イベントレポート

Qualcomm、5G NR対応モデムを2019年に商用化

~Xperia XZ Premiumを利用した1Gbps通信もデモ

MWCの会場に設置されているQualcommブース

 Qualcommは、2月27日(現地時間)よりスペイン王国バルセロナ市で開催中のMWC 2017で、次世代セルラー通信規格となる5G(第5世代移動通信システム)に関する数々の発表を行なった。

 その中で最も重要な発表は、「5G NR(New Radio)」に関する発表だ。現在3GPP(3rd Generation Partnership Project)で規格策定が進められている5Gの規格は、Release 15と呼ばれる仕様を策定中で、今年(2017年)の後半に策定が終了する見通し。その後、Release 16、Release 17が予定されているのだが、そうした正式な規格に先だって5Gの導入を後押しする取り組みが進んでいる。

 それが5G NRと呼ばれる取り組みで、QualcommやIntelなどのモデムチップベンダー、AT&TやNTTドコモなどの通信キャリア、EricssonやHuaweiなどの基地局メーカーなどが加盟。2020年とされているRelease.15の商用化に先立って、“5G NR”をRelease.15の一部として取り込み、2019年に商用化された製品の投入を目指している。

 それに合わせて、Qualcommは自社のモデム製品のロードマップを更新し、同社の5GモデムであるSnapdragon X50 modemファミリに、2G/3G/4Gといった過去の規格との互換性(マルチモード)を1チップでサポートする製品を、2019年の5G NR導入に合わせて商用製品に搭載する計画であることを明らかにした。

QualcommとIntelの間で熾烈な競争が発生している端末向け5Gモデム

 5Gの開発競争が加速している。特に携帯端末やIoT、自動運転自動車などに採用が期待されている端末側のモデムチップが著しい。MWCではQualcomm、そして端末向けモデムで競合関係になるIntelなどが、5Gモデムなどに関する数々の発表を行なっている。

 5Gの端末側モデムの開発に関しては、昨年(2016年)のMWCでIntelがトライアルキットを発表して大きな注目を集め、その後Qualcommがミリ波(28GHz)と6GHz以下という5Gで利用される2つの周波数帯のうち、ミリ波に対応した5Gモデム、Snapdragon X50 modemを発表した。

 だが、CESにおいてその状況に大きな変化があり、Intelがミリ波、そして6GHz以下の周波数帯に対応した5Gモデムを発表した(Intel、世界初のグローバル周波数対応5Gモデムの記事を参照)。Intelによれば、両周波数帯に対応したモデムは今年後半にサンプル出荷が開始される予定になっている。

 このように、端末側の5Gモデムの開発は、QualcommとIntelが軸になって競争が進んでおり、両社が交互に新しい発表を行なっているような状況になっている。

2020年に商用製品を展開予定だった5Gを2019年に前倒しする取り組みとなる5G NR

 QualcommがMWCでどのような発表を行なったのかを説明する前に、現在5Gの開発がどのようなスケジュール感で動いているのかを説明しておく必要があるだろう。

 現在5Gの標準規格はセルラー通信の標準規格を話し合う場である3GPPにおいて議論されている。現在策定が進んでいる5Gの仕様は、Release 15という名前で定義されており、この中で5Gの最初の仕様、さらにはLTEの上位仕様などが定義されている。なお、その後さらにRelease 16、Release 17という形で、5GやLTEなどの仕様の拡張が続けられる。

Qualcommブースで説明されている5G実現までのロードマップ

 Release 15は今年の後半に正式版となり、2020年に商用製品が登場するというスケジュールが組まれている。だが、そのスケジュールだと、いくつかの通信キャリアが考えているスケジュールには間に合わないことが想定される。

 例えば、日本の通信キャリアも2020年に行なわれる東京オリンピックに合わせて5Gの商用化を進めたい意向であることはよく知られているが、Release 15の商用化が間に合ったとしてもギリギリ、仮に年末になってしまうと、間に合わないことになる。このため、2020年以前に5Gを商用化したいニーズは高まっていた。

 そこで、AT&T、NTTドコモ、SKテレコム、Vodafone、Ericsson、Qualcomm Technologies、British Telecom、Telstra、Korea Telecom、Intel、LG Uplus、KDDI、LG Electronics、Telia Company、Swisscom、TIM、Etisalat Group、Huawei、Sprint、Vivo、ZTE、Deutsche Telekomといったモデムチップベンダー、通信機器ベンダー、通信キャリアなどが参加して、5G NR(New Radio)という取り組みが進められており、Release 1の商用化前に、5G NRといういわゆるドラフトベースでの商用化を2019年に開始することを目指す方針が明らかにされた。

 この5G NRは今週末にクロアチアで行なわれる会合で、Release 15の一部として取り入れられる予定で、実質的な公式ドラフト規格的な位置付けで運用される。この5G NRに対応した機器は正式なRelease 15の商用サービスが開始されれば、5Gとして使えることを前提にしており、いち早く5Gに対応した機器を販売していきたい端末メーカーや通信キャリアにとって、注目の存在となっている。

 シナリオとして考えられるのは、端末機器メーカーや通信キャリアは5G NRに対応した端末を基地局などのインフラの整備前に販売を開始する。そして、Release 15が正式に準備完了になった段階で、基地局を5G対応へと置き換えていくということなどが考えられる。いずれにせよ、早ければ2019年に、遅くとも2020年の東京オリンピックの時期には5G NRに対応した端末が登場することは確実になった。

