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Adobe、創始者へのリスペクトで命名した新本社「ファウンダーズタワー」を初めて公開
2023年3月23日 09:43
Adobeは3月21日~3月23日(米国時間、日本時間3月22日~3月24日)の3日間にわたって、米国ネバダ州ラスベガス市の会場で同社のデジタル・マーケティング系ソリューションの年次イベント「Adobe Summit」を開催している。それに先だって同社は、同社が米国カリフォルニア州サンノゼ市にある同社の新本社ビル「ファウンダーズタワー」(Founders Tower)を日本のテックメディアの関係者などに公開した。
このファウンダーズタワーは、現在のAdobe本社ビル3棟(アルマデンタワー、イーストタワー、ウエストタワー)に隣接されている新ビルで、現在の本社ビルとは連結橋(スカイブリッジ)を利用して接続されており、本社機能の拡張という意味もある。Adobeがこうした本社を建設した理由としては、引き続き事業が成長していることによる社員の増加、そしてCOVID-19によるパンデミックが終わったことにより、出社する社員が増えたことなどが背景にある。
Adobeを設立した2人の創始者をリスペクトして命名
Adobeの新本社「ファウンダーズタワー」は、そのまま訳せば「創業者棟」という意味にでもなるが、要するにAdobeの2人の共同同業者であるジョン・ワーノック氏、チャック・ゲシキ氏を顕彰する意味がある。
Adobeが創業されたのは1982年で、当初は「Adobe Systems Incorporated」(Adobe Systems)というのが社名だったが、2018年にSystemsを外してAdobe,inc(Adobe)という社名もブランドに統一されて今に至っている。
1980年代にベクターのイラスト制作するための「Illustrator」、1980年代の終わりには今も昔もAdobeを代表するソフトウェアといって良い「Photoshop」を出荷開始して、クリエイターのためのツールを出すソフトウェア企業として発展していった。また、企業買収にも熱心に取り組んでおり、Flashの開発元として知られていたMacromediaを2005年に、後にAdobe FontsとなったTypekitを展開していたSmall Batchを2011年に、今もCreative Cloudのサービスとして名をとどめているBehanceを2012年に、そして最近ではFrame.ioを2021年に、そして直近では昨年(2022年)にWebデザインツールのFigmaの買収を発表した。
Adobeが現在のような形になったのは、2012年にAdobe Creative Cloudと呼ばれるクラウドベースのクリエイターツールをサブスクリプションで提供開始してからだ。Creative Cloud以前には、Photoshop、Illustrator、Premiere Proなどのソフトウェアを単体か、「Creative Suite」と呼ばれるセットで、永続ライセンスの形で提供していたのだが、それをサブスクリプション(月額ないしは年額)で提供するようになり、その形態で現在でも提供されており、契約者は年々増え続けている。
そしてそのCreative Cloudの成功を横展開する形で、ドキュメント管理のAdobe Document Cloud、さらには今回のAdobe SummitのテーマでもあるデジタルマーケティングツールのAdobe Experience Cloudを同じようにサブスクリプション形式で提供している。今のAdobeはそうしたCreative Cloud、Document Cloud、Experience Cloudをビジネスの3本柱にして展開されている。
旧本社に隣接する場所に建設されたファウンダーズタワー
そうした歴史を持つAdobeだが、その創始者2人を検証する意味を持つファウンダーズタワーは、サンノゼ市の中心街(ダウンタウン)に位置している。元々のAdobeの本社がサンノゼ市の中心街にあり、その旧本社に隣接する形で建設されたため、サンノゼの中心街にある形になる。
サンノゼ市というと、シリコンバレーの中心と考えられているが、実はIT関連企業の本社はサンノゼ市にはほとんどなく、近郊の街に本社を置く企業が多い。例えばIntelの本社は、NVIDIAの新本社「Endeavor」は隣接するサンタクララ市にある。AMDは以前サニーベール市に本社を置いていたが、今はIntelとNVIDIAと同じサンタクララ市に移転している。このほか、Appleはクパチーノ市に、HPはパロアルトに、Googleはマウンテンビュー市に……といずれもサンノゼよりはもう少し郊外にあることがほとんどで、サンノゼの中心街にあるのはAdobeぐらいというのが現状だ。
ただし、サンノゼの中心街に本社を置くメリットもある。たとえば、サンノゼの中心街を走っているライトレール「VTA」を使って出勤できるし、同時にサンフランシスコとサンノゼを結んでいるローカル鉄道線「カルトレイン」を利用して、それこそサンフランシスコから電車で出勤もできると、従業員にとってはメリットもある。
もう1つの利点は空港が近いことだ。実際、Adobe本社の真上を飛行機が通って着陸するぐらいの近さで、自動車で5分も走れば空港に到着できる。サンノゼ空港は、日本への直行便も出ている割にはコンパクトな空港で、利用者にしてみれば、自動車を降りてから直ちにチェックインカウンターに到着できることがメリットだ。
