イベントレポート

限界と常に闘い続けるHDDの記録密度向上技術

会場ホテルのHyatt Regency Chicago
会期:1月14日〜18日(現地時間)

会場:米国イリノイ州シカゴ Hyatt Regency Chicago

 HDDや磁気テープ装置、次世代磁気メモリ(スピン注入メモリや磁壁メモリなど)などを支える磁気記録技術に関する世界最大規模の国際会議「Joint MMM/Intermag 2013」が、米国シカゴで1月14日(現地時間)に始まった。

 磁気記録技術の研究開発コミュニティでは例年、2つの大きな国際会議が開催されている。1つは米国物理学協会(AIP:American Institute of Physics)が主催する「MMM(Conference on Magnetism and Magnetic Materials)」である。磁性材料の研究開発に関する最新成果を発表する学会だ。もう1つは、米国電気電子技術者協会(IEEE:Institute of Electric and Electronics Engineers)が主催する「Intermag(International Magnetics Conference)」である。こちらは磁気応用の研究開発に関する最新成果が披露される。

 MMMとIntermagはいずれも毎年開催されているのだが、3年に1度、合同大会(Joint Meeting)が開催される。前回の合同大会は2010年1月に米国ワシントンDCで開かれ、約1,700名の参加者を集めた。今回も同程度の参加者が期待される。

 「MMM/Intermag 2013」が本格的に始まるのは1月15日である。初日の14日は夕方に参加登録受け付けが始まり、続いて講演セッションが夜にほんの少しあるだけ。1,000件を軽く超える膨大な数の研究成果を発表するセッションが一斉に始まるのは、15日の朝からだ。

 研究発表のセッションには、スライドを使って口頭で発表するセッション(講演セッション)と、ポスターをパネルに貼って発表者が参加者の質問を受けるセッション(ポスターセッション)がある。15日以降は午前と午後に分けて、複数の講演セッションとポスターセッションが同時並行で進む。このため全ての研究発表を聴講することは不可能である。PC Watchでは将来のPCやモバイル機器などに関連しそうなテーマに絞って、発表内容をご紹介する。

HDDの高密度限界「トリレンマの壁」

 実質的な初日である15日は、HDDの記録密度を高める研究成果の一部が公表された。HDDではディスク基板の両面に塗布した磁性体にデータを記録する。このためHDDの高密度化とは、単位面積当たりに記録可能なデータの容量を増やすことを意味する。具体的には、平方インチ当たりのビット数で表記することが多い。例えば現在市販されているHDDの記録密度は、およそ750Gbit/平方インチに達するとされている。

 HDDはシステムである。HDDシステムを構成する要素技術には磁気メディア技術、記録ヘッド技術、再生ヘッド技術、信号処理技術、位置決め技術などがあり、これらの要素技術の仕様がお互いに影響し合う。仕様のバランスを取ることで、製品が成立している。

 HDDの記録密度はこれらの要素技術の連携によって決まっているものの、粗く言ってしまえば、現行の垂直磁気記録方式によるHDDで記録密度の上限を決めているのは磁気メディアと記録ヘッドである。この2つの要素技術による記録密度向上の限界は「トリレンマの壁」と呼ばれている。

 「トリレンマの壁」とは、3つの重要な特性が三すくみの状態にあることを表現したものだ。3つの重要な特性とは「信号対雑音比(SNR)」、「磁気記録の容易さ(Write-ability)」、「熱安定性(Thermal Stability)」である。

トリレンマの壁

 磁気メディアの記録層である磁性材料膜には現在、さまざまな大きさの微小な粒子で構成された多結晶膜が使われている。これを「グラニュラ型磁性膜」と呼ぶ。複数の粒子をまとめたブロック(磁区)について磁化の方向をそろえることで、磁気メディアにデータを記録する。

 ここで磁気メディアの信号対雑音比(SNR)は、磁区当たりの粒子(グレイン)の数の平方根に比例する。つまり、SNRを維持するためには一定数の粒子が必要になる。これが何を意味するかというと、磁区当たりの粒子の数を減らすことで記録密度を高めようとすると、SNRが悪化するということだ。

 また磁気メディアに記録された磁化(原子サイズの磁気モーメント)は、周囲温度の熱エネルギーによって揺らぐ。熱エネルギーの大きさは「ボルツマン定数(kB)」と呼ぶ物理定数と「絶対温度(T)」の積である。これに対抗する磁気エネルギーの大きさは、磁性材料の磁気異方性の強さ(Ku)と磁区の体積(V)の積になる。実用的な熱安定性を得るために、磁気エネルギーは温度による熱エネルギーのおよそ60倍以上の大きさを維持しなければならない、とされている。これが何を意味するかというと、磁区の体積(V)を小さくすることで記録密度を高めようとすると、熱安定性を維持するためには、磁気異方性の強さ(Ku)を大きくしなければならないということだ。

 磁気異方性の強さ(Ku)は、磁化の向きの変更しやすさを決めている。磁気記録では通常、磁気モーメントの向きを逆向き(180度違う向き)にする(磁化反転する)ことでデータを記録する。Kuの大きな磁気メディアを使うと、磁化反転に必要が磁界が増加する。つまり、記録ヘッドが発生しなければならない磁界が大きくなる。単純に磁界を強くすると、周囲に漏れる磁界も大きくなり、SNRが悪化する。SNRの悪化を防ぐには磁界が急しゅんに変化する記録ヘッドを実現しなければならない。このような記録ヘッドを開発するには、技術的な困難がつきまとう。

