イベントレポート

エッジ生成AIに注力するQualcomm。次世代のOryon搭載PCは2024年に登場

注目のOryonを搭載したノートPCは2024年に商用製品が市場に投入される

 COMPUTEX 2023が5月30日~6月2日の4日間にわたり台湾・台北市の南港第1展示ホールおよび南港第2展示ホールで開催されている。その開催初日となる5月30日には、Qualcommが基調講演を行ない、同社がArm版Windows(Windows on Arm)向けに展開している「Snapdragon compute platforms」の生成AIやLLMなどへの対応に関して説明した。

Arm版Windows向けSoCをアピール。期待のOryonは2024年に商用製品が登場

Qualcomm 上席副社長 兼 コンピュート/ゲーミング事業部 事業部長 ケダル・コンダップ氏

 COMPUTEXは元々の成り立ちとして、PC産業向けのイベントとして始まった経緯がある。COMPUTEXの名称がComputerとExhibitionとの造語であることからも分かるように、「コンピュータの展示会」というのがその源流にある。

 そのため、参加してきたベンダーも、Acer、ASRock、ASUS、GIGABYTEやMSIなどの台湾のPCメーカーやコンポーネントメーカーが中心になっている。ここ10年はそうした台湾のメーカーもスマートフォンを展開してきたこともあり、展示されていたりもしたが、そういった事業があまり堅調ではないという事情もあり、今回の展示の中心はPCに戻っている状況だ。

 このような理由から、COMPUTEXでの半導体メーカーの中心は、AMD、Intel、NVIDIAといったPC向けに製品を展開しているメーカーが主役だった。しかし、別記事でも触れた通り、NVIDIAは基調講演に登場し、会場にも小さいブースを用意して出展しているものの、AMDとIntelは公式には基調講演がなく、ブースなどもないため、存在が見えない状況だ。

 今回のCOMPUTEXで非常に元気に見えるのは、SupermicroやTyanのようなサーバー関連の機器を製造するメーカーで、NVIDIAが基調講演で発表したような新製品を採用したものなどを展示している。ASRock(正確には子会社のASRock Rack)、ASUSやMSIなどのPCコンポーネント向けメーカーも、サーバー向け機器を展示しており、生成AIの需要の高まりにあわせるように、データセンター向けソリューションに注目が集まっていることに対応している。

 そうした中でNVIDIAに次いで、2番目に行なわれた基調講演に登壇したのが、スマートフォン向けSoCのトップメーカーの1つであるQualcommだ。といっても、既に述べた通り、COMPUTEXではスマートフォンはあまり大きな話題にはなっていないため、今回の基調講演でフォーカスされたのもスマートフォン向けのSoCではなく、同社が「Snapdragon compute platform」と呼んでいるArm版Windows(WoA)向けのSoCだ。

 実はQualcommは、COMPUTEXでArm版Windows向けの発表を行なってきた歴史がある。2017年にはSnapdragon 835とArm版Windowsの実働デモを初めて公開したし、翌2018年にはSnapdragon 850を発表している。

 近年は同社が年末に行なうイベント「Snapdragon Summit」で翌年向けの新製品を発表することが通例になっており、COMPUTEXで新製品が発表されることはほぼなくなっている。

 今回の基調講演も例外ではなく、Arm版Windows向けの新製品は特に発表されなかった。Qualcommは2022年のSnapdragon Summitで次世代のArm版Windows向けSoCに、同社が自社開発したCPU「Oryon」(オライオン)を採用すると明らかにしている。これまでQualcommが採用してきたCPU(具体的にはArmのCortex-X/Aシリーズ)に比べて性能が大幅に強化されており、他社のCPUを性能で上回るとQualcommは説明しており、その性能などには注目が集まっている。

 Qualcomm 上席副社長 兼 コンピュート/ゲーミング事業部 事業部長 ケダル・コンダップ氏は「Oryonは2024年に発売される商用製品に搭載される」とだけ述べ、Oryon搭載製品の具体的な出荷時期に関してアップデートした。