ただし、地価は周辺に比べるとやや高めなので、土地を有効活用するために高めのビルを建てないといけないということで、このファウンダーズタワーも18階までフロアがあるようになっており、6階以下が駐車場、7階以上がオフィスフロアとなっている。1階にはカフェテリアが用意されており、Adobe社員でなくても利用できるようになる予定(訪問時にはまだ完成していなかった)。
内装はAdobe Stockの写真や色にもこだわりを見せるのがAdobe流
ファウンダーズタワーは、従来のAdobe本社3棟の東側に位置し、本社とは連結橋(スカイブリッジ)で接続されており、ファウンダーズタワーの7階のオフィス入り口と旧本社の間をすぐに行き来できるようになっている。
7階のオフィス入り口には社員バッジをかざして入れるゲートがあるほか、食堂や社員が集まって集会などが行なえるスペースが用意されている。ユニークなのは食堂で、CO2排出削減を目的としてガスは利用されておらず、日本で言えばオール電化の状態でレストランなども運営されている。このためピザのオーブンなどそれなりの火力が必要な設備も電気を利用するIH調理器になっているなど、今時の世相を反映してエコフレンドリーになっている。
なお、このファウンダーズタワーは生成可能な太陽エネルギーと風力エネルギーだけで駆動されており、今後ほかのAdobeの事業所でも同様の取り組みが進められ、2025年までにAdobeの事業所全体で100%が再生エネルギーによりまかなわれるようにするという計画が既に明らかにされている。
オフィスの各階にはAdobe Stockに投稿された画像から優れたものなどが印刷されたり、デジタルサイネージで表示されたりしている。こうした作品の展示は、訪問時には工事中だった連絡橋などでも行なわれる予定になっている。」
また、オフィスの色は色彩心理学が応用されており、青は集中力、緑はコラボレーション、オレンジはコミュニティやつながりを促すなどの狙いがこめられており、部屋の目的の違いなどによって塗り分けられている。
なお、オフィススペースには、最近の流行を取り入れて、昇降が可能なオフィスデスクになっており、電動で高さを調節することが可能になっている。訪問時には徐々に引っ越しが開始されている状態で、まだ人が移ってきていない空きスペースもすくなくなった。このため、残念ながらPhotoshopの次世代バージョンの情報は何も得られなかった……。
今回はまだ工事中ということで公開されなかったが、18階にはAdobeの経営陣のエグゼクティブルームと顧客向けのトレーニングルームなどが設置されるという予定で、訪問した翌周からじょじょに経営陣の引っ越しも始まっていくということだった。
1階のミュージアムにはPostScriptのソースコードや「Psの神」ラッセル・ブラウン氏の衣装などが展示されている
1階には一般の人も見学できるようになる予定、Adobe関連の歴史的なグッズを集めたミュージアム「Adobe Experience Museum」が用意されていた。
PhotoshopやIllustratorといったAdobeソフトウェアの過去バージョンの箱や、PostScriptのソースコード、さらにはPostScriptのプリンタ(LaserWriter)とMacintoshが展示されているなど、かつては「印刷のAdobe」だった時代を振り返れる展示は必見だ。
PostScriptとは、いまのようにPCとプリンタの通信速度が十分である時代からは想像できないのだが、この時代(1985年)にはPCとプリンタの通信速度が十分ではなかったため、画像データとして印刷データを受け取るのではなくフォントの指定などのデータに落とし込んで送信し、プリンタ側でそれを印刷できるデータに戻すという作業をやっていた。このため、受け取ったデータが大きいとプリンタ側の解読に時間がかかったりして、ユーザーが不満を持っていた。
PostScript以前ではこの手順が非常に遅かったそうだが、Adobeが提案したPostScriptという中間言語を両方に実装することで高速に印刷できるようにしたという仕組みになっていたのだ(と偉そうに書いているが、筆者も歴史として知っているだけで、使ったことはないのだが……)。
Adobeのミュージアムに展示されていたのは、そのPostScriptのプログラムのソースコードと、そのソースコードを格納したデータのテープだ(若い人はしらないかもしれないが、昔のコンピューターにはストレージなどなくて、紙にコードを打ち出したり、テープにデータを格納したりしていたのだ……)。
その背後には「Photoshopの神様」こと、ラッセル・ブラウン氏がAdobe MAXの時などに来ている衣装などが展示されていた。ブラウン氏はPhotoshop 1.0の開発時にも必要な機能を提案するなど貢献し、その後今でいうところの「インフルエンサー」としてPhotoshopの普及に貢献した1人としてよく知られている。
毎年10月に開催されるAdobe MAXで行なわれているブラウン氏の実技セミナーは毎年大人気で、ブラウン氏に直接教えを乞えるセッションとして、Photoshopユーザーにとっては「聖地巡礼」的な扱いのセッションになっている。この衣装はブラウン氏がカンファレンスなどでPhotoshopの機能などを紹介するときなどに着ていた衣装だということで、Photoshopの歴史を語るのに必要な歴史的遺産なのだ。
ほかにも、Adobeの歴史を彩るような過去のソフトウェアの古いバージョンの箱などが展示されており、古くからのAdobeユーザーであれば楽しめること間違いないナシだ。