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富士通、量子とHPCのハイブリッドで科学計算を最適化する技術

Computing Workload Broker

 富士通は、量子コンピューティングとHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)を組み合わせたハイブリッド計算を実現する「量子・HPCハイブリッド計算技術」を世界で初めて開発したと発表した。商用サービスとして提供するのは2023年度以降になる。

 2022年9月に同社が開発した世界最大クラスの39量子ビットの量子コンピュータシミュレータと、富岳のCPUとして採用している「A64FX」を搭載した商用HPC「PRIMEHPC FX700」を用いて、利用者が解きたい量子化学計算の問題に応じて、最適な計算手法をAIが自動で組み合わせて選択し、利用することができる。

 同社では、AIが最適なコンピュータを自動で選択し、演算できるソフトウェア構想「Computing Workload Broker」を打ち出しており、今回の発表は、この取り組みの先駆けになると位置づけている。古典コンピュータと量子コンピューティングを組み合わせた活用を促進する環境が整うことで、コンピューティングリソースの最適な利用環境が実現できるという。

富士通 執行役員SEVP CTOのヴィヴェック・マハジャン氏

 富士通 執行役員SEVP CTOのヴィヴェック・マハジャン氏は、「利用者は専門的な知識がなくとも、解きたい問題に対して最適な形で量子シミュレータとHPC技術を利用可能になる。誰もが利用可能なコンピューティング基盤の開発を進めていく」と述べた。

 また、利用者は、これまで行なってきたHPCへの投資を維持しながら、量子コンピューティングを組み合わせた利用が可能になり、今後の投資計画や技術進化にあわせてコンピューティング基盤を拡張できるメリットもあるとした。

時間や精度、コストに応じて量子/HPCを最適に利用

量子・HPCハイブリッド計算技術

 量子・HPCハイブリッド計算技術は、量子コンピュータやHPCのハードウェア層だけでなく、それらの上位層の各アルゴリズムまでを自動で組み合わせて最適計算を可能にする技術。解きたい問題に対して、計算時間や演算精度、コストといった要件に応じて、量子コンピューティングやHPCを最適に組み合わせた利用が可能になる。

 「量子コンピュータとHPCは考え方が異なり、アルゴリズムやソフトウェアも異なる。だが、エンドユーザーから見れば、課題に対して、より速く、より低コストで、正しい答えを導き出すことが大切であり、なにで動いているのかといったことに対する関心は低い。1年前から挑戦してきた技術であり、最初は無理な取り組みかと思った。だが、研究所ががんばり、今回の発表につながった。今回のターゲットは材料開発で用いられる量子化学計算の領域になるが、今後、幅広く展開することになる」(マハジャン氏)とした。

 量子化学計算は、原子と電子の振る舞いを計算することで、分子構造の特定や、材料の性質や反応性を分析するもので、新材料開発や創薬などの分野で用いられている。

ハイブリッド計算を支えるアルゴリズム判別と時間推定技術

 今回の技術は、「量子・HPCアルゴリズム判別技術」と「計算時間推定技術」によって実現したという。

量子・HPCアルゴリズム判別技術
富士通 研究本部 コンピューティング研究所 シニアディレクターの中島耕太氏

 量子・HPCアルゴリズム判別技術は、分子に対するアルゴリズムの収束の様子を分析することで、量子およびHPCのどちらのアルゴリズムを用いると精度が高いかを推定可能な技術だ。

 量子化学計算で用いられるアルゴリズムでは、精度の高い解を得るまでに、何度も反復計算する必要があり、原子間の距離の変化に伴い、量子とHPCのどちらのアルゴリズムが最適なのかが適切に判断できない課題があった。

 富士通 研究本部 コンピューティング研究所 シニアディレクターの中島耕太氏によれば、「対象分子やアルゴリズムによって計算結果の精度が変化するため、熟練者の経験や、文献をもとにしてアルゴリズムを選択しているのが現状であった」という。

 量子・HPCアルゴリズム判別技術では、HPCアルゴリズムが精度的に不得意とする問題の場合、アルゴリズムが解を算出するまでの収束状況に特定のパターンが検出されることを捉え、問題に対して試験的にHPCアルゴリズムで前処理を実行することにより、最適なアルゴリズムの判別を可能にするという。

計算時間推定技術

 また、計算時間推定技術では、富士通が独自に開発を進めている適応型AI技術を用いることで、分子構造とアルゴリズムの反復計算と計算時間の関係性を学習。計算量を推定可能なAIモデルを事前に構築し、精度の高い解が得られるまでの計算量をもとに、必要な時間や費用を算出する。これまでの量子化学計算では、無数に存在する分子構造ごとの収束性を正確に推定することが難しく、事前に精度の高い解を得るために、時間や費用の見積りが困難であり、こうした課題を解決できるという。

 「量子化学計算では、1つ1つのエネルギー計算を行なうために必要な時間を推測することが難しい。だが、実際の現場では、翌朝までにシミュレーションを完了させなくてはならないといった要望が発生している。計算時間推定技術を活用することで、限られた時間、予算の中でベストな計算結果を取得できるようになる」(中島氏)と述べた。

今後は適用範囲を拡大。CaaSとして提供

ユーザーの求める時間やコストの範囲内で最適な結果を得られる

 今後は、富士通の量子インスパイアード技術である「Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer(デジタルアニーラ)」や、2023年度に公開を予定している64量子ビットの超伝導量子コンピュータなどにも、「Computing Workload Broker」の適用範囲を広げ、高度なコンピューティング技術などを活用できる富士通のサービス群「Fujitsu Computing as a Service(CaaS)」を通じて提供することになるという。

 マハジャン氏は「富士通はテクノロジーカンパニーである。テクノロジーのイノベーションが今後の成長の鍵になる。そのためにさまざまな技術に投資をしていくことになる」と述べた。

FUJITSU-MONAKA(仮称)についても言及した

 一方、今回の会見では、富士通が取り組んでいる省電力CPUである「FUJITSU-MONAKA(仮称)」についても言及。マハジャン氏は、「MONAKAは、次世代グリーンデータセンターに適応した高性能、高密度、省電力CPUとして、世界最先端の技術に挑戦していくものになる。2nmの技術で実現する予定であり、3Dシリコンフォトニクス技術をはじめとした最新技術も活用する。2026年から2027年には実用化したいと考えており、その時間軸で考えると、開発、設計は富士通が行ない、生産はTSMCで行なうことになる。すでにTSMCとの調整は行なっている。また、FUJITSU-MONAKAは、富士通製サーバーへの搭載のほか、他社とのパートナーシップも検討している」と語った。