トリレンマの壁を突破する技術

 そこでトリレンマの壁を突破する要素技術の研究開発が、継続して進められている。要素技術の方向は大きく分けると2つ。磁気メディアを変更するか、記録ヘッドを変更するか、である。

 磁気メディアを変更する技術は、「ビットパターンメディア(BPM:Bit Pattern Media)」と呼ばれている。磁気メディアの表面に凹凸のパターンを加工することで、隣接するビットに漏れる磁界を大幅に減らす。トリレンマの壁の中では、SNRの壁を突破することに相当する。

 「MMM/Intermag 2013」の実質的な初日である15日には、大手HDDメーカーのWestern Digitalが招待講演で平方インチ当たり1T個ときわめて高い密度で記録ドットを作製してみせた(O. Hellwigほか、発表番号BB-01)。単純計算では、1Tbit/平方インチの記録密度になる。記録材料はコバルト・クロム白金(CoCrPt)合金である。漏れ磁界(iSFD)の割合は4%と非常に小さい。

現行のグラニュラ型垂直磁気記録メディア(左)と将来技術であるビットパターンメディア(BPM)。上は概念図、下は実際の磁気メディアの電子顕微鏡観察像。下の像で色分けした部分はビット列のイメージ

 これに対し、記録ヘッドを変更する技術は、「エネルギーアシスト磁気記録(EAMR:Energy Assisted Magnetic Recording)」と呼ばれている。EAMRでは、磁区の体積(V)を小さくして記録密度を高め、磁気異方性(Ku)の大きな磁気材料を使う。ただし、このままだと磁化反転に必要な磁界が大きくなってしまう。そこで外部から何らかのエネルギーを磁気材料に与えることで、磁化反転に必要な磁界を従来並みに下げる。外部から磁気材料に与えるエネルギーの候補としては、熱エネルギーあるいはマイクロ波エネルギーが考えられている。前者は「熱アシスト磁気記録(HAMR:Heat Assisted Magnetic Recording、または、TAMR:Thermal Assisted Magnetic Recording)」、後者は「マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR:Microwave Assisted Magnetic Recording)」と呼ばれる。

 15日には、日立製作所中央研究所が熱アシスト磁気記録とビットパターンメディアを組み合わせることで、8Tbit/平方インチと極めて高い記録密度を達成可能なことを、シミュレーションで検証してみせた(J.Ushiyamaほか、発表番号AV-11)。

 熱アシスト記録では、赤外線レーザーを金属の小さなチップに照射し、金属チップの先端から洩れ出す光(近接場光)で磁気材料を加熱する。記録密度を高めるには、熱の広がりを極めて小さな領域に抑えなければならない。5Tbit/平方インチを超えるような超高密度記録は、グラニュラ型の磁気メディアでは熱の広がりが大きくなってしまうので採用できない。ドット間の断熱性を高めたビットパターンメディアが必要となる。

 日立がシミュレーションに使用したビットセルの寸法は9.7×8.4nmである。ドットの直径は4.9nm、ドット間のすき間は4.8nmしかない。トラックピッチは8.4nm。磁気メディアはガラス基板上に銅(Cu)のヒートシンク層(厚さ100nm)と磁気ドット層(厚さ6nm)、炭素のオーバーコート層(厚さ1nm)を備えたもの。磁気ドットのすき間は二酸化シリコンで埋めているとした。加熱用レーザーは波長が830nmの赤外線レーザーで、一辺が100nmで正三角形の金(Au)チップにレーザーを照射する。Auチップの先端から染み出す近接場光によって磁気ドットを加熱する。

熱アシスト磁気記録とビットパターンメディアを組み合わせた磁気記録方式における、熱の広がり(シミュレーション結果)。上は磁気ディスクの表面内での広がり。下の左は磁気ディスク面内の半径方向での広がり、下の右は磁気ディスク面内のドット列方向での広がり

可能性と現実の大きなギャップ

 ただし、この8Tbit/平方インチという値は、あくまでも可能性である。実現しようとすると、いくつもの難しい課題が立ちはだかる。例えば熱アシスト磁気記録に必要な時間の制限である。15日には、その一端が示された。米アルゴンヌ国立研究所とシンガポールの国立シンガポール大学の共同研究チームは、HDDとして実用的なスループットを達成するためには、加熱から冷却までの時間をおよそ1ns以内にとどめる必要があるとしている(D. Xuほか、発表番号BB-04)。素早く加熱し、素早く冷やすためには、ヒートシンク層の設計が重要である。磁気記録層に鉄白金(FePt)合金、ヒートシンク層に銀(Ag)を使い、冷却の速さを制御するために、熱伝導率の低い一酸化マンガン(MgO)層を追加した。

 熱アシスト磁気記録に限らず、可能性と現実の間には大きなギャップがある。実際には課題を1つずつ、解決していくことの積み重ねになるだろう。

(福田 昭)