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格闘ゲームの勝敗を事前予測。NTTが脳波とAIを利用し実現
2024年7月18日 15:00
NTTの研究開発機関の1つ、NTTコミュニケーション科学基礎研究所は18日、eスポーツにおける対戦直前のプレイヤーの脳波に、勝敗と強く関わるパターンが存在することを世界で初めて発見、この脳波データを使用して高精度な試合結果予測が成功したと発表した。
今回の実験結果を利用することで、試合直前の脳波を測定し、その結果から見られる期待勝率を元にコーチングを行ない、脳波の状態を変えることで勝率を上げるといった活用方法や、脳波を活用した簡便なシステムをeスポーツ以外の分野である医療や教育などにも応用したいとしている。
ただし、脳波の状態変化についての手法については今回の研究には含まれていないため、現状は脳科学などの分野で研究されている禅など従来の手法を用いるとしている。
本稿では、NTTコミュニケーション科学基礎研究所のメディア向け成果発表配信の様子をお伝えする。なお、今回の研究において、eスポーツの題材として使用されたのは、カプコンの格闘ゲーム「ストリートファイターV」だ。本作は2016年発売のタイトルであり、2023年には最新作「ストリートファイター6」が発売されているが、今回の実験においては3年前からデータを取得していたため、「ストリートファイターV」が用いられたとしている。
「ストV」上級者ののアマチュアプレイヤー20人を選出して実施
NTTコミュニケーション科学基礎研究所の人間情報研究部、研究主任の南宇人氏は、今回成果発表する実験において、2つの研究について進展が見られたことを公開した。
1つは選手の競技成績に関連する脳波の研究で、従来の研究では、球技のバスケットボールにおけるフリースロー時の脳波などを用いていたが、実際のアクションが発生する時間が短い点や、個人動作のために不確定要素が少ない点などを挙げ、こうした難点を解消するために、今回の研究ではeスポーツとして格闘ゲームを利用することにした。これにより不確定要素が増え、試合の決着がつくまでに長い時間を要するため、これまでと異なる成果が期待できる。
もう1つの研究は、AIを用いた行動予測についての実験で、従来の研究では選手たちの能力やスキル、選手同士の相性など、過去の試合情報から抽出したスタッツデータを用いて予測させていた。そのため、不確定要素の多い試合展開になった場合に、実力差がある相手に勝利するような番狂わせや、実力が拮抗した相手との試合結果の予測精度が低かったという。これに対して脳波データを用いることで、こうした不確定要素の多い試合であっても、精度の高い予測ができることが期待できる。
実験にあたっては、格闘ゲーム「ストリートファイターV」の上級者20名を対象とした。上級者の定義については、同タイトルのランクマッチにおいて、最上位のランクとなるグランドマスター帯のアマチュアプレイヤーを選出。20名ともスキルについては近いプレイヤーを選出することで、勝敗がスキルではなく、精神的コンディションに左右されやすくなるような対戦が増えるようにした。
アマチュアのみで、プロのゲーマーが含まれない点について確認すると、南氏は、実は事前にプロゲーマーのウメハラ氏やときど氏など著名なプロ選手たちの脳波とは異なる各種生体データを取得しており、今回対象となったアマチュアプレイヤーの同じ生体データと比較することで、あまり差異がないことを確認した上でデータ取得を行なっているという。
試合は1試合2ラウンド先取制を採用、最大3ラウンドで決着がつく。試合前やラウンドの間にそれぞれ脳波計測を行なう。計測においては、eスポーツの試合に特化した脳機能として、対戦相手の特徴から有効な行動パターンを事前に推測する「戦略判断」とプレッシャーからくる精神的動揺を意識的に抑制する「感情制御」という2つに着目している。
また、脳波計測時には同時にアンケートも実施しており、戦略判断と感情抑制の主観的成功度を回答してもらっている。アンケートの設問例としては「負け試合と比較して勝ち試合の1ラウンド直前に感情制御がどの程度うまくいきましたか? 」に対して、「負け試合と同等」を0とした前後10段階で評価して回答させているといった具合だ。
試合の序盤と終盤とで異なる脳活動が勝利の条件
こうして取得したデータから、試合序盤の戦略判断と脳活動において、試合に勝つ場合は、戦略判断に自信がある人ほど左前頭のγ(ガンマ)波(高周波数)が増大していることが分かった。
同様に試合終盤の感情制御と脳活動において、試合に勝つ場合は、感情制御がうまくいって冷静にプレイできると考えている人ほど、左前頭のα(アルファ)波(低周波数)が増大している。つまり、同じ左前頭であっても増大する脳波が異なっているのである。
こうした特徴を踏まえた上で、各ラウンド直前の脳波データからAIによるマシンラーニングを行ない、次のラウンドの勝敗を予測した。入力する脳波データは3,933試合/20人分のデータで、これらを学習モデルとして、複数のマシンラーニングモデルを使用して勝敗予測をさせてみたところ、最低76%、最高で79.6%もの勝敗予測精度が達成できた。もっとも高い勝敗予測精度を達成した学習モデルはLightGBMとなった。
従来の統計データを元にしたマシンラーニングによる勝敗予測の場合、すべての試合においての勝敗予測精度が大体60%前後、同レベルのプレイヤー同士の試合だと予測精度が下がり、番狂わせにおいては、さらに精度が低下するのに対して、脳波データを用いた勝敗予測では、いずれの場合も差が少なく、80%前後の予測精度を維持することができたとしている。
南氏はこうした成果から、勝負ごとに臨む際の理想的な脳状態が発見できたとしており、この発見の意義として、熟練者の理想的な脳状態をデジタル化し、それを他人が模倣することで、非熟練者であっても、熟練者の脳状態を獲得し、能力の拡張に活用できる「デジタルツイン構築」や、理想的な脳状態をフィードバックすることで、メンタルコンディショニングにつなげられる「脳状態のフィードバック」をスポーツや医療、教育などに活用できる可能性などを示した。
今後の展開としては、脳活動と勝敗間の因果関係の解明として、競技中のパフォーマンスに生理状態が及ぼす影響や、試合中のプレイヤーの脳に介入することでの因果関係の実証などを進めるとしている。また予測システムをeスポーツの現場に活用することで、これまでは過去の戦績データを元にAIなどでマシンラーニングさせ、期待勝率を元にコーチングしていたが、試合直前の脳波データを元にすることで、実力が拮抗した相手との試合や、過去の戦績が存在しない相手との試合でも活用が可能としている。