MicrosoftのエッジAIアクセラレータ向けソフトウェアへの最適化を継続

Qualcomm 上席副社長 兼 モバイルコンピューティング/XR事業部 事業部長 アレックス・カトージアン氏

 今回の基調講演では、Qualcommは多くの時間を割いて、Windows 11での生成AIアクセラレータのサポートに関して説明した。Qualcommは、企業戦略の1つとして「インテリジェントエッジ」(デバイス上で処理されるAIのこと、エッジAI)を盛んに強調しており、今回の基調講演でも、Microsoftが先週「Build」で発表した、Windows 11でのAIアクセラレータへの対応強化についての説明を重点的に行なった。

コンピューティングを再定義していく
2月のMWCではStable DiffusionをSnapdragon 8 Gen 2上で動かすデモを行なった(別記事参照)

 Qualcomm上席副社長 兼 モバイルコンピューティング/XR事業部 事業部長 アレックス・カトージアン氏は「今やPCは生成AIにより大きく変わりつつある。QualcommはエッジAIのリーダーであり、これまでもさまざまなエッジAIを市場に提案してきた。我々はSnapdragonでPCを再定義していく」と説明。これまでx86プロセッサと比較してアイドル時の消費電力が低いというArm CPUの特性を活かし、より長時間駆動のノートPCなどを提案してきたが、近年はエッジAIのソリューションも提案しているとアピールした。

Qualcomm AI Engine

 QualcommのエッジAIへの取り組みの歴史は長い。Qualcomm AI Engineというミドルウェアが、アプリケーションからのAI処理のリクエストに応じて、最適な処理のプロセッサ(CPU、GPU、NPU)に自動で割り振って処理する仕組みを他社に先駆けて導入してきた。特にNPUに関しては、かつてはDSPだったHexagonと呼ばれるプロセッサが、今はTensor処理を行なうエンジンを内蔵するなどして、NPUとして動作するようになっている。

Qualcomm AI Stack。Qualcomm AI Engineを利用するためのソフトウェア開発キット
Microsoft デバイスパートナーセールス担当副社長 ケン・スン氏

 このQualcomm AI Engineは、エッジAIを利用してCPUに負荷をかけずにWebカメラのエフェクトを適用する「Windows Studio Effects」に対応。Qualcommは、AMDやIntelに先駆けて、SoCだけでこの機能をサポートしたメーカーになった(単体NPUを別途搭載すればAMDやIntelでも実装は可能)。

 その意味で、エッジAIのソリューションにおいて、QualcommはWindowsにSoCを提供している3メーカーの中では最も進んでいると言える。そうしたこともあり、Qualcommの基調講演にはMicrosoftデバイスパートナーセールス担当副社長 ケン・スン氏が登壇し、エッジAIの取り組みにQualcommがいち早く協力してきたことに感謝を表明した。

Qualcomm AI Engine Direct SDKによりONNX RuntimeやDirectMLからQualcomm AI Engineを利用して効率よくエッジAIの演算が可能になる

 Qualcommでは、エッジAIのアクセラレータ用のソフトウェアフレームワークとしてMicrosoftがWindows 11に導入する「ONNX Runtime」向けに、「Qualcomm AI Engine Direct SDK」というソフトウェア開発キットを用意することを明らかにしており、今後はそうした動きを加速していくことになる。ソフトウェア開発キットを導入することで、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)がDirectMLなどを通じてより容易にQualcomm AI Engineを利用できるようにする。

Luminar NeoのAI写真処理の比較。左がNPUを利用した場合で約8秒、右がCPUで2分以上と約14.4倍高速

 今回の基調講演ではそうした生成AIのデモとしてSkylumのAI写真編集ツール「Luminar Neo」を紹介。CPUで行なった場合には約2分かかる処理が、Snapdragon 8cx Gen 3に内蔵されているHexagonで演算すると8.35秒で終わり、14.4倍高速であるとアピールした。