Qualcommは5Gモデムロードマップを加速、5G NR向け1チップモデムを2019年に商用化

 Qualcommが今回発表したのは、この5G NRに対応したSnapdragon X50 modemファミリの製品を、2019年に予定されている5G NRの商用展開に合わせて投入するというものだ。

Qualcommブースでの5G NRのデモコーナー

 Qualcommによれば、この5G NRに対応したSnapdragon X50 modemファミリの製品は、ミリ波と6GHz以下というマルチバンド対応で、かつ4G/3G/2Gとの下位互換性を実現しているマルチモードを1チップで実現している。IntelがCESで発表した開発コードネーム“Gold Bridge”は、4G/3G/2Gは別チップで実現されており、5Gのモデムチップと4G/3G/2Gのモデムという2チップ構成になってしまうのだ。

 2Gから3G、そして3Gから4Gの時がそうだったように、端末側が新しい規格に対応したとしても、基地局などのインフラ側は一夜にして更新というわけにはいかないので、徐々に更新されていく。このため、端末側には必ず、1世代ないしは2世代前までの規格に対応した下位互換性が搭載されるのが一般的だ。

 モデム側で下位互換性が確保されていることが重要になってくるのだが、2チップ構成の場合には、基板上に必要となるモデムの実装面積が大きくなってしまうし、製品の部材コストの上昇につながってしまう。このため、端末メーカーにとっては、モデムは少なくともマルチモード1チップで、できればSoCに内蔵されるのがベストだ。

Qualcommブースでな行われていた5G NRのデモで利用されている開発ボード。現時点ではもちろん1チップではない

 現在のQualcommのモデム戦略は、まず最初に単体のモデムチップがリリースされ、それが1年後に同社のハイエンドSoCに統合される形になっている。例えば、今年のハイエンドSoCであるSnapdragon 835には、Snapdragon X16 modemが内蔵されているが、単体のSnapdragon X16 modemは昨年リリースされていた。従って、今回発表されたシングルチップSnapdragon X50 modemファミリの製品も、まずは単体モデムとして2019年に商用化される製品に搭載され、2020年あたりにSoCに統合される形になるのではないだろうか。

引き続きLTEの高速化にも取り組んでいく、Gigabit LTEの実製品をブースでデモ

 さらに、Qualcommは引き続きLTEモデムの拡張を行なっている。既に述べた通り、今年のハイエンドSoCであるSnapdragon 835には、Snapdragon X16 modemが搭載されている。Qualcommのブースでは、ソニーモバイルコミュニケーションズ株式会社(以下ソニーモバイル)が発表したSnapdragon 835を搭載したXperia XZ Premiumを利用したGigabit LTEのデモが行なわれていた。

Qualcommブースで行なわれていたXperia XZ Premiumを利用したGigabit LTEのデモ
QualcommのGigabit LTEの速度。FDD(4x4 MIMO/256QAM)の20MHzの周波数帯を2つと、FDD(2x2 MIMO/256QAM)の20MHzの周波数帯1つという3つをキャリアアグリゲーションで利用している。前者2つが4ストリーム、後者が2ストリームの合計10ストリームで通信している

 具体的には、20MHzのFDD LTEを4x4 MIMO/256QAMモードで通信することで400Mbpsで通信するキャリアアグリゲーションが2つ(4ストリーム×2)と、20MHzのFDD LTEを2x2 MIMO/256QAM(2ストリーム)で通信することで200Mbpsで通信するキャリアアグリゲーションが1つという、3xCAで通信することで合計で1Gbpsを実現している。

 このように、FDD LTEで利用できる20MHzの周波数帯を3つ持っている通信キャリアでなければ実現できないため、現状では日本の通信キャリアでは実現が難しいが、今後通信キャリアに割り当てられる周波数帯が増えたりすれば日本でも実現される可能性はある。

こちらもGigabit LTEのデモだが、こちらはLAAと呼ばれる5GHzなどの免許が必要ない回線を入れて、CAして実現している例

 なお、今回QualcommはこのSnapdragon X16 modemの後継として、Snapdragon X20 modemを発表した。Snapdragon X20 modemは、LTE-Advancedカテゴリ18に対応しており、最大で下り1.2Gbpsの通信速度を実現する。RFは12ストリームの受信が可能になっており、X16では10ストリームだったのに比べると2ストリーム増えるため、1.2Gbpsでの通信が可能になっているのだ。

 このほかにも、Dual SIM Dual VoLTE(DSDV)に対応しているほか、5GHz帯などを利用したLAA(Licensed Assisted Access、アンライセンス周波数を利用したLTE通信)にも対応しており、LAAを利用してもキャリアアグリゲーションできるなどの特徴を備えている。Snapdragon X20 modemは既にサンプル出荷が開始されており、搭載製品は2018年前半に発売される見通しだ。

Qualcommブースに表示されていた“5G;From the company that brought you 3G and 4G”というメッセージ

 Qualcommは同社のブースに“5G;From the company that brought you 3G and 4G”(3Gと4Gの技術を提供している会社からの5G)というメッセージを掲げており、3G、4Gでの高い実績が5Gに繋がるとアピールしている。これは、5Gで巻き返しを図るべく5Gを猛烈に売り込んでいるIntelへの強烈な皮肉だし、それと同時に多くの業界関係者に対して3G/4Gが5Gと地続きであることをアピールすることの両方の意味が含まれている。