの記録密度限界を決める
さて、話題をIntermag 2012の発表に戻そう。HDDの記録密度の限界を検討した、興味深い講演があったのでご紹介したい。
英国ヨーク大学(University of York)を中心とする共同研究グループは、HDDの記録密度向上を阻む要因として「熱ゆらぎによる不良率(エラーレート)の増大」を指摘した(R.F. Evansほか、講演番号FH-02)。
HDDの記録密度(面記録密度)を高めるにはこれまで、「トリレンマの壁」と呼ばれる技術障壁をクリアすることが必要だとされてきた。トリレンマを構成する3つの壁は、「熱安定性」と「磁気記録の容易さ」、それから「信号対雑音比」である。
HDDの高密度化を阻む「トリレンマ(Tri-lemma)の壁」 |
信号対雑音比を維持しつつ面記録密度を高めるには、記録層の粒子を小さくしたい。ところが粒子を小さくすると、熱によって磁化が反転しやすくなる。これを防ぐには、磁気異方性(保持力)の高い材料に記録層を変更する。すると記録ヘッドを微細にしながら発生する磁界を強めなければならない。これは容易ではない。また記録層の粒子はあまり小さくできない。すると面記録密度をあまり高められない。このように“三すくみ”の状態になっており、これを「トリレンマの壁」と呼んでいる。
それでは、記録層の粒子を極限まで小さくする技術、すなわちビット・パターン・メディア(BPM)技術を駆使するとどうなるか。極限状態を考えると、1個の粒子に1個のビットを記録することになる。
このような極限状態では記録時の不良率(ビットエラーレート:BER)が面記録密度の限界を規定するようになるという。トリレンマに新たにBERという要因が加わって「四すくみ(クオドリレンマ)」の状態になる。
「クオドリレンマ(Quadri-lemma)の壁」 |
クオドリレンマの状態で、磁気異方性エネルギーの大きな磁性材料を記録層に採用した場合に面記録密度を計算したところ、1平方インチ当たりで20Tbit~30Tbitときわめて高い値を得た。ただし実際には通常の方式では磁気ヘッドが実現困難なので、熱アシスト記録方式の磁気ヘッドになる。熱アシスト方式では熱ゆらぎによって記録時の不良率が著しく増加する。このため、熱アシスト方式だと面記録密度の限界は、1平方インチ当たりで5Tbit~10Tbitに下がってしまうという。
ビットエラーレート(BER)と面記録密度(AD)の関係。赤色はサマリウムコバルト合金(SmCo5)、青色は鉄白金合金(FePt)の場合。点線は通常の記録方式での面記録密度、実線は熱アシスト記録方式での面記録密度 |
●磁性粒子が縮小していないのに記録密度が向上
またHDDメーカーのHGSTは、HDD記録ヘッドの浮上量(FH:Fly Hight)と磁化転移位置の変動(ジッター)の関係について調べた結果を発表した(H. Richterほか、講演番号FH-1)。最新のHDDでは記録ヘッドの先端にヒーターを内蔵しており、浮上量をある程度は制御できるようになっている。浮上量が増えると、記録ヘッドによる磁界変化がなだらかになり、浮上量が減少すると、磁界変化が急峻になる。
2種類の磁気ヘッドと磁気ディスクの組み合わせについて実験したところ、浮上量が大きくなるとジッターが大きくなる傾向がみられた。またジッターが小さくなるような磁気ヘッドと磁気ディスクの組み合わせでは、磁性粒子(グレイン)の大きさによる理論限界に近い値にまで、ジッターが小さくなっていた。
HDD記録ヘッドの浮上量(FH:Fly Hight)と磁化転移位置の変動(ジッター)の関係。GZLは磁性粒子(グレイン)の大きさ(9.5nm)によるジッターの理論限界値 |
HGSTによると近年のHDDでは磁気ディスクの磁性粒子が縮小していないにも関わらず、面記録密度が向上しているという。むしろ磁性粒子の大きさはわずかながら、拡大傾向にあるとする。グレインの大きさによる理論限界に近い値にまでジッターが小さくなっているという実験結果は、この主張を裏付けるものだ。
極めて低いコストを維持しながら、記録密度を高めようとする努力はまだまだ続く。次回のIntermag、すなわちIntermag 2013は2013年1月14日~18日に米国イリノイ州のシカゴで開催される予定だ。HDDやMRAMなど、磁気記録技術のさらなる発展を期待したい。
(2012年 5月 18日)
[Reported by 福田 昭]